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カエルになる魔法  作者: 未田
第24章『穏やかな日々』
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第70話

 十月二十四日、火曜日。

 午後四時頃、茉鈴はアルバイトでおとぎの国の道明寺領を訪れた。

 スタッフルームの扉を開けると、玲奈がひとりでパイプ椅子に座っていた。


「お疲れ、玲奈。……この前は、すっごい迷惑をかけたね。ほんと、ごめん。助かったよ」

「そうですよ。大変だったんですからね。いくらお酒が美味しくても、調子に乗って飲みまくるの、次からやめてください」

「は、はい」


 茉鈴は深々と頭を下げた。先日酔い潰れて介抱されながら帰宅したことへの、謝罪と感謝をした。この件は、近く食事に誘って礼をするつもりだ。

 玲奈からなんとか許されたことを確かめると、正面ではなく、隣に座った。少しでも近くに居たいという、無意識での行動だった。


 先日の旅行では和らいでいたものの、隣の玲奈がなんだか少し緊張しているように感じた。交換留学の選考を前にしていた時と、似ているものだ。

 選考結果は来月に発表される。おそらく、それまでこの僅かな緊張が続くのだと茉鈴は思った。

 きっと玲奈の希望通りになると信じる気持ちは、茉鈴の中で確証に近いものとなっている。わざわざ言葉には出さないが、ただふたりで吉報を待つのみだ。

 テーブルには、玲奈の前にビニール袋が置かれていた。茉鈴も鞄からビニール袋を取り出し、並べた。ふたつのビニール袋には、同じロゴが印刷されていた。同じ店で購入したのだから、当然だった。

 先日の日帰り旅行の土産である、きつね煎餅といなり饅頭だ。


「みんな、喜んでくれるといいね」

「美味しかってんですから、大丈夫ですよ」


 地域の特産品としてだけではなく、試食から味も確かであった。

 涼しいどころか肌寒く感じるこの時期、温かい茶と共に食べて欲しいと、茉鈴は期待した。


「そういえば……玲奈は学園祭(がくさい)、何かある?」


 鞄から茶のペットボトルを取り出しながら、ふと思い出したことを訊ねた。

 来週末――十一月の頭に開催される学園祭に向けて、学校は近頃騒がしい。

 同じ大学にも関わらず複数のキャンパスに分かれているが、会場は本校扱いである茉鈴のキャンパスだ。もしも玲奈が学園祭に企画側で関わるなら訪れることになるため、少し期待した。


「いえ。わたしは今年も無縁ですよ」


 だが、玲奈が苦笑した。

 確かに、部活やサークル等、何かに属していなければ関わることは基本的に無いと、茉鈴は思う。


「私もだよ。毎年、金曜が休講になるなー、ぐらい」


 中にはゼミで模擬店や展示物を企画する例もあるが、茉鈴は現在までそれすら無かった。

 むしろ、客としても参加したこともない。口振りから、玲奈も同じだと思った。


「でもさ……今年は、私と一緒に見て回らない?」


 茉鈴は大学に限らず、過去より学園祭や文化祭がつまらなかった。

 きっと、ひとりきりだったからだと思う。だが、先日の旅行と同じように、玲奈となら楽しめるだろう。いや、楽しみたい。

 同じ大学の生徒として学校行事に参加できる機会は、今年と来年の二度しかないのだから。


「いいですね。一回ぐらいは行ってみましょうか……」


 隣の玲奈が顔を見上げ、頷いた。茉鈴は玲奈と微笑み合う。

 来週末の予定が埋まったと、頭の中で整理する。だが、それまでに何か行事があったような気がする。

 茉鈴は思い出していると、部屋の扉が開いた。


「はいはい。そこ、イチャつかない」


 部屋に入ってきたのは、春原英美里だった。言葉で軽く触れられ、茉鈴は玲奈と慌てて正面に座り直した。

 触れられること自体恥ずかしいが、しつこくないのが幸いだった。

 いや、気遣う意図があるのか、そのような余裕が無いのか、そもそもさほど興味が無いのか――英美里の格好を見ると、茉鈴にはわからなかった。


「え? ちょっと……それ、なに?」

「なにって、ハロウィンだよ!」


 唖然としながら訊ねる玲奈に、英美里は両手を猫の前足に見立てて、ニャンとポーズを取った。

 メイド服姿の英美里だが、頭にはホワイトブリムではなく、ネコミミのカチューシャが載っていた。そして、水性マジックでなのか、両頬には猫のヒゲが描かれていた。

 ああ、そうだ。ハロウィンだ。学園祭の直前、十月末にはこの行事が控えていたと、茉鈴は思い出した。確かに、近頃は街もこの行事で持ち切りだ。

 そして、なんだか嫌な予感がした。


「そうですわ! 今週はハロウィンイベントですわ!」


 甲高い声と共に、ハリエットが扉を開けて現れた。

 黄色いドレス姿だが、首から上が普段と違った。

 妙に生々しい傷口がいくつかある他、赤いアイシャドウで顔の血色が悪く見える。口の端からは血が流れ、さぞ死人のような化粧を施していた。


「……気合い入ってますね、領主様」

「このメイクするのに、一時間かかってるんですよ」


 唖然とする茉鈴に、英美里が小声で告げた。ハリエットは死人ながらも、活き活きと誇らしげな様子だった。

 おそらく今週は毎日この化粧なのだと、茉鈴は思った。


「いや……わたし達、年中コスプレしてますよね?」


 玲奈の疑問と共に、茉鈴もハロウィンイベントの概要を察した。英美里とハリエットも姿から、嫌でもわかる。


「コスプレ? 何のことかしら? 『おとぎの国の住人』がハロウィンに因んだ仮装をするのですよ?」

「物は言いようですね……」

「黙らっしゃい!」


 茉鈴は呆れるも、ハリエットから怒られた。

 確かに、仮装をすることは、この国のハロウィンの扱いとして間違っていない。世間の風潮に合わせるべきだと思う。

 しかし、茉鈴は今ひとつ気分が乗らなかった。

 このアルバイトの経験から、コスプレに対する羞恥は無い。どうしてだろうと考えたところ――アルバイトを始める前から『ハロウィンに仮装をする』という風潮に抵抗があったのだと思った。テレビで観た騒がしい雰囲気が苦手だった。

 それでも、折角の機会なのだからこの際楽しもうと、玲奈を横目で見た。


「で……わたし達は何の仮装するんですか?」


 玲奈は白けているようで、どこか期待しているような様子だった。

 店側が何を用意したのか、茉鈴としても気になった。


「レイナ様は小悪魔ですわ」

「マーリン様は魔女です」


 ハリエットと英美里が、テーブルに小道具を並べる。

 赤い角と、玩具のようなトライデント、そして黒い三角帽の三つだ。

 どれも大型ディスカウントストアのパーティーグッズとして販売されていそうなものだと、茉鈴は思った。普段の衣装がしっかりとした作りであるため、より安物に感じる。そして、正面のふたりと比べ、物凄く適当な扱いに感じた。

 普段の衣装を着たうえで仮装する体ならば、このような小道具に頼るのは仕方ないのかもしれない。

 しかし、触れるべき点はそれではない。


「ちょっと待ってください……。私、何が違うんですか?」


 魔女の格好はハロウィンの定番だ。だが、普段から魔法使いの格好をしている人間にとっては、何も新鮮味が無かった。

 茉鈴はせっかく楽しもうとしていたのに、差し出されたものに困惑した。


「何を仰るのですか? 魔法使いと魔女は、全然違いますわー」

「そ、そうですよ。唐揚げとザンギぐらい、豚汁と芋煮ぐらい違います」


 ハリエットと英美里は言い訳するも、ふたり共目が泳いでいた。

 ちなみに、英美里の挙げたふたつは地域での呼び方が異なるだけで、どちらも同一のものを指す。


「まさか……他にネタが無かったんですか?」


 茉鈴はそう疑った。ふたりの目がクロールの勢いで泳ぎ出したことで、図星なのだと確信した。

 確かに、魔法使いと魔女は厳密には違う。悪魔を崇拝する魔女が、より邪悪な存在だ。

 とはいえ、このようなファンシーで安物な三角帽では、とても邪悪な雰囲気を出せない。そもそも、ローブと色が異なることから、馴染むはずがない。

 ここまで露骨にチープだと、逆にハロウィンらしいのかな――茉鈴は再び呆れるも、なるべく前向きに考えた。


「いやいや……どうしてわたし、悪魔なんですか?」


 玲奈も不服のようで、可愛らしいトライデントでふたりを突いた。


「どう考えても、わたし天使ですよね!?」

「え……突っ込むところ、そこ?」


 訴えかける玲奈に、茉鈴は静かに驚いた。

 ハロウィンという行事では、悪霊から身を守る――仲間だと欺くために、同類の仮装を行う。身を守るという意味で天使の仮装をすることも、珍しくはない。

 しかし、茉鈴の中で玲奈の印象は、どうしてか天使から遠く離れていた。悪魔の角とトライデントに違和感が無いどころか、とても似合うとすら思う。そして、ある姿が思い浮かんだ。


「天使? は? あんたが?」


 半笑いで確かめるハリエットの頭を、笑いを堪える英美里が軽く叩き、部屋から連れ出した。

 残された茉鈴は、玲奈から睨みつけられる。


「――天使ですよね!?」


 茉鈴にとって玲奈は恋人と呼べる存在なのだから、確かに無条件で天使とも呼べる。

 だが、強引な解釈よりも、茉鈴の中では先ほど浮かんだ姿が頭から離れなかった。伝えなければ失礼だと、恋人としての義務感が込み上げる。


「バイトじゃなくていいからさ……私はね、ミニスカでセクシーな小悪魔の玲奈を見たいな……って」

「か、考えておきます」


 顔を真っ赤にした玲奈が一瞬驚いた後、小さく頷いた。

 まんざらでもなさそうに、茉鈴には見えた。期待が膨らむ一方で、その仕草がたまらなく可愛かった。

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