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第71話 「究極の選択へ」


 嘘だろ、ちょっと待てよ。

 俺の前には今、頬を染めたふたりの美少女が座っていた。


 ひとりは赤髪ツインテールの魔法使い、キキレア・キキ。俺と同い年で、勝ち気で上昇志向が強く、無能なやつが大嫌い。操る火よりももっと燃えているのはその胸の嫉妬の炎、という人物だ。エキセントリックな性格はともかく、顔はいい。スタイルもまあまあいい。


 もうひとりは緑髪をポニーテールに結んだアーチャー、ナルルース・ローレル。俺の一個下のエルフで、弓さえ持たせなければまあまあ常識人と言っても差し支えないんじゃないだろうかと思うときも、なくはない。貧乳が多いエルフの例に漏れず、とびきりの貧乳だ。でも顔がいい。かわいい。


「あ、あんまりこっち見ないでよね……」

「えへへ……」


 キキレアは少し怒ったような顔で恥ずかしがりながら、斜め下を見つめていて。ナルはとびっきり照れてはにかみながら、体を小さく揺らしていた。


 今までずっと大切なパーティーメンバーでしかないと思っていたのだが……。おっぱいを揉ませてくれたのだって、ボランティア的なあれだと思っていたのに……。


 なんと、俺の童貞卒業を手伝ってくれると言うじゃないか。


 やばい。


 これはやばいぞ。


 俺の人生において、今が最高のときかもしれない。モテ期か、モテ期がついにやってきたのか。オンリー・キングダムの大会で勝ち進みながらもちっとも誰にもモテず、せいぜい近所のカードショップでガキどもにモテているだけだった俺が、美少女ふたりに童貞卒業をサポートしてもらえるというのだ。


 思わずガッツポーズで立ち上がりながら『俺は成し遂げたぞおおおおおおおおお!』と衝動的に叫ぶところだったが、まあ待て。


 ここで自分にストップをかけることができるのが、この俺が冷静かつ慎重な魔典の賢者と呼ばれてしまうゆえんだろう。


 一個一個、検討をしておこうじゃないか。

 そうだ、人生の一大事だからな。どれだけ慎重になってもなりすぎるということはないだろう。


 俺は外套のポケットから手帳を出した。そうして紙を破ってそれぞれ一枚ずつナルとキキレアの手前に置く。


 なにこれ? という顔をするふたりに、俺は言う。


「では、条件を明記していこうと思う」

『条件を明記していこうと思う!?』


 声を揃えて復唱するふたり。うん、いい心掛けだ。声に出して音読するのは大事だからな。


「まず俺ことマサムネを甲、そしてナルを乙、そしてキキレアを丙といたします。この契約書は、乙と丙が甲に対し、童貞卒業サポート業務を遂行することを目的として締結されるものである、と」

「ちょ、ちょっと待って、マサムネ! あんたがなに言ってんのかさっぱりわかんないんだけど! 契約の呪文なのそれ!?」


 慌てたキキレアが俺の手首を掴んで止めてくる。ナルを見ると、彼女は頭の上からぷすぷすと煙をあげていた。ふむ。


 俺は紙をくしゃりと潰しながら、うなずく。


「じゃあ、まあ口頭でやるか。まずはキキレアとナルの目的が聞きたい」


 キキレアは眉をひそめる


「目的って……、そういう言い方されるのはちょっと……」

「あ、はいはいー、じゃああたし、マサムネくんの奥さんになりたいですー!」

「ってナルちょっとお!?」


 キキレアですら予想していなかった、唐突なる裏切りである。ナルはすかさず手を挙げると、俺に向かって微笑んだ。


「マサムネくんがあたしで童貞卒業したら、マサムネくんはあたしの旦那さまね! 魔王を倒したら一緒にエルフの里に行こ? みんなに紹介するからさ!」


 拳を握り締め、幸せそうに将来の夢を語るナル。俺はその速度についていけなかったが、ぼんやりとつぶやく。


「あー、だんなさまかー」


 だんなさま、だんなさま……、なんだろう、そう言われている自分のことがまったくイメージできない。なんだ、だんなさまって……? 俺、この年で結婚するのか……?


 そうか、ナルといたすと俺はだんなさまになるのか……。ならないといけないのか……。責任……、男としての重荷……、重責が俺を襲う――。


 すると、キキレアがふぁさぁと髪をかき上げた。


「ばかね、ナル。あんたはまだまだマサムネのことをわかっていないのね」

「えっ? わ、わかっているよちゃんとー!」

「だったら今の発言は悪手と言わざるを得ないわ。『奥さんになりたい』だなんて言ったら、マサムネはビビって怖気づくに決まっているでしょ」

「そ、そんなことないよ! マサムネくんはちゃんと責任感のある男の人だよ! 男の甲斐性だって抜群だもん!」

「ですってよ、マサムネ?」


 キキレアは腕組みをしながら俺に流し目を向けてくる。しかもドヤ顔だ。くそう、こいつは俺をよく理解していやがるな……。


 一方でナルも俺を信じ切った仔犬のような瞳で見つめてきている。そんなはずないよねマサムネくん? という感じだ。なんだこのふたり、アメとムチか!?


 俺が答えずにいると、キキレアは腕組みしながら人差し指を立てた。


「私は多くは望まないわ。ちゃんと節度を持ったお付き合いをしてくれれば、それでいいわ。どう? マサムネ、あんたにとっても悪くない条件でしょ?」

「えーじゃああたしもそうするー」

「ナルあんたちょっとズルくないかしら!?」


 ぶーぶーと口を尖らせるナル。その頬をキキレアがむにーっと引っ張る。女同士の争いが巻き起こっていた。


 しかし、童貞卒業サポートをふたりに代わりにやってもらうとして……。その見返りが、恋人関係、か……。


 うーーーん。


 どうしよう、ホントこれ。ようは、恋人としてナルかキキレアを選ばなきゃいけないってことだろ?


 選ばなきゃいけないのかあ……。


 さっきまでのウキウキしてきた気持ちが、少しずつしぼんでゆく。


 なんかさ、あれだよな。キキレアもナルも、正直言って、こう……。微妙にめんどくさい相手っていうか、すごいアクが強いよな……。もし恋人になったら、その後にさまざまなトラブルが待ち受けていそうだし……。


 だったら別に俺、ウェンディでいいんだけど……、後腐れなさそうだし……。


 俺が微妙な表情をしていることに気づいたのか、キキレアが慌てて手を突き出してくる。


「待ちなさい、マサムネ。あんたの言いたいことはだいたい顔を見ればわかるわ」

「そんなわけがないだろう、俺はポーカーフェイスだからな。で、なに?」

「だからっていつまでも答えを保留し続けているのは、人としてどうかって思うわけよ! こんな美少女ふたりが言い寄っているんだから、あんたもちゃんと答えを出しなさいよ!?」

「はあ」


 俺は生返事を返す。


 そうか、人として答えを保留にしたままなのはいけないのか……。それがいたす上の流儀なのか……。


 キキレアやナルを虚ろな目で見つめながら、俺は思っていた。


 ……処女って、なんかメンドクサイな……。




 というわけで、俺はUターン気味に役所へと向かっていた。

 ウェンディとの約束をキャンセルするためだ。さっき取りつけたばかりなのに……。


 しかしなー。別にウェンディちゃんがいれば、俺は別になー……。


 ウェンディは俺のサポートをしてくれても、きっと恋人になろうだとか、正妻にしてくださいだとか、そういうことは言わないだろう。優しく俺を包み込んでくれるはずだ。


 だったらウェンディちゃんでいいんじゃ……。ナルやキキレアを言いくるめてさ。だってぶっちゃけ、ナルとかキキレアってこのあとにもチャンスがありそうだし……?


 そんなことを思いながら、(辺りのカップルたちに指差されつつ)俺は役所に立ち入る。


 しかし受付には誰もいなかった。ふむ、休憩中かな。


「なあ」

「ん?」


 誰かに声を掛けられた。いかにも童貞っぽい顔をした男だ。もしかしたら童貞卒業サポートを受けた男かもしれない。普通のシャツを着ているしな。


「君さ、マリーちゃん見なかった?」

「マリー?」


 どこの誰だ? ウェンディの別名か?


「ほら、これくらいの髪の毛をした、ちょっと釣り目がちで、いかにも仕事ができるお姉さんって感じの……」

「あ、ああ」


 ウェンディと交代のときにやってきた女の子か。俺に『がんばってね』と言ってくれた子だ。あの子も可愛かったなー。


「いや、見てないな、俺も今ここに来たばかりで」

「そっかぁ……」


 男は達観した顔で天井を見上げた。


「僕さ、童貞卒業サポート受けたんだけどさ」

「ほう」


 なんだなんだ、なにか語られるのか?

 少し興味はあるが、だからといって人のアレコレの話とか聞きたくないぞ……。


 俺は用事を思い出して歩き出そうかと思った。しかし――。


「なんかさ、すごい嫌な噂を聞いちゃってさ」

「はあ」


 ……嫌な噂? なんだそれ。あとで法外なお金を請求されるのか。俺はごくりと喉を鳴らす。しかし男の話は俺の予想を超えていた。


「なんでもここの受付嬢の中に『男』がいるってさ……」

「……は?」


 なに言ってんだこいつ。男?


「いや、聞いたんだよ僕。なんか、もともと男だったやつが、薬によって女の姿になって……それで、嬉々として童貞卒業サポートを手伝おうとしているって……」

「…………」


 …………。


「いや、そんなわけないよなって思うんだけど。なんか錬金術の秘薬でそういうのがあるって聞いちゃってさ。そんなものあるはずないだろうに、どうなんだろう。マリーちゃんが元男だったら僕、どうしよう。ねえ、君なにか心当たりないかな」


 ……男が、女になれる薬?


 ははは、そんなものあるはずないじゃん。まさかまさか。


 俺は必死に叫ぶイクリピア第二王子の姿を思い出しながら、だらだらと冷や汗を流していた。


 元、男だと……?


「あれ~?」


 後ろから声がかけられた。俺はびくっとして飛び上がる。ぎぎぎとぎこちない動作で振り返ると、そこには笑顔のウェンディがいた。


「マサムネさん~? どうかしました~?」


 …………。


 俺は想像してしまった。ウェンディのこの優しい笑顔の下に隠されたその本性を。受付の制服の奥底に眠るリトルウェンディを。


 その場でウェンディにキャンセルを申し出る。すみません元男かもしれない人はちょっと無理ですマジで。すみません。




 俺は目が覚めた。


 やはりよく知らない女はダメだ。ろくなことがない。童貞を卒業するなら見知った相手に限る。なぜ俺はキキレアやナルよりウェンディを選ぼうとしていたんだ。過去の俺は間違っていた。ようやく真実にたどり着いた気分だ。


 危うくジャックの二の舞になるところだった。あいつがその命でもって、俺に教えてくれたことを無駄にするところだった。すまないジャック。ありがとうジャック。永遠に。


 やはり、俺にはナルとキキレアしかいない。最初からナルとキキレアにしておけばよかったんだ。ナルとキキレアは最高だ。ナルレア万歳。


 ……だが、どちらかを選ぶというのはつらい。というか、今無理に選ばなくてもいいんじゃないだろうか。


 だって、選ばれなかった方はどうなるんだ? それってなんか気まずくならない? 大丈夫? キキレアが妬みでナルを刺し殺したりしないかな。逆もあり得るよな。その辺りはきっちりと聞いておかないと。


 そんなことを考えながら俺だけは泊まれない宿に戻ると、ナルとキキレアは例によって受付前で待っていてくれた。


「おかえり、マサムネ」

「おかえりなさーい、マサムネくんー」


 元気よく挨拶をしてくれるナルと、目を細めて俺をじっと見つめるキキレア。


 先に口を開いたのはキキレアだ。彼女は片手を挙げつつ、俺を鼻で笑う。


「どうせあんたのことだから、本当はキャンセルしないで、口だけで私たちをどうやってごまかそうかって考えてきたんでしょ。そんなのわかっているのよ」


 なにを言うんだこいつは。俺はキキレアの目を見返しながら、真顔で告げる。


「俺はしっかりと断ってきたよ」


 キキレアは意外そうに目を丸くした。


「……え、えっ、本当に?」

「当たり前だよ。お前たちがいるんだ。俺にあんな受付は必要ない」


 俺はきっぱりと言い切る。ウェンディはもう過去の女だ。優しそうでおっぱいも大きかったから、少しもったいない気もするが……、まあ、仕方ない。今度は俺が廃人にされてしまう。


 キキレアは驚いていた。一方、隣のナルは「わーい」とはしゃぐ。


「だから言ったでしょ、キティー。マサムネくんは絶対に断わってくれるって! マサムネくんはやるときはやる人なんだから!」

「そ、そうね……、どうやら本当に嘘じゃないみたいね……」


 キキレアはしゅんとして頭を下げる。


「……ごめんなさい、マサムネ。……私が間違っていたわ。あなたは、そうよね。最後の最後では、ちゃんとやってくれる男なのよね……、ごめんなさい」



 俺は笑いながら肩を竦めた。


「いいさ、日ごろの行ないだろう。だが俺はお前たちのリーダーだぞ。約束を破ったりはしないさ」

「……うん」


 キキレアの目がわずかに潤む。こうして大人しくしているとキキレアも可愛いな。ナルはもはやでれでれの笑顔だ。


 そのときである――。


 俺は見てしまった。


 思わず絶句する。


「お前たち……」


 見えるはずがないというのに、俺は指差してしまった。


「え?」

「うん?」


 キキレアとナル。

 ふたり同時に――その胸にカードが輝き出したのを。


 それはジャックのときとまったく同じように。そして、まったく同じ位置にあった。


 ということは、だ。

 もしかして。



 ――このふたりのどちらかが、最後ななまいめのフィニッシャー所持者だっていうのか?


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