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第67話 「運命のラバーズガーデン」

『噂のドラゴンを退治しに来た。あたしがエルフ族一の弓使い、ナルルースだよ』


 初めて会ったとき、彼女はそう言っていた。


 凛として、美しくて。思わず見とれてしまった。俺はこんなに綺麗な人がいるなら、この異世界だってきっと素晴らしいところに違いないと思った。


 だがあの発言がめちゃめちゃホラ吹いていやがったんだな……、と今になって思う。あれはナルなりの虚勢だったのかもしれない。初めて冒険者ギルドに足を踏み入れるということで、緊張していたのだろう。


 だからといってなにも知らないやつをギガントドラゴン退治に引っ張って、挙句の果てに巻き添えに死なそうとしたのだから、許されることではないが……。


 ともあれ、ナルルースはそんな女だった。


 天真爛漫、純真無垢。英雄伝説に憧れるような、ちょっとだけ子どもっぽいエルフの少女。


 その彼女は今、アーケオタートルの下敷きになって潰されてしまった。


 俺の作戦が間違っていたばかりに……、つまり彼女を死なせてしまったのは、俺のせいだ。

 その場にうなだれた俺は、強く地面を叩いた。


「ナル……、ナル……!」


 か細く二度その名を呼ぶ。


 その直後だ。


 どこか遠くから「ふぁーい」という気の抜けた返事がきた。それはまるで生前のナルの声そのもので、俺は顔をあげた。そんな、まさか。ハッとした俺の目に光が戻る。


 これは、奇跡が起きたのか――!?


 俺は腹這いになってアーケオタートルの腹の下を覗き込む。するとそこには、竜穿を支えにしてなんとか耐えているナルの姿があった。


「ナル!」

「ふえええええん、マサムネくんさっきから竜穿がミシミシ言っているよお! このままじゃ折れちゃうよおおおおお!」

「大丈夫だ! 竜穿が折れたらお前はアーチャーをやめて普通の剣士になれ! そっちのほうが助かる! それにお前の防御力ならアーケオタートルに潰されたとしても生き残れるだろう!」

「さすがにそれは無理じゃないかなああああ!」


 ナルは青くなって叫ぶ。そうか、いくらなんでも潰されたら死ぬのか……。いいチャンスだと思ったのだが、だったら助けなければ。


 とりあえず【ホール】を使ってナルの足元に穴を開けてこようか。いや、でもそのためにアーケオタートルの中にもぐりこんだとき、あの竜穿がへし折れちまったら俺も一緒に死ぬし……。


「リューちゃんがー! リューちゃんがー! 死んじゃうー!」


 ギシギシと音を立てて悲鳴を上げる竜穿を抱き締めながら、ナルが泣き叫んでいる。ええい、躊躇している場合ではないな!


 俺はバインダを片手に握り締めながら、アーケオタートルの腹の下に向かって走り出す。今助けにいくぞ、ナル。


「このー! 亀の分際でー!」


 そこに激しい声がした。炎と激情の権化こと、キキレア・キキの雄叫びだ。


 キキレアは詠唱を始めていた。魔法防御が高すぎる相手に打ち込もうとしているのだ。キキレアなりに考えがあるのだろう。


 ていうか、それ範囲攻撃で俺も巻き込まれるやつじゃない? 大丈夫なのか。いったん退いたほうがいいのか? どうすればいいんだキキレア! 俺は逃げるぞ!


 キキレアは外套を翻しながら、振りかぶった杖を全力で地面に叩きつけた。


「地よりい出し神の咆哮! 地底より滾りし、幾万幾億の激流! 震え! 震え! 砕き! 震え! 因果応報!」


 魔力の風がキキレアの全身から立ち上る。その目が真っ赤に染まった。次の瞬間、魔力が弾け飛ぶ。


「――イラプション!」


 大地から噴出した激しい溶岩流は、アーケオタートルの首から上を包み込んだ。魔物の頭部が炎に飲み込まれてゆく。亀の魔物はたまらずに体を甲羅の中にひっこめた。それがキキレアの狙いだったのか、そこで魔法使いの少女はさらに魔法の勢いを増した。


 するとだ。なんとアーケオタートルの巨体がわずかに浮かんだ。イラプションの勢いが、アーケオタートルを持ち上げようとしているのだ。


 そうか、ならば俺も――。


「オンリーカード・オープン! 【レイズアップ・ホバー】!」


 カードの効果がアーケオタートルを浮かそうとする。だが、カードにあの巨体を飛ばすほどの威力はない。しかし、このふたつが合わさったならば――。


 直後、イラプションの溶岩流はぐぐぐぐとアーケオタートルの半身を持ち上げてゆく。よし! 魔物の下から、竜穿を抱えたナルが慌ててこちらに駆け寄ってきた。無事だったのか、よかった。


 やがてころりと後ろに倒れてゆくアーケオタートル。どごおんと凄まじい音を立てて、亀の化け物は見事にひっくり返された。手足をばたばたとさせながら、なんとかもとに戻ろうともがく大亀だが、自力で復帰するのは不可能なようだ。おお哀れ哀れ。


 あとは煮るなり焼くなり、自由自在だ。もがくアーケオタートルに止めを刺したのは、先ほど女神のプライドを思いきり傷つけられたミエリだった。


 今度はギガサンダーの一発で魔物はくたばった。魔法防御が高いのは甲羅だけだったってわけか。


 今回も俺たちの勝ちだ。危ないところだったが、なんとか危機は免れたな。


 俺はキキレアの下へと歩いてゆく。


「しかし、大したもんだな、キキレア。すごい威力だったぞ。前に見たときは闇の力の範囲内だったもんな。今のが本気の威力なんだろ?」

「え、う、うん」


 キキレアは自分の手を見下ろしながら、戸惑っているようだった。


「どうかしたか?」

「なんか、今のイラプション……、妙に威力が出たな、って思ってね」

「『このキキレアさまの実力なら当然よ! キエーッヘッヘッヘ! 雑魚がぁ! キキレアさまの真の力の前にひれ伏すがいいわぁ! ウキョーッキョキョ!』とか、いつものお前ならいいそうなものなんだが」

「言わないわよ。なんなのよ、そのバカみたいな高笑い」


 毒づきながらも、キキレアは首をひねる。


「……信仰の力、なのかしら」


 そうつぶやいた次の瞬間、キキレアはハッとして俺を見た。顔を赤らめている。な、なんだ。俺はなにもしていないぞ。


「べ、別にあんたのおかげじゃないんだからね!? ぶち殺すわよ!」

「なにがだ!?」


 ツンデレのテンプレートのような台詞だが、それが首根っこを掴まれて渾身の力で締め上げられながら人を殺すような目で睨んで言われると、受け取る印象もだいぶ違った。端的に言えばこわかった。


 そんなこんなで俺たちが久々の勝利の余韻に浸っている最中だった。


 俺はキキレアから距離を取りつつ振り返る。そして、――ひどいものを見た。


 そこには、インディグネイションの余波で吹き飛ばされ、イラプションによって飛び散った溶岩流に押し潰されて、完膚なきまでに破壊された馬車があった。馬もどこかに逃げてしまっていた。


 御者のおっさんはその前で突っ伏して、泣いていた。本気泣マジなきだった。


 俺たちは顔を見合わせた。

 これは……、俺たちが悪いのだろうか……?




 こうして足がなくなってしまった。


 俺たちは会議をした結果、通りかかる馬車を待つよりも、歩いて次の町へ向かおうという結論にいたった。

 ここから徒歩で半日の位置に、町があるらしいし。アーケオタートルの素材は、次の町の冒険者ギルドに言って、回収してきてもらおう……。


 街道沿いを俺たちは荷物を抱えながら歩く。竜穿にはヒビが入っていたものの、折れない限りは自己再生能力があるらしいので、ナルはホッとしていた。命拾いしたなリュー。まあ、それはそうとして……。


 歩きながら延々と馬車の思い出を語る御者の存在が、非常に重苦しかった。


 妻と結婚する際、あちこちに借金をして購入した馬車で、旅馬車の仕事をする前は商人としてあちこちに出歩いていたらしい。魔物に襲われたこともあって、どこそこの傷はどこそこのものだったんですよ、と彼は涙ながらに語っていた。さらに、馬車の破片らしき木材を大切そうに抱き締めていた。


 ミエリとキキレアは責任を感じてずっと青い顔をしている。つらい。つらたんです。


 そんな御者のおっさんのつらい思い出話を聞かされながら歩く旅路。半日過ぎて、俺たちはようやく次の町に到着した。


 とりあえずここで新しい馬車を調達しようじゃないか。馬車代は当然、全額弁償だ。御者のおっさんはありがとうございますと深々と頭を下げた後に、こんなことを言った。


「でも……、私のあの馬車と、馬たちは……、もう二度と、戻ってこないんですよね……」


 そう言うと彼はもう一度泣いた。キキレアとミエリは胸を押さえていた。


 き、気を取り直そうじゃないか。



 その日のうちに馬車を買い揃えるというわけにはいかないので、とりあえずこの町で三日ぐらいは足止めを食らうようだ。


 キキレアに聞いてみたが、魔王城攻略戦はあと八日ほどで始まるらしい。つまりここで三日足止めを食らい、四日かかってホットランドに向かうとなると、日程としてはギリギリだな。まあ別に遅刻したって俺は一向にかまわんのだが。


 ところでこの町、それなりに大きな町なのだが、少し変わった場所だとキキレアは言っていた。見た目は普通だけどな。


 冒険者許可証を提示し、正門から入った俺たちはいったん御者のおっさんと別れ、今晩の宿を探していた。辺りはもう夕闇が降り始めている。


 そんな中、キキレアは小さくため息をついた。


「ここ、ラバーズガーデンっていう町なんだけどねー」

「ふむ。変な名前だな」


 見たところ、街並みはどちらかというとホープランドに似ている。イクリピアのそばにあるから、あれよりはもうちょっと商館とかが発展しているみたいだが。


 キキレアは眉根を寄せる。


「私はちょっと苦手なのよねー……」

「そういえばさっきからなんか、視線を感じるなー」


 イクリピアの近くなんだから、冒険者ぐらい珍しくもなんともないだろうに。


「それはきっと、あんたが女性を三人引き連れているからだわ」

「???」


 俺ははてなマークを浮かべた。ナルやミエリもよくわかっていない顔をしている。いったいどういうことなんだろう。


 キキレアはなぜか深く語りたがらなかった。喋りたがりのキキペディアが語らないとは、まだ記事が書かれていない項目なのだろうか。


 そんなことを思いながら、俺たちは一件の宿屋を見つけて立ち入った。


 グレードとしては中の上。なかなか品のいい宿だな。こういう宿に泊まっても懐の心配をしなくなったことに、俺は冒険者としての成長を感じるぜ。


 俺たちが足を踏み入れると、カウンターの奥にいた宿の店主らしきおばさんは顔をあげて、そうして――目を輝かせた。


「あらまァ、やるじゃないお兄さん、かわいい子を三人も連れて!」

「え? あ、はい」


 かわいいこ。かわいいこ……? かわいいこ、か。そうか、価値観は人それぞれだもんな。


 俺が複雑な想いを抱きながらうなずくと、おばちゃんは揉み手をしながら顔を近づけてきた。やけに圧が強いが、それにももう慣れた。商売人ならこんなもんだ。


「それで、部屋はふたつ? ひとつ?」

「え? いや、ふたつ頼むよ。女部屋と、男部屋だ」

「――は?」


 おばちゃんの雰囲気が急に変わった。それは俺を見くだすような目つきだった。


「まさかアンタ、童貞じゃないわよね……? やだ、ちょっとやめてくれないかい。童貞を泊めたなんてことになったら、変な評判が立っちゃうじゃないか」


 え。


「いや、それは」


 俺がなにかを言いかけると、おばちゃんは再び笑顔になって、そうして笑いながら尋ねてきた。


「そんなわけないよね、兄さん。で、本当は三人のうちの――、誰が正妻なんだい?」

「ちょ、おま――」


 ――それは今、デリケートな話題なんだよ!!!!


 プライバシーに土足で踏み入られ、俺は胸を押さえる。いや、それよりもナルとキキレアはどんな顔をしているのか確認しなければ。冷静で慎重な俺は、判断材料を集めなければ――。


 俺は勢いよく振り向く。


 ナルは面食らったように頬を赤らめていた。

 キキレアは澄ました顔で俺をじっと見つめていた。

 そうしてミエリはよくわからない顔で首を傾げている。



 なんなの。


 なんなのこの町……!


 

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