43話 優也と七星
「テメェだけは許さねぇ……」
「へー。人間のくせに良い目するじゃない。でも、そんな丸腰のアンタが、どうやってこのあたしに勝とうってのかしら」
「丸腰なんかじゃねぇよ」
優也は、地に転がっていた七星を手に取る。それを見たカメリアが、途端表情を変えた。
「『美少女』が創り出した武器を持って平気でいられるなんて……。アンタ、とことんと変わった人間ね」
何かにカメリアは驚いているが、今はそんなことどうだっていい。
目的はただ一つ。カメリアを倒す。ただそれだけ。
「まあいいわ。どっからでもかかってきなさい。返り討ちにしてあげる」
腰を低くして、七星を構える。
今まで生まれて一六年間、真剣を振ったことなど一度たりともなければ、もちろん握ったことすらない。
だから優也がしているのは、ひなこの見よう見まねに過ぎない。
それでも、優也は地を蹴った。
「ッ‼︎」
ギンッ! という金切り音。優也の七星と、カメリアの剣がぶつかり合う。
「そんな剣筋で、このあたしに勝てるとでも?」
「っ⁉︎」
カメリアは、わざと剣を握る力を弱めた。
フッと、足の力が抜け、優也は刀を持ったまま前のめりになる。
「素人は、所詮こんなものね」
そこへカメリアが一撃。
倒れゆくままの優也には防ぐことすら叶わない。
ーーはずだった。
「なっ⁉︎」
次の瞬間、七星が、それを防いでいた。
刀を持つ手を背中へ回した奇妙な体勢のまま、優也は地面へ倒れこむ。
「今の……。何をしたっていうの」
「……さあな。俺も知らねぇよ」
カメリアは少し間合いを取り、優也は立ち上がって再び七星を構える。
「はあッ!」
振りかざした刀。
「《炎球》!」
剣をしまい、カメリアが放った炎の球。
優也はそれを真っ二つに切り裂く。
「《火矢》‼︎」
音速で飛ぶその矢さえも、優也は一刀両断。
「戦いも知らないド素人が、刀を扱えてる……?」
今の刀さばきといい、その前のありえない防御といい。偶然と呼ぶには、あまりにも出来すぎている。
「……いや、こいつが武器を扱ってるんじゃない。七星が人間を使ってる……? まさか、そんなことがあり得るというの?」
七星は、ひなこが『生力』を用いて創り出した刀。
そして、優也が持つ『石裂き』は、簡単に言えば、『生力』を操る力だと聞いている。それと何か関係があるのだろうか。
「まあ、なんでもいいわ。ようは、アンタを倒せばいいだけの話なんだから!」
カメリアは虚空から剣を取り出し、優也へ一振り。
キンッ、と。優也はそれを受け止める。
カメリアが言ったこともあながち間違っておらず、優也の意思より先に刀が動いているのは事実だ。
「はあッ!」
体術を織り交ぜたカメリアの攻撃に、優也は後ろへ押されながらも、確実に七星で防いでいた。
七星のおかげと決まったわけではないが、いつもの優也ならば何度斬り殺されていたことだろうか。
とはいっても、形勢は未だ不利な状態。優也が押されていることに変わりはない。
だというのに、
「なっ⁉︎」
カメリアの持っていた剣が宙を舞った。
優也が、いや正確に言えば七星が、カメリアの剣を弾き飛ばしたらしい。らしい、というのも、優也本人ですら理解できていないほどに、一瞬の出来事であった。
(ーー今ッ‼︎)
そのチャンスを逃すまい、と。優也は、カメリアの足を払う。
「っ⁉︎」
さすがの彼女も、剣に気を取られていたようで、体勢を崩し、地面へと腰を落とす。
そこへ落ちてきた剣を再び手にしたカメリアが斬りかかるよりも速く、
「そこまでだ!」
優也は七星をカメリアの首筋へ。
「少しでも動けば……。分かってるな」
それは、少し前にカメリアが優也へ言った言葉。形勢逆転の証である。
しかしカメリアが言った言葉とは違い、彼女が動いたとしても、本気でどうこうするつもりはない。これは、ただの脅し文句だ。だが、優也がそうであったように、こう言ってしまえば、カメリアも観念するしかない。
その証拠に、カメリアは静かに剣を虚空へしまった。
(ふぅ…………)
こうして、優也側の勝利でおさまった。それもこれも、優也の実力ではなく、七星のおかげであるが。
兎にも角にも、これからどうしたものか。まずはカメリアの『結晶』を破壊して、
「少しでも動けば、ねぇ……」
次の段階を考える優也の前で、カメリアが小さく呟いた。
「なんだ」
「もしかしてアンタ、忘れたの?」
「だから、なにがだ」
「その刀、七星が、アンタの意思で動いてるわけじゃないってこと」
「なにが言いたい」
「つまり、」
カメリアは腕を前に、
「ーーこういうこと! 《火矢》‼︎」
「っ⁉︎」
近距離にて放たれる火の矢。もちろん避けることも防ぐこともできない。しかし、それは優也ならばの話。
カメリアの首筋に当てていた七星が、優也の腕を動かして、火の矢を間一髪で弾き飛ばす。
それを狙ってカメリアが剣を取り出し、
「そこまでよ!」
それを優也の首筋へと当てた。
「少しでも動いたら……。分かってるわね?」
「…………」
嫌味っぽくカメリアは笑う。それは、勝利の表情であった。
「武器を下ろしなさい」
言われた通りに、優也は七星を地面に置いた。
「…………」
七星を失えば、優也なんてカメリアからすれば丸裸以下の存在だ。未だにひなこは目を覚ます気配はない。ゆえに、これ以上の抵抗は不可能。
「このあたしに楯突いた罰として、今ここで痛い目を見せてやりたいところだけど、研究所はアンタも必要としてるっぽいし、特別に見逃してあげるわ。感謝しなさい」
何に対して?
なんて問い、言ったあかつきには、見逃しは無かったことになるだろう。
「さ、今度こそおとなしくあたしに捕まることね」
「……わかった。だが、一つだけ聞きたい」
「なに? 時間稼ごうってんならもう無駄よ。アンタを助けてくれる存在なんて、もう誰もいないんだから」
「違う。そうじゃなくて、」
優也は未だ首筋に当てられる刃に怯えながら、
「ひなこはどうやって連れて行く? 起きる気配ないが……」
「は? アンタがおぶるに決まってるでしょ?」
は? は、それはこっちのセリフだ。
どこの誰が、ひなこの気を失わせたのか。
「ほら、さっさと、おぶる」
「わかった。わかったから」
首元で、剣を動かして指図するのはやめてくれ。
「…………」
カメリアの剣に狙われたまま、優也はひなこへと手を伸ばす。
(誰か……、頼む……!)
もはや、神に祈ることぐらいしか、優也にはできないでいた。
その時、
【ーーーーーー】
どこかから、何か音のようなものが聞こえてきた。
「今のは……」
人の声のようにも感じたが。
優也ではないし、ひなこは気を失ったままだ。もちろんカメリアでもない。
となれば、一体誰の?
「ちっ……」
空を仰ぎながら、カメリアが舌を打つ。
おもむろに、彼女の視線を追って、優也も上を見上げてみれば、そこには、まるでガラスが割れるように、空にひびが入っていた。
「なにが起こってんだ?」
そうしている今も、ひびは大きくなりつつある。
「邪魔が入ったみたいね」
優也の首から、カメリアの剣が離される。
「とことんと運のいい人間ね。ここまで追い詰めたけど、見逃してあげるわ」
「見逃してくれんのか?」
「勘違いしないことね。また今度、必ず捕まえに来るから。首を洗って待ってなさい」
それだけを伝えると、本当に、カメリアは優也たちをその場に残して、目の前から消えてしまった。
「…………」
まるで夢のよう。
しかし、全てが夢でないことは、そこに横たわるひなこの存在で気付かされる。
「ひなこ! ひなこ‼︎」
体を揺さぶって、安否を確認。
胸元が動き呼吸をしているあたり、カメリアが言ったように気絶しているだけのようだ。
「ひなこ……」
死んでいないことに安心する反面、自分の不甲斐なさに改めて気付かされる。
「俺がもっと強けりゃ、こんな傷つかずに済んだのにな……」
人間を超えた存在なのかもしれないが、それ以前にそもそも一人の女の子。争いの中でも、自身の身体を使った戦いからは遠く離れた場所で暮らしていなければならないはず。
「…………」
優しくひなこを抱き上げる。
気がつけば、いつからか、周囲の壊れていた建物は元に戻り、優也たち以外の人が存在していた。傷だらけだったひなこも、まるで何事もなかったかのように元の姿へと戻っていた。
どうやら結界の外に出たらしい。
(誰も、さっきまであんなことがあったなんて知らないんだよな……)
でも、確かにひなこはボロボロになるまで戦っていた。それは、紛れもない事実で。優也が覚えている真実だ。
優也は背で眠るように気を失うひなこを背負いなおし、自宅へと向け歩き出した。




