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カエルになる魔法  作者: 未田
第13章『絶対に許さない』 【幕間】
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第38話

 八月二十八日、月曜日。

 おとぎの国の道明寺領が定休日の今日、領主である道明寺ハリエットこと本名『中村杏莉(なかむらあんり)』は自宅に居た。朝からずっと、テレビゲームで遊んでいた。


『くたばれえええええ!』

「なんやこれ……。あかんやろ」


 一週間ほどかけてようやくクリアしたというのに、杏莉に達成感は微塵も無かった。真顔でエンディングを眺めながら、解放感に浸った。

 世間の評判通り、とてもつまらないゲームだった。怖いもの見たさで手を出した。製作に八年をかけた大作らしいが、開発者のセンスを疑った。

 フリーマーケットアプリで五百円(ワンコイン)で購入したからよかったものの、定価だったなら、しばらく落ち込んだことだろう。何にせよ、中古屋に持っていく気にもなれないので、不燃ゴミとして処分することにした。


「ただいまです」


 午後八時過ぎ、ゲームソフトをパッケージケースに仕舞っていると、春原英美里が帰宅した。

 いや、帰宅という表現には語弊がある。この1LDKの賃貸マンションで、杏莉は英美里と一緒に暮らしているわけではない。英美里にはひとり暮らしの部屋があるが、ここで過ごす時間の方が多かった。

 ふたりは、半同棲状態だった。


「ご苦労さん。玲奈は何言うてたん?」


 夕方、英美里が玲奈に呼び出されたことを、杏莉は知っている。安良岡茉鈴ではなく英美里を選んだことが珍しく、そして疑問だった。


「うーん……。これはちょっと、面倒になりそうですよ」


 杏莉は英美里とソファーに座り、話を聞いた。

 かつて、玲奈が茉鈴に告白して振られたこと。そして、今日の昼間に次は茉鈴から告白するも、玲奈が蛙化現象したことにより振られたこと。

 英美里の言う『面倒』とは別に、面倒なふたりだと杏莉は思った。


「ちなみに、玲奈ちゃんはお酒で潰してきたんで、後日お店の方でフォローお願いしますね。あっ、ちゃんと部屋まで送り届けてきましたよ」

「えげつないことするなぁ。ていうか、玲奈はまだバイト来るんか?」

「とりあえず、引き止めはしました」

「ようやった!」


 話を聞いた杏莉が危惧したのは、玲奈と茉鈴がケンカ別れした末、ふたりともアルバイトを退職することだった。英美里の言う『面倒』も、これを意味するだろう。

 だが、ひとまずは最悪の事態を回避したようだ。ひとりだったにも関わらず、店にとって最善の行動を取った英美里に、感謝した。


「あとは、茉鈴の方か……」

「こればっかりは、わかりませんね」


 杏莉としても、ここ最近の茉鈴は様子が変だと思っていた。おそらく、今は落ち込んでいるだろうが――そもそも、普段から何を考えているのかわからない人間なので、具体的に想像し難い。


「しっかし、蛙化なぁ。最近よう聞くけど、わしみたいなおばちゃんには、わからんわ」

「いやいや……まだ若いじゃないですか」

「アホか。英美里とも一回り以上離れてるやん」


 現在のウィッグを外したベリーショートヘアの頭と、化粧をしていない顔は、■十■歳相応だと杏莉は思う。

 しかし、職業柄、若作りをしている。どの客にも対応できるよう、幅広い話題を仕入れている。そのため『蛙化現象』という言葉を知っているが――共感できる部分はあるものの、理不尽だという印象が強かった。


「蛙化で別れた場合、脈が残りやすいと、あたしは思います。玲奈ちゃんには、そう説得しました」

「そうやとしても、茉鈴にも同じこと言わんと意味あらへん」

「そうなんですけどねぇ……。安良岡さんから、何か連絡ありました?」

「いや、きてないで」


 茉鈴からシフト変更や欠勤の連絡が無い以上、明日は普段通りに顔を出すと、杏莉は思いたかった。だが、深刻な落ち込みから、連絡すら出来ない状態の可能性も考えられる。

 どちらなのか、はたまた別の状態なのか、まるで想像できなかった。


「今からでも、電話しましょうか?」

「そうしたいとこやけど……ひとりで落ち込む時間も必要やと思う。もうちょっと、様子見よか」

「さっすが、人生経験豊富な年配者が言うと、重みがありますね! そうしましょう!」

「えー……。今さっき、若いって言ってくれたやん……」


 今日の昼間に失恋したとなれば、慰めることも含め触れるのはまだ早いと、杏莉は考えた。

 最悪、明日のシフトを無断欠勤した場合は、こちらから連絡するつもりだ。

 とはいえ、茉鈴と玲奈の両名は、シフトが重なっていることがほとんどだった。杏莉は、従業員のシフト状況を頭に浮かべると――あることを思い出した。


「あー、そうやった。玲奈の方が、今週は実家に帰るんや」


 来月から学校の準備に取り掛かるため、その前に盆代わりの遅くなった帰省をすると言っていた。

 つまり、今週は茉鈴ひとりのシフトになる。


「それが吉と出るか凶と出るか、ですね」

「ほんまになぁ……。まあ、茉鈴を慰めて説得しようや」


 出来ることならば、茉鈴と玲奈の両名を並べて、間を持ちたかった。

 時間が空くことにより多少なりとも落ち着けばいいが、ふたりの熱が冷めることを杏莉は危惧した。これもまた、どちらに転ぶのか想像できなかった。


「その茉鈴やけど……ここ最近様子がおかしかったんは、なんでやと思う?」

「え? 玲奈ちゃんにガチ惚れしたから、じゃないんですか? 恋の病でおかしくなったんですよ」


 しれっと臭いことを言っていると杏莉は思ったが、やはり英美里も自分と同じ考えだった。

 普段から茉鈴を見ていると、確かにそう捉えるだろう。だが、杏莉はもうひとつの変化点を疑った。


「他に……あの客来てからやないか? タイミング的に。ほら、わしが出禁の警告した」

「あたし、その時居ませんでしたけど、あの子ですよね? メンヘラというか、地雷系というか……玲奈ちゃんに、ちょっかい出してた」

「そう、それ」


 茉鈴が名前で呼んでいた気がするが、杏莉は思い出せない。

 あの客は、悪い意味で印象に残っていた。茉鈴がアルバイトを始めて以降、来店するようになったと記憶している。

 そして、出入禁止の警告をしたあの日あたりで、茉鈴の様子がおかしくなったように思っていた。


「あの子、何なんですかね。触っちゃいけないと思って、安良岡さんに訊いてませんけど……元カノでしょうか?」

「たぶん、そうやろうなぁ。変わり者の相手は、変わり者しか務まらんわ」


 茉鈴へ固執する姿から、そうとしか考えられなかった。

 過去、ふたりに何があったのか杏莉は知らないが、茉鈴が怯えていたように見えた。難しくとも、ふたりの過去を清算してから玲奈に向かうべきだと思った。


「もういっそ、出禁にしたらどうですか?」

「そうしたいのは山々やけど、よっぽどの理由が無い限りはあかんのや。簡単に出禁にしたら、他の客をビビらせてまう。ウチは基本、誰でもウェルカムのスタンスやから」

「なるほど。まあ、体裁を優先しないといけませんよね」


 メルヘンをコンセプトとしている以上、あれに似た雰囲気の客は珍しくない。しかし、あそこまで攻撃性を剥き出しにしている者は、ひとりだけだった。杏莉としても、苦手な分類だった。

 それに、出入禁止にしたところで、店外での接触までは関与できない。やはり、茉鈴が根本から解決しなければいけないと思った。


「安良岡さんでも骨が折れる相手ですけど、大丈夫ですかねー」

「大丈夫じゃないとか、出来ませんとか、そういうのとちゃうのよ。あいつはもう、腹括ってやるしかないんや」

「うっわ……。ブラック企業の経営者みたいな発言ですね!」


 驚いて白けるならまだしも、目を輝かせる英美里に、杏莉は頭が痛くなった。一体、何を期待しているのだろうかと思った。


「まあ、逆に……ポジティブに考えようや。レイナとマーリン、ふたりが『困難』を乗り越えた日には、最高に盛り上がるで」

「確かに、裏返せば最高の舞台装置になりますけど……杏莉さんらしくないというか、随分と楽観的ですね」


 意外そうに驚いている英美里に、杏莉は納得した。

 普段から現実的に、悪い方向で予測している自覚はある。だから、そう思われるのは仕方がない。


「あのなぁ。何もかも憶測で話すんやったら、楽観的な方がええやろ。もうちょっと情報があれば、わしかってシビアになるわ」


 そう。この一件は、まだ不明点が多い。

 前提とした、茉鈴の様子がおかしくなった理由でさえ、定かではない。あの客が本当に茉鈴の元恋人かすら、わからない。明白な事実は、茉鈴が玲奈に拒まれたということのみだ。

 ただ、その事実から推察される可能性としては――


「玲奈も茉鈴も、やめんで欲しいな」


 最初に危惧した『面倒』へと戻る。

 英美里が玲奈を引き止めはしたが、茉鈴次第では玲奈が去る可能性も無いわけではない。


「そうですね。あのふたり、ウチのエースですからね」


 ふたりの演者としての価値が今ひとつならば、頭を抱えることは無かった。

 現状、一番人気のふたりだから、手放したくない。雇った当初は期待していなかったが、客の数と店の売上が右肩上がりで増えている。杏莉は演者として、嫉妬したほどだ。


「言うて、所詮は学生のバイトや。そんなに長くないんは、わかってるんやけどな……。頑張れる内は、頑張って欲しいわ」


 玲奈は海外留学のために働いている。茉鈴も、そろそろ就職活動の時期だろう。

 各々の生活を優先した結果、退職するのならば――杏莉は経営者として、素直に見送るつもりだ。引き止める権利は無い。

 ふたりを手放すのは名残惜しいが、円満な結末を求めていた。


「エミリーは領主様のお側に、ずっと居ますからね」


 英美里に、首に抱きつかれる。とても従者の行動ではないが、杏莉にとっては許せる行為だった。


「ありがとうな……。ふたりで、これからもやってこうな。出来る側近がおったら、心強いわ」


 側近と口にするが、杏莉には違和感があった。

 英美里のことは、側近でも従者でもない。店を発展させたい志も、目線の高さも同じであり――杏莉にとって、誰よりも大切な存在だった。

 この気持ちが英美里に伝わっている手応えはあった。事実、英美里から唇にそっとキスをされた。


「はい。あたし達が軸になって、盛り上げていきましょう」

「ああ……。せやから、わし個人的にはな……玲奈を諦めるんやったら、茉鈴の奴を絶対に許さへん」

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