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カエルになる魔法  作者: 未田
第23章『狐の棲む山』
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第69話

 昼食を済ませ、茉鈴は玲奈と周辺の店を見て回った。日常生活で使用できそうな小物の他、アルバイト先への土産として――地域色の強い、きつね煎餅といなり饅頭を、それぞれ購入した。

 午後からは山を少し離れ、近辺の神社や寺を散策した。どこも初めて訪れる所であり、かつその体験を玲奈と共有できたことから、とても楽しかった。途中、休憩で食べた甘味も、美味しかった。

 やがて陽が遠くに傾き、空が暗くなった。時刻は午後五時だ。

 ふと、道端で立ち止まった。


「最後にどこかでご飯食べて、帰ろうか」


 今日はとにかく歩いた。茉鈴は疲労と共に、この時間でも空腹を感じた。

 それに、時間がここから後ろにずれると、夕飯時の混雑に見舞われるうえ、帰宅も遅くなるだろう。


「そうですね。何食べたいですか?」

「いやー。食べたいっていうか……飲める所がいいなぁ」


 茉鈴はその意見にだらしない自覚があるため、恥ずかしそうに提案した。

 この地域は、水の綺麗な国内『三大酒処』のひとつだ。散策していると、酒蔵らしき建物をよく見かけた。


「飲みたそうにしてましたもんね」


 玲奈がにんまりと、悪戯じみた笑みを浮かべる。


「あれ? バレてた? まあ、流石に今日は昼間っから飲み歩くわけにはいかなかったから……」

「よく我慢しましたね。いいですよ、行きましょう。ていうか、わたしも最後は飲みたいです」


 玲奈の許可を得たところで、ふたりで適当に歩きながら店を探した。

 観光地である以上、酒が飲める店なら割と目につくが、折角なら本格的な店がいいと話した。


「あそこなんて、どうですか? 焼き鳥屋さんなのか酒蔵なのか、よくわかりませんけど」


 玲奈が指さした先には、昔ならではの酒蔵といった建物に、焼き鳥の看板と垂れ幕が掛かっていた。

 焼き鳥と聞いて、茉鈴は昼間の『丸焼き』を思い出す。だが、すぐに頭の中を一般的な焼き鳥の香ばしさと、酒の辛味に置き換えた。なるべく強い印象で上書きして帰りたい。


「うん、いいね。あそこにしよう」


 玲奈と共に、店へ入った。時間のせいか、予約が無くとも待たずに済んだ。

 風情ある建物から、茉鈴は落ち着いた雰囲気を想像していたが、店内は騒がしかった。まさに『大衆酒場』だ。デート向きではないと思うも、どの客も楽しそうに飲んでいることから、居心地は悪くなかった。

 店員に、四人がけのテーブル席に通された。玲奈と向かい合って座り、メニュー表を眺める。


「意外と豊富ですね」

「これだけあると、迷うなぁ」


 玲奈の言う通り、食べ物も飲み物も、茉鈴は並の居酒屋より遥かに多いと思った。酒だけでも、清酒とビールがそれぞれ数種類に、カクテルやサワーまである。

 折角このような店に来たのだから、今日はビールをやめておきたい。しかし、一杯目から清酒は重い。茉鈴は悩んでメニューを眺めていると、とある酒が目に留まった。


「私、これにするよ。原酒サワー」


 おそらく、清酒を柑橘系の何かで割ったものだろう。味が今ひとつ想像できないが、少なくとも一杯目の爽快感があると思った。


「わたしも、同じやつにします」


 店員を呼び、原酒サワーふたつと、料理を適当に注文した。

 店内の中央には、銀色をしたタンク状のものが鎮座していた。玲奈はビールサーバーだと思ったが、店員がグラスに注いだ液体は小麦色ではなく、透明の液体だった。おそらく、清酒だろう。


「へー。あそこで普通に注ぐんだね」

「なんていうか……樽を割って柄杓で掬うものだと思ってました」

「あはは。それは偏りすぎだよ」


 茉鈴は笑うが、古風な酒蔵から、確かに玲奈の持っているものに近い印象があった。

 とはいえ、酒の風味を損なわないため、近代的な設備を使用することは理に適っている。衝撃的だが、面白くもあった。

 しばらくして、先にジョッキがふたつ運ばれてきた。


「それじゃあ、今日はお疲れさまでした」

「いっぱい歩いたよね。頑張ったよ」


 玲奈と乾杯をし、原酒サワーを一口飲む。

 清酒の味わいがありつつも、しつこくなく、さっぱりと飲みやすかった。まさにビール以外の一杯目に最適であり、茉鈴は一気に飲み干してしまった。


「うわー。めちゃくちゃ美味しいよ、これ」

「もうっ。潰れたら、置いて帰りますからね」


 心配する玲奈を他所に、茉鈴は店員を呼んだ。おそらく帰宅に支障が無いと判断したうえで、次は利き酒三種セットを注文した。


「私ね……正直、神社やお寺なんて全然興味無かったんだけど、今日は楽しかったよ。連れてきてくれて、ありがとう」


 いや、この時点で酩酊の自覚はあった。頭の中がくらくら揺れるのを感じながら、茉鈴は本心を口にした。

 数ある行き先の選択肢の中、この地を選んだのは玲奈だった。


「わたしも、楽しかったです。ひとりなら絶対につまらなかったですけど……物知りな茉鈴なら、いろいろ教えてくれると思ってましたから」


 玲奈の微笑みに、そのような意図があったのだと茉鈴は理解した。日中は考えすらしなかったが、期待に応えられた自信がある。


「また、どこかに行きたいね。次は冬休みかな。今度は日帰りじゃなくて、一泊ぐらいしてさ」

「遠くもいいですけど……やらしいこと、考えてません?」

「そりゃ、多少は……。温泉宿でも行きたいなーって」


 正面でにんまりと笑う玲奈に顔を覗き込まれ、茉鈴は苦笑した。

 漠然とした目的地が思い浮かんでから、湯けむりや敷布団を連想したのであった。


「これから寒くなりますし、温泉いいですね。美味しいご飯も食べたいです」


 ここのも美味しそうだが、温泉宿の料理はまた違う――そのように思っていると、焼き鳥が次々と運ばれてきた。

 玲奈が箸で器用に、串から小皿へと外していく。その様子を、茉鈴はぼんやりと眺めた。


「焼き鳥って、串のまま食べるのが美味しいんだけど……誰かが外してるところ、初めて見たよ」


 そして、思ったことをぽつりと漏らした。


「え? わたし……やらかしました?」

「ごめん、ごめん! 勘違いさせたね! 悪い意味で言ったんじゃないから!」


 顔が青ざめる玲奈を、茉鈴は慌てて擁護した。

 確かに、焼き鳥は串に刺すことで旨味を閉じ込める効果がある。だが、外したところで味が大きく変わるわけではない。


「今まで、誰かと焼き鳥食べることなかったから、ちょっと驚いただけ……。玲奈とシェアできて、嬉しいよ」


 茉鈴はそう付け加えながら――小皿に七味と柚子胡椒を盛り、恥ずかしさを誤魔化した。

 味が多少落ちても構わない。食事を、玲奈と分かち合いたかった。


「茉鈴って、なんていうか……変なところで躓きますよね。まあ、そういうところも好きなんですけど……」

「ちょっと! なにサラッと言ってんの!?」


 テキパキと串から外しながらも何気なく漏らす玲奈に、茉鈴はさらに恥ずかしくなった。

 やがて食べる準備が出来た頃、利き酒三種セットが運ばれてきた。トレイに小さな枡が三つ載り、それぞれに説明の札が置かれていた。


「話戻すけどさ……私これまで国外に出たことないけど、ていうかパスポートも今持ってないけど、海外にも行ってみたいな。玲奈のカッコいいところ、見たいよ」


 茉鈴の頭には、異国の地で外国語を流暢に話す姿ではなく、金融企業で働いている玲奈の姿が浮かんでいた。キャリアウーマンとしての玲奈は、女王のようにさぞ凛々しいと、安易に想像できた。


「別に、カッコよくないですよ……。でも、いつか一緒に海外にも行きましょうね」


 謙遜しながらも、玲奈が頷く。

 未来を語るが、夢ではないように茉鈴は感じていた。近いか遠いかはさておき、必ず訪れる予感があった。

 だからこそ、心地よく酒が飲めた。

 酒だけでなく、焼き鳥も美味しかった。チェーン店とは違い脂が乗り、噛みごたえもある。香ばしい味に、辛口の清酒がとても合った。

 もしかすれば、人生で一度きりしか味わえない料理かもしれない。この地を再び訪れることは、無いのかもしれない。

 それでも、茉鈴に名残惜しさはなかった。

 発見、体験、そして共有――玲奈との旅行の先々で、きっと現在と同じ心地よさを、その都度味わうだろうから。


「玲奈となら、どこに行っても絶対に楽しいよ」

「わたしもです。ふたりで思い出いっぱい作っていきましょうね」


 玲奈の台詞に、今日が初めてのデートだという実感が茉鈴に湧いた。とても楽しい一日だったと、改めて振り返る。ささやかな日帰り旅行だが、かけがえのない時間だった。

 これからも思い出を作っていくのは勿論のこと、それらを大切にしたいと思った。


 食事を済ませて店を出た頃には、茉鈴はすっかり酔い潰れていた。

 疲労の身体に、強い度数かつ大量のアルコールを摂取したからである。二日酔いにはなり難い酒種だが、即効性があった。

 帰路の電車では、玲奈の介抱の元、何度か下車をした。結局は自宅まで付き添われた。

 最後にこうして玲奈に迷惑をかけたことが、茉鈴には苦い思い出として強く残った。

第23章『狐の棲む山』 完


次回 第24章『穏やかな日々』

おとぎの国の道明寺領で、ハロウィンイベントが開催される。

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