26話 ひなことステラと抽選と
優也とひなこは、見渡す限り人ばっかりの喧騒の中、二人並んで立っていた。
「あらためて近くで見ると大きいんだねー……」
圧倒された表情でひなこが見上げているのは、ステラと名付けられたショッピングモールである。
ちなみに、上空からこの建物を見ると星型になっているらしい。
「行きたがってたのは、ここで合ってたか?」
「うん、ここだよ」
雑貨屋から飲食店まで、多種多様なジャンルのお店が約七〇〇店ほど収容されたここは、今日もたくさんの人を呑み込んでいた。
ステラに来るだけで、買いたい物の全てが揃うと言っても過言ではない。実際、ステラの売り文句も『欲しいが全て揃う』だったか。
実際、このステラが建った当時、周りにあった店の大半が閉店してしまったという事態が起こってしまったほどだ。
「ねえねえ優也くん、はやく入ろうよ!」
「ん? ああ、そうだな」
どうやら、ひなこは未知の世界へのワクワクが止まらないといった様子だ。
正直、ここまで彼女に喜んでもらえるとは思っていなかった。
しかし、入る前からこのテンション。いざ中に入ってみて、彼女の期待を裏切らなければいいのだが……。
若干の不安が込み上げてきながらも、優也は、駆けるひなこのあとを追ってステラへ入店。
「ーーーーーー!」
優也の不安なんてさて置いて。ひなこは目の前に広がる景色に、またしても圧倒されていた。
思えば、優也自身もステラへ来るのは、ずいふんと久しぶりである。中学生の時、珠音と来たのが最後だったか。だが、昔と店内の様子はほとんど変わっていない。
延々と続きそうなほど真っ直ぐ左右に伸びた廊下。その両側には色々な専門店が軒を連ねている。見上げれば、二階より上の階は、通路の真ん中が吹き抜けになっており、まるで天まで届きそうなほど高い位置に天井が見えている。
確かステラは七階建てだったか。
「優也くん、あれはなに?」
「どれだ?」
ひなこが指差すは、店内正面入口を入った広いスペースの中程に設けられた長テーブル。そこには、女性の店員が二人並んで立っていた。
テーブルの横に看板も置かれている。
「抽選会場って書かれてんな」
「抽選?」
「抽選ってのは、くじを引くことだな。そのくじに応じた景品が貰えんだ。分かったか?」
「抽選の意味はわかってるよ⁉︎」
「そうだったのか?」
「なんで意外そうなの⁉︎」
確かに意外だ。ひなこが抽選の意味を知っていたとは。
「わたしが聞きたかったのは、なんの抽選をしてるのかなってことだよ?」
「さあな。そりゃ俺も知らん」
なにせ、ただ思いつきのようなもので、ステラへとやって来ているのだから。事前調査なんてしているはずがない。
「気になるか?」
「うん!」
「んじゃ、行ってみっか」
ひなこを先陣に、優也は、女性店員が待つ抽選会場へと近付いた。
「いらっしゃいませ」
店員の一人が、二人の存在に気付き、軽くお辞儀。
「抽選券はお持ちですか?」
「はい!」
「持ってねぇだろ!」
「あいたっ!」
なに流れるようにウソついてんだ、こいつ。
「優也くん! 頭をたたいたら、細胞が一万個死んじゃうんだよ⁉︎」
「そうか。なら大丈夫だ。ひなこにそんな死ねるほどの細胞なんてないから」
「ひどい⁉︎」
「てか、誰情報だよ、それ」
「ん? んっとね……、わたしのおばあちゃん!」
「おばあちゃんて……」
いかにも真実っぽく聞こえるが、昔の記憶がないという彼女が、祖母の言い伝えを覚えているというのが疑問である。
そんな優也とひなこの漫才のような会話に、二人の店員は微笑みを浮かべていた。
「すいません。俺ら、まだ抽選券を持ってなくて……」
「そうでしたか。こちらの抽選は、ステラでのお買い上げ金額が千円につき、一枚発行される抽選券で、一回引くことができます。抽選についての詳細や注意事項などは、こちらに書かれておりますので」
そう言って、優也は店員から一枚の紙を受け取った。それに軽く目を通す。
すると、横合いから、ひなこも紙を覗き込んで来た。
「ねえねえ、優也くん。抽選でなにが当たるのか書いてる?」
「いいや、書いてないな」
ここに記されているのは店員が言った通り、抽選の説明と注意事項だけだ。
「抽選の景品って何なんですか?」
「景品でしたら、こちらになります」
店員が丁寧に手のひらで示すは、抽選会場と書かれた看板とは反対側に置かれた、もう一枚の看板。そこには、目立つ色合いで、写真も貼られ、こう書かれていた。
1等 カップルで行く! 温泉旅
2等 選べるスマートフォン
料金一年間無料プラン
3等 A5ランク黒毛和牛 焼肉セット
4等 一流バリスタ監修 コーヒーメーカー
5等 美人水2L 6本
参加賞 ポケットティッシュ
「なかなか豪華だな」
まあ、当たらないのが世の常であるが。
「ねえ、『かっぷる』ってなに?」
「あ?」
突然のひなこからの質問に、一瞬優也はなにを問われたのか分からなかった。
「カップル? カップルってのは、その……、なんだ、簡単に言やあ、恋人同士ってことだな」
「恋人。んー、わたしにはよくわかんないや」
確かに彼女は恋とかそういうのに疎そうなイメージがある。というより、イメージではなく事実であろう。
「でも、なんだか『おんせん』旅っていうのも楽しそうだね!」
「……もしかしてひなこ、温泉、知らないのか?」
「ん? うん。知らないよ? 優也くんは知ってるの?」
「ま、まあな……」
この歳で知らない方が珍しいと思うが。
今まで彼女は研究所という施設に、言わば閉じ込められていて、外の世界というものをあまり知らない。こういうことを少しずつでも教えていくのも、彼女のためなのだろう。
「温泉ってのは、言ってみりゃ風呂だ」
「優也くん家の?」
「俺ん家の風呂は温泉じゃねえけどな。まあ、あの風呂が全体的にもっと広くなって、色んな人と一緒に入んのが温泉だ」
「優也くんとも入るの?」
「男女は別々だ、そこは安心しろ」
「そうなんだ。面白そうだね、温泉。行ってみたくなったよ!」
「なんか機会がありゃ行ってもいいかもな」
「うん!」
両親から月々の生活費と小遣いを貰っている優也であるが、さすがに旅行に出かけられるほどの余裕はない。
しかし、欲を言えば、当然行きたいし、ひなこにとっても、いい思い出作りになるとは思うのだが。現実そんなに甘くはない。
「そんで、なんか当てたいのはあったか?」
「そんなのもちろん焼肉セットに決まってるよ!」
「そこ狙うのかよ。どうせなら一等とかじゃないのな」
「ーー優也くん」
「ん? なんだ?」
「抽選は何等かじゃない。どの景品が一番欲しいかなんだよ」
「……あ、ああ。そうだな」
なんだこのひなこは。偉人っぽく名言を言っているつもりなのだろうが、まったく偉そうに見えない。むしろ、ただただ偉そうだ。
しかし、この様子だと、景品を見た瞬間から決めていたのだろう。あえて三等の焼肉セットを選ぶあたり、食べるのが好きな彼女らしい選択である。
「ま、希望を持ってるあたりいいんじゃねぇのか。俺だったら、五等すら当たらず、参加賞だろうって諦めてるしな」
「ーー優也くん」
「今度はなんだ?」
次は、どんな名言が飛び出すというのか。
「いっとくけど、わたし、運はいいんだよ?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ひなこがか?」
「反応⁉︎ 間が長い!」
「ああ。悪運ってことか」
「しかも間違ってる⁉︎ 違うよ。運がいいの!」
「悪い方の?」
「違う! むしろ悪いほうの運がいいってどういうこと⁉︎」
そんな漫才のような会話を交わしながら、ふと優也は周囲からの視線を感じ、周りを見た。
「………………」
思えば、優也たちが抽選会場へやって来て、早十分程度経過しただろうか。
たったの十分。しかし、このステラにおいては、されど十分。
すでに、抽選会場には数組が並んでいた。くじを引くでもない、ただボケとツッコミを交わす優也とひなこに視線を向けながら。
「行くぞ、ひなこ」
「へ?」
間抜けな彼女の返事に構わず、優也はひなこの背を押して歩き出す。
「すいません。失礼しました……」
店員を含め、迷惑をかけた方々に頭を下げながら。
抽選会場から少し離れて、優也はひなこを押していた手を下におろした。
「急にどうしたの? 優也くん」
「いや。別にな。ただ、じっとあそこに立ってるのも邪魔になるだろうと思ってな」
「じゃまになってた?」
「まあな」
「ぜんぜん気づかなかったよ」
きっとそうだろう。会話中も、肉の写真にしか目がいってなかったからな。
「くじ、引いてみたいか?」
「えっ? いいの⁉︎」
むしろ、そんな嬉しそうな表情を見せられて断れる男がいるだろうか。
「別に構わねぇよ。ひなこが引きたいっつうんだったらな」
「うん! 引いてみたい!」
「んじゃ、引いてみるか」
確かにひなこが言っていたように、抽選は何等が当たるかじゃないのだろう。
たとえ参加賞のポケットティッシュでも構わないのだ。こうして彼女に楽しんでもらえるのならば。




