42話 その戦いの行方は
「大丈夫、優也くん?」
慌てた表情で、ひなこは優也の顔を覗き込む。
どうやらひなこが助けてくれたらしい。ということは、先程飛んできた何かは、ひなこの異能力ということか。
「ああ、大丈夫だ。助けに来てくれたんだな、ありがとう」
助かったけど、俺を巻き込んでんだよ。
その本心は心の奥底で留めた。
「にしても、よくここがわかったな。『美少女』は、他の『美少女』の位置とかわかんないんだろ?」
「うん、そうだけど。なんとなく、優也くんの気配を感じたんだ」
「そ、そうか」
嬉しなことを言ってくれるものだ。
「なんとなくで気配を感じ取るなんて。アンタらの契約の絆って、どんだけ深いのよ」
ひなこが放った火の球で巻き起こった爆煙が、真っ二つに斬り裂かれ、優也に奇襲を仕掛けた『美少女』が姿を現した。
透き通った碧い瞳に、輝く金色の髪をツインテールに結った少女。ひなこと歳は変わらないように見える。
「久しぶりね、ーーひよこ」
「ひよこじゃなくてひなこ!」
すかさず突っ込む。
「ひよこでしょ?」
「ひ・な・こ‼︎」
ひよこ?
「ひなこだよ!」
「何も言ってねぇだろ」
「あ、そっかごめんね。なんだか言われた気がして」
ごめん。心の中では言った。
「ひなこ、知り合いなのか、あいつと」
「うん、カメリア・フルウちゃん。研究所本部の新鋭隊の隊長さんだよ」
「正確に言うなら、あたしは、新鋭隊第一部隊の隊長よ」
新鋭隊というからには、腕に自信のある『美少女』が集められた組織なのだろう。そして、彼女は、その第一部隊で、さらにリーダーなのだという。
つまり、カメリアという少女は強いということ。
「その証拠に、ひなこの攻撃を食らっても無傷なのか……」
そこに立つカメリアは、ケロっとした表情で立っている。まるで何事もなかったかのように。
「あら。一つ勘違いしてるみたいだから訂正してあげるわ」
「勘違い?」
「確かに、あたしだったら、あんな攻撃避けるまでもないけど、そもそも、その子、あたしに攻撃を当てるつもりがなかったみたいよ」
「…………」
そういえば……。
優也は思い出す。
ひなこは、その優しさゆえ、他の『美少女』を攻撃することに抵抗がある。先ほどの火球も、カメリアへの攻撃ではなく、優也を逃がすための目くらましだったのだ。
「それにしても、ずっとアンタらを観てたけど、呑気なものよね。研究所に追われてるってのに、お買い物デートなんて」
「なっ⁉︎」
監視されていたというのか。
「でも、たのしかったよ? ね、優也くん」
「ま、まあ…………」
確かに、カメリアの言う通り、呑気だったのかもしれない。ひなこの反応を見て、密かにそう思ってしまった優也であった。
ずっと観てた。カメリアのその言葉を聞いて、ふと優也は思い出す。
「もしかして、俺がひなこと会った頃から、お前に監視されてたのか?」
「ええ、その通り。もっと言えば、あたしは、ひなこが脱走した時から、その子を監視してたわよ」
人造人間に襲われたあの日、ひなこが言っていた謎の『美少女』の正体が、今明らかになった。
「まあ、そんなわけで。少し予定とは違うけど、ひなこを誘い出せたわけだし、結果オーライね」
カメリアは、優也とひなこに向けて、細身の剣を構える。
「さあ、大人しく投降するつもりは?」
それは脅しとかではない。なんとなくだが、雰囲気でわかる。彼女は強い。
「ひなこ、ここはあいつの言う通りに」
「しないよ。研究所に捕まっちゃったら、さいごだから」
「つっても、戦えんだろ」
もちろん優也も戦えない。
「でもなんとかする」
「いや、なんとかするってなぁ……」
そんな話をしている場合ではない。今は、確実な選択肢を選ばなければ、訪れる未来は、死のみ、だ。
「それで? どうなの。降参するの、しないの?」
「ごめん、カメリアちゃん。わたしは、どうしても叶えたい夢があるの。だから、あきらめないよ」
「そ。なら、力づくでも捕まえるまでね」
そう言った時には、すでにそこにカメリアの姿はなかった。
ギンッ‼︎ と。金属と金属がぶつかり合う甲高い音が間近でし、すぐ目の前にカメリアの姿があった。
すんでのところでカメリアの剣を、愛刀、七星で受け止めるひなこ。
やはり、刀の峰が、カメリアに向いていた。
「ほら、腰が引けてるわよ!」
「っ!」
隙だらけのひなこの懐へ、カメリアは膝蹴り。反動で刀が自由になる。
カメリアは剣を虚空へしまい、
「《炎球》‼︎」
「がッ!」
放たれるカメリアの炎の球。
それをゼロ距離で食らったひなこは、口から赤黒い血を吐き出し、巻き起こった爆発の反動で後ろへ吹き飛ばされ、建物の壁へと激突する。
「ひなこーーっ⁉︎」
慌てて駆け寄ろうとする優也の首筋へ、細く光るものが当たる。
それはカメリアの持つ剣で、静かに見上げれば彼女がこちらを見下ろしていた。
まるで、動けば首を刎ねる、と言われているよう。
「それにしても、あたしも舐められたもんよね」
優也が諦めたことを確認して、カメリアは煙の中へ消えていったひなこへと話し出す。
しかしそれは決して優也のことを見逃したわけではない。あくまでも、後回しとなっただけだ。
「相手を斬る度胸もないのに、あたしとやり合おうだなんて」
もうもうと立ちこめる煙の中から、ひなこは姿を現さない。
その代わりに。ゴウッ! と。
煙を割って現れたのは、火の球。比べてみれば、カメリアのそれとは少し威力が弱いように見える。
真っ直ぐに、その球は、カメリアへと向かい、
「《炎壁》」
突如としてカメリアの前に出現した炎の壁に、呑み込まれるように消えていった。
圧倒的戦力差。そんなものをまじまじと見せつけられた気がした。
「はは、不意をつけたと思ったんだけどね」
晴れた煙の中から、ひなこが姿を現わす。
「やっぱ、カメリアちゃんは強」
「《火矢》!」
ヒュンッ! と。音速で、ひなこの横を通り過ぎる。
明らかに遅れた反応で、ひなこがそれに気付いた時には、着ていたワンピースの一部が破れ、切り傷ができていた。
「ひなこ、戦いの最中に話せるなんてマンガの中だけよ」
「もう怒ったよ……。わたしだって怒るんだからね!」
刀を虚空から取り出し、ひなこは地を蹴る。
果たして、ひなこが何に対し怒りをあらわにしたのか分からないが、先の彼女とは少し違うのは確かだ。
刀は、まだ峰を向いたままだが、これならば、なんて期待を抱いてしまう。
「たぁぁあぁぁぁーーたあッ!」
ひなこの刀とカメリアの剣がぶつかり合う。
さっきと違って、ひなこがカメリアを押しているように見える。
「はぁッ! てッ! たッ‼︎」
キン! キン! キン! と。ひなこの威勢に合わせて、甲高い金切り音が鳴り響く。
攻めのひなこ、それに対し、防御に徹するカメリア。
「《炎球》!」
「はっ!」
ひなこの、ほんの隙を突いたカメリアの攻撃。しかし、その炎の球も見逃さず、ひなこはそれを一刀両断。
「はぁあッ‼︎」
そのまま刀を振り上げる。狙うはカメリアの首筋。さすがに刀の峰といえど、これを食らえば、まともに立っていられないはず。
そしてその刃筋は、確実に標的を捉えていた。
ーーーーが。
「っ⁉︎」
首まであと一歩というところで、あろうことか、カメリアは体を後方へ少しそらしたのである。
このままでは刀の切っ先が、カメリアの首を斬ってしまう。
「っ!」
とっさにひなこは刀の軌道をずらし、切っ先はカメリアの左腕を掠めた。
カメリアは、腕に軽く手を触れて、
「はぁ……」
血の存在を確認すると、それを拭い去る。
まるで傷の深さを調べるような仕草。
それを見て、優也は確信した。今までのカメリアは、攻めるひなこにおされていたのではなく、ただひなこを試していただけなのだと。
おそらくは、ひなこも気がついただろう。
「よくもまあ、そんな中途半端な気持ちで、研究所を壊滅させたいだの、『美少女』を救いたいだの言えたものね」
「ちがうっ、わたしは…………」
「ま、結局そんな程度の覚悟だったってことね」
カメリアは、虚空へ剣をしまう。
「せっかくだから、あたしのとっておきの一発をお見舞いしてあげる。それでアンタの夢もろとも終わりよ」
その場で一回転。すでに戦意を失っていたひなこの腹へ、蹴りを一撃。
宙に浮いたまま後方へ飛ばされるひなこ。
その軌道上の地面に真っ赤な花のような模様が描かれる。
「爆ぜろーー《業火の一輪》‼︎」
ちょうどひなこが紋章の中心部に到達した時、蓄えられていたエネルギーが一気に放出するように、大爆発を巻き起こした。
「ひなこッ‼︎」
押し寄せる爆風は、カメリアが張ったのであろう、火の薄い膜によって、運良く優也には当たらなかった。
全てがおさまった頃には、周囲にあった物は全部消え失せ、辺り一帯は更地と化していた。
かろうじて残っているとすれば、カメリアが差し出す手を起点として放物線状に後方の数メートルだけ。
その中に、絶望の表情を浮かべたまま地に座り込む優也の姿があった。
どうして彼がそんな顔をしているのかといえば、説明するまでもなく、その大規模クレーターの中心部に倒れる一人の少女のことを案じてのことだ。
「ひ、ひなこ…………?」
優也は立ち上がり、ふらついた足取りで彼女のもとへと歩み寄る。
そして、ひなこの傍らへ、膝から崩れ落ちる。
「ひなこ……? おい、ひなこッ⁉︎」
身体を揺することに抵抗はない。もちろん、返事もない。
その隣には、彼女の愛刀である七星が転がっていた。
「愚かなもんよね。あんな隙を与えてあげたっていうのに、あたしを殺さず、逆に自分がやられちゃってるんだから」
カメリアは少しずつ歩み寄り、ひなこを見下ろした。
「ま、死んではないから安心しなさい」
確かに、優也の中で何かが切れる音がした。




