第80話 「そして結ばれるふたり」
(※マサムネさんの最低さが下限を突破しています。お気をつけください)
俺のことを『ずっと好きだった』と言ったミエリは、こちらをチラチラと窺っている。俺の反応を待っているのだ。
いや、落ち着けマサムネ。相手はミエリだぞ。ミエリとか、正直言ってありえないだろう。だってミエリだし。一晩寝たらデブになったり、あるいは猫になったりする不思議生物だぞ。
そんなの相手に、なにをときめこうとしているんだ、俺の心。ただ告白されただけで転ぶだなんて、そんなのとんでもないチョロい男じゃないか。
そうだ、クールになれよマサムネ。
明日になればこのTシャツともおさらばなんだ。この町にとどまるのはきょうまで。明日になればまたホットランドに旅立つ。だったらもういいじゃないか。俺に童貞卒業なんて無理だったんだよ。諦めよう。
俺は一度深呼吸をした。だが、諦めるその前に、もう一度ミエリに問う。
「……俺のことが、なんだって?」
「好きですよお」
「え、なんだって?」
「だから好きですってば」
「もう一度」
「なんなんですか!? 急に難聴になっているんですか!?」
ふむ……。
訂正しよう。ミエリに告白されてもなんともないと思っていたが、なんだろう。けっこう嬉しいもんだな。
ていうかやっぱり顔はかわいいよな、ミエリ。こうしてみると目鼻立ちも整っているし、めちゃめちゃ美人だよなー……。
……いや、ていうか待てよ。これ、もしかしてワンチャンあるんじゃないか?
キキレアもナルもダメだったけど、ミエリなら! せめてミエリならいけるんじゃないか!?
見るからにチョロそうだし、いける! きっといけるさ!
恋愛とは妥協の産物だ。だったら! もう、ミエリでもいいんじゃないかな! 顔は抜群だし、胸も大きい! よし、俺は今からミエリを口説こう! 俺にはミエリが必要なんだ!
「そうか、俺は気が付かなかったよ、ミエリ」
「ふぇ?」
俺は急に真面目な顔を作って、ミエリの肩に手を置いた。
「一番大切な人は、いつだってすぐそばにいたんだな。俺はそのことに今まで気が付かなかった。寂しい思いをさせて、ごめんな」
「えっ、なんですかきゅうに」
「俺は今、真実の愛に目覚めたんだ」
「えええええ~……」
ミエリはなんだかめちゃめちゃ嫌そうな顔をしていた。これいけないかもしれない。
いや、諦めるな俺。恋愛とは押しの一手だ。ナルにも焦らされ、キキレアにも焦らされて、俺はもう限界寸前なんだ。俺は今ここで、ミエリを落としてみせる。がんばれマサムネ!
「俺がずっと好きだったのはミエリ、お前なんだ」
「きもちわるい。きもちわるいんですけど、マサムネさん」
「この目を見てくれ! ほら! 嘘偽りのない目だろう!」
「瞳の中に『ウソ』って書いている気がするんですけどぉ……」
疑り深いなあこいつ!
つーかだめだ。ミエリは俺とずっと一緒にいたんだ。俺のいいところもダメなところもすべて誰よりもよくわかっているはずだ。そんなミエリを騙せるわけがない。最初から無理で無茶で無謀な作戦だったんだ。
俺は頭を抱えた。考えろ、考えるんだ。ここでミエリを落とすためにどうすればいいのか。
もう童貞Tシャツ脱ぎたいんだ。今まではナルやキキレアが恋人のフリをしてくれていたから大丈夫だったけど、明日からはまた後ろ指差される生活に戻るんだ……。そんなのはいやだ……!
俺はそっぽを向きながら、ぽつりとつぶやいた。
「お、お前って、綺麗な顔をしているよな……」
苦し紛れにもほどがある!
我ながら今の一手はないな、と思ってしまった。一応、本当に思っていることではあるが、相手は女神だぞ。綺麗だなんて当たり前のことだろう。人間基準で評価したところで、そんなものはなんの意味も――。
「え、そ、そ、そうですかぁ~~~?」
ミエリは俺を見ながら思いっきり照れていた。
えっ。
「えー、マサムネさんってわたしのことをそんな風に思っていたんですかあ? えーもー、ま、確かにわたしは綺麗な顔立ちしていますけどお。事実ですけどねー!」
なんだこいつ、急にデレデレし始めたぞ。
もしかしてミエリって、褒められ慣れていないのか……。そうか、そうなのか……。ある意味で不憫なやつだな……。
でも、だったら……。
俺の取るべき戦術はただひとつ。そう、――褒め殺しだ。
「ミエリは美人だよなー」
俺のつぶやいた一言に、ミエリは大げさに反応した。
「っはー! ま、そんなこともありますけどね! マサムネさんに褒められるとか、すごい! どうしちゃったんですか!? わたしの時代来てます!?」
「う、うん。こんなに美しい人に出会えたなんて、俺も死んだかいがあったってもんだよ。おまけに優しいし、まさに女神の中の女神って感じだよな」
「もちろんですとも! わたしは雷と転生の女神ミエリ! まさしく女神として誕生した女神の中の女神、女神オブ女神のミエリですとも! キリッ」
ミエリはベンチの上に立って月を指差しながら腰に手を当てて、大層なことを言っていた。
なんかもう適当に褒めたらなんでもやってくれそうな気がしてきた。
「よっ、女神さま! 大統領!」
「まかせてください!」
「女神さま! ちょっと豚の鳴き真似をしてもらってもいいですか! これは女神さまにしかできないことなんで!」
「ぶーぶー! ぶーぶー!」
「おお! かっこいい女神さま! その場で三回回ってワンって吼えてくださいよ女神さま!」
「わんっ! わんわん!」
「見事な犬っぷりですね女神さま!」
「わんっ! キリッ」
女神さまは満足そうな表情だ。
こいつ面白いな。こんなに面白いやつだったのか。俺はまだまだミエリのポテンシャルを発揮できていなかったんだな。反省しなければならない。
ってそうじゃない。本題に入ろう。
俺はミエリに頭を下げた。
「女神さまお願いします! 童貞卒業させてください!」
「え゛っ」
ミエリはさすがに固まった。俺はさらに頭を下げた。
「お願いします! 美人で優しい女神さま! 救われない俺に愛の手をください!」
「い、いやー……いくらなんでもそれはー……」
ミエリは『あ、わたしそろそろ用事があるんでいかないと』とでも言い出そうな顔をしていた。そんなミエリに俺は詰め寄る。
「だってさっき俺のこと好きだって言ったじゃん! 言ったじゃん! ね、言ったよね!? ミエリ言ったよね!?」
「いや、あれはそういう意味で言ったわけじゃなくて……、なんというかこう、あまりにもしょんぼりしていたから、ついっていうか……、実際マサムネさんのことはそんなに嫌いじゃないですし……」
「えっ!? なんなの!? じゃあ俺の純情弄んだの!? 俺を引っかけて嘲笑っていたの!? それってひどくない!?」
「いや、そういうわけじゃ……、あ、わたしそろそろ宿に……」
「お願いします! もう女神さまぐらいしかいないんです! 俺を助けると思って! ね!? 女神さま! 女神さまならできますよ!」
「ええええぇ~……」
ミエリは思いっきり身を引いていた。顔もドン引きの表情である。ミエリのこんな顔見たことない。
だが、俺はさらに気迫を込めてミエリに詰め寄った。大丈夫だ。この女、押せば落ちる!
あとはためらわないこと。そして、振り向かないこと! 後悔のないように生きる! 俺はこの心に従ったまま!
深々と頭を下げた。
「お願いします! 俺、童貞卒業するなら女神さまがいいと思っていたんですよねー! 逆に女神さまじゃないと嫌だなーって! なあ、お願いします、女神さま! 美人の女神さま!」
「た、確かにわたしは美人ですけど、でもそれとこれとはぁ……」
俺はその場に土下座をした。
「お願いします! 女神さま!」
「えええええええ!? そ、そこまでやるんですか!? マサムネさん、プライドとかないんですか!? わたしには今まで決して頭を下げたりしませんでしたよね!?」
「これが俺の覚悟だ!」
「えっ!? これが!?!?!?」
粘って粘って俺は頭を下げ続けた。お願いします、お願いします、とミエリに訴えた。ミエリがいかに美人で、俺がいかに惨めかを説いた。
特にミエリを褒め称える言葉が効いた。彼女は俺が一言告げるたびに、体を悶えさせながら甘美な果実を口にしたような顔をしていた。もはや時間の問題であった。
そして――。
「わ、わかりましたよお…………、いきますから、いきますから……、頭をさげてくださいよお……」
ミエリは最終的に首を縦に振った。
俺の完全勝利であった――。
俺は自分の泊まっている童貞専用宿にミエリを連れ込んだ。
ミエリはそそくさと先にシャワーを浴びにゆく。なんだかずっと恥ずかしそうに「ううぅぅ~~~……」とうめいていた。
俺がシャワーから戻ると、ミエリは恥ずかしいのか頭までシーツをかぶっていた。
よし、俺の仔猫ちゃん、今いこうじゃないか。
ゆっくりと俺はミエリに近づいてゆく。ミエリはベッドの中でぷるぷると震えていた。そうだ、初めては緊張するよな、やっぱり。それもそうさ。
でも大丈夫だよ、ミエリ。俺がリードしてやるからさ。
ついにこのTシャツを捨てる日がやってきた。キキレアやナルではなく、俺の運命の相手はミエリだったんだ。最初に選んだミエリ。彼女はやはり俺の女神だったんだな。
ありがとうミエリ。お前は俺の太陽だった。今抱き締めてやるからな、ミエリ。ふたりで未来の扉を開こうじゃないか――。
バッとシーツをめくる。
そこには見たことがない白髭のオッサンがいた。
「残念でしたあああああ! ワシでしたあああああああああああ!」
俺はこいつのことをよく知らない。どこで紛れていたのかもわからない。
だがひとつだけわかっていたことがある。それは――。
殺そう、こいつを。




