28話 後悔先に立たず
「とりあえず、軽くまわってみたが、どうだ? なんかめぼしいもんはあったか?」
二階を軽く見てまわり、優也はひなこに、問いかけた。
「うーん……、いろいろあってなやむよ……。ちなみになんだけど……」
「全部は無理だからな」
「……だめ?」
「駄目に決まってんだろ」
「…………やっぱり、だめ?」
「駄目だ」
何着買うつもりかは知らないが、そんな予算は持ち合わせていない。
「せいぜい二、三着だな」
「ええっ⁉︎ 二、三着⁉︎」
それだけの驚き様。ほんとに何着買ってもらえると思っていたのだろうか。
「うぅ……、二、三……」
そんなことを小さくつぶやきながら、頭の中で選別を始めるひなこ。
まあ、まだ全店舗まわり切ったわけではない。これから先、欲しいものが見つかるかもしれないだろうと、優也はひなこの横に並んで歩いていた。
「優也くん……」
「ん?」
ふと、ひなこに呼ばれ、優也は歩みを止めた。
少し振り返ってみてみれば、ひなこはとあるお店の前で何かを見上げていた。
「どうした?」
「わたし、これがいい」
「どれだ?」
どうやら目当ての物を見つけたらしく、優也も近くに寄って、それを見た。
薄いピンク色の、膝上までの長さのワンピースに、白色の上着を羽織ったコーディネートだ。
こういう女性物の服はよく分からないが、フリルがあしらっているあたり、大人よりも子供向けなのだろうか。
でもまあ、ひなこの容姿からすれば、こういう類のものが似合うのは間違いない。
「一度着てみるか?」
「いいの?」
「試着してみんことにはサイズとかもわかんないしな」
とくに、ある部分のサイズとかな。
「いらっしゃいませ、お客様」
と、そこへ、タイミングよく店員が声をかけてくれた。
さすがはレディースの専門店というべきか、スタイルの良い、着こなしも決まった女性の方だ。
「もしよろしければお伺いしましょうか?」
「すいません、試着とか大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。どちらの服ですか?」
「これなんですけど……」
おすすめ商品なのか、店の入り口に置かれたマネキンが着た服を、優也は指差す。
「かしこまりました。ご用意しますので、奥の試着室の前でお待ちください」
そう言って店員が、指を揃え、丁寧に指差したのは、店に向かって右奥の、試着室、と書かれた看板だ。
「わかりました」
優也はひなこを連れて、指示された場所へ移動する。
待つこと数分。さっきの店員がやって来た。
「どうぞ」
腕にかけていた服をひなこへ手渡す。
「?」
服を受け取ったまま、その場に立ちつくすひなこ。どうやら、次何をしていいのか、わからないらしい。
「そのカーテンの中で着替えるんだ。終わったら声かけてくれ」
「うん、わかったよ」
店員が少し不思議そうな表情で見ていたが、気にせず優也は、服を手に取り困った様子のひなこに指示した。
確かに知らない人からすれば奇妙な光景だろうと思う。
「彼女さんですか?」
「へ?」
突然投げかけられた店員の質問に、優也は情けない声を出した。
「先ほどの女の子。お客様の彼女さんかなと思いまして」
「そう見えますか?」
「ええ。とてもお似合いだと思いますよ」
「そうっすか……」
なんだか小っ恥ずかしくなり、思わず優也の口調が変わってしまう。
「でも、違うんですよ」
「そうなんですか? では、お友達ですか?」
「まあ、そんなとこですかね」
詳しくは違うんだろうが、あんな話、誰が理解してもらえるというのか。
「優也くん? 着替えおわったよ?」
そんな話をしている間に、カーテンの隙間からひなこが顔をのぞかせた。
「んじゃあ、カーテン開けていいぞ」
「いくよー。ーーーーじゃん!」
変な効果音付きで、ひなこはカーテンを全開に、お披露目する。
「おおーーーー」
正直、想像していたよりも似合っていた。元着ていた服もそうだが、やはり彼女には、大人びた服装よりも、可愛らしい服の方が似合うらしい。
それに、優也が密かに心配していたサイズに関しても問題はなさそうだ。
「どう?」
スカートをひるがえして、その場で回転してみせるひなこ。
彼女の表情を見るあたり、相当この服が気に入っているらしい。
「ああ。ばっちりだな。似合ってる」
「ええ。お似合いですよ」
店員の反応も上々だ。
「胸のサイズが気になっていましたが、そちらも問題ありませんね」
「胸…………」
しかし、店員の、その余計な一言に、ひなこは両胸に手を当てて表情を曇らせる。心なしか、目尻には涙を浮かべているようにも思えた。
彼女も女の子。やはり胸の大きさにはこだわりがあるらしい。
てか、店員、自分が大きいからって、無神経だな。少しは気づかってやれよ。……気になったのは同じだが。
「……ま、まあ、それ買うか」
「うん……」
テンションだだ下がりじゃねぇかよ。
そう店員に言ってやりたかったが、今の表情を見るあたり、本当に何気ない一言だったのだろう。
「すいません、これください」
「ありがとうございます。では、お会計はレジの方で」
そう言って、店員はレジへと移動する。
「優也くん、これどうするの?」
「ん?」
ひなこの視線を追えば、自身が着ている服を見ていた。
「ああ。また着替えるんだ。会計は俺が行っとくから、ひなこは店の前にでも待っててくれ」
「わかった」
再びひなこが着替えて出てくるのを待ち、彼女から服を受け取ると、優也は一人、店員が待つレジへと向かった。
バーコードを読み取り、価格が表示される。
「お会計が、三七八〇円になります」
思えば値札を確認せずにレジを通していた。しかし、女性ものの服の平均値段がいくらするのか知らないが、この服で、この値段ならばむしろ安いほうではないのだろうかと思う。
財布からお金を取り出そうとして、ふと優也はレジ台に置かれた装飾品に目がいった。
ピヤスやらイヤリングが並べられた、その中に、一つの髪留めがあった。ひまわりの花が装飾されたヘアゴムである。
(そういや、あいつヘアゴムつけてたよな)
脳裏に思い出されたのは、出会った当初ひなこが身につけていたひまわりのヘアゴムである。
今や血に汚れてしまったそれは、ひなこ本人の希望により捨ててはおらず、家の一角に大切そうに保管されている。
「………………。すいません、これもいいですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
気がつけば、優也はそのヘアゴムを手に取って店員に渡していた。
「お値段が変わりまして、四〇八〇円になります」
(……まあいいか。あいつには返せない恩ばっかだしな)
お金をトレイへと乗せる。
「ちょうどお預かりします。こちら、レシートと、ステラ一階で開催しております抽選会の抽選券になります」
返ってきたレシートと抽選券四枚を受け取り、優也は財布の中へ。
「こちら、プレゼント用の包装ができますが、どうされますか?」
「あ、はい。じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
ヘアゴムがピンク色の小さな紙袋に入れられる。
「袋、お分けしましょうか?」
「いや、別に一緒でいいですよ」
「ありがとうございます」
綺麗に畳まれた服と、ヘアゴムが入ったピンクの小袋を、洒落たレジ袋に入れ、店員は優也へ差し出す。
「ありがとうございました」
レジを後にして、ひなこが待つ店の前へ。
「待たせたな。ほれ、買ってきたぞ」
「ありがと!」
ひなこがレジ袋を嬉しそうに、なかば奪い取る。
「ちょ……」
「? どうかしたの?」
彼女にとって袋の中身は服だけだと思っているのだろうが、その中には優也からひなこへのプレゼントも入っている。
サプライズのようにひなこへあげることを、ひそかに計画していた優也。このまま彼女が袋を持ち続けることには、もちろん反対だ。
「……お、重いだろ? 俺が持つよ」
「いいよ。わたしがもつよ」
「遠慮すんなって」
「優也くんこそ。どうしたの? そんなにわたしにもたせたくないの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
やばい。これ以上は勘付かれてしまいそうだ。
幸いにもひなこは袋の中身を確認するつもりはないようだ。このまま黙って引き下がる方が吉なのかもしれない。
「……ひなこが持ちたいって言うんなら、それでいいよ」
「うん。これはわたしがもつよ」
「そうか……」
なんで袋を分けてもらわなかったのだろうと、優也は心の中で後悔した。




