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第72話 「導きの果てに至る者たち」

 とりあえず、キキレアかナル、どちらにしようかという話なのだが。

 それについて、ふたりは提案をしてきた。


「あんたはまだ私の魅力を全然わかっていないわ! そう、全然よ!」

「あたしもあたしも! あたしの魅力も!」

「はあ」


 左右から詰め寄ってくるキキレアとナルに、俺は胡乱な目を向ける。


「だからね、明日はナルが。そしてあさっては私があんたと一対一で暮らすわ!」

「暮らす?」

「ええ。思えばあんたと私たちが一対一でずっと一緒にいたことって、あんまりなかったじゃない? だから、この機会に私たちのことをもっとわかってもらおうって思ってね。ちなみに順番はじゃんけんで決めたわ。私が勝ったのよ」

「はあ」


 ナルと一日。キキレアと一日過ごすのかあ。


 全然ピンと来ていない俺に対して、キキレアは指を突きつけてくる。


「というわけで、わかった!? その日一日は、私たちを恋人だって思って過ごすのよ!? その上できちんと選びなさいよね!」

「ムード作りってやつか。わかった、任せろ」


 しっかりとうなずく俺を、キキレアはじっと見つめてきた。


「……信じていいのよね」

「え? なにが」

「……別に、なんか、色々とよ」


 そう言って目を逸らす。なんだなんだ。俺以上に信じられる男なんて、この世界にいないだろう。


「よくわからんが任せろ、キキレア。もうこうなった以上、俺は逃げも隠れもしない。どちらかをしっかりと選ぶことを誓おう」

「……それならいいんだけど。いや、ていうかよくないわ! 私を選びなさいよね!? ナルにもこれだけは負けないわ!」

「へへへ、あたしだって負けないよー。キティー、お互い正々堂々としようね!」


 キキレアとナルはふたりでがっしりと手を握り合う。美しき女同士の友情ってやつか。


 恋敵同士であり、パーティーメンバーであり、戦友であり、なんかキワドい仲になった時期もあったりで、このふたりも相当にこじれているよな……。


 そこで俺はふと気づいて、ふたりに尋ねた。


「そういえば、ミエリは?」

「部屋で寝ているわ。誰も遊んでくれないからつまらなそうにしていたわよ」

「でも久々にふかふかのベッドで寝て、幸せそうだったよ」

「そうか……」


 相変わらずというかなんというか……。


「じゃあ明日はあたしの番だから、朝起こしにいくからね、マサムネくん!」

「ああ、頼んだよ、ナル」


 魔王城に攻め込む前に、俺自身の決着を付けないとな。




 俺はひとりの宿――童貞専用宿――に行き、寝ることにした。


 部屋の中は意外と綺麗な普通の宿だったのだが、あちこちに謎の本が置いてあった。『女性との付き合い方』やら『大丈夫、女性は怖くない!』やら『勇気を出して』なんてタイトルだ。大きなお世話だよ。


 俺は童貞Tシャツを脱いで、ベッドに横になる。


 きょう一日は本当にいろんなことがあった。体も疲れていたのだろう、すぐに俺は眠りについた。


 その日、不思議な夢を見た。




 俺がひとりで険しい雪山に上って、【フィンガー】なるカードを手に入れる夢だ。


 それはカードと組み合わせて使うことによって、カードの効果を指から発動することができるというものだった。それなりに使い道がありそうだったのに、組み合わせられるカードは【タンポポ】のみだった。正真正銘の屑カードだ。俺は泣いていた。


 夢とは思えないほどにリアルな慟哭だった。




 場面が変わる。そこは王宮のようだ。


 俺の目の前には顔色の悪い痩身の男が立っていた。魔族の男はその手にハルバードを手にしている。周りにはキキレアやナル、ミエリ、そしてジャックが倒れている。俺はたったひとり、傷だらけの姿でその男と対峙していた。


 男はハルバードを振るう。俺の目には一閃の光にしか見えなかったそれを、夢の中の俺は間一髪避けていた。そうしてバインダから二枚のカードを取り出す。【カスタム】と【マグネット】。どちらもまだ俺が持っていないカードだ。


 再びハルバードを繰り出してくる男。俺はさらに寸前でかわす。地面を叩いたハルバードに【カスタム・マグネット】を使う。ハルバードは地面に粘着されたように貼りついた。男はなんとかして武器を持ち上げようとしていたのだが、そのとき俺はすでに違うカードを手にしている。そこには【マスケット】とある。俺の手に銃が現れた。マスケット銃だ。


 男が俺を見た。俺は手にした銃の引き金を引く。弾丸が発射され、男の眉間を穿つ。男は目を見開き、断末魔すらあげず後ろに倒れていった。


 夢とは思えないほどにリアルな死に様だった。




 場面が変わる。そこは大豪邸だった。


 俺は金貨を敷き詰めたバスタブの中にいた。両手にはあふればかりの数の宝石を握っている。俺は高笑いをしていた。


 周りにはたくさんのメイドたちが控えている。さまざまな種族の女の子たちだ。共通しているのはどれも美少女で、そして胸が大きいということだろう。それぞれタイプの違う彼女たちは俺をご主人様、ご主人様と呼んで敬っていた。俺は欲望の権化であった。


 そこにメイドとは異なる衣装を着た、ひとりの美しい女の子が近づいてくる。俺は彼女に気づいて気軽に片手をあげた。彼女はニッコリと微笑むと、俺のことを愛情のあふれた声で『あなた』と呼んだ。彼女の顔は見えなかった。


 夢とは思えないほどにリアルな気持ちよさだった。




 いろんな夢が俺の頭の中を流れ、そうして過ぎていった。


 夢の中の俺は泣き、笑い、挑み、怒り、悩み、たぎり、悲しみ、喜び、恨み、戦い、憎しみ、苦しみ、とてもたくさんの感情を吐き出していた。


 そして、どの俺も一生懸命、自分の人生を生きていた。


 いったいこれはなんなのだろう。


 暗闇の中、漂うように浮かぶ俺の思考に、ほんのわずかな光が浮かんだ。それはどこか見覚えのある光だ。


 そう、俺が猫を助けて車に轢かれたとき、薄れゆく意識の中で感じた光だった。


 となると来るぞ。


『マサムネ――、マサムネ――』


 ほら、やっぱりだ。

 一方的に意見を述べては偉そうに去ってゆく、あの声だ。


 俺に夢を見せていたのも、どうせお前なんだろう。


『ええ、その通りです』


 また俺に説教をしようと言うのか……。くそ、いったい俺がなにをしたっていうんだ。もっと真面目に生きろっていうのか?


『いいえ、そうではありません、マサムネ』


 ……あん?


『あなたはこの世界に来て、六枚のフィニッシャーを集めましたね。それはたくさんの人々の希望の光。完成まであとほんの少しです』


 ああ、そうだな。あと一枚で完成だ。


 すると声は、その温かみを増す。


『――よくがんばりましたね、マサムネ』


 ……ああ?


 この謎の声に褒められる日が来るとは思わなかった。


 がんばった……、俺、がんばったか? そうか? なんかそうでもない気がする。俺はやりたいように生きてきただけだ。


『それでもあなたは、ここまでたどり着きました。先ほどあなたに見てもらったのは、あなたが辿るはずだった数々の未来の姿です』


 ふむ。

 神の力で、未来視かなにかを俺に見せていた、ってところか。


『その中で多くのあなたは命を落としていました』


 マジで!?

 俺、実は結構死んでたの!?


『その中で多くあなたは魔王退治を諦め、平凡に人生を過ごそうとしておりました』


 あ、うん。それならなんとなく想像つく。ドロップアウト組だな。


『数多くの辿るはずだった未来の中、ここまで来ることができたのは、あなたが実に慎重で冷静な判断を続けてきたからです』


 お、おう。まあな。

 なんかきちんと褒められると否定したくなってくるが、今はその言葉を甘んじて受け入れてやろう。


『魔王はあなたの存在に恐怖しております。闇の力では決して覆えないあなたの魂の光は、人々の想いを力に変え、魔王を見事打ち倒すでしょう』


 ……ああ。


『がんばってください、マサムネ。あなたこそがこの世界の希望です。あと少し、私は見守っておりますよ』


 光はそう言い残すと、小さくなってゆく。

 俺はハッとしてその光に声をかけた。


「なあ! 俺はナルとキキレア、どっちの願いを叶えればいいんだ!? どっちのカードがフィニッシャーなんだ!?」


 光は小さくなった後、最後に一度だけ瞬いた。


『あなた自身の心に従いなさい。答えはそこにあります――』


 なんだよそれ、最後に適当なことを言いやがって!


 どっちだ、って俺は聞いてんだよ! AかBで答えろよ、ちくしょう!


 立腹するも、しかしもう反応はなかった。


 はあ、仕方ねえ。確率は二分の一か。



 しかし、あれか。

 あの声、俺を励ましに来たっていうのか。

 珍しいもんだな。


 俺は暗闇の中、感覚のない腕で頭をかく。


 ユズハのところにも現れたんだろうか、あの声は。

 まあいいか。


 どちらにしても、あと少し。

 残り一枚のフィニッシャー。キキレアかナルのどちらかがそれを持っているはずだ。確率は二分の一。どちらの願いを叶えればいいのか。まさかここに来て俺が賭けをしなくちゃならないなんてな。


 だが、あの声は『俺の心に従え』と言ったのだ。


 ということはすなわち、俺が選んだほうがフィニッシャーを持っているのだろう。


 ナルか、

 キキレアか。


 俺はどちらを選ぶことになるのだろう。


 ……ま、知ったこっちゃないな。


 面倒な話は、未来の俺に任せようじゃないか。


 今はただ能天気な夢が見たい。



 そうして次に見た夢は、俺がオンリー・キングダムの世界大会決勝戦にて現れたミエリを、涙も枯れ果てるほど完膚なきまでにボッコボコにする穏やかな夢だった。


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