第61話 「お前が正妻になるんだよ!」
イクリピアに到着した俺は、乗り合い馬車に乗って城へと向かう。
門番に顔を見せると、城内へ通してくれた。行く先は謁見の間らしい。
あれ、いつもの書庫じゃないのか。
というか俺を呼んだのって、ジャックじゃないのか。
俺は城内をてくてく歩き、のんびりと謁見の間に足を踏み入れる。
するとそこにいたのは、おおよそ予想通りではあったが――ジャックの兄にしてこの国の第一王子、ランスロットだった。
「久しぶりだな、マサムネ殿」
「あ、ああ」
俺の顔を見るやいなや、ランスロットは人払いを命じる。えっ、マジでか。俺ひとりでランスロットの前に残されるの?
俺は焦った。一国の王子となんの話をすればいいのか。合う話題なんてあるはずがない。ジャックとの思い出話でも語ればいいのか? よしとっておきの爆笑ネタがあるぞ。あいつバカだから【トランス】で女に変身した俺に惚れてんすよ、へへへ。
だめだ、殺されても文句言えない。
いやいや、待てよ。俺をここに呼んだのはランスロットってことだろ。じゃああっちのほうから話題を振ってくれるだろう。
よし、俺はどっしりとして大仰に構えた。魔典の賢者よ大仰に胸を張れ。大仰に命ずる。
「で、なんの用だ?」
「ああ。実は我が弟、ジャラハドのことなのだが」
「おう」
魔典の賢者さまは大仰にうなずいた。ランスロットは表情を見せない微笑を浮かべながら語る。
「貴殿の作った転移陣によって、魔王軍との決戦が始まろうとしている。我らは魔王軍に決してバレぬよう、秘密裏にその準備を進めているわけだが」
「ふむ」
「ジャラハドがその戦いに行く前に、どうしても会っておきたい人がいると言ってきかなくてな。すぐにでも旅立とうとしているのだ。さすがに今、イクリピアを離れられるのは困る。魔王軍と人間の戦いで、なにが起きるかわからないからな」
「込み入った事情だな」
しかし、あいつがか。兄ちゃん大好きって感じだったのに、その言うこともきかないほどにか。よっぽどのことだな。
「実は――、ハンニバルよ」
「ここに」
音もなく現れた老紳士は、一礼をした。さっきから部屋にいたのだろうか。だとしたら全然気づかなかった。執事騎士、隠密スキルが高い。
爺さんは慇懃に語る。
「その人物を我らが呼ぶので、それまで待っていてくださいと坊ちゃんにはお伝えしております」
「ふむふむ」
「そしてその人物は、ジャラハドさまの想い人なのです」
「へー……って」
俺はめちゃくちゃ嫌な予感がした。マサムネの第六感が警鐘を鳴らしている。このままここにいると、よくないことが起きるぞ、と。
よし逃げよう。
「あ、俺ちょっと腹が痛くなってきたんで、トイレいってきます」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
ハンニバルはにこやかに微笑んだのち、急に真顔になった。
「その後に、ともに王子の下へ参りましょう。――マーニー殿」
――やべえ、殺される。
殺されずに済んだ。
代わりに、とんでもないことになってしまった。
二時間後。鏡の前にはめちゃくちゃ着飾った少女がいた。
その少女は、受付嬢さながらの笑顔を浮かべていて、長い黒髪をまっすぐに伸ばし、華美だが決して下品にはならない清楚なドレスに身を包んでいる。手足も長くスラッとしていて、胸もそれなりにあってスタイル抜群だ。多少三白眼気味のツリ目も、個性の範疇だろう。
美少女だと思うだろう。
でも残念だったな、俺だよ。
久々に大変身、マサムネことマーニーである。
結局あの後、俺とランスロットとハンニバルで、ジャックをどうしてしまおうか会議が行なわれた。
ランスロットの願いはこうだ。『マーニー=俺だと知らないジャックに、その事実を伝えないまま、ジャックを上手にフッてほしい』と。
ハンニバルは特になにも言わなかったが、俺としてもランスロットの言う通りにしてやりたい。事実を知ったら恐らくジャックは廃人になってしまうだろうからな。
いや、でもどうだろう……。今のあいつはもうクラスチェンジしてパラディンになったんだ。現実を受け入れるだけの防御力があるかもしれない。真実を突きつけても構わないのではないか!
俺は磨き上げられた鏡の前で、眉根を寄せていた。コルセットに締めつけられて、息を吸うたびにちょっと苦しい。世の中の女性は大変だな。腕組みをすると、胸が押し上げられてドレスの隙間から谷間が覗けている。
ふむ……、胸か……。
いや、まあ、うん。よくない。自分の胸を揉むだとか、そういう発想とかはよくない。だってどう見ても変態だし。
……いやそうなのかな。本当に変態なのかな。待てよ、俺は重大な思い違いをしているんじゃないだろうか。そうだ、思い込みは良くない。ちゃんと一から考え直してみると、だ。女性だって自分の胸を揉んでみたいときぐらいあるんじゃないかな。そうだよ、きっとあるよ。
果たして女性の姿となった男性が自分の胸を揉むというケースが、どれほどあるのかはいいとして……。
いや、でも別にいいんじゃないかな。だって俺が俺の胸を揉むだけだろ? これ、誰も損しないだろ? 誰も傷つかないだろ? だったらいいじゃないか。誰も見ていないんだからさ……。
着替えを手伝ってくれたメイドたちは扉の外で待機しているはずだ。だったら俺は……。ゆっくりと自分の胸に手を伸ばす。自給自足――!
そのときドアがノックされた。俺は心臓が口から出そうなほどに驚いた。
ドアに背を向けながら「ど、どうぞ!」と高い声で叫ぶ。
するとガチャリとドアが開いた音がした。
俺の背に慌てた声がかけられる。
「――ま、まさか!?」
「って……」
この声は、ジャックか……。
俺はゆっくりと振り返る。そうして再び驚いた。
ジャックの胸部分に、一枚のカードが突き刺さっている。オンリーキングダムのカードだ。ついにジャックにも現れたのか。
俺がカードに気を取られていると。
ジャックは乱れた髪もそのままに俺に向かってつかつかと歩いてくると、その場にひざまずいた。
「あ、えと」
「ああ、麗しのマーニー。もう一度出会えるだなんて、僕はこの奇跡に感謝しよう!」
そして、実にスムーズな動きで、俺が拒絶する間も無く──。
俺の手の甲に――口づけをしてきた。
ひいいいいいいいいいいいいいい!
俺は慌てて手を振りほどく。うわあ。うわあ。なんか唇の感触がああああああわあああああああああ!
布、誰か布持ってきてくれ! 死ぬ、俺はここで毒素に感染して死ぬ! やだ、こんなのひどい! あんまりだわ!
半泣き状態になっている俺に向けて、ジャックはひざまずいたまま緊張&興奮した面持ちで口を開く。
「麗しのマーニー、君にお願いがある」
「ふぇ、ふぇえええ……?」
なになに、これ以上なにを言われるの。やだ、男こわい。
顔をあげたジャックは、その瞳に光を宿しながら、告げてきた。
「僕の――、正妻になってくれないか!?」
求婚されてしまった。
──俺が王子様の、正妻に!?




