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第89話 「超絶マキシマム癒されてゆく日々」


 昼を食べたあとで、旦那さんがスコップを担いでやってきた。


「あら、どうしたの? お父さん」

「うん。村の生ごみを入れる穴を掘ろうと思ってな。久々に大きな穴を掘る。半日仕事になりそうだ」


 俺はずずずと茶をすすりながら、手を挙げた。


「もしよかったら、俺がやろうか?」


 ふたりは俺を眺めて、目を点にしていた。


「いや、でもお客様にそんな……、手からパンまで出してもらったのに」

「そうですよ。いくら冒険者の方でも、疲れますよ」


 その手から【パン】を出しただけで宿泊代を無料にしてもらうなんて悪いから、言っているんだけどな。


 俺は「大丈夫大丈夫」と言って手を挙げた。


「心配いりません、魔法でやるんで」

『えっ』


 俺が輝くバインダを見せると、夫婦は声を合わせて驚いていた。




「オンリーカード・オープン。【ホール】」


 裏庭にぽっかりと空いた穴を見て、ひゅーとラースが口笛を吹いた。


「すげえや、兄ちゃん! こんなこともできるんだ!」

「これは……、すごいですね、助かりました」


 旦那さんが俺にぺこりと頭を下げる。いやあ、恐縮です。ま、【ホール】はそれなりに使えるカードだからな。これで借りは返したぜ。


 って、おや。


 空からカードが降ってきた。久々だな。


『異界の覇王よ――。其方の善行に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 ふむ。


『其方のささやかな過労は、その覇業によって叶えられるであろう』


 バインダを開いてみた。そこには【イッス】とあった。なんだイッスって。


 俺はラースや旦那さんをその場に残し、裏庭に回った。そうして【イッス】を唱える。どうせ屑カードだろう。


 その場に椅子が召喚された。学校にあるような木の椅子だ。座ってみた。お尻が冷たい。クッションがほしいな、と思った。


 俺の心にはなにも残らなかった。喜びも悲しみもない。悟りを開いたのかもしれない。まあ、旅の最中で便利かもしれないしな……。


 そんなことを思いながら旦那さんとラースの元に戻る。


「大変だ、バッカスの旦那」

「ん、ケディんちの。どうした?」


 すると、来客があったようだ。駆けこんできたのは旦那さんと同じような体格のオッサンだった。


「うちの明かりの燃料が切れちまって。なあ、オイルとか余ってねえか?」

「そう言われても、そんな急には」


 旦那さんは困ったように頭をかく。俺はのんびりと手を挙げた。


「あ、だったら俺が」




「うおお! あんたすげえな! 手からオイルを出せるとか、いったい何者だよ!」

「いやあ、ただの旅の魔法使いだよ」


 オンリーカードの【オイル】がなんか、初めて本当の意味で役に立った気がする。


「すげえなあんた! オイル使い! いや、オイル王だ! 本当に助かったぜ!」

「お、おう」


 俺はオイル王ってなんだ……? と思いつつも握手に応じた。イクリピアのように魔法灯がない地域だと、燃料が切れちまうのはこわいだろうなー。


 ま、これでもう俺の仕事は終わった。さ、あとは宿に戻ってゴロゴロするか……、と。


 民家を出た直後、またまたカードが降ってきた。二連続だ。


 よし、今度はどんな屑カードだ? 俺わくわくしちゃうな。


『異界の覇王よ――。其方の善行に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 マジでー。つか、さっきと文面変わっていないぞゼノス。


『其方のささやかな過労は、その覇業によって叶えられるであろう』


 え、一緒なんですけど。


 でも名前は違った。よかった。カードには【クッション】と書かれていた。


 俺はこっそりと【クッション】を唱える。すると、その場にクッションが現れた。もこもこだ。ふわふわだ。結構手触りがいい。


 なんてことだ。俺はここに来てコンボ技を手に入れてしまった。見てみろよ、ほら、【イッス】を使ったあとに【クッション】を唱えれば……! なんと椅子にクッションが! すげえ! 超エキサイティング! ヒュー!


 ぶち殺すぞゼノス。椅子とクッションで魔王を倒す手段があるなら今すぐ俺に教えてくれ。それでお前の娘を主神にしてやっからさ。ドス黒い気持ちが抑えられない。やはり俺は悟りを開いてはいなかったようだ。


 そんなことを考えていると、また新たな男が。


「大変だケディ! お前、いい整髪料もっていなかったか!? きょうの俺のとびきり素敵な髪型が寝癖で大変なことに!」

「【マシェーラ】っ!」

「ああっ、俺のとびきり素敵な髪型がみるみるうちに元通りに!? なんだこれ、すげえ! あんた魔法使いか!?」

「そうとも、俺は魔法使いだ」


 なんかとびきり素敵な髪型とやら(まるでリーゼントだ)の男を助けた俺は、今度こそ終わっただろうと宿への道を辿ろうとする。だが、近くの民家から叫び声が届いてきた。


「きゃあ! 間違えてお皿を割っちゃったわ! しかも私は裸足! このまま歩いたら足の裏が血まみれになっちゃう! お片付けもできないし、どうしましょう!」

「おらぁ! 【スリッパン】!」

「えっ、なにこのふっくらしたパンにそっくりのスリッパは! いったいどこから急に現れたの!? えっ、あ、あなたがやってくれたの!? あなたはまさか……スリッパ召喚術師!?」

「違うが、俺は旅の魔法使いマサムネだ。なにか困ったことがあれば言ってくれ」

「す、素敵……!」


 民家から去る、すると――。


「大変だー! 真っ暗闇の地下室にばあちゃんの形見の指輪を落としちまってとてもじゃねえけど見つけらんねえー! 誰か暗闇を照らすものを持ってきてくれー!」

「だーもう俺に任せろー! 【ピッカラ】―っ!」

「す、すげーーーーーーーーー!」


 そんな調子で、俺は村人の悩みを次々と解決していった。


 その日の夜には、もう俺の名は村中に轟いていたのだった。


 もしかしたら俺の覇業は、この村の悩みを解決するためにあったのかもしれない――。



「なっ、兄ちゃんはすげえんだからな!」


 と、食事のときにラースが胸を張っていた。なぜお前が自慢げに言うんだラース。


 俺は【イッス】の上に【クッション】を乗せて、そこに座っていた。せっかく手に入れたのだから有効利用をしようと思ったのだが、他の椅子に比べて低いので、俺ひとりだけテーブルに背丈が足りない子どもみたいになっている。むなしい。


 とはいえ、村の評判になっていることは事実らしく、それは悪い気はしなかった。みんなおおむね良い意味で言っているようだからな。


 とはいえ、さすがに魔力を使いすぎた。俺は早起きさせられたこともあって、眠くなってきたので部屋に帰ろうかと思ったのだが。


「なあなあ、兄ちゃん。冒険の話、もうちょっと聞かせてくれよ」

「ん……、まあ、いいだろう」


 ラースが目を輝かせながらせっついてきたため、俺は借りている部屋で朝の続きを話してやることにした。


 このガキ、俺にケンカを売ってきたときは粉微塵にしてやろうかと思ったが、しかしこう素直にしていると、なかなかどうして可愛いもんだな。


 俺も狭量ではない。仲良くしようとやってきたものを追い返すようなことはせず、受け入れてやろうじゃないか。そうだ、昔のことは水に流そう。俺は大海原のように心が広いんだ。


 とまあ、そんな調子で俺は、イクリピア攻防戦の裏側を語ってやった。


「俺たちはフィンと別れ、さらに東の塔へと向かった」

「あの勇者フィンと知り合いなの!? すげーや兄ちゃん!」


「そこには魔獣軍団を引き連れたピガデスが待っていて」

「七羅将、砕氷のピガデス!? すげー!」


「こうして激闘の末、俺たちは塔を砕くと、すかさず魔法騎士団を助けに戦場へと駆け戻ってゆくのだ」

「大ピンチの魔法騎士団を助けに! すげー!! すげー!!」


 あんまりにもラースがはしゃぐので、奥さんが「あんたもうちょっと静かに……」とラースを叱りに来た。すみません奥さん。


 叱られたラースはめげなかった。俺のベッドに大の字になって「あーあ」とため息をつく。


「おれだってもっと大人だったら、兄ちゃんみたいに魔王軍と戦えるのにな……。子どもなんてつまんねーよ、ホントつまんねー……」


 俺は寝転ぶラースに肩を竦める。


「その気持ちはわからんことはないがな」


 ラースは俺を見上げながら、まっすぐな目で問いかけてくる。


「なあ兄ちゃん。おれ、騎士になれるかなあ」

「騎士学校に入ったあとの、お前のがんばり次第だろ?」

「……そりゃそうだけどさ。でも、レッド隊長は褒めてくれたんだ。おれの剣技、筋がいいって。だったら別に学校なんて通わなくたって、騎士にしてくれてもいいじゃないかよ」


 口を尖らせるラース。こいつはきっと自分にはすばらしい才能があると信じているんだろうな。小さい、小さいぞラース。なんてお子さまなんだ。


「別に学校は、剣の修業をするためだけに行くもんじゃないぞ。他にも色々と大事なことを学んだりするんだよ」

「ちぇっ、母さんと同じことを言ってら」

「じゃあそれが正しいんだよ」


 俺はラースの頭を撫でた。細やかな髪の毛が指心地いいもんだ。


「ま、それが嫌ならあとは冒険者になるとかだな。冒険者だったら年齢制限も関係ねえ。いつだって好きなように生きていけるぞ。それだって、学校には通うべきだと思うけどな」

「やだよ冒険者なんて。貧乏で汚くて汗臭くて乱暴で、楽なやつらじゃないよ」

「おいおい、俺も冒険者だぞ」

「兄ちゃんはだって、レッド隊長の友達なんだろ?」

「お、おう……、ま、まあな」


 俺は目を逸らしながら頭をかいた。やべえ、それが嘘だとバレたら俺って幻滅されちまうのか? ここまで好感度を稼いだのに? なんか、それはさすがに勘弁だわ……。


 なぜ子どもの好感度をこんなに気にしてしまうのかはわからない。それはあるいは、一度手に入れたものをまた失うことが怖いのかもしれない。


 胸の傷が痛む。そうだ、俺は大切なパーティーメンバーを失ってしまったのだ。もう彼女たちは、俺のことなど忘れているだろうきっと。


 ……いや、忘れているんだろうか? どうなんだろう。ホットランドで魔王を倒しにいっているようだが、彼女たちは今、なにをしているんだろう。


 いや、それはまあいい。そのことについて深く考えると傷が広がってしまいそうなので、俺は話を変えることにした。


「お前、どうしてそこまで騎士に憧れているんだ? レッド隊長が好きだったからか?」

「えっ? い、いや、それもあるけど……」


 ラースは急に挙動不審気味に目を逸らした。


 俺はピンと来た。こいつはなにかある、と。この童貞特有のリアクションは、女がらみだな、と。


「ふーん、内緒かー」

「べ、別にナイショってほどじゃねーけど……」

「ところであのクルルって子、結構かわいいよな」

「はあ!? ぜ、ぜんぜんあんなの! ブス丸出しだし!」

「そうかー? 俺はかわいいと思うけどなー。お前にブスって言われるとか、ちょっとかわいそうだなー」

「えっ、あっ、べ、別にブスじゃ……、そんな、こと……」


 ラースは口をもにょもにょさせながら小さくなってゆく。


 実は俺は夕食のとき、こっそりと奥さんに聞いていたのだ。


 クルルは二年前、外に出ていたときに魔物に襲われて、両親を失ってしまったこと。一緒にいたラースはなにもできず、クルルに手を引かれて隠れていたこと。ビビっちまってブルっちまっていたんだろう。自分が嫌になって、そんな自分を変えようとしたのだろう。ラースが騎士を目指したのは、それからだった。


 つまりこの少年は、今度こそ女の子を守れるようにと、強くなろうとしているのだ。


 なかなかいい根性をしているガキじゃないか。すぐ泣くけどさ。


 俺はラースの脇腹を肘でつつく。


「えー、クルルのこと、本当は好きなんだろー?」

「ぜ、全然好きじゃねえし!!」

「あ、じゃあ順番に好きな子の名前を言い合おうぜ。お前が言ったら俺も言うからさ」

「はあ? なんでそんなこと……」

「絶対言うから、な、な。ほら、ラースからだぞ。ほら」

「…………」


 ラースは口をへの字に結んでいたが、俺が「はーやーくー! はーやーくー!」とせっつくと、ついに観念して喋り出した。


「く、クルルだよ……」

「へえ~~~~」

「お、おれは言ったぞ! 次は兄ちゃんだかんな!」

「俺には好きな人はいないからなー」

「!? だ、騙したな!?」

「うぇっへっへっへ」

「このやろうー!」


 二度目に奥さんに怒られるまで、この騒ぎは続いたのであった。


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