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第79話 「恋人はミエリ?」


 俺は夜の公園でひとり、ベンチに座りながら月を見上げていた。


 夜の月は、とても綺麗だなあ。ああ、ピカピカしているなあ。俺もあんな風に綺麗になりたかったなあ。


 なんだか涙がこみ上げてきそうだ。


 俺は今、非常に落ち込んでいた。


 なんといっても、ナルとキキレアだ。ふたりが俺にアプローチをしてくれているのに、俺は彼女らの気持ちに応えることができなかった。今でも俺は童貞Tシャツのままだ。


 俺はどうすればよかったんだろう。夜空の月よ、教えてくれよ。俺のいったいなにがいけなかったんだ。俺は彼女たちと真剣にぶつかったはずだ。それなのになんで俺は今、ひとりでこんなところにいなきゃいけないんだ。なんで俺はまだ童貞なんだ。


 リセットボタンがあるなら押したい。そうしてもう一度、昨日の朝からやり直したい。もしそんなことができるならと願わずにいられない。だが、俺の手札にそんな便利なカードはない。あるのは大量の屑カードだ。


「はぁ……」


 ナル、キキレア……。ふたりの笑顔が夜空に浮かんでは消えてゆく。


「……俺は本当にダメなやつだな……」


 ふたりの想いを失ってみて、初めて今わかる。あのふたりがどれほど稀有な存在だったのかと。


 こんな俺のことを好きになってくれる人なんて、きっともう二度と現れないだろう。そんな気持ちが胸の中で膨らんでゆく。


 たぶん、俺はこのまま生涯孤独に過ごすのだろう。老後に近所でも有名な頑固ジジイとなり、みんなに疎まれながらよぼよぼと生きるのだ。つらい。つらたんだ。


 俺は自らのTシャツを見下ろして、そこに描かれた文字を音読する。『私は童貞です』だ。


「……今の俺にはお似合いだな」


 本当の俺は肉体的にではなく、精神的な童貞だったというわけだ……。


 そんな風に、俺が深いため息をついたときだった。後ろから何者かに、目を塞がれた。


「だーれだぁー」


 ひんやりとした手のひらの感触が俺の目元に当たる。それは柔らかくて、なんだか心地よかった。


 その声を聞かなかったとしても、たぶんそれが誰か俺にはわかっていただろう。異世界にやってきてから一番多く聞いている声だ。


「……ミエリか。今の俺はシャレが通用しないぞ。八つ当たりの対象になりたくなければ、離れていたほうがいいと忠告をしておこう」

「あーららー、やっぱりバレちゃいましたね!」


 人の話をまったく聞いてねえなこいつは。


 いつもの白い衣をまとったミエリはパッと離れ、微笑みながら俺の近くのベンチにちょこんと座る。


「マサムネさん、マサムネさん! 今からオンキン勝負をしましょうよ! わたし、すっごく強くなったんですよ! 今度こそマサムネさんをボッコボコにしてあげますよ! キリッ」

「ああー?」


 なに言ってんだこいつ。この俺をボコボコにするだと? 百億万年はええんじゃねえのか。


 ウキウキとした顔のミエリが、俺お手製のオンリーキングダムのカードを取り出す。ミエリは自分のデッキを用意してきたらしい。俺の言葉も聞かずに「さあさあ」とこっちを促してくる。


 こんなことをしているわけではないとわかっている。だが、俺は他にやることもない。今は孤独の味を噛み締めていたくなかったのかもしれない。


 暇つぶし程度の気分で、ミエリに付き合うことにしてやった。俺は残ったカードを使い、その場でパッパッと自分の使うデッキを作る。


 虫の居所がよくないからな、今の俺は。手加減もできないぞ。


「いいぞ、ミエリ」

「ふっふっふ、きょうこそはマサムネさんをぎゃふんと言わせてやりますからね! ぎゃふんですよ、ぎゃふん! ちゃんと負けたら『ぎゃふん』って言ってくださいね」

「お前の連敗記録が伸びるだけだけどな」


 ぼんやりとした月明かりと、そしてぼんやりと輝くミエリの肌の光を頼りに、俺たちは夜の公園でカードゲームをした。


 ぺちぺちと紙をベンチに叩きつける音が響く。夜風に吹かれながら戦うオンキンは、ずいぶんと気持ちがよかった。


 ミエリは相変わらずクソ弱くて、途中で「そ、そっちのデッキ、なにかずるくないですか!? デッキ交換してくださいよ! デッキ! 交換! デッキ! 交換!」とか言い出して俺の冷やかな視線を浴びていたが。


「なあ、ミエリ」

「ふぁーい」


 ミエリは真剣な顔で場のカードを睨んでいる。


 俺は世間話をするような気持ちで、つぶやいた。


「お前、なんで俺を選んだんだ?」

「にっくきマサムネさんを、ボッコボコにしたかったからですけど……」

「そうじゃない。一番初めのことだよ」

「ふぇ?」


 顔をあげたミエリに、俺は問う。


「地球で死んだやつなんて、山ほどいただろう。それなのに、どうして俺だったのかな、って。本当にただの偶然だったのか?」

「あ、ああ、そっちの。えっと……、勇気とか、知恵とか、あと年齢とか、そういうので選別していたような気がしますけど……」


 ミエリはたどたどしく語る。あ、こいつ覚えてねえな。


「最初はさ、猫を助けたからお前となにか関係があったのかな、って思ったこともあったんだけどさ」

「あ、そういえばマサムネさん、猫を助けて車に轢かれたって言ってましたよねー。本当に意外ですよねー。マサムネさんだったら逆に猫の皮を剥いで肉を売り飛ばしそうなのに。ていうか、実際にわたしにやりそうでしたし……」

「あれはただの冗談だろうが」


 俺はしれっと語る。そうして続けた。


「しかし、本当にただの偶然だったのかよ……。なんか、色々と考えて損したな」

「ぐ、偶然ってわけじゃないと思いますよ。実際、マサムネさんの力はすごかったわけですし」

「そうか……、いや、そうか? ま、いいけどさ」


 夜の公園で、俺たちはいろんなことを喋りながらオンリー・キングダムをプレイしていた。


「なんか懐かしいよな。こうしてお前とふたりでいると」

「あー、洞窟の中ではしばらくふたりっきりでしたからねー」

「お前のせいで魔王城の近くに放り投げられてな。あのときは本当に死ぬかと思ったよ」

「ち、違いますよお! あれってマサムネさんが暴れるから! そのせいでわたしもしばらく猫化したんですからね!」

「ははは」

「笑ってごまかそうとしています!?」


 懐かしいな、この世界に来てから最初はずっと、ミエリと一緒だったもんな。一週間ぐらいふたりっきりだったか。


 俺は舌打ちした。


「あのときにさっさと童貞を卒業しちまえばよかったな」

「マサムネさん、女神の前で史上最低の告白をしませんでした!?」

「気にするな。俺は今、少し落ち込んでいるんだ」

「ははあ」


 どうあがいても絶対に挽回できないほどの差をつけられながらも、なんとかして逆転ができないかと頭を悩ませているミエリが、ちらりと俺を見る。


「ナルルースさんと、キキレアさんに、フラれたんですか?」

「……単刀直入に聞くもんだな、お前」

「えっと……、自分が本当はモテていないんだと自覚するに至るようなきっかけとなる事件がなにか起きたんですか?」

「回りくどすぎて嫌味に聞こえるなあ!」


 俺は頭をがじがじとかきながら、カードを出してミエリに止めを刺す。ミエリが「ぎゃー!」と叫んだ。当然の帰結であった。


「まあ、そうだよ」

「うううう、なにがですかああ」


 俺は小さくため息をつく。


「ナルもキキレアも、俺から離れていったよ」

「そうなんですか? まあ、マサムネさん外道ですからね! 当然の帰結ですね!」


 こいつ、俺が心の中で思っていたことをかぶせてきやがった……。なんなんだこいつ……。


「お前はいつでも気楽そうで、悩みなんてなさそうで、いいよな」

「ちょっと猫の期間が長かったからそう見えるだけですにゃー。わたしはいつでもこの世界の未来を憂いてますにゃー」

「はいはい。ったく、なんなんだろうな。結局、俺なんかが人に好かれることが、間違いだったんじゃないかな」


 そうだ、俺は頭がよくて、度胸があ(中略)だけの、どうしようもないダメなやつだ。


 ナルもキキレアも、俺のまだ見えていない部分になにか金塊が眠っていると信じて、俺に告白したのかもしれない。本当はそこになんにもなかったのにな。あったとしても、せいぜいゴミクズだ。


 俺がため息をつくと、ミエリがつぶやいた。


「そうですか? わたし、マサムネさんのこと好きですけど」

「そうか、ありがとな、ミエリ」

「……」

「来世はよろしく頼むよ」


 ……。


 と、俺がふと顔をあげる。


 すると、ミエリは俯いていた。


 ……ん?


「ミエリ?」


 女神は、俺をちらりと上目遣いに見て、言ってきた。


「わたしは、マサムネさんとあの洞窟で暮らしていたときから、マサムネさんのことを、ずっと好きですけど」


 …………え?


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