35話 遠足は、家に帰るまでが遠足です
「あっ、やっぱりゆーくんだ」
「お、おう……、珠音じゃねぇか……」
「奇遇だね、こんなところで。お買い物?」
「あ、ああ。珠音も買い物か?」
「私は、お父さんの付き添い。お店の食材が足らないらしいから買い出しについて来たの」
「そ、そうか。親父さん、店あけて大丈夫なのか?」
「今はお母さんが店番してるから大丈夫だよ」
「そ、そうか……」
ダメだ、なんとかして会話を続かせなければ。
そう焦る優也に、小学校からの付き合いである珠音が気付かないわけもなく。
「ゆーくん、どうしたの? なんか変だよ?」
「へっ、変⁉︎ お、俺がか?」
「うん。ほら今も変」
「…………」
意識してみれば、額から汗が吹き出ているのがわかる。これ以上の焦りは禁物だ。平常心を保たなければ。
なんとしても、背後に隠すひなこの存在を珠音に知られるわけにはいかない。
「そういや、親父さんのとこに戻らなくていいのか?」
「うん、まだ大丈夫。お父さん、お店の人とお話ししてるから」
「そうなのか」
この場で、最善策だと思われたのだが。
「……ねえ、ゆーくん」
「ん?」
「後ろ、なにか隠してるの?」
「…………」
いきなり核心を突いてきやがった。怪しいと思われていても仕方がない挙動であったことは認めるが、それが、そう疑う根拠になるだろうか。珠音の鋭い勘は、もやは千里眼の域にあるのか。
「な、なに言い出すんだよ、いきなり……。なんも隠してなんかねぇよ……」
とは言ったものの、珠音の疑いモードは解除されない。
「じゃあ、そこ、どいて?」
「…………」
「なにも隠してないならどけるよね?」
「それはちょっとな……」
「どうして?」
「その……、歩き疲れてな。今も休憩してたとこなんだ」
「…………そ」
やっと諦めてくれたのかと思いきや、
「隙あり!」
「なっ⁉︎」
バッと。
密かに胸をなでおろしていた優也の脇から、珠音は背後を覗き込んだ。
しかし間一髪。それを遮るように、優也は体を移動させる。
「ゆーくん……、疲れてるんじゃなかったの?」
「つ、疲れてるんだがな……」
反射的に体が動いてしまった。まさか、自ら墓穴を掘ることになろうとは。
それから、何回も珠音の動きに合わせ、優也はひなこを背後に守り続けた。
そして、ついに諦めてくれたのか、長く続いた攻防も、珠音から終わらせた。
「ねえ、ゆーくん……」
「ん?」
「誰か隠してる?」
「…………」
さっきは、何か、と問うていたのに、ついには、誰かに変わった。ここまでくると、実は、ひなこの姿が見えているのではないだろうかと心配になってしまう。
しかし、珠音には気付かれていないはずだ。しっかりと、ひなこを背後に隠している自信が優也にはある。
「誰も隠してなんかねぇよ」
「あっ、見えた!」
「嘘だろ⁉︎」
思わず優也は背後を振り返る。
そこには、今まで何を思っていたのだろうか、優也と目が合い、小首を傾げるひなこの姿が。
彼女の座る位置的に、珠音からは見えていないはずだ。
それが珠音の引っ掛けだということに気づいた時には、すでに遅かった。
「ゆーくん…………」
「は、はい……。なんでしょう……」
「やっぱり誰か隠してたんだね?」
「はい……」
「隠してたってことは、なにかやましいことがあるからだよね?」
「それは……」
やましい、とは少し違うが、ややこしくなるから隠していた。
「その子、名前は?」
「名前? 明元ひなこだが……」
なぜに名前を尋ねた?
その意図は、次の珠音の行動で明らかになった。
「私は、西角珠音っていって、この人とは小学生からの知り合いなの。ひなこちゃん、嫌なことは嫌ってはっきり言ったほうがいいよ?」
ひなこの前にしゃがみ込み話し出す珠音。その口調は、とても優しく、まるで迷子の幼児へ話しかけているようだ。
「おい、待て。嫌って?」
「え? だってゆーくん、この子、誘拐してきたんでしょ?」
「なんでそうなんだよ⁉︎」
とんでもな勘違いだ。
「あっ! 先に警察に連絡しなきゃ」
「待て待て待て! 違う! 誘拐じゃねぇよ!」
「違うの?」
「なんで、あたかも俺が誘拐の常習みたいな聞き方なんだよ」
女の子と二人でいたらおかしいのだろうか。
「しかも、誘拐されてるみたいな雰囲気じゃねぇだろ。こんな半野放しな誘拐、もう逃げられてるよ」
「でも、そういうことに頭が回らない歳なのかも」
「そんな歳に見えんだろ……」
「わからないよ? ねえ、ひなこちゃん。ひなこちゃんって、何歳なの?」
「わたし? たぶん、十五歳だよ?」
「ほら、俺らとほぼ変わんねぇだろ」
「でも、多分って」
「あー……、それは気にすんな」
それについては、話せば長くなる。
詳しくは優也も知らないが、ひなこは研究所にいた頃以前の記憶がない。だから、年齢についても曖昧なのだ。
「とりあえず、珠音の勘違いだ。俺は誘拐なんてしてねぇよ」
「んじゃあ、どうしてゆーくんが女の子といるの?」
だから、女の子といたらおかしいのか。
しかし回答に困る。そもそも、今、優也が珠音と会いたくなかったのは、ひなことの関係をどう説明すればいいのかわからなかったからだ。
だが、はぐらかすという選択肢は、もうないわけで。
「……ほら、前に話したろ、俺に頼みごとをしてきたやつがいるって。それが、こいつだ」
嘘はついていない。これも、まぎれもない真実だ。
後は、珠音がどう返してくるかが問題で。
「ーーそっか。分かった。確かに私の勘違いだね」
少し驚いた表情を見せ、珠音は静かに引き下がった。
「……詳しく聞かないのか?」
「詳しく聞いてほしいの?」
「いや、それは……」
「だから聞かない」
だったら、さっきひなこを隠していたことにしつこかったのはなんでなのか。
「それに、いいこと知ったし」
「いい事?」
「うん、いいこと。でも、教えないよ?」
「なんだよ、気になるじゃねぇか」
「んじゃ、ひなこちゃんのこと詳しく教えてくれたら、かわりに教える」
なんて卑怯な。
優也が話せないと知ってて、彼女はこういう提案をしてきているのだ。
しかし優也は話せない。ゆえに、知ることができない。
「そういえば、ステラにはお買い物に来たんだよね?」
「ああ」
「あっ、だったら抽選にチャレンジした?」
「したぞ」
「何が当たったの?」
「俺は、これだ」
戦利品、なんて誇れるものじゃない品物を取り出し、珠音に見せる。
「あ……、参加賞だね」
珠音もこの反応である。
「でも、ポケットティッシュって意外と使い道あるから」
「そうか?」
「うん。花粉の時に大活躍でしょ?」
「悪いな。俺、花粉症じゃねぇんだわ」
「あ、そっか……」
そういえば、珠音は花粉症持ちだったな。そういう人にはポケットティッシュは需要あるものなのかもしれない。
「そういう珠音も抽選したのか?」
「うん、したよ。一回だけだけどね」
「なにが当たったんだ?」
「え? あ……、うん。たいしたものじゃなかったよ」
「てことは、参加賞か?」
「ま、まあ、そんな感じかな」
はっきりと肯定しないことに違和感を覚えたが、それを尋ねるより先に、珠音が話し出した。
「抽選に参加したってことは、ゆーくんもなにか買ったんだよね?」
「ああ。ひなこに服をな」
「服?」
何気なく真実を述べたが、よく考えれば、おかしなことである。
優也の彼女ならいざ知らず、ただの友だちのひなこに服を買ってあげたという状況を、珠音はどう受け取ったのだろうか。
しかし、きちんとした理由があるといえど、諸事情により、それを珠音に説明することはできない。
そんな優也の心配を吹き飛ばすかのような元気さで、言葉を返したのはひなこだった。
「うん! 優也くんにかってもらったんだ!」
嬉しさのあまり、購入した服の中でも一番のお気に入りである、あのワンピースを見せびらかそうとして、
「…………あれ?」
ひなこの手が止まった。
「どうした?」
「……ないの」
「なにが?」
「服……ううん、かってもらったのぜんぶ!」
「はあ⁉︎」
突然の発言に、最初理解が追いつかず、優也も確認してみれば、ひなこの座る左右に、服を入れた買い物袋が置かれていなかった。彼女のもとにあるのは、少し前にゲーセンで手に入れた猫のぬいぐるみと、抽選で得たスマホだけ。もちろん、本人の希望もあったので、優也は買い物袋を持っていない。
「無くしたってことか?」
「たぶん……」
「どこで?」
「わかんない……。でも、さがしにいかなきゃ!」
「ちょ! ひなこ!」
ソファーから立ち上がり、どこかへ向かって走り出すひなこ。
それを隣で見る珠音は、いまだ状況が掴めていない様子。
「買ってやった服が入った袋を無くしたみたいでな」
「えっ? どこで?」
「わからないらしい。まあ、そういうことだから。悪いな、珠音、また今度」
珠音と別れて、優也は急いでひなこのあとを追った。




