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第65話 「想いを伝える者たち」

 さて、驚きのイクリピア第二王子による『僕が女になる』宣言の十五分後、ダンスホールである。


 ジャックは肩で息をしながら、再びマーニーの前に現れた。


「ど、どうだい!? これで僕のことを少しは認めてくれるかい!?」


 ロングのかつらをかぶって、それでピッチピチのドレスを着た、ほとんどありのままのジャックがそこにいた。身長180センチにヒールを履いているので、巨人のようだ。わざとらしく口紅を塗っている。禍々しい。


 俺はジャックに腹パンしつつ叫ぶ。


「女をなめんな!」

「ふがっ」


 ジャックは体をくの字に折る。さらに各所から俺の叫びに賛同する拍手が起きた。盲目的にジャックのことを好きなディーネですら複雑そうな顔をしている。全世界の女を敵に回すぞ、ジャック。


 質の低い女装をしたジャックはまるで命乞いをするかのように、手のひらを突き出してきた。


「ま、待って! 今のは冗談だ! 冗談だよ!」

「私はずっと本気だったんですけど……」

「謝る! だからひとまず許してほしい! そしてさらに聞きたいことがいくつかある!」

「は、はあ」


 ぽかんとしている俺に、ジャックは迫ってくる。あ、無理。この女装王子、生理的にムリ。もう廃人にしてやろうか、っていう気分になってくる。


 ランスロットはいったいこの女装した弟をどんな目で見ているのだろう。第二王子が第一王女になるかもしれない現実をどうやって受け止めているんだろう。

 あ、なんかこっちを無視して貴族のオッサンと談笑しているぞ、ランスロット。あれって現実逃避じゃないのか? え、もうジャック担当は俺なの?


 そんなジャックは頭のかつらを取りつつ、なおも闘志を燃やしながら問う。


「だいたい君は、女性のなにが好きなんだい!?」

「……えっ?」


 いや、そう言われても。


「女性の心か? 体か? 君の女性のなにが好きなんだ!」


 ええー?


 さすがにそこまで考えてはいなかった。俺はちらりとナルを見る。ナルは不器用なウィンクを返してきた。俺は女性のなにが好きなんだ……? いや、でもここは、よりジャックがクリアーしづらい条件を……。


「そ、それはもちろん、私は女性の心が好きなんです。女性は繊細で、心優しくて、複雑にできていて、男性のような単純でバカで粗暴でデリカシーがない方々とは違います」

「そうかなるほど、確かにね」


 ジャックは重々しくうなずいた。それから俺を見て目を輝かせた。


「つまり僕が女心を手に入れることができれば、マーニーさんは僕を十分に恋愛対象に含めてくれるということだ」

「えっ……?」


 そ、そういうことなのか……?


「いや、それは無理なんじゃない……? だってジャックさん、男だし……」

「やってできないことなんてない! そうだ、女心をわかるようになるまで、僕はずっと女性の姿で生活しようじゃないか。そうして男性と付き合ってみよう。これなら女心がわかるようになるはずだ!」


 ジャックはそう言うと、拳を握った。恐ろしいほどに前向きな言葉であった。嘘だろうジャック。お前、イクリピアの第二王子なんだぞ。やっていいことと、だめなことがあるだろうよ。


 ジャックがそんなことになってしまったら、ランスロットは恐らく俺を恨むだろう。ハンニバルもきっとそうだ。そうなったらいよいよ俺はマーニーとしてジャックをそうしてしまった責任を取らなきゃいけなくなってしまうかもしれない。


 マーニーとしてジャックの子どもを身ごもった自分を想像してみる。


 ……だめだ、死んでしまう。


 俺は全力でバッテンを作った。


「だ、だめです! それは無理です! ぶっぶーです! だいたい、あなたが女心を手に入れたかどうかなんて証明できるわけないじゃないですか! どうするんですかそれ!」

「手に入ったと確信したら、また君にプロポーズしにいくよ」

「ああもう!」


 俺は地団駄を踏む。だめだこいつ全然心折れない! これがパラディンの精神防御力なのか! どんだけ俺のこと好きなんだよ!


 見ろよ、あのディーネの顔を! 微笑んでいるけど目から光がなくなっているぞ! こっちのほうが早く挫けそうだ!


 俺は慌てて作戦を変更した。


「なしです、なし、今のなし!」

「えっ、なにが!?」

「私が好きなのは女性の心じゃありませんでした! 女性の体が好きでした!」

「か、体?」


 目を白黒させるジャックに、マーニーは畳みかける。


「そうです! 男性の体はゴツゴツとして圧があって、近くにいるとだんだん気持ち悪くなってきます! 汗臭いし、不潔だし、絶対にヤです! 女性がそばにいてくれたら安心するんです。私は女性が大好きです!」


 どうだ。

 ここまで言い切ったら、ジャックに手はあるまい。


 そうだ、心なんて心持ち次第でどうにでもなるだろう。だが体は仕方ない。ジャックは長身の男性。それが女性の体になるなんて不可能だ。俺の【トランス】のカードでもなければな。


 さて、ジャックはどうするのかと思えば。

 彼は神妙な顔で顎に手を当てていた。


「そうか、わかった……。この世界にはいくつかのポーションがある。その中にひとつに錬金術の奥義があり、飲むと性別を転換する秘薬を作り出せるものが存在するという。僕は世界の果てを信じて、旅に出るとしよう」

「マジで!?」


 初耳なんですけど! ていうか、そんな伏線とか今までなかったじゃん! なに急に思い出したみたいに言ってんの!? 本当なの!?


 あっ、ディーネが真っ青な顔でガタガタと震えている! 本当にあるんだそれ!


「ではマーニーさん、また会える日までさようならだ。僕は必ず君を迎えにいくからね」


 やばい、もうどうすればいいのかわからない、俺は頭を抱えた。


 心もダメ、体もダメならなんだ。あとなにがある。顔か?

『私は女性の顔が好きなんです!』 それはありだ。だが、相手はジャックだぞ。こいつは顔立ちだけは整っている。ならば女体化したらきっと美人になるだろう。それじゃあ困るんだよ。


 おっぱいか。やはり『女性のおっぱいが好きなんだ!』と声高に叫ぶしかないのか。そして再びナルを絶望の底に叩きつけるのか? 巻き添えでたぶんディーネも死んじまうぞ。貧乳エルフに即死ダメージだ。


 それは、しかし……根本的な解決にはならない!


「ま、待ってください! ジャックさん!」

「ん」


 俺はついに大声を出す。振り向いてきたジャックは覚悟を完了した目であった。


 もう自分だけでジャックの行動を止めることができないのなら、彼の答えから回答を導くしかない。大丈夫、今この瞬間、俺は可愛いだけのマーニーではない。冷静かつ慎重なマサムネだ。きっとジャックの上を越えてゆけるはず。


「ど、どうしてあなたはそんなに私のことが好きなんですか!?」


 そう問う。惚れている相手が他の女に惚れている理由を語らせるだなんて、ディーネにはつらい時間を味わわせてしまうな。すまない。だが、最終的に正解にたどり着くためには、これしかないんだ。


 ジャックは顎を撫でる。それから頭を振って、小さくつぶやいた。


「……その鮮やかな黒髪に、最初は目を奪われたよ」

「むむっ」


 やばい、語り口でムード作っていやがる。結構しっかりとした理由があるのだろうか。


「次は君の仕事っぷりに感心した。なんて素敵な笑顔なんだろう、って感動した。ギルドの受付嬢というのは、大変な職業だ。粗野で粗暴な冒険者たちを上手にあしらわなければならない。君が男性を嫌いになるのもわかる」


 ジャックは穏やかな表情を浮かべていた。これがホープタウンでガタガタ震えていた元シーフの男とは思えない。人間的に成長をしてしまったのだ。クソダサい女装をしているはずなのに、それをまるで気にしていない。


「でも、君はそれでも、たくさんの人を幸せにしただろう。冒険から疲れて帰ってきた男たちは、君が仕事に励んでいる姿を見て、とても幸せな気持ちになったはずだ。君はそんなことを思わないとしても、冒険の途中で死んだらあの人が悲しむかもしれない、と冒険者たちはきっと思っただろう」

「勝手な思い込みですよ! 私は涙一滴たりとも流しませんもん! 男ってバカなんですから!」


 ジャックは笑った。


「そうだ、わかっているじゃないか。男はバカなんだよ。僕だってそうだ」


 ジャックは腕を広げた。その目には輝きがあった。

 くそう、意味がわからない。俺はたまらず叫ぶ。


「実際会ったのは数度じゃないですか! なのにどうしてそこまで思い込めるんですか!」


 ジャックは優しく微笑む。


「僕はありもしない内面の君を勝手に想像して、どんどんと想いを膨らませていった。でもいいんだ。君が本当はどんな人間であっても、僕は君を永遠に愛し続けるだろう。人を好きになって、想いを伝えるっていうことは、それだけの覚悟が必要なんだ」

「そんなの……」


 俺は助けを求めるように辺りを見回した。


 横でディーネが涙ぐみながら激しくうなずいている。そうか、人を好きになるっていうのは覚悟が必要なのか……。


 次にナルを見る。彼女は茶番に飽きたらしくチーズをクラッカーの上にのせて食べていた。オリジナル食べ方を開発し、ご満悦だ。だが、そんなアホっぽいナルも俺に告白したときには覚悟があったのだろうか。


 キキレアのことを思い出す。彼女も震えていた。それだけの強い心を抱いて、俺に想いを伝えてくれたんだ。


 だったら今のジャックも恐らくそうだろう。女もののドレスを着ているはずのジャックですら、そのかっこ悪いところがかっこよく見えてきた。


「だから、マーニーさん。君が女性しか愛せないというのならば、僕は女性になる。君がドラゴンの秘宝を持ってこなければ結婚しないというのならば、僕は秘宝を取ってくるよ。僕の覚悟を君に伝えられるのならば、これはまたとないチャンスだ。どこの世界のどの女性が、どの男が、君にこれほどまで情熱的に尽くすというのか。マーニーさん、君は僕を選ぶべきなんだ。僕は生涯を君に捧ぐ」


「…………」


 シン、とダンスホールが静まり返った。

 ジャックの想いに心を打たれた人たちは何人もいた。彼は今、人生の岐路に立っている。その光景を目撃できたことが、皆は己を幸運であると思っているらしかった。


 そしてその次の瞬間――。


 ジャックの胸に刺さっていた一枚のカードがスッと、抜けた。

 そのカードはキラキラと輝きながら、俺の胸の中に入り込む。


 そうか、ジャックは自分の思いを語ることによって、心から今、満足していたのだな。


「マーニーさん、どうか僕と一緒に来てくれ。僕を愛してくれ。僕の――正妻になってくれ」


 ひざまずくイクリピアの第二王子。


 俺は小さくため息をついた。

 負けたよ、ジャック。お前がそこまで男だったなんてな。

 俺の想像では、少しの困難を与えてやれば、すぐに挫けると思っていたんだ。見くびってごめんな。


「……ジャックさん」


 俺はジャックの手を引いた。

 そうして誰もいない庭園に連れてゆく。



 月明かりの下、俺はジャックに背を向けていた。

 ここに連れてこられたジャックは明らかにドキドキとしていた。

 庭園の入口からは、垣根に隠れてナルとディーネとランスロットがこちらを覗いている。


 俺は振り返る。ぱさりと黒髪が舞う。それを見たジャックが思わず「綺麗だ……」と熱に浮かされたようにつぶやいた。


 白いドレスを見下ろし、俺はドキドキする胸を押さえる。

 イクリピアの第二王子は確かに格好良かった。俺が女だったら、惚れてしまっていたかもしれない。


 だから、想いは伝えなければいけない。

 彼の真摯な態度に報いるような。

 そんな覚悟を持って――。


「ジャックさん」

「……ひゃ、ひゃい!」


 めいっぱい動揺しながら、ジャックはこちらを見ている。


 俺は微笑みながら口を開こうとする。


 次の瞬間――、俺の変身が解けた。


 前日の深夜に【トランス】を使っておくことで、解除時間をパーティーの直後に合わせておいたんだ。

 もしものときのためにな。


 青い顔で目を見開くジャックに向けて、俺は告げる。

 精いっぱい微笑みながら、口の端を吊り上げて。


「残念だったなあああああ! 俺だよおおおおおおおおおおお!」




 ジャックは廃人になった。


 


 作者より一言:新年あけましておめでとうございます。今年も楽しい話で色々な人を幸せにしたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます!

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― 新着の感想 ―
ひ、ひとのこころがねえええ
\(^^)/ 全ての準備を台無しにする究極奥義炸裂!
[良い点] ジャックが可哀想で結構胸が痛いのに笑えると言う高度なテクニック…!!
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