第64話 「凍りつくパーティー」
俺はディーネとともに帰った翌日、再び城を訪れていた。
「婚約者は、いらない……?」
「ああ」
俺はランスロットと向かい合い、うなずいた。
ここは先日も招かれた応接間である。
ちなみに俺はマーニーではない。マサムネだ。
「すでに候補者も五人ほどに絞ったところだったのだが」
「いや、意味がない。やめよう」
「……その心は?」
俺は語る。
「ジャックというのは、度胸はないが金と権力はある男だ」
「いきなり人の弟を盛大にけなしてくれているね」
ランスロットは苦笑した。俺が普段の調子で話していても決して怒らない。こいつは心が広い男だ。これが王の器というものなのだろうか。感心しつつ続ける。
「あいつは相手が貴族の婚約者の場合、言いくるめることができる可能性がある」
「そうはならないように口の堅い者たちを選別してある」
「問題はできるかできないかじゃない。ジャックがそう思っていることが問題なんだ。だいたいあいつは自分がエルフの王女と婚約しているくせに、マーニーを口説いてきたんだぞ。だったら同じことを繰り返すだろう」
「む」
ランスロットは口元を押さえた。
「確かにな、……なんて弟だ。あやつの奔放さは爺さんに似たんだろうな。先々代は自由過ぎて危うく国を傾けるところだったと聞いている」
そんな血が混ざってて大丈夫かイクリピア王家。まあいい。
「だから、俺はジャックとは勝負をしない。不毛だ」
そう言うと、ランスロットは嫌そうな顔をした。
「……貴殿がジャラハドの正妻になるのか? 失礼だが、そなたは子を産めるのか?」
「産まねえよ!!」
なんつう恐ろしいことを言い出すんだこいつは!
こええこええ! 一瞬想像しちまったじゃねえかよ! やめろよバカ!
「……そうじゃなくてだな。ジャックがどうあがいてもクリアーできない問題をあいつに突きつけるんだ。金と権力では解決できない問題だ。それさえあれば、ジャックはきっと諦めざるを得ないだろう。ジャックの心を折るんだ」
「なるほど」
ランスロットはゆっくりとうなずいた。
「そこまで言うということは、貴殿には考えがあるということだな?」
「ああ、無論だ」
俺は自分の考えをランスロットに披露し、そうして理解を得ることができた。あとは準備を整えるだけだ。
俺の目的はあくまでもジャックが所持しているカードのみ。その過程で、ディーネとジャックがくっつき、そしてハンニバルやランスロットに恩を売れたら最高だ。そんな感じである。
そして六日後のパーティーは、すぐにやってきた。
さて、マーニーの大一番だ。
城のパーティーに招かれた。キラキラとしたダンスホールのような場所で、着飾った人々はおのおの談笑している。ランスロットは内々のパーティーだと言っていたが……、まあ、やはり規模が全然違うよな。立派そうな人たちが軽く百人以上います。
そんな中、俺は真っ白なドレスを着て、会場の端っこでチーズをつまんでいた。おいしい。城の人たちはやっぱりいいものを食べているなあ。マーニー、チーズ好きー。
この世界で塗り潰したような色の黒髪は珍しいらしく、俺は大勢の中で非常に浮いていた。視線を感じるが、別に気にはならない。だって俺は心にマーニーという鎧をまとっているからね。ここにいるのはひとりのギルド受付嬢、マーニーなんだ。
話しかけてくる人はそれなりにいたが、俺はチーズをもぐもぐしながら受け答えをしていた。別に失礼だって思われてもいいし。だって俺、平民だしー。
そうこうしているとだ。ランスロットが現れたらしい。あいつが登場するとさすがに辺りがざわざわと活気づいてゆく。ランスロットは俺に目配せを送ってきた。俺は小さくうなずく。大丈夫だ。俺を信じろ。
ランスロットは不安そうだった。なぜだ。
おっと、さらにジャックが現れたぞ。銀髪を後ろに撫でつけて、これ以上ないほどにキメキメの格好だ。そうしていると確かに王子っぽく見えるな。
すると真っ先にディーネが近づいていった。あいつもどっかでチーズをもぐもぐしながらジャックを待ち構えていたんだろう。ディーネは嬉しそうにジャックに挨拶をしていた。あの笑顔を見ているだけでも、心から惚れているんだろうな、っていうのがわかる。いじらしい。
ディーネの好感度があがってゆけばゆくほど、あの子をあっさりと捨てたジャックの屑っぷりが加速度的に止まらない。死ねばいいのに。
ジャックはディーネの相手もそこそこに、真っ先に俺のもとへと向かってきた。もう待ちきれないって顔だ。
衆目監視の中、ジャックはひざまずいた。チーズをもぐもぐしている俺を見上げ、片手を差し出してくる。
「ああ、愛しのマーニー。きょうもキミに会えるなんて、僕はなんて幸せなんだ」
ディーネが後ろでハンカチを噛みちぎりそうな顔をしている。この後のジャックの運命がわかっていようが、辛いものは辛いのだろう。すまんな、少しの辛抱だ。
「きょうは僕は改めて君に、伝えたいことがあってやってきたんだ。マーニー、聞いておくれ、僕の本当の気持ちを」
ま、じゃあ早めに引導を渡してやらないとな。
俺はとりあえずお皿をテーブルに戻すと、ジャックに向き直って咳ばらいをした。
「私からも、あなたにお伝えしたいことがあります」
「なんだって!? やっぱり両想いだったのか! 奇跡という名の花はここに咲いていたんだね!」
ジャックは鼻の穴を膨らませながら叫ぶ。ディーネ、お前本当にこいつが好きなのか……? 目を覚ました方がいいんじゃないか。
「いえ、違います。実は私には、好きな人がいるんです」
「ええっ!? まさかそんなぁ!」
ジャックは嬉しそうに胸を押さえた。ランスロットは顔を手で覆っていた。これ以上イクリピア王家の生き恥を晒すよりも先に、ジャックを土に埋めたほうがいいのではないかと思いつつ、告げる。
「それは、この場にいます」
俺が手招きをするとやってきたのは――。
緑色の髪をまっすぐに下ろし、見事なスタイルに燕尾服を着たエルフの女性だった。
「えっ!?」
ジャックは改めて目を剥いた。同じようにディーネも息を呑む。
「やあマーニーちゃん。きょうも可愛いね」
というかぶっちゃけそれは、男装したナルだった。
やはりナルの男装は絵になる。背が高くて足が長くて、顔つきが凛々しい系だからだな。キキレアではこうはいなかった。
ことは数日前にさかのぼる。俺がホットランドに経った後、キキレアとナルは俺を追いかけてきたらしい。理由はよくわからないのだが、俺がシノと同じ馬車に乗ってふたりきりで帰ったことが原因だったらしい。
彼女らにとって俺は見境なく女に手を出す色魔のように見えていたのだろう。まったく嘆かわしいことだ。俺は旅の途中、一度だってシノに欲情しなかったというのに……。
というわけで、俺から三日遅れてイクリピアに到着した彼女らの誤解を解いたのち、頼んで恋人役をやってもらうことにした。キキレアはパーティー会場には来ないらしい。自分が選ばれなかったことが不服だったとか。よくわからんが。
ジャックは突然現れた知り合いを見て、目を瞬かせている。
「えっと、ナルくん? どうしてここに。というか君たち、女性同士じゃ」
「そうです」
俺はきっぱりと言い放つ。
「私は女性が好きなんです」
「ええっ」
衝撃の告白である。ジャックは唖然とした。
「男性は大嫌いです。吐き気がしますので、近づかないでくださいお願いします。受付嬢のときはお仕事だから我慢していますが、好意を向けられるのは無理です。ゾッとします」
「え、えっと……」
「失格ですー。ぶっぶー」
俺が両手でバッテン印を作ると、ディーネが「あっ、それわたくしの」みたいな顔をした。
辺りは騒然としている。それもそうだ。第二王子が求婚をした相手が、完全な同性愛者だったのだ。
ジャックもこれにはがっくりだろう。どうだジャック。残念だったな。俺は女が好きなんだよ。
いよいよ俺は止めを刺した。
「というわけでごめんなさい、ジャックさん。私はあなたの正妻にはなれません。他の方を選んでください」
頭を下げる。俯くジャックの横で、ディーネが顔を輝かせて自分をめっちゃ指差している。あとナルが空気を読まずにチーズをつまんで「あっ、これおいしい!」って嬉しそうな顔をしている。お前クールなキャラの演技、数十秒しか持たなかったな。
さて、これ以上ここに居座る理由はないだろう。もうパーティーはお開きにしようじゃないか。そう思って立ち去ろうとしたそのときであった。
ジャックが顔をあげて、俺の目を見ながら言ったのだ。
「わかった……。じゃあ僕が、君のために女になろう」
「えっ!?」
「えっ?」
「えっ……」
「えっ!?」
えっ…………。えっ!?




