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第69話 「童貞を救う町」


 この町の住人の心ない言葉によって、だいぶ精神に来ていたのだが、それでも俺はなんとか自分の足を動かしながら受付までやってきた。


 きっとここでもまたバカにされるんだろうな……、とかそんなことを思いつつ、だ。


 受付のほんわかしたおねえさんは色気ある笑顔を浮かべながら、俺を出迎えてくれた。


「おつかれさまです~、童貞さん~」

「あ、はい……」


 俺のシャツにはなおも『私は童貞です』と書いてある。これが本当の童貞丸出し、ってことだろう。ははは、微塵も面白くねえな。くそう、目につくカップルを全員殺して回りたい。俺が魔王だ。


 そんなどす黒い考えに染まっていると、亜麻色の長い髪を持つおねえさんは、くすっと微笑みながら立ち上がった。


「それじゃあ~、行きましょうかぁ~」

「えっ、どこに?」

「いろんなことが一気に起きて戸惑っているでしょうから、この町について簡単にご紹介いたしますよ~」

「はあ」


 歩き出す受付嬢のおねえさんの後ろに続く俺。交代の受付さんがやってきた。「がんばってね」と俺に声をかけてくれる。なにをがんばればいいのだろう。まさか地下に連れて行かれて、なんの意味もないドラム缶を延々と押さなければならないことになったりするんだろうか。童貞であることが罪なのだろうか。つらい。つらたんです。


 連れて行かれたのは小さな別室だった。俺ひとりしかいない。面談室みたいだな。


 受付嬢のおねえさんと向かい合って座る。


「私、ウェンディと言います~」

「あ、はい。マサムネっす」


 なぜか自己紹介することになった。童貞さんと呼ばれるよりはマシか。


 ウェンディは世間ずれしていそうな雰囲気をまといながら、微笑んでいた。もしかしたらこのおねえさんは俺をバカにしないのではないだろうか、などという考えがわずかに頭をよぎる。だが、騙されてはいけない。さんざん気を持たせておいて最後には裏切ってくるのが人間だ。俺は知っているんだ。某国の第二王子に女を騙って近づいたやつもいるらしいこのご時世だからな。警戒スイッチはMAXに設定しておこうじゃないか。


 すると、おねえさんは手を打って話し始める。


「ではマサムネさん~、ええと、この町はカップルで利用できる施設がたくさんありまして~」

「はあ」


 ウェンディはところどころ噛みながらも、たどたどしく説明をしてゆく。新米なのかもしれない。大丈夫かこいつ。

 ていうか、ふたりで泊まれる宿や、ふたりで楽しめる酒場や、ふたりで楽しめる公共施設などを紹介されても、俺はいったいどうすればいいのか……。


 という施設紹介を色々とされて。


 ウェンディは沈み込む俺に向けて、そのとき初めて気づいたかのように改めて微笑んだ。


「あ、そうそう、言い忘れていましたけど、この町では童貞さんは結構ミジメな思いをしちゃうかもしれないんですよね~」

「言われるまでもねえよ!?」


 なんだこの女、可愛い顔して俺をバカにしてんだな!? こいつも周りのやつらと一緒か! 一緒なのか! 内心で俺をあざわらってんだろ! やっぱり裏切ってきたな! 人間なんてなにも信じられねえ!


 おねえさんはにっこりと笑う。


「では、童貞卒業サポートについては、ご説明を受けました~?」


 ……童貞卒業サポート?

 え、なにそれ。


「だからこちらには、童貞の方には速やかに童貞を卒業するためのお手伝いをする準備があるんですよ~」

「はあ」


 なんだそれ、怪しい講習会みたいなものか?

 すっげー胡散臭いな。役所でやっているからって信用はおけん。


「どうです? 童貞卒業したいと思われます~?」


 にこにこと微笑むウェンディの胸の谷間がちらりと見えてしまって、俺は顔を背けながら答える。


「いや別に……。そういうのって人に言われて卒業するものじゃないと思っているし俺。そういうのっていつか大切な人のために取っておいたりするものだと思うし。だから別に俺そういうんじゃないし……、いつか運命の人と巡り会うんだし……」

「そうですかぁ~」


 おねえさんはしょんぼりとした。両手を組み合わせながら俯いて、口を尖らせる。


「せっかく私がお手伝いできたらと思いましたのに~」


 ……ん?

 今、ウェンディがお手伝いとか言ったか? ふむ……。


 俺は姿勢を正して、問い直す。


「ちょっと待て、それはどういうことだ? 詳しく聞かせてもらおうじゃないか」


 騙されているかもしれないなどと考えるのは、少々早計だったかもしれないな。何事も判断材料を揃えてから、検討するべきだ。初心を忘れてしまっていたな。俺はわずかに身を乗り出す。


「童貞卒業サポートというのは、なにか講習会かなにかを開いて、『お前たちみたいな人間のクズ(どうてい)は生きる価値なんてねえ! 今すぐ女を抱いてこい!』とか、精神論的な説教を食らうんじゃないの?」

「ええ~、全然違いますよお~」


 ウェンディはクスクスと笑った。

 それから彼女は優しく微笑むと、両手を広げた。


「私、少し前まで娼館で働いていたんですけど~」

「えっ!?」


 娼館で働いていたって、つまり、その、そういうお仕事をしていた人ってこと?


 俺はさらに前に身を乗り出した。これはなにか、俺にとって大事なヒントが隠されているかもしれない。聞き漏らすわけにはいかないな!


「ほう……それで?」

「はい~、なんでもこの町で童貞卒業のサポート員を募集していたというので、来たんですよ~。まだ実際お仕事をしたことはないんですけど~」

「ふむ……、続けるといい」

「はい~、ありがとうございます~」


 ウェンディはぽわぽわとした笑顔を浮かべた。さっきまで俺をバカにしているのかもしれないなんて思っていたが、あれは間違いだったのだと今気づいた。この子は職務に一生懸命なだけだった。曇っていたのは俺の目だ。俺はもう傷つきたくないばかりに、人を信じる心を失っていたのだ。


 俺の手を、ウェンディはそっと両手で包み込む。それは俺が忘れていた、人の温もりだった――。


「もしサポートを受けるというなら、私がこの体で、お手伝いいたしますよ~」

「そ、それっていうのは……、その、例えば、お金を払ったりする必要があるんでしょうか。さぞかしお高いんですよね? ははは……」


 なぜか敬語になってしまった俺に対し、ウェンディは目を線にして可憐な笑顔を浮かべた。


「いいええ、童貞サポートは町のお仕事ですからお金はいただきませんよ~。私も世の中の悩める童貞さんのため、お力になってあげたいだけですから~」


 そんな風に笑うウェンディを見て、俺は思った。


 この子は天使だ。この世界には天使がいたのだ、と。


 ありがとう神様。ありがとうミエリ。俺をこの世界に連れてきてくれて、ありがとう。

 俺はようやくこのラバーズガーデンで、運命の人と巡り会ったのだ――。




 帰り道の足取りは軽かった。


 日取りは、二日後。

 その日に俺はウェンディとの予約を取りつけた。場所は役所近くの宿だ。


 相変わらずの童貞Tシャツであり、町の人からアホを見るような目で指差されているわけだが、そんなものはもう関係ない。


 俺は明後日、童貞を卒業するのだ――。


 ああ、なんと素晴らしい町だろう。

 あんなに綺麗で可愛らしい女の子が、俺を優しくサポートしてくれるというのだから。


 この町、ラバーズガーデンこそがこのクソみたいな世界の最後に残されていた、楽園エデンだったのかもしれない。

 まったく、ここは本当に最高だ。人生っていうのはなにが起こるかわからないからこそ面白いのだと、俺は今さらになって気づく。ホットランドじゃなくてここに旅館を作るべきだった。


 俺はスキップしながら、小学生ぐらいの女の子三人組の横を通り過ぎてゆく。


「うわ、あの人、童貞だって……」

「あんないい大人が……、うわー、うわー……」

「よっぽど寂しい人生を送ってきたんだろうねー……」


 いくらでも言うがいい。二日後にお前らは手のひらを返すだろう。


 この町は確かに嫌な奴ばかりかもしれない。でもな、人間にだっていいやつはいるんだよ。気づいたさ。俺は人間をもう一度信じてみようと思ったよ、あのウェンディのためにな。


 ゴミを見るような町の人の視線にも負けず、俺は宿に帰ってきた。



「おお、帰ってきたかい童貞の兄さん」


 宿のおばちゃんが俺を出迎えてくれた。なんか変なあだ名みたいになっているが、そんなものはまったく気にならない。


 俺はしっかりとうなずく。


「ああ、ちゃんと童貞証明書をもらってきた」

「だったら三件隣に童貞専用宿があるから、そこにお行き。格安で泊めてもらえるはずだよ」


 あ、ここには泊めてもらえないのか。

 そうか、そうか……。まあ、いい。


「今はそこに泊まってやろうじゃないか。だが、すぐに俺はこの宿に帰ってくる。すぐにな」


 俺は大人の余裕を見せつける。すると宿のおばちゃんもわずかに口元を緩めた。


「どうやらその様子だと、童貞卒業サポートを受けることにしたみたいだね」

「ああ」


 そうか、この町ではサポートはもう常識なんだな。最高だな。


「ウェンディって子に頼んできた。髪が長くて胸が大きくてすごく美人なんだ。やったぜ」

「そうかいそうかい。そりゃいい。きっとうまくいくだろうよ」


 俺がそう問うと、おばちゃんはニッコリと笑った。


「なんせあたしももともとは受付嬢だったからね」

「あ、そうですか……」


 それは知りたくない情報だったなー……。小太りのおばちゃんの若い頃とか、ちょっと想像したくないなー……。


 まあいい。俺の頭の中は今、ウェンディのことでいっぱいなんだ。俺はあの手の柔らかさを思い出す。きっとどこもかしこも柔らかいのだろう。女の子ってなんて素敵なんだ。

 初仕事って言っていたから、もしかしたらまだ慣れていなくて、失敗してしまうこともあるかもしれない。そんなときのために俺がリードしてやらないとな。男として――な!


 俺がそんなことを考えていると、おばちゃんは片手を挙げながら言う。


「あんたのツレにもね、あたしが若いときの話を語ってやってたんだよ。嬢ちゃんたちにはちょっと刺激が強かったみたいだけどねー」

「ははは、そうか、まあしょうがないよな、あいつらはド処女だからなー」


 声をあげて笑う。悪いなナル、キキレア、ミエリ。俺は一足先に大人になってくるよ。


 ……いや、ちょっと待て。


 今なんっつった? 俺のパーティーメンバーに童貞卒業サポートの話をした、って言ったか?


 ナルやキキレアに?


 あ、そう、そうなんだ、へー……。


 そのとき、俺は気配を感じた。

 そうしてゆっくりと振り向く。


 そこには――。


「童貞卒業サポート……」

「ウェンディ……、胸が大きくてとっても美人……」

「あ、マサムネさんおかえりなさーい」


 椅子に座りながら俺を待っていた、キキレアとナルとミエリ――三人の仲間たちがいた。


 ――なぜだか、すごくよくない感じがします。


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