了承をいただきました
可愛い。
カルーさんは、耳の付け根あたりをゆっくりと撫でてあげるだけで、至福の表情を浮かべ、うっとりと目を閉じている。しっぽが幸せそうにふわりふわりと右に左にゆらめいて、まるで俺の作ったメシを食べてる時並のとろけるような幸せな空気を醸しだしていた。
あんまり幸せそうな様子に逆にいたたまれなくなって、そっと手を離す。カルーさんのしっぽは、残念そうにパタリと床に落ちた。
「えっと、じゃあ、とりあえず結婚の件は了承して貰えたって事でいいんだよな?」
俺の言葉にカルーさんがビクン!と身体を強張らせる。目が転がり落ちそうなくらい見開かれ、息するのも忘れちゃってそうな感じの緊張具合だけど大丈夫だろうか。若干心配になるんだけど。
カルーさんの緊張っぷりを楽しむようにもったいぶって間をあけた後、ギルじいちゃんはニッコリと頬笑んだ。
「ああ、もちろんだ。可愛い嫁さんでなによりだ、なぁマーサ」
「ええ私も嬉しいわ。これからよろしくね、カルーちゃん」
嬉しそうに頬笑みあい、それからカルーさんを慈しむように見ている養父母達は、明らかにカルーさんを気に入ってくれているようだ。うん、一安心だな。
「良かったですね、カルーさ……」
「やったぁぁぁぁぁ~!‼良かった!良かったよぉぉぉ!‼」
カルーさん、魂の叫び。
そうとしか言えない喜びっぷりに、俺は言葉を無くした。
ちぎれんばかりに振られているしっぽも暴れん坊だが、本人の方がよっぽど暴れん坊だ。なにせ激しくジャンプして喜びを表現している。あまりの勢いに、さすがに俺もびっくりした。
「まぁまぁこんなに喜んじゃって、可愛いわぁ。クラウドったら愛されてるのねぇ」
「やっぱり獣人属は表現が素直だねぇ」
なんというか、元冒険者ゆえか獣人の特性をよく知ってるっぽいギルじいちゃんはともかく、カルーさんの奇行を全部『可愛い』で済ませているマーサばあちゃんは、結構大人物なんじゃないだろうか。
「さて、それじゃあこれ以上ここにいたらあてられそうだから、そろそろおいとましようか、マーサ」
「ですねぇ。クラウド、式の日取りとか先方へのご挨拶とか、私達が必要な時は遠慮せずに声をかけるのですよ」
「だねぇ、幸せになるんだよ」
「……ありがとう、ギルじいちゃん、マーサばあちゃん」
どこまでも優しい養父母達の言葉に、こみ上げてくるものがあるが、ギリギリ涙は出なかった。後で大ジャンプでこれでもかというくらい喜びを表現している人がいるからだろうか。
「……あれ?ギルグレイオス様と奥様は?」
狂乱の大ジャンプが終わってカルーさんが冷静さを取り戻したのは、養親達が帰って軽く5分がたってからだった。
「ええ?やっぱりそれ、要る?」
「当たり前じゃないですか」
何言ってるんだか。
俺の養親への結婚の報告が終わったら、カルーさんのご家族に挨拶にいくのは当たり前の流れだろうに。嫌そうに顔をしかめたカルーさんは、机にはりついてぶちぶちとぶーたれている。
「だってアタシの家族、スッゴイ濃いっていうか、クラちゃんヒくんじゃないかと思うんだけど」
「勝手に結婚するわけいかないでしょう?しのごの言わないでさっさと連絡してください」
ニッコリ笑えば、ビクッと震えたカルーさんはちょっぴり後ずさる。やがて諦めたように肩を落とし、耳もしっぽもシュンと垂れた哀愁漂う姿でスゴスゴと部屋の隅に移動して、壁を向いてしまった。
……あれ?俺、またやらかしたのか?
ちょっとだけ不安になる。なにせカルーさんはああ見えて意外とメンタルが弱い部分があるからな。ちょっと叱っただけでこの世の終わりのように蒼白になったりするから気が抜けない。
そろそろと移動して、カルーさんの顔が覗ける所まで移動してみると、カルーさんは小さな石に向かって百面相をしながら話しかけていた。
……ああ、なんだ。多分大丈夫だ。
確かお互い同じ石を持つ事で遠く離れていても会話が出来るって話、聞いた事がある。冒険者の人達が「あればダンジョンでも便利なんだがなぁ、なんせ値がはる」って言ってたような。カルーさんくらい上級の冒険者ならそんな高値の石を持ってたって不思議じゃないもんな。
多分ご両親と話してるんだよな。うまく話してくれればいいが。
カルーさんが百面相になっていたこともあって話の内容が気になるが、ここはカルーさんを信じて待つしかない。話が終わる頃にはきっと気力も体力もかなり消耗しているに違いないカルーさんのために、俺は温かいミルクティーと甘くてサクサクのラスクを手早く用意した。疲れた時は甘いものが一番だからな。
カルーさんの気持ちがちょっとでも高揚するように、ラスクを可愛く盛り付ける。女性は特に飾り付けが華やかだったり愛らしかったりすると、それだけで幸せ度が違うみたいだから、出来る事なら喜んでもらいたいし。
ラスクの皿にホイップとチョコで軽いデコレーションを施していた時だ。
「ええっ⁉!‼ ダメダメダメダメ!ダメだってぇぇぇ!‼」
辺りを揺るがすような、カルーさんの絶叫が響いた。




