38話 偶然という名の必然
本日も全ての授業が終わり、優也は自宅への帰路を歩いていた。すでに珠音とは別れており、ここから家までは、そう遠くない距離だ。
ちなみに、昨日抽選で当たったスマホの契約書は、学校の行き道にポストへ投函しておいた。一応は、ひなこの名前で、住所を優也の家としておいたが、あれで契約できるのだろうか。心配である。
歩く優也の頭にあるのは、家で帰りを待っているであろうひなこのことだ。昨日の一件で、すっかりと元気を失ってしまった。だからといって、ステラへ連れて行ったことに後悔はしていないが、なにか、いつもの彼女を取り戻す方法を考えなければならない。
「つっても、新しい服を買う以外なー……」
食べるのが大好きだから、と思い、クレープを与えても、いまいち効果は得られなかった。それは昨日実証済みである。
やはり代わりの服を買ってやるのが一番得策だと思うのだが、本人が嫌がっているからどうしたものか。
答えが出ぬまま、優也は自分の家の前へ到着する。
「ただいまー」
さて、元気を失ったひなこはどうしてい
「優也くん優也くん優也くんっ‼︎」
るものか……。
優也が帰るや否や。廊下を猛スピードで疾走し、目の前へ走り寄るひなこ。その様子から、優也の帰宅を今か今かと待っていたのだろう。
今朝見た彼女とは、まるで別人のようで、優也は目を疑った。しかし、そこにいるのは、確かにひなこ本人で。
「元気になったのな。無くした服でも見つかったか?」
「違うの。でも、今なら見つけれる気がするんだ! だから行こ!」
「行こってどこに?」
「ステラに!」
「ちょ! ひなこ⁉︎」
ひなこに手を引かれるまま、優也は玄関をUターン。再び、家をあとにした。
場所は変わって、ステラ一階。
ここまで到着するのに、どれだけ苦労したことか。というのも、
「手を引っ張ってたわりに、行き方がわかんないとはな」
「仕方ないじゃん。一回しか行ったことないんだもん」
優也を連れて勢いよく家を飛び出したはいいものの、まず自宅から最寄りの駅にすら、ひなこはたどり着けなかった。
まあひなこの言う通り、彼女にこの街の土地勘はないわけだし、一回しか行ったことのないステラへの行き道を覚えている方が凄いことは分かっているが、元気よく家を飛び出した時の彼女と、道に迷ったと分かった時の彼女とのギャップといったら……。
「そんで、無くし物が見つかるって来たはいいが、どこにあんだ?」
「わたしのかんではね……、こっちだよ」
そうして、ひなこが案内したのは、
「ここ、昨日探したじゃねぇか」
ひなこが空腹で倒れた現場であった。
「さがしたけど、今日なら見つかる気がするんだよ」
「今日ならって……」
昨日見つからなかったのに、今日見つかるというのか。なんともおかしな話である。
しかし、そう言い張るひなこの表情は、真剣そのものだ。よほど見つけられる自信があるのだろう。
(ま、少しは付き合ってやるか……)
見つからなければ、ひなこの反対を押し切る形にはなってしまうが、同じ、もしくは新しい服を買ってやろう。それも、この前より多く。それなら彼女も納得してくれるだろう。
「ンンーん……。面白そうな匂いを辿ってやって来ましたが、その元は、どうやら貴女からのようですねェ……」
「へ? ひゃあ⁉︎ なっ、なに⁉︎」
と、いきなり。
まるで電柱の匂いを嗅ぐ犬のように、ひなこに鼻を近づける男が一人。
さすがのひなこも、突然どこからか現れたそんな変態男の行動に、飛び退いて優也の後ろへ。
「これは失礼。どうやら驚かせてしまった様ですねェ」
彼の言う、匂いの元ーーひなこがいなくなったことで、仕方無しに、といった風に変態男は顔を上げ、軽く頭を下げた。
紺色のスーツを身にまとった男は、二、三十歳ほどの年齢で、ビジネスマン風に、髪を整えている。
「だ、だれ……? 優也くんの知りあい?」
「なわけねぇだろ」
勘違いも甚だしい。湧き出るように出現したうえ人の匂いを嗅いで興奮するような変態と知り合いどころか、顔見知りにすらなりたくない。こちらから願い下げだ。
「誰なんだあんたは。ひなこに何の用だ」
「ンン? 貴方もまた、そちらのお嬢さんとは違って、面白そうな匂いがしますねェ……」
今度は標的をひなこから優也へ変え、徐々に距離を詰め、鼻を近づけてくる。
人の話を聞いていないのか。ていうか、面白そうな匂いとか、何を意味不明なことを言っているのか。
「聞こえなかったのか。何者だって聞いてんだ」
ひなこを背にしたまま、優也は近づく変態から一歩遠ざかる。
すると、変態男は諦めてくれたのか、残念そうな表情を浮かべ、その場で姿勢よく一礼。
「名乗るほどの者ではありません。ただ私、御二方のような面白そうな匂いのする人を見ると放っておけない性格でしてねェ……」
本気で何を言っているのか分からない。
ここまでくると、こんな奴なんて放っておいて、今すぐにでも無くした服探しを再開したい気分になってくる。
「……ご主人様。では、このお二人も?」
突如、変態男とは性別も違う、女の子の声がどこからか聞こえてきて、優也とひなこは声の主を探した。
その主は、意外にも、変態男のすぐ隣に立っていた。
淡い青色の瞳に、白く透き通った銀の髪を腰まで伸ばした、見た目小、中学生ほどの女の子だった。
こんな子、今までそこにいただろうか。その少女の背が低いから、優也たちが気づかなかっというのか。……いや、そういう次元の話ではない。そもそも、彼の隣には誰も存在していなかったはずだ。
「いいえ、今はまだ構いません。私の作品となるには、もう少し匂いが濃くなってからにしましょう」
「かしこまりました、ご主人様」
何一つと表情を変えることなく、怖いくらいに無表情のまま、銀髪の少女は、一歩、男の後ろへと下がった。
男も大概だが、この少女も、何か異様な雰囲気を放っている。まあ、変態男のそれとは真反対のベクトルではあるが。
そもそも、こんな男が、こんな幼い少女を連れているという時点で怪しい。それに、二人は、間違いなく親子でないことは言い切れる。
一瞬、誘拐という線も疑ったが、少女の様子からして、その可能性は薄いだろう。
しかし、その真実を確認するには、あまりにも、男と少女から放たれるオーラが恐ろしすぎた。なにより、優也自身、これ以上彼らと関わりたくない。
「用がないってんなら、俺らはもう行くぜ」
結局、一体なんのために彼らは優也たちに接触してきたのか。
「いえいえ、用というのはこれだけではありませんよ」
「なに?」
すでに去りつつあった優也は足を止め、変態男たちの方を振り返る。
変態男が、銀髪の少女から受け取っているのは、このステラにある専門店の袋だ。
「貴女の物ではありませんかねェ?」
男からひなこへ差し出される、その買い物袋。
優也はその間へ割って入り、ひなこより先に男から袋を受け取る。
そして、恐る恐る中を確認。
「これは……」
「なにがはいってたの?」
気になったひなこが、横合いから袋の中を覗き込む。相変わらず警戒心はゼロ。
「あ! これってーー‼︎」
ひなこが驚くのも無理はない。
なんと、袋に入っていたのは、昨日、優也がひなこに買ってあげ、無くしてしまったいくつかの服と、髪飾りが入った小袋であったからだ。
「なんで、あんたがこれを?」
「落とされたのを拾いましてねェ。お返ししなければと思っていたのですよ」
「…………」
だとして、おかしなことがある。
なぜ、彼はこれがひなこの落し物だと分かったのだろうか。例えば、落とした現場を見ていたというのならば、その場で拾って返せばいいだけの話。今回みたく、後日、しかも再び会うかもわからないのに持っている意味がわからない。
しかし理由がなんであれ、こんな変態でも、無くしてしまったものを拾ってくれ、しかも返してくれたというのだから、お礼を述べないわけにもいかない。
「まあ……、拾ってくれて助かった。ありがとう」
「礼には及びません。むしろ、御礼を申し上げるのは、私達の方ですねェ。その落し物を通じ、こんなにも素晴らしく珍しい御二方に巡り会うことができたのですから」
相変わらず言いたいことが理解できない。
自分たちに出会えたことを喜んでいるのだろうか。
何ゆえ、と問われれば、さっぱりだが。
「目的も果たしましたし、これで私達は失礼すると致しましょう」
さっさと失礼してくれ。
「それでは、またお会いする、その時まで」
正確とは裏腹に、紳士的に深々と頭を下げ、踵を返し去って行く変態男と無表情少女。
最後の最後まで、意味不明な二人だった。
「ていうか、またお会いする時までって……」
丁重にお断りである。
「しっかし、ほんとに服見つかるとはな」
まさかこんな形で発見できるとは、自信満々であったひなこですら想像していなかっただろうが。
「よかったな、ひなこ」
「うん!」
元気一杯の返事。それに、
「やけに嬉しそうだな。やっぱ服が見つかったからか?」
「もちろんそれもあるけどね」
「それも?」
ということは、他にもひなこを喜ばせる理由があるということで。
「いまの子ね」
「うん?」
「とっっっっっても! かわいかったね!」
「……そこ?」
だからなぜ、ひなこが嬉しがるのか。
別に可愛かったということを否定するわけではない。が、優也からしてみれば、可愛い、というよりは、不思議な子だったという印象が強い。何が、と問われれば答えられないが、普通の人とは違うオーラが感じられた。
「どうして笑わないんだろね? 笑顔だったらもっとかわいいのに」
「まあ、そりゃそうだろうけどよ」
人間生きる上で、笑顔に越したことはない。が、
「ひなこみたく、常に笑って楽しそうにしてんのも考えもんだと思うぞ」
「そんなことないよ。笑顔のほうがハッピーだよ?」
前向きな彼女らしい意見である。
「まあ、ひなこには笑顔が一番似合ってるな」
彼女に笑顔が戻って良かったと、心から思う優也であった。




