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第59話 「迷宮を踏破した者たち」

 ダンジョン攻略と、そしてレジャーダンジョンの開発が終わり、俺は旅館でのんびりとしていた。


 自分の部屋で、こたつに足を突っ込んでゴロゴロしている。

 ちなみにこれ、掘りごたつになっていて、足元にはなんか熱を発する鉱石を詰めているのだ。というわけで、電気代もかからずにぽかぽかと温かいのである。ぬくい。


 最近じゃ、従業員も手慣れてきたので、旅館の運営は任せっきりだ。俺は本当にただのオーナーって感じになっている。


「はー、しかしなんとかなったなー」

「そうですねー……」


 俺の右隣には、平べったくなっているミエリがいた。こいついっつもゴロゴロしてんな。足を伸ばしているとミエリの生足に当たってしまう。俺はこたつの中のミエリの足をぺちりと蹴る。ミエリはすぐに蹴り返してきた。俺の作ったこたつを我が物顔で謳歌しやがって。


「お前、もう女将見習いとかやんないの? ナルは楽しそうにやっているぞ」

「そうですねぇ、楽しいと思う人がやればいいんじゃないでしょうかぁ。わたしってやっぱり女神ですし、労働は性に合わないんですよねえ」

「女神がこたつでぬくぬくしているイメージもないんだが」

「新たなるご神体として、こたつでぬくぬくしているわたしの像を配るっていうのはどうでしょう。キリッ」

「それなりに信心は集められそうだな……」


 その代わり、ミエリはこたつと退廃の女神になってしまうだろう。


「つか、さっきから足当たっているぞ。なんで中央の一番あったかいところを占有しようとするんだよ。お前、もうちょっと左に寄れよ」

「ふふふ、このこたつはすでにわたしの神殿となりました。使用したいのならば、このわたしにお布施を捧げるのでーす。さすれば怠惰で屑でこんな昼間っからだらけることばかりを考えているマサムネさんにも、こたつの温かみを分け与えてあげるでしょうー」

「……」



 俺がミエリの全身をこたつに突っ込んで、延々とこたつの中から出させない遊びを続けていると、キキレアがやってきた。


「……なにしてんの、あんた。そんな汗だくで」

「神殿の警護をだな。あっ、だめです女神様、頭を出そうとしないでください。ちゃんと神殿の中に閉じこもっていてください。オラ、戻れ、オラ!」

「暑いよおおおお、出してよおおおおおおおお」

「……まあ、なんでもいいけど」


 キキレアは釈然としない顔をしたまま理解を放棄した。それから俺に向かってこう言ったのだ。


「あんたに客よ」


 ふむ。俺は神殿警護を続けながら、首を傾げる。


「誰だろうな。ガリレオ夫人には、先日レジャーダンジョン完成の件で挨拶にいったばかりだが」

「まあそう珍しい顔じゃないわ」

「お前が使いっぱしりを引き受けるほどの相手だろ?」

「ナルが忙しそうにしていたから、代わってあげただけよ」

「ふーん」


 じゃあいってみるか。


 部屋から出て行こうとして振り返れば、女神さまがこたつから頭を出してぜえぜえはあはあと、荒い息をついていた。水を浴びたかのように汗だくになっている。濡れた衣服が肌に張りついていて、妙になまめかしかった。

 が、まあ、俺は気にせず、歩き出す。



 しかし、こうしてキキレアと並んで歩いていても、特に思うことはない。迷宮から出た後に、いいムードになることもなかったからな。やはりあれは、一時的なつり橋効果だったのだろうか。


 ダンジョンから戻ったばかりの頃は俺も、おっぱいおっぱいと気を揉んでいたが、今ではすっかり落ち着いた。落ち着きを取り戻したマサムネだ。


 ナルは今でもたまにべたべたと引っ付いてくるが、しかしそれでもまだおっぱいは揉めていない。あれは迷宮で俺が見た夢だったのかもしれない。そんなことを思うようになってきた。おっぱいおっぱい。


 キキレアがこちらを向いた。


「……なに?」

「え?」

「さっきから私のほうをチラチラ見てさ」

「いや、別に」


 俺は頬をかいた。キキレアの態度は普段とまったく変わりない。迷宮に潜る前のキキレア。純度百パーセント、まざりっけなしのキキレアだ。その横顔は凛としている。


 こうして陽の下で見ると、やっぱり美少女なんだよなあ、こいつ。


「お前ってさ」

「うん?」

「……いや、いいや」

「なによ。気になるわね」

「怒られる前に言わないでおく」

「怒られるようなことを考えていたなら、怒るわよ」

「釈然としねえな」


 そんなことをだらだらと言い合いながら、俺たちは旅館の廊下を歩いている。するとだ。浴衣を着た男が俺に向かって「やあ」と手を挙げてにこやかに挨拶してきた。


「旅の疲れを癒したかったので、先に浴びさせてもらったよ」


 S級冒険者の剣士、フィンだった。俺に用があったのはこいつか。確かに珍しい顔じゃないな。



 キキレアは旅館に戻ってナルの手伝いをするらしいということで、俺たちは別れた。フィンと俺は旅館そばのレジャーダンジョンの前にやってきていた。

 看板には『リニューアルオープン!』の文字がでかでかと書かれている。うむ、観光客も多い。盛況だ。


 首からタオルを下げた浴衣姿のフィンは、ホクホク顔であった。


「いやあ、一度来てみたかったんだよね、ホットランド。いっつも直接ロードストーンに向かっちゃうから、ここを経由することがなくってさ。温泉はすばらしいね。思った以上だ。癖になってしまいそうだよ」

「そりゃどうも、ごひいきにしてくれ。今回はお前ひとりなのか?」

「ううん、メンバーのみんなはそれぞれ宿で休んでいるよ。キミのところの怪しげな旅館には入りたくないって言って、他に行っちゃったさ」

「くそう」


 それが大衆の声か……。つーかユズハくらいはうちに泊まれよ。故郷を模した温泉旅館だぞ。【リンカ】のカードやるからさ……。


「しかしすごいな、S級冒険者となればそれぞれ別の宿に泊まっても許されるのか。俺たちなんて泊まるときはたいてい大部屋だぞ」

「結構稼いでいるからね。みんななにもしなくても十年ぐらいは遊んで暮らせる財産があるんじゃないかな?」

「なんだと!?」


 俺は目を剥いた。十年、十年だと……? そんなお金があったら、十年は遊んで暮らすぞ……?


「なんでそんなんで、危険な冒険者とかやっているんだ……?」

「それはそれぞれに事情があると思うけど……」


 フィンは困った顔で頬をかく。


「僕の場合は、人々の平和を守るためかな。お金を持っている人はたくさんいるけれど、僕みたいな力を持っている人は一握りだからね」

「お前、聖人か……?」


 頭のネジどっかおかしいんじゃないか? 胡乱な目で見つめていると、フィンは肩を竦めた。


「魔王を倒すという偉業は、決してお金では買えないものだからね。なによりも価値のあるものだよ」

「なんだ、お前名誉がほしいのかよ」

「ま、そう思ってもらっても構わないな。歴史に名を刻めそうな位置にいて、もう少しで歴史に名を刻めそうなんだ。誰だってワクワクするよ」

「うーん、そういうもんかねえ、俺にはわからねえな」


 正直な気持ちを口に出し、俺は空を見上げた。フィンはクスッと笑う。


「キミは不思議な男だな。欲望に忠実かと思えば、誰もが渇望するものに対して興味がなかったりもする。なによりも自由だ。いろんな人がキミを好きになるのもわかる」

「よせよ、気持ち悪い。ていうかそれなら旅館に泊まってくれよ。うちの経営を助けてくれよ……。レジャーダンジョンで儲かりつつあるといっても、まだまだ心配なんだよ……」

「ぼ、僕は泊まっているじゃないか」

「そうだな、いいやつだなお前。じゃあ三百連泊ぐらいしてくれても構わないぞ。なんだったら一部屋を一生お前のものにしても構わない」

「いや、僕はイクリピアに帰れば家があるから……」


 人を褒めるだけ褒めて断りやがった。なんて野郎だ。やっぱりいいやつじゃないな。


「しかし、レジャーダンジョンか。面白い発想だね。あのダンジョンはキミが作ったのか?」

「うんにゃ。アシュタロスに手伝ってもらってな」

「……アシュタロス?」


 フィンは怪訝そうに眉をひそめた。彼はしばし目を閉じて、その名を思い出しているようだ。


「特徴的な名前だな……。それ、まさかとは思うけど、『破軍の竜王』アシュタロスじゃないよな?」

「そうそう。ダンジョンコアを扱えるのがあいつだけだったからさ。仕掛けが結構凝っているんだぜ。さらに謎解き要素(リドル)も入れといたから、リピーターも増えてきているんだ」

「…………」


 俺が自慢のダンジョンを語ると、フィンは難しい顔で黙り込んだ。それからぽつりとつぶやく。


「あの竜王は、人嫌いで有名だったはずだ。それを手なずけたというのか? キミが? キミは本当にいったい何者なんだ……」

「別に。ブラックマリアとの仲を取り持ってやっただけだよ」

「ブラックマリア? 元七羅将のブラックマリア? もう本当に意味がわからない……。魔族とどうしてそんなに仲がいいんだ……?」


 フィンは深いため息をついて首を振った。最初にこの世界に転移したときに『タンポポ神』と名乗ってしまったからだろう。あの日以来、俺の運命は決まってしまったに違いない。


 俺としてはアシュタロスやブラックマリアと知り合ったことよりも、ナルとキキレアのおっぱいを揉んだことのほうがよっぽど大きな事件だったのだが、恐らくそれをこいつに言っても理解してくれないだろう。たぶん童貞じゃなさそうだし。


「で、あの魔法陣はなんだい?」

「……ん?」


 フィンが指し示す場所。ダンジョンの裏手である。


 草むらの中だ。よく目ざとく見つけたなこいつ。

 ええとどれどれ、とそれを確認してみれば――そこには魔法陣があった。


 地下三十階で見たものと、ほぼ同じ図形だ。ていうかよく覚えていないが、これはまったく同じものなんじゃないだろうか。

 え、いや、でも待て。俺は【ゲート】使ってないぞ。

 当然だ。慎重で冷静な俺が、いくらなんでもひとりでカードを使うはずがない。


 俺は慌ててカードバインダを呼び出す。そうしてぱらぱらとめくった。【ゲート】のカードは……。


 あっ、使用済み状態になっている! なぜ!?


 心当たりがない。いや、まさか、あの謎の天の声がやったのか……? 俺のカードを勝手に使うだなんて、そんなことができるのか?


 俺は考え込みながら、つぶやく。


「……これは、魔王城へと続く転移陣だ、と思う」

「え? いや、……え?」


 フィンは唖然としていた。


 俺は【インプ】のカードを使って、この転移陣が本当に繋がっているかどうかを確認させた。インプはすぐに戻ってきたため、往復はできるのだろう。


 そうしたところで、今度はフィンが自ら確認のために転移陣に足を踏み入れた。俺は止めたのだが、フィンは聞かなかった。たったひとりで行っちまいやがったよ。あいつ、無茶しやがって。


 俺が庭にフィンの墓を立てる計画を練っていると、数分後、フィンもまた戻ってきた。


「見つからないように簡単な偽装工作をしてきたよ」

「……っつーことは」

「ああ」


 フィンは興奮した面持ちで告げてきた。


「本物だよ、これ」




 かくして、うちの旅館の裏庭は、魔王城の地下に繋がってしまった。

 温泉にダンジョンに魔王城への転移陣って、どうなっているんだ正宗荘。やばすぎるだろ。


 転移陣の存在はイクリピアの王族と、そして冒険者のトップの間でまことしやかにささやかれてゆく。


 そしてついに一か月後、魔王討伐チームが結成される。

 ――人類最後の決戦が始まろうとしていた。



 次回、第六章『正妻は誰』編


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