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【完結】あなたは知らなくていいのです  作者: 楽歩


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31/32

31.最後のざまぁ END

 *****


 ーホフマン伯爵家にてー




「……やはり、文官の仕事はきつかったのだろうか、体を壊すほどに」



 国王から、王太子が人知れず療養のため旅立ったという話を聞かされ、ヴィクター様の顔には悲しみが浮かんでいた。



「文官の仕事で病んでしまう器であれば、卒業後、本格的な王太子の務めなど務まりませんわ。早めに分かってよかったのです。それに――原因不明の病だそうですから、仕事とは関係ないかもしれません」


 私は、淡々と続ける。


「ゆっくり療養し、ご自分に合った生き方を見つけられると考えれば……それは、ある意味では幸せですわ」


「……そうだね」


 ヴィクター様は、かすかに息を吐き、頷いた。


「療養を終え、もし戻ってきたなら……その時は、臣下として支えることにするよ」




 ええ、戻って来られたら。



 その時、背後から、軽やかな気配がした。




「お、ヴィクターも来てたのか?」


 振り向くと、レオナードが、いつものようにひらひらと手を振りながら近づいてくる。




「悪いな、セレナ嬢に少し用事があって。ちょっと借りてもいいか?」


「もちろんだとも」


 ヴィクター様の了承を得て、私はレオナードについて歩く。




 ……あら。これは。


「もしかして、頼んでいたものを?」


「そうだ。これな。中、確認するか?」


 差し出された小箱。


 中身はヴィクター様の瞳と同じ色をした、澄んだブルートパーズのカフス。




「この後、ヴィクター様と一緒に見ますわ。ありがとう、レオナード。あなたの宝石を見る目は確かですもの。楽しみだわ」


「お前に褒められると、裏がありそうで怖いんだがな……」


 そう言いながらも、口元はわずかに緩んでいる。




「それより、この前の契約書の条件、ちょっときつくないか? 利益の三割を伯爵家って……お前、帝国の皇子相手に、ぼったくりすぎだろ」


「本当は七割でもいいと思っていますのよ?」


 にこやかに言うと、レオナードは肩をすくめた。




「……はいはい。抜け目なさすぎだ。あんまりやると、ヴィクターに告げ口するからな」


「その時は、あなたとの縁も、そこまでですわ」


「まじかよ……って、おい、あれ……」




 レオナードの指差す先。


 そこにいたヴィクター様の頬を涙が、静かに伝っていた。


 

 ヴィクター様の目から涙がはらはらと零れ落ちているわ。


 どうなさったの!! 大変!


 慌てて駆け寄り、ヴィクター様の様子を確かめる。





「どこか痛いところでも? ど、どうしましょう、お医者様を呼びますか?」



 ヴィクター様は首をフルフルと横に振った。




「…ねえ、セレナ?」


「…はい。」




 ヴィクター様は苦しげな表情だ。




「これは私への『ざまぁ』なのだろうか?」





 はい?




 


「物語ではね……ヒロインに無関心な婚約者は、よく『ざまぁ』されるんだ」


 ヴィクター様は、涙をこらえきれず、語り始めた。




「彼女の価値に気付いた時には、もう遅くて……ヒロインは、後から現れたヒーローと恋に落ち、幸せになる」


 ぽろぽろと涙が落ちる。




「婚約者は後悔して、関係を修復しようとするけれどヒロインは冷静にそれを拒む……」


 ぐす、と鼻をすする音。




「婚約者は孤独と後悔の中で生きるんだ。……ヒーローは、レオナードだ……」




 ああ、涙をハンカチで押さえても止まりませんわ。なぜそのような勘違いを……。


 見てください、レオナードが、少し離れた場所で、全力で「違う」と首を横に振る姿。あんなに嫌そうな顔、久しぶりに見ましたわ。




「ねえ、セレナ? 私には、もうチャンスがないのだろうか?」



「ヴィクター様、誤解のないように先に言っておきますわ。私、レオナードのことは男としてちっとも何とも思っていませんわ。恋に落ちるなんて……ありえませんわ」



 レオナードが、少し離れた場所で、何度も大きく頷く



「で、でも、さっき何かをもらってすごく嬉しそうに…あ、あと、前のお茶会では、2人の会話から愛って聞こえたし……」



 あらあら



「受け取ったこれは、ヴィクター様へのプレゼントです。商人としてのレオナード様に頼んでいたのですわ。それに、前のお茶会での会話は……ふふ、お恥ずかしいのですが、ヴィクター様との愛をレオナード様が疑いましたので怒っていただけですの」


 ヴィクター様が、きょとんとしている。ああよかったわ泣き止んで。



「本当に? 仲のいい幼馴染なんだろう? 気の置けない感じで、セレナの表情も豊かで……笑ったり不機嫌になったり私の前では見せたことのない表情で……」



「まあ、ヴィクター様は私に怒られたいのですか? 私の気分を害して不機嫌な顔をさせたいのですか?」



「い、いや、そんなことはない」



「それに、私はヴィクター様の前で笑っておりませんか?」



「笑っている……。セレナの笑顔は、内面の美しさを映し出す鏡、春の陽だまりのようなんだ。ん? あれ?」



 少し考えこんだヴィクター様が、絞り出すように言った。




「……でも、前の私は、セレナがずっと嫌な思いをしていても婚約者として庇うことなく、無関心だった。罪は消えない……」



 私、気にしていませんのに




「そうですわね。でしたら、これからは、私のことに関心を持ち、私のことを一番に考えてくださいませ。それが償いですわ。『ざまぁ』はいりません」



「そんな……関心を持って一番に考えるなんて当然なのに、それが償いになるのかい? ……あっ! ねえ、セレナ? ……その償い、少し難しいかもしれないから ……えーと、その、一生かかるかもしれないよ?」



「ふふふ、そうでしたか。ええ、では一生償ってくださいね」



 飛び切りの笑顔に戻ったヴィクター様に抱きしめられる。



『俺は、帰るからな』とジェスチャーをし、呆れ顔で帰っていくレオナード。いい判断よ。




 邪心がなく、権力や富を求めることもなく、人々の笑顔と幸福を何よりも大切にするヴィクター様に、この世界は、生きづらいだろう。陰湿な権力争いや偽りの人間関係、張り巡らされる策略、貴族の一員として、その一端を担わざるを得ないこともある。ふふ、大丈夫です、ヴィクター様。私、それらは大得意ですの。


 だから、あなたは知らなくていいのです。


 私がいる限りこの世界は生きやすく、心はいつも自由ですわ。



 輝く陽光が差し込む庭園、花々が咲き乱れる中で、ひときわ輝くヴィクター様。

 ああ、ヴィクター様のいる世界はなんて美しく心地よいのかしら。




 END



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