25話 初めての
日曜日。
昨日予定した大型ショッピングモール、ステラへと向かうため、優也はひなこを連れて家から最寄りの駅へとやって来ていた。
都心に建てられたステラは駅に直結しており、その駅までここから五駅といったところだ。実際電車で行くと少し遠回りのルートになってしまう。
バスならばステラ行きの直通があるので、それで行くという選択肢もあったが、わざわざ電車を選んだのには実は理由がある。
「ひなこ、電車って乗ったことあるか?」
「電車? 聞いたことはあるけど乗ったことはないかな。見たこともないと思うよ」
「そうか」
やはり、優也の思った通り、ひなこは電車を知らなかった。だから彼女のためにも電車で行こうと決めたのである。
「電車に乗るときは、まず、切符ってのを買わなきゃいけねぇんだ」
「きっぷ?」
「電車の運賃を支払ったっていう証拠みたいなもんだな。それと引き換えに電車に乗らせてもらえるんだ」
「そんなことしなくても、直接お金をはらえばいいのにね? そのほうが、はやいんじゃない?」
「まあな」
事実、優也も切符を買っているあいだに電車に乗り遅れてしまったという経験がある。今や、優也も含めほとんどの人がICカードで乗り降りしているだろうから、そういったことは少なくなったが、今でも持っているICカードを使えない交通機関では切符を買う時間を計算しなければならない。
「それで、切符はどこで買うの?」
「こっちだ」
ひなこを案内するは、改札口の近くに設けられた切符売り場である。
「これで切符を買うんだ」
「?」
近くで見ようと、券売機に顔を近づけるひなこ。
【いらっしゃいませ】
「うわあ⁉︎ な、なに⁉︎」
自動アナウンスの女性の声とともに、券売機の画面が明るくなる。機械がひなこに反応したのだろう。
「近付いたら自動で電源が入るようになってんだ」
「な、なるほど……。びっくりしたよ」
まあ、いきなり知らない声が、どこかから、しかも近くで聞こえてきたら焦ること必至である。
「そんで、切符の買い方を教えるぞ」
「うん」
「まず、路線図で降りる駅を確認するんだ」
「上にある地図みたいなやつのこと?」
「そう。今回降りるのはステラ前駅だな」
「あっ! あったよ、ステラ前駅」
ひなこが、指差して発見を知らせる。
「? 下にある数字はなに?」
「それがその駅までの運賃、払う金額だ。今回だと二七〇円だな」
「その下の一四〇っていうのは?」
「それは子供用の料金だな。小学生が対象の運賃だから、俺らには関係ないやつだ」
「わたし、小学生に見えるかな?」
「見えん」
「即答だね⁉︎ ちょっと傷つくよ⁉︎」
小学生に見えないというのは、ある意味褒め言葉のようにも感じられるが。どうやら、ひなこにとっては、けなし言葉になるらしい。
「料金がわかったら、券売機の画面に、その数字が書かれたところがあるだろ?」
「うん」
「そこをタッチするんだ」
「こう?」
ピッ、と機械音が鳴り、画面が切り替わると、【お金を入れてください】とアナウンスが流れる。
「あとはお金入れて、切符を取るだけだ」
優也はひなこに運賃を手渡す。
「どこに?」
「ここだ」
優也が指示する場所へお金を投入するひなこ。
ピピー、と甲高い音とともに、券売機から切符が排出される。
「これを受けとったらいいの?」
「ああ」
ひなこは、券売機から切符を抜き取る。
「そんじゃ今度は改札口に向かうか」
「? 優也くんは切符、買わないの?」
「俺は買わなくていいんだ。ICカードが使えるからな」
「あいしーかーど?」
「今買った切符のカード版みたいなもんだ。事前にお金を入れとけば、切符を買わずに電車に乗れるんだ」
「へー、そんな便利なものまであるんだね」
そんな会話をしつつ、優也とひなこは改札口の前へとやって来た。
「ここを通るの?」
「そうだ」
「でも、通路が途中で閉まっちゃってるよ?」
「その切符を入れれば、開くようになってるんだ」
「すごい。ほんとに、はいてく、だね!」
「そうだな、ハイテクだな」
『美少女』という存在の方が、ずっとハイテクだろうが。まあ、彼女からすれば『美少女』の方が当たり前で、こういった科学の方がハイテクに見えるのだろう。
「ここに、切符を入れるんだ。そんじゃあ、あのゲートが開くから、向こう側に渡って、出てきた切符を受け取る。できるか?」
「もちろん! 余裕のよっちゃん、だね!」
「今じゃ死語だからな、それ」
ていうか、よくそんな言葉を知っているな。優也も聞いたことはあるが使っている人は初めて見た。
「でも、なんで入れた切符をとるの?」
「次、降りた時に使うんだ」
「なるほど」
そうしてひなこは改札機の横へ立つ。
今ここに、ひなこの挑戦が始まる。
幸いにも、今日は、ほとんど人がいない。少しは彼女が手こずっても周りに迷惑をかけないだろう。
「ほっ! やっ! たあっ!」
そんな無駄にも思える掛け声とともに、一つ一つの動作を確実に、切符を入れて、改札を抜け、切符を受け取ったひなこ。
「どう?」
自慢げな表情でこちらを見ている。
そんな褒めてと言わんばかりに見られても、なんと褒めてやればいいのやら。
「よくやった。初めてにしちゃ上出来だ」
「ふふーん。当然だよ!」
許して欲しい、ひなこよ。決して馬鹿になどしていない。むしろ、この言葉以外思いつかなかった。
まあ、本人が満足そうなので良かったが。
ひなこが改札を抜けたのを確認し、優也もズボンのポケットから財布を取り出して、改札機へ当てる。
ピッ、と。甲高い機械音が鳴り、改札が開く。
「?」
改札機を抜けた先で、ひなこの視線を感じ、そちらを見れば、なにやらもの言いたげな表情でこちらを見ていた。
「どした?」
「いいなー。わたしもピッてしたいよ」
なるほどそういうことか。羨ましかったのな、ICカードが。
「そんな電車に乗らんだろ」
「乗るかもしれないよ?」
「んじゃ、そんときに契約すりゃいい」
「ぶぅー。優也くんのケチ」
ケチでもなんでもない。使わないのに契約する意味がない。
「さあ、電車に乗るぞ」
ふてくされるひなこは置いといて、優也は駅のホームへと向かう。
先ほどの話ではないが、こんなことをしている間に、乗る予定の電車が出発しかねない。初電車のひなこのことも考慮し、ある程度の余裕を持って行動してはいるが、ひなこのわがままを聞いている暇はない。
「優也くんはケチ〜、どケチ〜。優也くんなのに、どどどケチ〜」
「変な歌を作るな」
「あいたっ!」
歌っている方は気にしていないのだろうが、その横に並んで歩く優也の身にもなってもらいたいものだ。しかも、そんなに上手くないし。
ていうか、どんだけICカードを使いたかったのか。
一度使ったら満足するかもしれないが、優也のカードを貸すには色々と問題があるだろう。
できることならひなこには満足した思い出にしてもらいたいが、彼女も子どもじゃない、こればかりは我慢してもらうしかない。
「ほら、あれが電車だ」
ホームへの階段を上りきったところで、ちょうど一台の電車が通過した。
「うわあ! 速いね!」
「あれは特急だからな」
「とっきゅう?」
「電車にはいくつか種類があって、それぞれ停まる駅が決まってるんだ。この電車じゃあ、特急が一番停車駅が少ないな」
「だから速いんだね」
「そういうこと」
ちょうどそこへ、【二番線に、電車が参ります。ご注意ください】とアナウンスが流れた。
「おっ。俺らの乗る電車が来るみたいだな」
「どんな電車なのかな? さっきみたいに速いの?」
「残念だが各駅停車だ。全部の駅に停まる電車だな」
「速いのには乗らないの?」
「また今度機会があれば乗せてやるよ。今回は我慢してくれ」
「うん。わかったよ。ーー優也くん」
「ん?」
「そのときは、ピッを使わしてね」
よっぽどICカードを使いたい、というより、ピッとしてみたいのだろう。タッチだけならば、自販機でジュースを買うときにもできるが、ひなこはそれで満足するだろうか。
二番線へ到着した電車に乗り込む優也とひなこ。
「ほら好きなところ座っていいぞ」
「それじゃあね……。ここ!」
嬉しそうに席を選ぶひなこ。その隣に優也も腰を下ろす。
ドアチャイムが鳴り、電車の扉が閉まると、ガタンと揺れて動き出した。
ホームから外へ電車が出ると、窓からの景色は一変。高架の上を走る、この電車は、遠くの街並み、都心部のビル群が見える。
「ねえねえ優也くん! みてみて!」
「ん?」
「あそこ、おっきい建物がいっぱいだよ!」
「あっこがこの街の中心だからな。ちなみに俺ら、今からそこに行くんだぞ?」
「えっ? そうなの⁉︎ どこ?」
「こっからじゃ見えねぇかな」
「そうなんだ」
ステラも大きな建物だが、なんせ周りに建つビルが高層過ぎて、ステラが隠れてしまっている。
「ま、今から行くんだし、ステラはそん時に見ればいいさ」
「そうだね。いまは、この景色を目にやきつけておくよ!」
「そうしとけ」
これだけ楽しんでもらえれば、交通手段に電車を選んだ甲斐があるというもの。
電車に乗っている間、楽しそうにひなこは外の景色を眺めていた。




