第73話 「恋人はナルルース その1」
なにものかに揺すられて、目が覚めた。
俺の睡眠を妨げるとはいい度胸だ。俺は一日十時間は眠りたい性分だというのに……。
俺が嫌がりながら毛布をかぶると、上から温和な声が降り注いできた。
「マサムネくん、もう朝だけど、まだ寝るのー?」
俺は脳みそを使わず、反射的に返す。
「ねるー。ねむいー」
「そっかー」
声の主は俺の頭を優しく何度も撫でてきた。その指の感触がとても心地いい。今にも夢の国に舞い戻れそうだ。
「マサムネくんはいつもがんばっているからね。いいんだよ、たっぷり寝てていいんだからね。よしよし、よしよし」
心の奥底まで染み入るような声である。天の声もこういうのを目指してくれた方が、聞くほうとしても心地よいだろうに。少しずつ意識が闇に落ちてゆく。
声の持ち主はベッドサイドに座ったまま、俺の頭を撫でている。俺がごろんと横になると、今度は足の裏をぎゅっぎゅっとマッサージし始めた。なかなかの力加減だ。うむ、いいぞ。
「ああ、それ、きもちいい……」
俺がうとうとしながらつぶやくと、声の主の笑顔が花咲いたような気がした。
「よかったー、あたしのおうち道場もやっていたから、子どもの頃からこういうの得意なんだよ、えへへ。奥さんになったら、毎日してあげるからねー、マサムネくん」
「んあ」
奥さんという言葉が脳内に突き刺さる。俺は思わず目を開いた。すると、俺の足の裏をマッサージしていたナルと目が合った。彼女もまた『しまった』という顔をしている。
「え、ええっと……、こ、恋人になっても毎日してあげるからね?」
「お、おう」
ナルは顔を赤らめながら俯いて、足裏をぎゅっぎゅしている。なんか照れ隠しなのかだんだん力が強くなってきているんだが……。あ、これ痛いな、これ痛いぞ? ちょ、ちょっとナル、痛くなってきたぞ!
「ナル、痛い痛い、ストップストップ」
「あっ、あわわわわ、ご、ごめんなさーい!」
ナルは慌てて手を離す。それから俺の足裏を大事そうにさすってきた。今度はくすぐったい。
「あ、朝から騒々しくてごめんね? マサムネくん」
「うんにゃ、全然」
「そ、そう?」
「ああ、というわけでおやすみ」
俺はナルに背を向けて二度寝の態勢に移る。すると衣擦れの音がしてきた。ナルがごそごそと上着を脱いでいるようだ。
「じゃ、じゃあ、あ、あたしも一緒に寝ていいかな……? だ、だだだだって、今は、こ、恋人同士だし!」
「おー」
「わ、わーい」
俺が寝ぼけながら答えると、ナルは嬉しそうな声をあげながらベッドにもぐりこんできた。
「じゃ、じゃあ……、あの、マサムネくん、お、お邪魔しますー……」
「おー」
後ろからぎゅっとナルが手を回してくる。温かくて気持ちいい。なんか色々と思うことがある気がするが、そのすべてを睡魔が飲み込んでいった。
俺はそのまま再び眠りに落ちたのであった。
そして、目を覚ますと、目の前にすーすーと寝息を立てる端正なナルの顔があった。うわあ。
正直心臓が飛び出るかというぐらいにビックリしたのだが、なんとか叫び声はあげなかった。俺の努力を誉めてあげたい。
二度寝する前の記憶が蘇ってくる。そうだ。そういえばナルにベッドにもぐりこんでいいよー、とか言ったような気がする。眠かったから正直よく覚えていなかった。今はバッチリすぎるほど目が覚めちまったけどな。
下手に動くことができない。なんか背中に汗をかいてきた。
……しかし、こうして密着距離で見ると、やっぱり綺麗な顔立ちをしているよなあ。顔だけ見れば本当に、絶世の美少女だな。
なんでこんな可愛い子が、俺に惚れているんだろう……。
俺とナルは向かい合うようにして、横になって寝ていた。俺がじっと見つめていると、ナルは口元をふにゃふにゃにして微笑みながら、小さく寝言をつぶやいた。
「うぇへへ……、ましゃむねくん……、しゅきぃ……」
「…………」
それとともに、足がもぞもぞと動き、俺の足に絡みついてくる。ハーフパンツを履いているのか、生足だ。温かくて柔らかくて、それにすごくすべすべしていて、めちゃめちゃいい感触だ。
これはやばい。生足ってやばいな。
俺は手を伸ばして、ナルの生足に触れた。あっ、すごいもにゅもにゅしている。なにこれ、すごい。あっ、すごい。すごい。言語野が破壊されてゆくのを感じる。すごい、やばい。揉みしだくとほどよい弾力が跳ね返ってきて、下手したらこれおっぱいより気持ちいいかもしんない。ナルの脚やばい。もにゅもにゅ。
「んっ、んんっ……」
ナルが身じろぎをした。それとともに今度は俺の手がナルのふとももに挟まれる形になった。お、おおお……。なんだこれすごいぞ。すっごいもにゅもにゅしている! もにゅもにゅ! マジもにゅもにゅ! もにゅもにゅもにゅもにゅ!
俺がナルの脚でもにゅもにゅ祭りを開催していると、ナルが薄く目を開いた。
「んん~……、マサムネくん、なにしているのぉ~?」
「あ、いや」
お前のふとももが気持ち良すぎてもにゅもにゅ星人になっちまっていたよ、とはさすがに言えないので。
「エルフって横になって寝ると、耳もぱたんと真横に倒れるんだなーって思ってさ」
「うんー、やらかいよー」
へー、やらかいのか。
「さわってみるー?」
「みるみるー」
前から興味あったんだよねー。俺は腕を持ち上げてエルフの長耳をつつーと指でなぞる。お、おお、やらかい。やらかいな、これ。楽しい。
「これってくすぐったいの?」
「うんー、けっこうくしゅいー」
「そっかー」
まるでモチをこねるようにして、指で耳を弄んでいると、たびたびナルが身じろぎをするようになってきた。
「ううー」
「くしゅい?」
「くしゅいよー」
だったら今度はダブルだ。ふとももをもにゅもにゅしながら、ナルの耳をくしゅくしゅする。すると耐えかねたナルがかすかに喘ぎ声を漏らした。
「あっ……、あぁ、ん……、マサムネくぅん、もういいでしょ~……」
「そ、そうだな」
はぁ、はぁ、と荒い息をつくナルの潤んだ瞳には、顔を真っ赤にした俺が映っていた。これはやばい。ベッドの中でじゃれ合うのって、思ったよりも危険だ。やばいな、世の中の恋人は全員こんなことをやっているのか。死ねばいいのに。
「ねー、マサムネくんー」
「お、おう」
「そろそろおなか減ってこないー?」
「あー、そうだな。たぶんもう昼だな。昼まで寝ちまっていたか……、せっかくお前の番なのに済まないな、ナル」
俺はさすがに悪い気がして謝った。一日しかないアピールタイムを浪費させてしまったんだもんな。
すると、ナルは横になったままとても幸せそうに微笑む。
「ううん、マサムネくんとふたりっきりでいられるんだから、これだってデートだもん。あたしも嬉しいよ。ありがとう、マサムネくん」
そのまったく他意のない素直な発言に、俺は思わず胸を打たれてしまった。
そうか、ナルが正妻になったら、こんな日々が続くのか……、そうか……。それはそうでいいかもしれないな……。
俺は照れ隠しに起き上がると、ベッドから降りて伸びをした。
「よ、よーし、シャワー浴びてメシ食いにいくかー」
「はぁーい」
ナルもベッドから身を起こして笑っている。くそう、なんか気恥ずかしいなこれ。
「じゃ、じゃあ一緒にシャワー浴びるかー?」
「うん、いいよ」
「なんてなー、はははー……って、え!?」
俺は思わずナルを二度見した。
ナルはシーツを口元まで引き寄せながら、頬を染めてはにかんでいた。
「うん、いいよ。マサムネくんだもん!」
父さん、母さん。俺はきょう大人になってしまうかもしれません――!




