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第84話 「それゆけマサムネくん!」

 御者はご機嫌に馬車を走らせていた。


 彼の目利きで非常に素晴らしい馬車を手に入れた。これなら妻も納得してくれるものだろう。前の馬車はなくなってしまったが、それでもこれからはこの新しい馬車と共に生きていこうと御者は誓っていた。


 そんなホットランドへと向かう馬車の中である。


『あーっはっはっは!』


 馬車の中は非常に盛り上がっていて、楽しそうだった。


 席に座っているのは三人の美少女。長い金髪の娘。緑色の髪を後ろにまとめた娘。そして赤髪をツインテールに結んだ娘である。


 彼女たちは目を線にして笑っていた。笑い転げていた。


「まったく、あんたってやつは本当に面白いわね! 今のジョーク最高よ、ミエリ!」

「えへえへっ! そうですか!? わたしは女神の中でも特にジョークの使い手として名高い女神ですから、当然ですね!」

「ミエリさまってひょっとしたら天才なんじゃないかな!? ああもうお腹痛いよー!」

「えへえへっ! もしかしたらわたし天才だったのかもしれませんねっ!」


 そりゃもうめちゃめちゃかしましい三人である。馬車の中は花が咲いているかのようだった。


「なんだか私たちって最初から三人パーティーだったみたいよね!」

「うんうん、ですよねですよね!」


 キキレアの言葉にうなずくミエリ。だがそこに待ったの声が。ナルである。


「あっ、ふたりとも、大切な誰かを忘れているよ」

「誰か……?」

「大事な……?」


 ふたりの頭の上に、銀髪でイケメンでビビリのシーフで今はパラディンの誰かがもわもわもわと空想のようなイメージで膨らんでゆく。


 笑顔でナルが人差し指を立てながら、その名を告げた。


「竜穿の、リューちゃんだよ!」

『ああ~』


 キキレアとミエリは一緒に手を打った。膨らんだ銀髪でイケメンで(略)の空想イメージは、針で刺された風船のように弾けていた。さらばジャックよ。さらば永遠に。


 何者かを最初からいなかったかのように振る舞う彼女たち。今度はウキウキと体を揺らしながら、キキレアが言う。


「ああ、あともう少しで魔王を討伐できるのね……。今は世界中から冒険者や強者つわものたちが集まっているし、楽しみだわ!」


 ぎゅっと拳を握り締めるキキレアは、さらに続ける。


「私が魔王を倒せば、キキ家はそりゃあもう魔王を倒した魔法使いを輩出した一族ってことで、今までの人の見る目が大きく変わるでしょうね! ま、そんなのはどうでもいいけど! どうでもいいけどでも、それってめちゃくちゃスカッとするわね!」


 キキレアは興奮した面持ちだ。それにあてられたかのように、ナルもまた大きくうなずいた。


「あたしだって、リューちゃんと天下を取るって決めていたんだもんね! 魔王を倒したら、それって文句なしで天下を取れたってことだよね! ってことでいいんだよね! 万感成就! うーん、燃えてきたなあ!」


 ガタガタと揺れる馬車の中で立ち上がり、拳を突き上げるナル。彼女の鍛え抜かれた体幹は、足場の悪い車内でもまったくふらつくことはなかった。


 そうして最後に、ミエリだ。彼女はにぱにぱと微笑みながら、両手を合わせる。


「わたしも魔王を倒せば、ふふっ」

「そういえばミエリさまは、あたしたちを助けに来てくれたんだよね。魔王を倒したら神様の世界に戻っちゃうの?」

「いいえ、この世界が我が物になります」

「魔王みたいだけど!?」


 ナルが驚く中、ミエリは夢見心地な視線を浮かべる。


「はあ、この世界でわたしが一番あがめられる神様になるんですよ……。それってすっごいことなんですよ……。あっ、そうだ、スピーチの内容考えなきゃ!」

「スピーチってなによ?」

「勇者が魔王を倒したその直後に、やるやつなんです! 『世界は救われました。ありがとうみなさん……』とかって語るやつです!」

「それスピーチっていうか、『神託』って呼ばれているやつじゃ……」

「スピーチって言っているんだ……」


 あまりにも女神のノリが軽すぎて、キキレアとナルは思わず眉をひそめてしまった。


 ミエリは鞄からペンと紙を取り出し、頭を悩ませ始める。


「どうしましょうどうしましょう。やっぱり『わたしはミエリです。わたしはミエリです。皆さまよろしくお願いいたします。わたしはミエリです』って名前を憶えてもらえるように、連呼したほうがいいでしょうか」

「ありがたみが薄れるからやめて」

「あはは」


 和やかな雰囲気の中、ミエリはにまにましながらつぶやく。


「わたしたちが魔王を倒したら、この世界のどこかで女を漁っているマサムネさんも、きっと驚くでしょうねえ……」


 そうつぶやいた瞬間だった。ナルとキキレアが口をつぐむ。ミエリも『あっ』という顔をした。


 マサムネの名を出したことで、三人の間に微妙な雰囲気が漂い始める。


 だがそれはすぐに霧散した。キキレアとナルが同時に破顔したのだ。


「はーい、ミエリあいつの名前を出したから罰金ねー」

「だめなんだからミエリさまー、もー、おっちょこちょいー」

「てへぺろー」


 ミエリは自分の頭をコツンと叩くと、自らの衣をもぞもぞして、小さな財布を取り出した。その中から銅貨を一枚掴むと、キキレアの差し出してきた革袋の中に入れる。チャリンという音がした。


「わたしが一番多く罰金払っている気がしますよおー」

「そりゃ不注意なのよ。それともまだ未練があるっていうの?」

「えへへー、そんなわけないじゃないですかまっさかぁー」


 笑い合うキキレアとミエリ。ナルは革袋の下をぽんぽんと叩き、その重さを確かめてうなずく。


「ホットランドにつく頃には、いっぱいたまってそうだね」

「そうね、そうしたらおいしいものを食べましょ」

「なにがいっかなー、あたし肉がいいなー!」


 ともあれ、少女三人の旅は順調そのものであった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 俺は馬車に乗っていた。気分は最悪だ。


 なんと俺の斜め前にはゼノスのオッサンが座っているのだ。しかもその代金は俺が出した。同級生の女の子の父親とふたりっきりで電車に乗っているような気分だ。もうやめてほしい。話すことなどなにもない……。


「だいたい、創造神がこんなフラフラしていていいのかよ……」

「大丈夫大丈夫。ワシの仕事はそこらへんのやつに適当に割り振ってきたから。っていうかワシだってたまには休暇がほしいもーん」


 苛立ちしか込み上げてこない口調である。あの髭をすべてぶち抜いてやりたい。


 馬車の乗員は、御者を除けばふたりきりだ。ラバーズガーデンを出た俺に、なぜかゼノスまでついてきたのである。


 俺たちは北へと向かっていた。だが目的地はホットランドではなく、その少し手前の村――ピースファームだ。なんでもものすごく牧歌的で、のどかな村らしい。


 白い目で見られながら童貞Tシャツを役所に返却した俺は今、誰よりも癒されたかったのだ。


 結局、ウェンディは男だったのだろうか、女だったのだろうか……。あわよくばワンチャン……。いや、ないな。ない。これ以上心の傷を作ったら俺はこの世を儚んで魔族になってしまう。


「なあ、オッサンよ」

「なんだ。ていうかその『オッサン』はやめろ。まるでワシがオッサンみたいだろうが」

「お義父さんさ」

「………………オッサンでいい」


 微妙なニュアンスの違いを感じ取ったゼノスが苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやく。俺はさらに続けた。


「お義父さん、あんたはミエリとフラメルのどっちに魔王を倒してほしいんだ?」

「だからやめろっつってんだろ!」


 立ち上がって怒鳴られた。座り直したゼノスは咳払いする。


「ったく……、別にどっちがどうってわけじゃないけどな。ただフラメルは賢くて要領のいい子だ。ここで主神になれなくても、次の世界ではきっとなれるだろう。そういうわけでは、ま、ミエリのほうにがんばってもらいたいかもな」

「ほほう」


 急に親の顔をし出すゼノスを、俺はじっと見つめた。


「つまり、親の目から見ても、ミエリはバカで要領が悪いってことか……」

「待て待て、そうは言っていない。待て」


 慌てて手を突き出してくるゼノスは、己の娘をフォローする。


「ミエリはな、ああ見えても情の深い娘だ。人の悲しみを自分のことのように感じ、困っている人に手を差し伸べることができる子だよ。長い間、失敗を繰り返してきたから、そろそろ落ち着いてほしいと思ってくれているんだ」

「なるほど、フラメルは薄情で心が冷たく、まだまだフラフラしていてほしいと」

「お前ぶちのめすぞ!」


 ゼノスに怒鳴られて、俺は頭をかく。


「ま、ユズハはフィンのパーティーに入っているから、魔王退治はあっちのほうが早いだろうな……。俺はこんなところで変なオッサンの相手をしているわけだしな……」

「そのための【ゴッド】のカードだろう」

「だったらもっとマシな代償をつけろよなあ!」


 ゼノスはかっかっかと笑った。憎い。


 三分間無敵になる代わりに、一生童貞になっちまうカードとか、誰が使うかよ。死んでも使わねえよ。


「仕方ない。覇業はその者の心を表す鏡だ。お前が生み出すことができるカードの能力値の上限は、お前の心次第だからな」


 つまりカードゲームで言うと、一定の召喚コストまでのものしか作れないってことか。


「【ゴッド】のように凄まじい力を持つカードを作ろうとなると、それなりの代償というものが必要になる。つまり、プラマイの帳尻を合わせなきゃならんのだ」

「はあ」


 いや、別に【ゴッド】じゃなくて、それなりに有用なカードをくれればいいわけだが……。


「だったら【フィニッシャー】は、俺の心の上限値の七倍の能力を持っているから、七分割されているのか?」

「そういうこった」


 ふうん、なるほどな。


 俺はぽりぽりと頭をかいた。どっちみち【ゴッド】は使わないだろうが。


「……せめてフィニッシャーのカード、残り一枚のありかがわかればなあ」


 俺がそうぼやくと、ゼノスは肩を竦めた。そこに口出すつもりはないということなのだろう。俺もあまりゼノスに借りは作りたくないから、深く聞くのはよそう。


 しかし、心の成長……、心の成長ねえ。全然ピンと来ねえな。だいたいそんなの、気が付けば勝手に成長しているもんだろう。


 強いカードを手に入れるためとはいえ、『俺は心を成長させるぜ!』なんて言いまくっていたら、明らかにどうかしているだろう。だから俺は俺のままで生きるしかない。心の赴くままに、だ!


「ところでオッサンよ」

「おう。……創造神のワシをそんな風に言うのは、世界広しといえどもお前が初めてだろうな。で、なんだ?」

「ああ」


 俺は場所の外を眺めながら、つぶやいた。


「てめえ、馬車代は返せよ」

「永遠に金を生み出せるカードでもやろうか? これはお前が使うと寿命が七十年ほど縮んじまうが」

「ぶち殺すぞ」


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