5.うるさい小鳥たち
中庭の噴水が涼やかな音を立てる午後、学院の空気はどこか甘く、春の陽射しが落ち着いた影を落としていた。
私はヴィクター様と共に、穏やかなランチの余韻を楽しんでいた。
「あら、ホフマン伯爵令嬢様じゃありませんか、アルマンド公爵令息様と一緒なんて珍しい」
「本当ですわね。私なら、婚約者様に嫌がられていたら、傍にいられませんわ。はしたない」
「お金しか誇るものがない人は、図太くできていますのよ、きっと」
来たわね、小鳥たち。
高い声を揃えて囀るなら、もっと美しい声で鳴けばいいのに。
胸の奥に落ちる小さな溜息を飲み込む。せっかくヴィクター様と学院でランチを楽しんでいたというのに、こうして姿を見るだけで楽しい気持ちが容易く掻き消されてしまう。
彼女たちは笑みを浮かべながら、芝居でもしているかのように口々に続ける。
「まあ、せっかく話しかけていますのに無視だなんて。私たちの爵位が低いから馬鹿にしていらっしゃるのね」
「品位はお金で買えませんから、仕方ありませんわ。心の狭さに神の罰が下らないよう祈って差し上げましょう」
「お金持ちって言いますけど……いくつも持っているとはいえホフマン家が所有する商会は小さなものばかりなのでしょ? 小さな宝石をいくつも持っていても大きな宝石の価値にはかなわないわ。私たちの家の商会が取引を取りやめたらどうなるかしら?」
誇れるものが無くなるわね、と、三人で顔を寄せて笑い合う小鳥たち。
その嘲笑が、春風さえ濁らせるように耳にいやな響きを残した。私はただ視線を逸らす。反論するのも面倒。
「いい加減にしないか!!」
鋭い声が、中庭の空気を裂いた。
おお、普段は穏やかな美形のヴィクター様が怒ると……本当に迫力があるわ。周囲の学生たちさえ、その声音に肩を震わせている。
「君たちはいったい誰にそんな言葉を言っている! 私の婚約者だぞ? 爵位の下の者がそんな風に……君たちも貴族だろう!」
そう、この人たちも一応は貴族ですの。
けれど今まで一度として注意を向けられたことのなかった彼女たちは、突然向けられた威圧におびえ、ひゅっと息を呑んで固まっている。周りもざわざわと騒めき始め、事態の大きさに色めき立っていた。
「それになんだ。小さいとか大きいとか。どの商会だってそれぞれに価値がある! それにセレナへの態度にも、僕……私は怒りを感じているし、君たちの言動には目が余る。アルマンド公爵家として、これまでのことも含めてそれぞれの家に正式に抗議するから覚悟しておくんだ」
「え? 家に……?」
「困るわ……そんな……」
小鳥たちが顔を見合わせ、みるみる青ざめていく。
今まで何もおっしゃらなかったヴィクター様が、ついに「家」にまで言及なさったのだ。学院は平等な場だと油断していたのでしょうね。彼女たちの顔から色が引いていくのが見えるようだった。
「しゃ、謝罪をさせてください」
男爵令嬢の一人が、震えながら訴える。
「セレナどうする?」
ヴィクター様が優しげな表情でお尋ねになる。ならば返答は一つ。
「謝罪を受け入れますわ。」
*****
「どうなさったのヴィクター様?」
うるさい小鳥たちがいなくなった後、ヴィクター様がいぶかしげな表情で何かを考えていらっしゃる。
「……なんだろう。思っていた『ざまぁ』と違う。これじゃあ、ただ注意して、謝られて許した……だ。セレナは優しすぎるよ、もっと怒ってよかったのに」
「ふふ、ヴィクター様が私の代わりに怒ってくださったのですもの。嬉しいですわ」
「セレナが嬉しいなら……うん、それでいいか! でも、ちゃんとそれぞれの家には抗議するよ。彼女たちもこれから態度を改めてくれるといいのだけれど」
「そうですわね」
ふふ、私に話しかける資格のない者たちが、私の前で口を開く。
度胸がある子たちだったわ。その大胆さは、残念ながら報われることはありませんけど。




