29話 これっていわゆる
その後も、いくつかの店をまわり、計三点の服を購入した。
集まった抽選券は全部で十枚。つまり、十回抽選に挑戦できる。
ちなみに、買った服が入った袋はすべてひなこが持っている。彼女の要望だ。そして、優也が買ったひなこへのプレゼントも、もちろん袋の中に入ったままである。
「どうしたの、優也くん。袋ばかり見て」
「き、気のせいだろ。袋なんか見てないぞ……?」
「そう? 気のせいなのかな」
どうにかしてプレゼントだけは取り返してやろうと考えているのだが、いまだ成功には至らない。むしろ、その度にひなこに怪しまれている気がする。
「そんなことより、どうする、くじ。十枚もらったけど」
「半分こしようよ」
「五枚ずつか? 俺はいいが、ひなこはいいのか? 五回しか焼肉セットに挑めないぞ?」
「優也くんは当たらない前提なの⁉︎」
「自慢じゃないが、こういう抽選で参加賞以外当てたことがないんだ」
参加賞なんて実質ハズレと同じである。ようするに、ハズレくじ以外引いたことがない。もはや、当たりくじなんか入ってないと疑っているほどに。
「だから、十枚ともひなこが引くほうがいいんじゃねぇのか。運には自信があんだろ?」
ひなこには悪いが信じてはいない。が、自分よりは確率が高いだろうと思っている。
「ううん。このくじは優也くんのおかげで引けるからね。優也くんには、五回、チャンスをあたえます」
「お、おう。そうか」
お礼というのならば、ひなこが引いてくれるほうが助かるのだが。
「まあ頑張ってはみるが、当たらんかったら我慢してくれよ」
なんせ当選確率なんか無いに等しいのだから。
「な、ひなこ」
………………………………
待てど暮らせど返事がない。
横を見やれば、共に歩いていたはずのひなこの姿がなかった。
(まさかーーっ!)
彼女は研究所に追われる身。どんなに平凡に暮らしていたとしても、常に危険が隣り合わせだ。いつ何時戦いに巻き込まれてもおかしくない。
優也は心配になり、後ろを振り返れば、少し離れた位置に、通路にうつ伏せて倒れるひなこの姿があった。
「ひなこ⁉︎」
慌てて駆け寄れば、今にも力尽きそうな表情で、ひなこが反応を返した。心なしか目尻に涙を浮かべているような気もする。
「どうしたんだ?」
「ゆ、優也……くん……」
「なにがあった⁉︎」
何者かに不意打ちでも食らわせられたのだろうか。
「あの、ね……」
「なんだ?」
「……おなかがすいて、動けないよ……」
…………………………
「どうして放っていくの⁉︎」
「あ? 当たり前だろ。それは言わないって約束だったからな」
彼女の空腹は、このステラに来た時から知っていた。だが、先に服屋を見てまわるというひなこの要望の代わりに、その約束を交わしたのだ。
「約束はしてないよ。わたし言ったもん、たぶんって…………、ちいさく」
「聞こえてねぇよ!」
相手に伝わってなきゃ言ってないのも同然だ。
だから、優也は床にひれ伏すひなこを置いて問答無用で歩き出す。
「ゆ、優也くん……」
「………………」
「たすけてよ〜」
「…………」
「ねぇってばぁ……」
「……」
「優也くぅん……」
「わぁーったよ! わぁったから取りあえず黙って立ち上がれ! なんか食わせてやるから」
「ほんと! ありがと!」
何事もなかったかのように立ち上がり、元気を取り戻すひなこ。
元気じゃねぇかよ。
どれだけ、そうつっこんでやりたかったか。
しかしここで前言撤回することはできない。また彼女が床に倒れ、駄々をこね始めるに決まっているからだ。なにより、周りの人たちが優也へ向ける視線が痛かった。
「とりあえず何が食いたい?」
「や」
「それは抽選で当てろ」
「まだなにも言ってないよ⁉︎」
「焼肉だろ。わかってんだよ」
出会った頃も、そんな流れだったからな。
「ち、ちがうよ。わたしは、その……、や……や……、焼きそばって言おうとしたんだよ?」
「んじゃ、焼きそばでいいんだな?」
「だめだよ!」
どっちなんだよ。自分で言ったんだろ。
「とりあえずは、フードコートへ行くか。そこで決めりゃあいい」
「わかった! 焼肉にするよ!」
「だから焼肉から離れろ」
「わたしはゆるがないからね」
「少しは揺るげよ」
そうして、優也とひなこはフードコートへと向かって歩き出す。
フードコートへと向かう間、優也はひそかにステラのパンフレットを手に取り、店の一覧を確認していた。
さすがは、欲しいが全て揃うと謳うほどのことはある。何店か焼肉を扱うお店があった。
だから、優也は、そういったお店が辺りにない座席にひなこを誘導し、腰を下ろした。
「改めて聞く。何が食いたい」
「焼に」
「それ以外で」
ほんと揺るがないな。服を買ってやったんだから、少しは遠慮をしろ。
「えー。やっぱり優也くんはケチだね。優也くんはケ」
「それ歌ったら今すぐ帰るからな」
「チ…………」
どうやら、やっと諦めたらしい。席に座ったまま、ひなこは周りにあるお店を見回し出した。
「……優也くん」
「決まったか?」
「うん。あれがいいな」
そう言って指差すは、ハンバーグをメインに取り扱う店だ。あそこならば、それほど高くないだろう。
「ハンバーグか」
てか、結局肉だな。
「あれでいいか?」
「うん!」
「んじゃ、注文してくるから待ってろ」
「わかった」
席を立ち、店へ向かう優也。
料理ができるまでの間、優也は時折テーブルで待つひなこに視線を移し、密かに安全を確認していた。
出来立てホヤホヤの湯気がのぼるハンバーグの載ったお盆を二枚、両手に持ちながらひなこの待つ席へと戻る優也。結局、優也もハンバーグを頼んだ。ひなこと違う点といえば、量とチーズが乗っていることくらいか。
「ほら、お待たせ」
優也は、盆をテーブルの上に置き、ひなこと反対側に腰を下ろす。
「ハンバーグ定食でよかったろ? ハンバーグとご飯、大盛りにしといたからな」
「うん! さすが優也くん。わかってるね」
「まあな」
もちろん知っている、彼女が大食いであることなど。
「いただきまーす!」
行儀良く手を合わせてから料理を口に運び始めるひなこ。
「うん。おいしいよ、これ」
誰かに話してるのか独り言なのか。そんなことを言いながら、どんどんと食していく。
ここまでの食いっぷり。作った人が見たら、きっと喜ぶであろう。
もう少し見ていたい気持ちもあったが、せっかくの温かい料理が冷めてしまわないうちに、優也も食べ始める。
「ごちそうさまでした」
「は?」
優也が一口、ハンバーグを口まで運んだ頃、向かいに座るひなこがそんなことを言い出した。
最初、意味がわからず、優也が前を見やれば、箸を置くひなこの姿があった。その皿の上には、さっきまであったはずの料理がすっかり消え去っていた。
「もう食ったのか?」
「うん」
「はやくねぇか⁉︎」
「お腹すいてたからね」
そうは言っても、彼女が料理を食べ初めて数分しか経っていないように思えるが。
しかし実際完食しているのが現実なわけで。
「あー………………」
なんだか視線を感じた優也は、再びひなこへと視線を戻す。
だらり、と。彼女の口からよだれが垂れた。
「お、おい」
優也の声に気がついたのか、ひなこは垂れかけていた、よだれを吸い上げる。
「あー………………」
しかし、またしても垂れてくる。
彼女の視線を先にあるのは、優也、ではなく、その前に置かれたチーズハンバーグ定食だ。
「………………」
「な、なんだよ」
「おいしそうだね、それ」
「食いたいのか?」
首を縦に振る、何度も。
「やるよ」
「いいの⁉︎」
「別にいいよ」
そもそも、それほどお腹が空いているわけでもないのだから。
お盆を渡すため箸を置こうとした瞬間、
「あーん」
と、突如ひなこが、こちらに向けて口を開いた。
「……なにやってんだ?」
「なにって、口をあけてるんだよ?」
「そりゃ見てわかる。俺が聞きたいのは、なんのためにってことだ」
「ハンバーグを食べるためだよ」
つまり、それは、
「俺に食べさせろってことか?」
「うん、そうだよ。お皿、優也くんのほうにあるからね。わたしが食べるにはちょっと遠いの」
いや、だったらお盆を交代すればいいだけの話。というか、
「この箸、俺が使ったやつだぞ?」
「? それがどうかしたの?」
それがどうかしたのかって。
どうしたもこうしたもないのではないだろうか。
普通、こういうのは嫌がるはずでは?
しかし、ひなこが純粋に理解していないのは、首を傾げる彼女の表情を見ていればわかることで。
「いや、ひなこが気にしないっていうんなら構わねぇけど……」
「なんかわからないけど、わたしは気にしないよ?」
「…………」
ほんと彼女は変わっている。なんというか、馬鹿というのか、天然というか。
「……ほら」
「あーーん……」
ハンバーグを一口サイズに切り、ゆっくりと、ひなこの口元へと運んだ。
「……んーっ! これもおいしいね!」
「気に入ったか?」
「うん」
満足そうなひなこの視線は、いまだチーズハンバーグをとらえている。
「……全部食うか?」
「うん!」
「そんじゃ、お盆貸してくれ。こっちのと交換するから」
「わかった」
ひなこから盆を受け取り、優也は彼女の前へ食べかけのチーズハンバーグ定食の載った盆をスライドさせる。
「ほら、箸」
「ありがと」
彼女の盆から箸を取り、ひなこへ渡す。さすがに、こうなれば彼女が優也の箸で食べる理由はない。
優也は、自身の使っていた箸へと視線を落とし、それを盆の上に静かに置いた。
「いただきまーす!」
そうして、ひなこは、手を合わせて、二食目を食べ始めた。




