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第99話 「愛を知る者」

 俺は鍵を開けて正宗荘に入ると、自分の部屋に向かった。


 そこはなにも変わっていない。いや、多少テーブルの上が汚れているか。恐らく三人はこの部屋で手紙を書いていたのだろう。


 俺は掘りごたつに足を突っ込むと、手紙をテーブルの上に広げた。


 町の人は本日、領主の屋敷に避難をしたらしい。


 なんといっても、現在ホットランドには魔王城との転移陣が繋がっているのだ。こちらから攻め込めるということは、あちらからも攻めて来れるということだ。


 そうだ、ホットランドは今、危険に晒されているのだ。


 いざとなったらあの温泉砲を復活させなければなりませんね……、とガリレオ夫人は言っていたらしい。それだけはやめてくれ。せっかく掘った温泉が枯れてしまう……。


 はぁ、とため息をついた。


 騎士たちが爆晶ルビーボムを持っていたのだってそうだ。もしものときには、あの転移陣を爆破するつもりなんだろう。あんなのがそのまま置いてあったら、ホットランドが壊滅しちまうからな。


 もしものとき。


 そんなのは考えたくなかったが、突入した冒険者たちが全滅したとき、だろうな。


 俺は封の閉じられた手紙を、じっと見下ろしていた。


 それを開く勇気が、なかなか出てこなかった。


「……」


 突入した冒険者や騎士の数は、総勢134名。意外と人数は少ない。だがそれは世界中から集められたA級以上の冒険者だ。一騎当千の強者たちなのだ。


 ナルやキキレアやミエリも、その中に混ざっているのだろう。


 突撃していったのは、きょうの朝。俺が行き倒れていなかったら、間に合っていたのだ。


 ま、それを今さら言っても仕方ない。


 今から追いかけたところで、きっと間に合わないだろう。


「……そうだな、そろそろ手紙を開くか」


 ナル、キキレア、ミエリからの手紙か。誰から読もうかな。なんとなくキキレアは最後にしよう。だってきっと怒られそうだし。


 よし、じゃあナルからだ。


 手紙を開く。彼女の文字は意外と綺麗だった。



『マサムネくんへ


 もしあなたがこの手紙を見ている頃には、

 あたしはこの世にいないかもしれません。


 でも気にしないでください。

 あたしも死んでも気にしません。』



 重いよ!!!


 俺は手紙を広げながら、ぷるぷると震えていた。


 ナル、普段はあんなにニコニコとしているくせに、こんなヘヴィなことを考えていたのか……! さすが武家の女……。


 だいたいなんで俺宛てにこんな手紙を残すんだよ! 嫌がらせかよ! 俺が不義理を働いたことに対して、ナルなりの意趣返しかよ!


 くそう……、俺はうめきながら続きを見る。


「いったいなにを書いているっつーんだよ、ナル……。どうせ俺への恨み言だろう……」


 そう思って、視線を落とす。



『もし生きて戻ってこれたら、

 そのときはまた仲良くしてください。


 ちゃんとご飯食べて、温かくして、

 お体に気をつけて、いつまでも生きてね。


 離れていても、マサムネくんのこと、

 ずっとずっと、大好きです。


 ナルルース・ローレルより』



 ……なんだ、後半はちゃんと書いているじゃないか。


「心配性だな、ナルは」


 俺は微笑んだつもりだった。


 ぽたりと雫が零れた。


「え?」


 俺は泣いていた。


 なんでだ? なんで俺は泣いているんだ。


 手の甲で目元をこする。だがそれぐらいじゃ涙は止まらなかった。涙腺が壊れてしまったのだろうか。そう思えるぐらいに、俺は泣いていた。


 どうしてだろう。わからない。だんだんと胸が苦しくなってきた。俺はナルに呪いをかけられたのだろうか。


 いや、違う。これはなんというか、今まで味わったことがない感覚だ。


 たぶん俺は、心からナルが好きなんだ。


 だからナルのいじらしさに、健気さに、心を打たれてしまったのだ。


 あんな別れ方をしたのに、自分のことは二の次で、俺のことを心配して、俺の身を案じてくれているナル。俺はあいつのことが好きだったんだ。


 俺は続いて、キキレアの手紙を手に取った。


 怒られるかもしれないと思っていたのだが、もしかしたら違うのかもしれない。


 手紙を開く。キキレアからの手紙は、ずいぶんと長かった。


 口うるさいあいつらしいな。


 俺は笑みを浮かべながら手紙を開く。



『マサムネへ


 あんたのことだからどうせ魔王城には行きたくないけど、でも様子だけ見に来たりしちゃうんでしょうね。


 その結果、当日に間に合わなくて、それで様子を窺っているうちに町の異変に気づいて、正宗荘にやってくるのね。


 警護の騎士から手紙を受け取ったけどなかなか開く勇気が出なくて、自分の部屋でこたつにでも足を突っ込みながらだらだらしちゃうんでしょう。』



 あいつは俺のことならなんでも知っているのか……。むしろこわいんだけど。今もどこかで俺を監視しているんじゃないんだろうな……。


 そんなわけがないとわかっているはずだが、俺は辺りをきょろきょろしてしまう。


 まあそれはそうとして、手紙をめくる。



『ま、そんな風だったらよかったな、って話なんだけど。


 こんな手紙なんて無駄で、あんたはどこかで気楽に楽しくやっているんでしょうね。


 ナルはきっとあんたが来るって言っていたけど、私はそんな都合のいい話信じないわ。誰かに期待して裏切られるなんて、真っ平だもの。


 だから私は、誰にも届くはずのない手紙を書いているバカな女ってことよね。


 でもいいわ。もう手紙を届けたい家族もいないし、だから、いいの。他の誰でもなく、あなたのために送るわ。


 行ってくるね、マサムネ。


 この世界のどこかにいるあなたのために、平和を勝ち取ってくるから、任せて。


 S級魔法使い キキレア・キキより』



 はー。


 俺はため息をついて、手紙を閉じた。


 なんか、ナルもキキレアもすごいな。


 俺がどれだけクズなのか、身につまされるようだ。


 自分のことしか考えていなかった前までの俺を、ブン殴ってやりたいな。


 俺は目元を拭った。わずかに涙で濡れていた。手紙を濡らさないように服で拭いて、そのまま後ろに寝転んだ。


 天井を見上げて、大きなため息をつく。


「あいつらは、すごいやつだったんだな」


 見返りもなく、誰かのために命を懸けることができるんなんて。


 俺はあいつらの横に並び立つことができるんだろうか。こんな俺なんかが。


 ……って、たぶん前までの俺だったら真剣に考えてしまっていたかもしれないな。


「よっ、と」


 俺は体を起こした。


 ひとりで悩むなんて、性に合わねえな。


 多少休憩して、MPもちっとは回復しただろう。少なくとも、これで足手まといにはならねえんじゃねえかな。わからないが。


 もし間に合わなかったとしても構わない。ま、そんときはそんときだ。


「行くとするか!」


 ラースにも大見栄切っちまったからな。


 だいたい、俺がいないうちにミエリが魔王を倒していたら、あいつになにを言われるかわかんねえしな!


 俺は立ち上がった。


 ライトクロスボウのボルトは補充した。ドラゴンボーンソードもそんなに刃こぼれはない。イクリピアでこっそり新調した革鎧もまだまだ使える。


 体調は万全に近い。MPは不安だが、まあなんとかなるだろう。気力はこんなにもみなぎっているんだからな。


 俺は残していたミエリからの手紙を取った。


 最後に、開く。


 ミエリからの手紙は思っていた通り、簡素だった。


 あて名も差出人もない。そこにはこうあった。



『マサムネさんがゴロゴロしている間に、

 わたしたち魔王を倒してきちゃいますからね!


 マサムネさんの、 や く た た ずー!』



 俺を小馬鹿にする笑みが浮かんでくる。俺もまた口元を緩めた。


「言ってくれるじゃねえか……、誰が役立たずだ、ポンコツ女神……」


 その場で手紙をビリビリに破る。はっ、せいせいするぜ。


 俺は振り返らずに、歩き出す。


「おし、行くか!」


 魔王を倒しに。あの三人に追いつくために。


 俺のエンディングはもうすぐそこまで来ていた。



 と、そこに。


『異界の覇王よ――。其方の決意に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 ゼノスか。


 そういえば最後までその『異界の覇王』ってよくわかんなかったな。


 で、今度はどんなクズカードをくれるんだ? 景気づけに使えるカードをよこしてくれてもいいんだぞ?


『其方のささやかな願いは、その覇業によって叶えられるであろう』


 カードが空から降ってきた。


 それは今までのカードよりも強い輝きを持っているような気がした。なんというか、虹色の光だ。部屋の中を照らしている。大げさな降臨だ。


 俺はおそるおそるそれを掴んでみる。ずっしりとした重みが手のひらに伝わってきた気がした。


 実際は質量などなにもないのだろうけれど、なぜか胸が高鳴った。


 ゆっくりと、表に向けてゆく。


 カードの表面に光がきらめいている。なんのカードだかわかんねえ! そう思った直後、光はひときわ強く瞬いて俺の目を刺す。思わず目をつむってしまった。


 薄目を開く、とだ。


 って……、え?


 マジかよ、ゼノス。おい、これ。


 光輝くカードには【フィニッシャー】とあった。


 俺の心の中から出てきたカードが、最後の一枚だったのだ。



 今ここにすべてのフィニッシャーが揃った。使うと魔王を滅ぼすことができる問答無用の即死カード。最強のカードが手に入ってしまったのだ。


 これからいざ魔王を倒しにいこうと決めた、このタイミングで、だ!


 え、これどうすんの!? 今使えばいいの!? ねえ、ゼノスさん! 俺どうすればいいの!?


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