第68話
茉鈴は拝殿での参拝後、玲奈と周辺を見て回った。
一般的な神社では『狛犬』だが、この神社では『狛狐』として、至る所に狐の石像が鎮座していた。奉っている神の使いが狐であり、千本鳥居と共に、この神社の象徴だ。
狛狐を背後に、玲奈がツーショットの写真を自撮りした。
それからも、ふたりで散策していると、あるものを発見した。
「わぁ。ここは絵馬も狐なんですね」
「もう何でもアリだね」
狐の顔の形をした絵馬が、いくつも飾られていた。
裏面には願い事が書かれているが、表面はほとんど白無地であり、それぞれ独自に狐の顔が描かれていた。リアルなものからコミカルなもの、果ては狐以外の顔まで、個性溢れるものが多い。眺めているだけでも楽しかった。
「折角だから、私達も書こうか」
茉鈴は千円札を取り出し、絵馬をふたつ購入した。ひとつを玲奈に渡し、記入台に向かった。
裏面の願い事はともかく――表面の面白いアイデアが思い浮かばない。
ふと隣に目をやると、玲奈はまつ毛が長く瞳の大きい、なんとも美人な狐を描いていた。
茉鈴にはそれが玲奈自身に見え、微笑ましかった。だから、自分は眠たげな顔の狐を描いた。頭には三角帽を付け足した。
「なるほど。茉鈴らしいですね」
玲奈はそれを見ると、自身の狐にティアラを描いた。
おそらく、飾られた絵馬の中に、このような二匹の狐は他に居ないと茉鈴は思う。玲奈と顔を合わせ、笑いあった。
裏面には、拝殿での願い事をそれぞれ書いた。そして、ふたつを並べて飾った。
絵馬を書き終えても、時刻はまだ午前十一時過ぎだった。
他にも散策する所はあるが――ひと段落ついたところで、昼食の選択肢が茉鈴の頭に浮かんだ。周囲は参拝客で賑わっている。この様子では、昼食時は間違いなく周辺の飲食店が混雑するので、早めに済ませた方がいいのかもしれない。
「別の神社に行きましょうよ」
だが、玲奈が携帯電話に目を落としながら、そのように提案した。
玲奈なりに何か目的や考えがあるのだと思い、茉鈴は頷いた。知らない土地を調べながら歩くことは苦手なので、任せることにした。
ひとまず、千本鳥居を下った。登りとは逆側を使用したが、茉鈴には違いが分からなかった。
そこからさらに入口へと下るのではなく、別の道から再度登った。
この緩やかな山には本殿の他、神社がいくつかある。茉鈴は案内図の看板を見ても、地理感覚が全く掴めなかった。
「私ひとりだと、絶対に迷子になってるよ。いや……この場合、遭難になるのかな」
「茉鈴って、方向音痴ですよね」
「うん。なんでだろうね……」
かつて、大きな駅で迷子になって、待ち合わせ場所にたどり着けなかったことを思い出す。過去からそうだ。あの時に限らず現在も、街やショッピングモールで迷いやすい。
茉鈴自身、詳しい原因はわからなかった。方向感覚や空間認識能力が、周囲に比べ大幅に劣っているのだと思っていた。
何にせよ、今は玲奈が傍に居るため、とても心強かった。
「そういうの、なかなか治らないと思うんで……ひとりで動く時は、とにかく慎重になった方がいいですよ」
「は、はい」
玲奈から助言を貰うことが恥ずかしいが、素直に受け止めた。
連れられて細い山道を歩いていくと、やがて鳥居が見えた。拝殿を出て十分ほどだろうか。小さな神社にたどり着いた。
「ここ、縁結びで有名らしいですよ!」
振り返った玲奈が、興奮気味に話す。来たがった理由に、茉鈴は納得した。
それで有名だからか、ここも参拝客で賑わっていた。
「なるほどね。私達のこと、神様に見守っていて貰おう」
恋愛で考えた場合、独身者が良縁を求めて訪れても利益はあるだろう。そして、恋人や夫婦で訪れた場合、円満で居られることを願う。
ここは、どちらかというと後者寄りなのかもしれないと――茉鈴は鳥居をくぐった先の社を見て、思った。
「わぁ。なんか、凄いですね」
石造りの社には所狭しと、人形がずらりと並んでいた。
人形には三種類あった。どれも狐の人形だが、両端に座るのが夫婦であり、真ん中に立っているのが伴だと、人形の着物から茉鈴は察した。
並んだ人形は三種とも全く同じ数であり、ひとつたりとも欠けていなかった。
「口入人形だね」
「くちいれ?」
「うん。口入れって、仲介のことでね……これは夫婦と伴の、三位一体の三柱神じゃないかな。縁結びを司ってる神様を表した、縁起物の人形だよ」
「へぇ。可愛いのに、神々しいんですね」
この地では、狐は神の使い――この神社に至っては、神そのものとして崇めていると、扱いから茉鈴は思った。
周囲を見渡すと、確かに人形が三体揃いで売られていた。そして、無数に並べられたことから、考えられることはひとつだった。
「たぶん、これも鳥居と同じで……願い事が叶ったら、返納してるんだと思う」
中には古びたというより、風化した色合いのものまである。それほど過去ではないにしろ、茉鈴は歳月の流れを感じた。
多くの人達の縁がこのような光景を作り出していることが、やはり素敵だと思った。
「返しに来れるかわかりませんけど、わたし達も買いましょう。……ていうか、わたし達の場合、どうなったら願いが叶ったことになるんでしょうね」
そのような疑問を口にしながら、玲奈が恥ずかしそうに頬を赤らめた。
確かに、恋人としての願いはもう叶った。それから先――この国で同性婚は不可能だが、結婚を意識しているのだろうと茉鈴は察し、玲奈が可愛く見えた。
しかし、それには乗らずに説明することにした。
「縁結びって、恋愛だけじゃなくてね……。就職や留学だって、新しく人と関わって縁を結ぶじゃん?」
勿論、茉鈴としてはふたりの円満な未来を見守って欲しいが、直近の『縁結び』はそれが該当する。
「それ言い出したら、ありとあらゆるお願い事が『縁結び』になるような気もしますけど……確かに、今はそれが大切ですね」
だったらなおさら買いましょうと、玲奈に連れられて社務所へと向かった。
人形は三体揃いで五千円だった。茉鈴は高値だと思ったが、工芸品として相応だと割り切った。玲奈と一揃いずつ購入した。
その後、巫女から火打ち石で清められ、社で祈願してから人形を箱に包まれた。このサービスも含まれた値段なのだと、茉鈴は納得した。
巫女の説明では、必ず返納せずとも、飾り続けて構わないらしい。
どちらにせよ大切に扱わなければいけないと、茉鈴は少し緊張しながら受け取った。
小さな神社を後に、ようやく山を下りた。
時刻は正午前であり、まさに昼食時だった。山の入口からいくつか飲食店が見えるが、どこも混雑していた。
「お腹すいたね……」
「はい。並んでもいいんで、どこかで食べましょうか」
茉鈴は玲奈と顔を見合わせた。
空腹もあるが、これまでろくに休憩を挟んでいないので、疲労を感じた。休む意味でも、食事にしたい気分だ。
どの店に入るのか決めるため、ふたりで歩き出した。
「あそこ、懐石料理ありますけど……」
「うーん……。絶対美味しいんだけど、何か違うよね」
「はい、なんとなくわかります。ご当地グルメみたいなのが食べたいです」
茉鈴は玲奈と同じ気持ちだった。せっかく旅行として訪れたのだから、ありきたりな料理はなるべく避けたい。
そのように思いながら歩いていると――滅多に見かけないものが目に映った。
「うわぁ。普通にグロくないですか?」
「ある意味で、焼き鳥なんだけど……ああはならないでしょ」
とある店の表で、スズメとウズラそれぞれの『丸焼き』が売られていた。串に刺さりタレがかけられているが、小鳥としての原型をしっかりと留めている。顔がはっきりとわかるほどだ。
強烈な印象から、おそらくこの地域の料理、或いは狐への捧げ物だと茉鈴は察した。だが、見たことを後悔した。白けるどころか、このままでは食欲が失せる気がして、そっと視線を外した。
「え? 茉鈴、食べないんですか? 大喜びでかぶり付くと思ったんですけど……」
玲奈の意外そうな声に、茉鈴は唖然とした。
「いや……私、あんなの絶対無理だよ」
「あれ? ゲテモノ好きじゃありませんでした?」
「そんなこと、無い無い。ていうか、私のこと何だと思ってんの?」
玲奈からそのように思われていたことは残念だが、顔を合わせてふたりで笑った。茉鈴にとっては、旅行ならではの楽しいやり取りだった。
誤解される節に、心当たりが全く無いわけではない。玲奈がどの程度真剣にそう思っていたのか、わからない。
何にせよ、これから互いを理解していきたいと思った。
結局は――適当な食堂に入り、ふたりでキツネうどんといなり寿司を食べた。
ありきたりな料理だが、この地の『ご当地グルメ』だ。普段口にしているものに比べ、茉鈴はとても美味しく感じた。




