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第60話 「遠い空の下で」

 なんか、俺ひとりだけ帝都イクリピアに呼び出された。


 大至急来い、とのお達しだ。

 いったい俺がなにをしたのだろう。


 最近俺のしたことと言えば、温泉を掘ったことと、迷宮をレジャーダンジョンに改築したのと、あと不可抗力で魔王城への転移陣を裏庭に作ってしまったことだ。


 まったく心当たりがないな。


 だいたい、用があるのにこっちに来いっておかしくね? お前たちが来いよな。俺、そういうケジメとかにうるさいタイプの人間だからさ。いかんよな、こういうの。うん。


 だから呼び出しを一週間ぐらいはスルーしていたのだが、俺たちと一緒にホットランドにやってきてオンリー・キングダムで熱い戦いを繰り広げたあの騎士たちが「いやあマサムネさん、そろそろ行かないと本気でヤバいっすよ……、マジで、マジで……」と言うので、重い腰をあげることにしてやった。


 というわけで渋々向かおうとしたんだが、ひとつ問題がある。俺がいない間、旅館をどうするか、だ。


 ミエリに任せるのは論外としても、ナルに任せるのは心もとない。あいつは意外とドジなところがあり、行動が読めないからな。

 キキレアは無理だろう。日本人的な細やかな気配りを求められる接客業を、あいつが行なえるとは思えない。帰ったら客の何人かが殺されてしまいそうだ。湯けむり殺人事件だ。


 だから俺は事情を話し、元領主――ガリレオ家の使用人たちにお願いをすることにした。あいつらは恩があるからと快く引き受けてくれたし、さらにガリレオ夫人も家に閉じこもってばかりではなんだからって、たまにきて旅館の手伝いをしてくれるそうだ。


 これは望んだ以上の成果だ。怪しげな旅館・正宗荘も、この町に愛されたガリレオ夫人がかかわっていると知れ渡ったら、評判はきっと上向くだろう。ありがとうガリレオ夫人。心からお礼申し上げます。


 こうして俺はアシュタロスに「しばらく留守にするからダンジョンの経営を頼んだぞ」と言い残し、後顧の憂いなくイクリピアに向けて旅立った。


 イクリピアまでは一週間かかる。異世界の旅は不便だな。転移陣でパッと行ければいいのによー。



「ん?」

「……あ、れ?」


 イクリピアへと帰る馬車には、同乗者がいた。

 俺は経費が国持ちということなので、一番高い馬車に乗って帰ろうとしたのだが、そこに乗り合いだ。


 シノだった。


「お前もイクリピアに戻るのか?」

「う、うん……、ホットランドでの、おしごと、終わったから……、いったんイクリピアに……」

「そうかそうか」


 相変わらず前髪が長く、メカクレ状態だ。頬が赤らんでいて、俺から顔を背けている。きょうはリラックスした旅装なのか、丈の長いぶかぶかのシャツと長いズボンを履いている。荷物がそれほど多くないのは、冒険者ならではだな。


 馬車の中で、俺は彼女に頭を下げた。


「ダンジョンでは世話になったな。お前のおかげで攻略できたも同然だったよ。本当にありがとう。腕の立つシーフって本当に大事なんだな。なんだったらいつまでもうちのパーティーにいてくれても構わないぞ」

「ひゃっ……!?」


 するとシノは飛び上がって驚き、俺から一番遠い席へとずりずりと逃げてゆく。な、なんだ。今度はなんだ。


 シノは頬を押さえながら、斜め下を向いてつぶやく。


「お、男の人に……、くどかれてる、わたし……」

「違えよ! お前どんだけ頭の中、お花畑なんだよ! 一面のタンポポが咲いてんのか!? ああ!?」

「うっ、ど、どならないで……、こわい……」


 頭をおさえてプルプルと震えるシノ。なんなんだこいつ……。


 俺は口調を努めて柔らかくして、にこやかに話しかける。そうだ、受付嬢の修業で練習したマーニースマイルを忘れるな。小さな女の子に話しかけるように、小さな女の子に話しかけるように、だ。


「いや、お前固定パーティーとかないんだろ? だったらうちのパーティーに来ないか、って話だよ。普段はともかく、ダンジョン内ではすげー頼りになったからさ。まさしくプロフェッショナルの仕事って感じだった。感動したよ、俺。考えてみてくれないか? キキレアだっているし、女ばっかりだから居心地は悪くないだろ?」

「う、うん……、でも、マサムネさんが、いるし……」

「俺がいるから!? 俺がいるからイヤなの!?」

「たぶんきっと……、三人だけでは飽き足らず……、わたしまで、ハーレムメンバーに、加えようとしている……。きっと、そう……、絶対そう……、男の人こわい……」

「邪推しないでくれない!? ハーレムとか違うし! 腕が立つやつなら、ヒゲモジャのごっついオッサンドワーフのシーフでも問題ねえし! 俺はお前の腕を見込んでいるんだよ!」


 シノは愕然と口を開いた。


「そ、そっちのほうが……? そういうのが、好き、なの……? だからキキレアちゃんと、なにもない、って……? ヒゲモジャがいいの……?」

「お前と会話するの疲れるなあ!」


 俺は思わず頭を抱えながら叫んだ。なんなんだこいつ。本当に、なんなんだ……。


 馬車はガラガラと走り出した。護衛を除けば、乗客は俺とシノ以外にはいなかった。

 え、こいつと一週間ふたりきり……? マジか、しんどい……。


 さすがにひとりでは暇を持て余してしまうし、旅の途中で少しでも打ち解けられたらいいんだが……。



 整備された街道を馬車でゆく。なんか前に来たときよりも揺れが少なく感じるのは、これが良い馬車だからだろうか。あるいは街道の整備が前より少し進んだのだろうか。


 道中も何度かシノをパーティーに誘ってみたのだが、やはり断られた。まあ無理強いすることはできないからな……。

 というよりは。


「シーフを、固定パーティーに入れる人って、そんなにいないよ……? シーフって、ダンジョン以外は、あんまり役に立たないから……」

「そういうものなのか?」

「うん……、だってわたし、短剣も、ほとんど使えないもん……」

「えっ、そうなの? A級冒険者なのに?」


 確かにダンジョンでシノが戦っている姿は見たことがなかった。でもシーフなら、当たり前のように短剣で戦うものだとばかり思っていたな。


「護身用に、いい短剣は、持っているけど……、でも、本職のファイターに比べたら、ぜんぜん……」

「へー」


 つまり、あれか。シーフのくせにファイター並の攻撃力を持っていたジャックが優秀だったのか。あれが? まあ、王子だしな……。あれが、か……。


「そのぶん、開錠とトラップ解除……、それに、ダンジョンでの警戒は、シーフのお仕事だから……、それならわたしも、ちょっと自信、ある……」

「ふむ、なるほど」


 つまりこれもキキレアの言っていたパーティー内分業の結果だな。俺はてっきりじゃじゃ馬のキキレアをシノがなだめている関係だと思っていたが、意外とシノをキキレアが面倒を見てやっていたのかもしれない。


「じゃあ、またダンジョン潜るときには、力を貸してもらってもいいか?」


 俺がそう問うと、シノはしばらく戸惑ったような顔をしたけれど。

 すぐに小さく、コクンとうなずいてくれた。


「……うん、……うん、それぐらい、なら……」

「そうか、よかった」


 俺も笑う。座る場所はまだ対角線上だったけれど、少しは距離、縮んだかな。



 長旅の間、俺はシノから色々と昔の話を聞かせてもらった。

 その中でもやはり話題に上ったのは、キキレアの波乱万丈な半生だ。


 シノはまだ駆け出しの頃、冒険者となったばかりのキキレアと出会ったらしい。


 その頃のキキレアは十二歳ぐらいのまだ本当に子どもで、しかもすさまじく気性が荒い問題児だったらしい。誰にでも噛みついて、誰にでもケンカを吹っかけていたから『レッドウルフ』と呼ばれていたとか。今の赤鬼と大差ないな。いや、鬼は一応魔族だろうから、パワーアップしているのか……。


「でもそれ、今とあんまり変わらないんじゃないか?」

「ううん……、今のキキレアちゃんは、すごく安定している……。お茶がぬるかったからって、サンダーをぶちまけたりしないし……」

「いや、どうだろう……」


 よっぽど腹立っていたら、やりそうな気がする……。いや、どうだろうな……、でもやりそうな気がする……。


「たぶん……、マサムネくんの、おかげ、なんだと思う……」

「そうかあ?」


 俺は首をひねった。別になんにもしていないけどなあ。


「マサムネくん相手に……、怒鳴ったり、キレたり、ストレス解消しているから……、キキレアちゃんも、イライラをため込まずにいられるんだと、思う……」

「なんてありがたくない役割なんだ」


 俺はげっそりとした顔でつぶやいた。しかし、お前は本当にキキレアのことが大事なんだな。

 俺がそう言うと、シノははにかんだ。


「……うん、大切なお友達、だから……」


 そうか、そうか……。

 あのキキレアにまさか友達がいるとは、思わなかった……。



 三日も経った頃には、ようやく気軽に世間話もできるようになっていた。

 どうやら俺はシノにとって『キキレアの彼氏?』というポジションらしく、それによってある程度の信頼を得ているようだ。勘違いされているのはわかるが、別に全力で否定するほどでもないので放っておいた。なんだかなあ。


 だからってだ。真夜中に外で野宿をしている俺のもとへやってきて、「こわいから……、トイレに、ついてきてほしい……」とか言われても困る。そこまでの信頼を築きたくはなかった。


「いや、お前、それは……。護衛でついてきてくれている、女性の冒険者に頼めよな」

「でも……、起こしちゃうの、悪いし……。マサムネくん、まだ起きていたみたいだし……」


 前髪の隙間から覗くつぶらで大きな目を、うるうると潤ませる美女。そんな顔で頼まれたら、断るわけにはいかないだろう。


 誘われて、夜道を歩く。


 俺はあくびを噛み殺しながらついてゆく。先ほどまで寝袋に包まっていたからだろう、シノは無防備なほどに薄着であった。


 っていうか下、サンダルみたいなのは履いているようだが、あれショーツ一枚じゃないのだろうか……。生足を惜しげもなく露出している。月もほとんど出ていない夜なので、確証はないが。


 上だってネグリジェみたいなのに加えて一枚薄手のシャツを羽織っているだけ。シルエットだけで、その胸のふくらみが見える。シノはずいぶんと着やせするタイプなんだなー……。


 おいおい、こんな夜中に男の人とふたりっきりなんて、いかんよ……。


「っていうか、どこまでいくんだよ」

「森の……、中……」


 はあ。なんかもう、【ゴーレム】出すから、俺は帰ろうかな。とか思う。

 どうせシノは俺をキキレアの彼氏扱いしているんだから、その先になにかあるわけじゃないし。


 茂みでがさっと音がした。


「きゃっ!」

「お、おうふ」


 シノが俺の腕に抱きついてくる。むんにょりとした感触が伝わってきた。いと柔らかし!


「お、おい、落ち着け、シノ」

「ふ、ふぅぅぅ……、ふぅぅぅぅぅぅ」


 シノは泣きそうな声を出している。


「お前、ダンジョンの中とずいぶんキャラ違うよなあ!」

「だって……、ダンジョンは、ダンジョン、だもん……」

「だからってあんまり胸を押しつけてくるんじゃねえよ! 揉むぞオラ!」

「ううううううぅぅぅ……。揉まれたくないよー……」


 ぷるぷると首を振るシノだが、しかし怖くて離れることもできないようだ。俺の腕に胸を押しつけながらも、押し殺した声で釘を刺してくる。


「揉んだらキキレアちゃんに……、言うから~……」

「むぐ」


 俺はわきわきとさせていた手を止めた。くそう、これが女の友情か。

 いや、待て。キキレアがなんだ。あんなやつ一度胸を揉ませてくれただけじゃないか。ただのムネ友みたいなもんだ。この機にシノに乗り換えるという手もあるぞ。そうだ、目先の胸だ。目先に無防備な胸があるんだ。据え膳食わぬは、って言葉があるじゃないか。


 ぐぐぐ。

 迷っていたのは、しかし一瞬だ。

 キキレアの『好きです』という言葉が、俺の頭の中に瞬いたのだ。


 シノがぷるぷると震えている。俺はそいつの腕を無理矢理引きはがした。


「あっ」

「ええい、うるさい! オンリーカードオープン! 【ダブル・ゴーレム&ピッカラ】!」


 俺は三枚のカードを地面に叩きつける。ゴーレムにダブルを組み合わせるのは相当疲れるが、そんなのは知ったことではない。

 すると地面からうにょんとストーンゴーレムが生まれた。ただ、そいつの目が車のライトのように、光っている。


「そいつを連れて、トイレまでいってこい! 護衛だ! 俺はここで待っているからな!」

「ま、マサムネく~ん……」

「なんだよ!」


 シノはゴーレムの腕を掴みながら、礼を言ってきた。


「ありがとう、マサムネくん……、優しい、ね……」

「うるせえ! さっさと行け!」


 俺は血が出るほどに拳を握り締めていた。いつか俺は将来、誰かに語ることがあるかもしれない。そう、逃したおっぱいはデカかった……、と。




 それからさらに三日経ち、それ以降はなんのトラブルもなく、イクリピアに到着した。

 いやはや、疲れた。早いところ新幹線が普及してほしい。


 イクリピアの正門前で馬車から降り、俺は伸びをした。隣ではシノも似たようなポーズをしている。ぐいっと胸が持ち上がっていて、目に毒だ。俺はあの夜以来、なるべく見ないようにしていた。ネオマサムネは性に屈しない。


「じゃあ、ここでお別れだな」

「うん……、いろいろと、ありがとう……」

「なに、ダンジョン攻略を手伝ってもらったんだ。こちらこそだ」


 そういえばダンジョン攻略の報酬だが、アシュタロスが持っていた宝石を少し分けてもらっていたのだった。それはなんでもとてつもない価値があったらしい。俺はまだ鑑定していないのでわからないが、シノにとっても十分すぎるほどの報酬だったようだ。


 しかし改めて見るとイクリピアは本当に都会だな。ホットランドがド田舎っていうのが、よくわかるぜ。


「これからお前はどうするんだ?」

「うん……、おうちに、帰るよー……」

「お前も持ち家があるのか……」


 どいつもこいつも稼いでやがるな。一応俺もホープタウンには豪邸があるんだけどさ。


 俺が頬をかいていると、だ。

 通りから見覚えのある男がやってきた。あの大柄な図体と、赤髪……。あれ、誰だったっけ……。


「お、ボウズじゃねえか?」

「ん、ん? ああ、ランクスか」


 そう、S級冒険者の槍使いのあの男である。【オルトロス】の件ではずいぶんと世話になった。ビガデスを倒したあとにも少しお礼を言ったんだったな。


 俺たちは正門前で立ち話をする。シノはどこにも行かず、その場でぼーっと突っ立っていた。


「左腕の調子はどうだい?」

「ああ、筋力はすっかりなくなっちまったけどよ、日常生活を送るのには不自由はねえぜ。回復魔法っつーのは本当にすげえな」

「そりゃよかった」


 俺たちが話をしていると、シノが横から割り込んでくる。


「あの……、それで、その……」

「ん? ああ、こいつはランクスだよ。S級冒険者の槍使いさ」

「一応は『ハイランサー』ってジョブなんだけどな」


 シノが話しかけてくるなんて、珍しいな、と思いながらも紹介すると、ランクスは苦笑していた。それからシノに手を伸ばす。


「んじゃ、帰るぞ、シノ」

「……うん」

「ん?」


 ふたりはごくごく自然に手を繋いだ。

 あれ? なになに、知り合いなの?


「お前たちって」

「……うん……?」

「あれ、キキレアの嬢ちゃんから聞かなかったか?」

「???」


 はてなマークを浮かべる俺に、ランクスとシノは顔を見合わせて。


 それから口を開いた。


「俺の女房だよ」

「わたしの……、主人です……」


 ――えっ!?



 あとで聞いたらこの人妻シノは、二十六歳だったという。俺より遥かに年上だった……。


 男が苦手なんじゃなかったのかよ、と聞いてみると、ランクスはどうやら昔からの幼馴染らしい。だからランクスだけは平気なのだとか。ああそう……。


 その場は何食わぬ顔で別れた俺だったが、城へと向かう道の間に、胸を押さえながらこう思う。


(シノの胸を揉まなくてよかった………………!)


 それが知られたら、S級冒険者を敵に回すところだった。

 危ない。


 やはりキキレアは俺を救ってくれたのだ。

 ありがとうキキレア、フォーエバーキキレア。


 これからも遠い空の下で俺を見守ってくれよ、キキレア――。


 作者より一言:すみません、明日明後日は冬コミのなんやかんやで、更新がもしかしたらできないかもしれませんので、その場合はミエリに汚い言葉でも浴びせて待っていてください。よろしくお願いします。

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