第98話 「最後の旅路の終わり」
戦いは終わった。
村人たちは拳を突き上げて「うおー!」だの「勝ったぞー!」だの「マサムネさまバンザイー!」だの、思い思いに叫んでいた。
辺りには俺が作り出した落とし穴やら、ドレイクの竜巻が地面を抉ったあとやら、俺が踏み込みで砕いた大地やらで、さんざんな有様だ。
だけどまあ、勝ったからいいよな。うん。
この姿でいられるのは、三分だけだから、もう少しで効果が切れてしまうだろう。俺はライトクロスボウとドラゴンボーンソードを回収し、辺りに落ちていた背負い袋を拾い上げる。
そんなことをしているとだ。驚いた。ラースが飛びついてきたのだ。俺はガキを傷つけないように優しく抱き留める。
「びっくりするだろ、おい」
「やっぱりすげえ、兄ちゃんはすげえよ!」
「ん、そ、そうか?」
「うん!」
ラースは満面の笑みを浮かべていた。俺はラースの頭を撫でる。
「俺、将来兄ちゃんみたいに、冒険者になる! そうして、兄ちゃんみたいに誰かを救ってみせるから!」
「……ああ、そうだな」
俺はゆっくりとラースを地面に下ろした。そうして笑う。
「お前ならきっとなれるさ、ラース」
ラースは大きくうなずいた。
「うん!」
俺はクルルちゃんにも頭を下げた。
「さっきのは悪かったな」
「あ、い、いえ……。大丈夫です、わかっていますから」
「ん?」
わかっているってなにがだろう。俺がクルルちゃんと公衆の面前でとんでもないことをしようとしていたことだろうか……。だとしたらやばい。自責の念で死んでしまいそうだ。生きたい。
クルルちゃんは顔を真っ赤にしながら、目を逸らしてつぶやく。
「お兄さんは、魔物を油断させるために、ああいうことを言ったんだって……。お兄さんが本当にわたしみたいなのに、興味があるはずがないって、わかっていますから……」
「ははは」
俺の口からは乾いた笑いしか出なかった。まあいいや、それならそういうことにしておこう……。
村人たちに手早く別れを告げて、俺は「じゃ」と手を挙げた。【ゴッド】の効果時間が切れる前に旅立たないとな。
「あんまり両親とクルルちゃんに迷惑かけんなよ、ラース」
「に、兄ちゃんもう行っちまうのか?」
ラースは仔犬のような目をして、俺に駆け寄ってくる。
「ああ、仲間が待っているんでな。あの秘密基地大事にしてくれよ。出来栄えになかなか気に入っているんだ」
「……うん、でも、そんなに急いでどこに……」
俺はラースの頭を乱暴に撫でて、笑う。
誰にもはばからず。
この俺自身に胸を張って。
白む空を背景に告げた。
「――魔王を倒しにさ」
別れ際に俺は【レイズアップ・タンポポ】を使い、ピースファームを出た。
跳躍の一跳びで面白いほどに距離を稼げる。幸いわずかに神の力が残っていたため、ホットランドへはすぐつきそうだ。
これは余談なのだが。
後日俺が風の噂で聞いたところ、ピースファームは村を救った英雄の名を借りて、『たんぽぽファーム』という名前に生まれ変わったらしい。
だせえなあ、もう!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
と、そんな風にかっこよく旅立ったこの魔典の賢者ことマサムネなのだが。
【ゴッド】の効果が切れるのはそれからすぐの話だった。
「あっ、これやばくね?」
しかもそれは空中だ。地面を蹴って、高く高く跳び、着地するまでの間に【ゴッド】のカードが切れたのだ。色々あって時間をカウントするのを忘れていた!
全身からみるみるうちに力が抜けてゆく。地面はまだまだ遠い。
やばい。このままだと落下時の衝撃で死ぬ。せっかく生き延びたのに死ぬ。生涯童貞で死ぬ。嫌だ。だって生きてさえいれば、いつかはなんとかできる方法が見つかるかもしれないのに!
俺は淡い希望に縋りつく。たとえばそうだ。秘薬の効果で性転換した元男の女性と交われば、リトルマサムネが爆発しない可能性とか……。それはなんかすげえ嫌な気分だけど……。
だ、だったら俺がマーニーになって、性転換したナルとかキキレアに抱かれるとか……! だめだ、やっぱり嫌だ! 無理だ! 俺の性癖はまだまだレベルが足りないんだ! 俺は純粋な男子高校生なんだよ!
地面が徐々に近づいてきた。俺は叫ぶ。
「うおおおおお! 死ねるかああああああああ!」
俺は空中でバインダを開き、なけなしのMPで【ホバー】を使った。ブレーキのように速度が徐々に落ちてゆく。だが【レイズアップ】状態じゃないからか、劇的な効果は見込めなかった。
「くっそおおおおおおお! こいつが俺の決定打! 【レイズアップ・クッション】だあああああああ!」
俺は巨大な【クッション】を呼び出した。意識が途切れそうになったが、まだ大丈夫だ。さすがクッション、消費MPが少ない。クッションは俺の前にぽふんと現れて、前面を覆う。
そのまま俺は荒野に墜落した。そして衝撃に意識を失ったのであった。
目を覚ました俺は、荒野を歩きながら死にそうだった。
やばい。
ホットランドへの道は、【ゴッド】のカードでひとっとび! だと思っていたのだが、人生はそんなに甘くなかった。町の手前で効果が切れてしまったのだ。
幸い、着地の衝撃は大したことがなかった。ありがとうクッション、お前のおかげで俺は一命をとりとめたよ……。
起き上がった俺は、彼方に町も見えていることだし、急いでいこうと思って駆け出した。そして数歩でダウンした。
そう、MPが尽きたままだったのだ。【ゴッド】にはMP回復の効果はなかったようだ……。
まあ、ひどい副作用とかがなかったのが救いか。つっても、あれだけの代償を支払って副作用なんてあってたまるかって話だけどな。
うう、テンションのままでなんとかなると思っていたが、なんともならなかったか……。あと少しでホットランドなのに……、ぐー……。
俺がまるで行き倒れみたいになっていると、だ。
なんと通りがかった馬車が、俺の横を止まってくれたではないか。
捨てる神あれば拾う神あり、だ。ありがたい!
「だ、大丈夫ですか、あなた……、って」
「うう、ありがてえありがてえ……、って」
俺たちは顔を見合わせた。
「あなた、マサムネさん……?」
「う」
そう、こいつはアーケオタートル戦の巻き添えで馬車を破壊してしまった、御者のおっちゃんであった。
ホットランドまで送ってもらった。ありがたい。
あとほんの少しだけでも寝られたから、ちょっとだけ気分がスッキリしたな。日常生活を送れるぐらいにはMPが回復したようだ。
さて、それじゃあ正宗荘を目指そう。
といっても、実はみんながホットランドに来たって保証もないんだよな。実はパーティーは解散してバラバラになっていたりするかもしれない。またここからひとりずつ仲間を集めていく冒険とかやめてほしいな。
ま、せいぜいミエリぐらいはいるだろう。あいつの目的は魔王退治なんだ。俺はもう女を抱ける体ではないが、もしミエリがいたら今度こそ想いを伝えよう。
最初から俺は悔いのないように生きていくべきだったな、本当に。
頭をかきながら、俺は通りを行く。それにしてもきょうはずいぶんと閑散としているな、ホットランド。なんかあったのかね。
例えば地下から有毒ガスが出てきて、それで町の人が避難しているだとか。
そういえば御者のおっちゃんがなんか言っていたな。俺はすぐに寝ちまったから聞いていなかったけど。
正宗荘につくまで、誰とも俺は遭遇しなかった。
「えーと、誰かいるかー?」
入口には鍵がかかっている。俺は仕方なく裏へと回った。あの転移魔法陣がある方へとだ。
すると、魔法陣の周りには騎士たちが待機していた。なんだよ、人いるじゃん。
「おーい」
「ひっ!?」
「うはぁあ!?」
俺が気安く声をあげると、騎士たちは急に振り返ってきた。真っ青な顔で抱えていたなにかを見せつけてくる。
「あ、あ、あ、あ、現れたな! 魔物め!」
「ええいこの爆晶が見えないのか! 覚悟! 覚悟! 覚悟しろおおおお!」
「待て待て!」
俺は両手をあげて敵意がないことをアピールする。テンパりすぎだろう!
「人間だ、俺は正真正銘の人間だ。いったいなんの騒ぎだ。人んちの裏庭で」
騎士たちは俺を見て、顔を見合わせた。
「なあ、この人ってもしかして」
「ああ、不吉な黒髪、ドブを煮詰めたような三白眼、人を見くだすことをなんとも思わないゲスな表情、間違いないな」
「あんだっててめぇら」
『いえ、なんでも!』
騎士たちは声を揃えて整列した。ったく。
俺が睨みつけていると、騎士のひとりが怯えながら歩み出てきた。
「えと、マサムネさんですよね?」
「そうだよ。濡れ羽色の黒髪、鋭く知的な瞳、常に余裕気な微笑を浮かべているハンサムな表情。この俺がマサムネだ」
「おい、今のを聞いたか? 偽物じゃないか?」
「なんでもいいから、なんだよ! 話が進まねえだろ!」
俺が怒鳴ると再び騎士たちは身を竦めた。そうして、おそるおそる俺に紙の束を差し出してくる。あん?
「……これは、手紙? 俺宛てにか?」
「ええ、そうです」
裏を見る。署名は……、ナルとキキレアと、そしてミエリ?
なんだこれ。
「どういうことなんだ? あいつらはどこにいったんだよ、おい」
騎士たちは顔を見合わせた。彼らは『この人は知らないのか』という顔をしていた。嫌な予感がした。
なんだ。あの三人がどうしたんだ……?
俺が乱暴に詰め寄るより前に、騎士のひとりが告げた。
「みなさんは、もう先に行ってしまいましたよ」
「だから、どこにだよ!」
俺が怒鳴ると、騎士たちは俺の作った【ゲート】を指差した。
まさか。
「魔王城へ」
そうか、だから、手紙を……。
俺は、間に合わなかったのか……。




