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第57話 「がんばれ竜王アシュタロス」

 2月10日 カドカワBOOKSさんより書籍化いたします。

 タイトルも変わりましたが、これからもマサムネさんをよろしくお願いいたしますー!



 チンッ、と小気味いい音を立ててエレベーターが停止した。


 過去を振り切って前だけを見続けることを誓った俺――マサムネは、拳を握る。


「みんな、この先には迷宮のボスがいる。決して油断するなよ」

「当たり前でしょ、誰に言ってんのよ」

「任せて! あたしの弓で打ち貫いてみせるよ!」

「がんばりますにゃー!」

「……、うん……、がんばって……、はたらく……」


 やる気のある三人とやる気のないやつの声がする。まあいい、やる気なんてなくても働いてくれればそれでいいのだ。


 やがてエレベーターが開いた。そこは玉座の間である。こんなところにエレベーターが到着するとは思わなかったので、少し面食らった。マジでボス直通便だなこれ。


「――誰だ! この我の前に姿を現すのは!」


 デカい声がする。ダンジョンマスターだろうか。ていうかブラックマリアが来たとは思わなかったのか? あるいは人間の気配を察知していたのだとしたら、さすがダンジョンマスターと言わざるを得ないだろう。


 バレているのなら奇襲はもう通用しない。というか堂々とエレベーターで降りてきて奇襲もなんにもねえもんな。俺は剣をいつでも抜けるように構えながら、前に歩み出た。他のメンバーも俺の後ろに続く。


 玉座の間の中央には、きらきらと光る結晶体クリスタルが空中に浮かんでいた。あれがいわゆる『ダンジョンコア』ってやつか。あれを持ち帰れば魔力の塊として高く売れるらしいな。そのダンジョンが壊れちまうから、今回はやらねえけど。

 そう、俺の目的はあくまでもレジャーダンジョン。温泉宿活性化のための、ダンジョン改造だ。


 というわけで、とりあえずボスを倒すとしようじゃないか。


 そう思って見やれば、玉座には男がいた。男……っていうか、むしろこいつは……。


「誰だーーーー!?!?!?」


 頭から一本の角を生やした、偉そうなガキがいた。



 こいつがブラックマリアに聞いた『竜王アシュタロス』か。確かに竜っぽい雰囲気を醸し出してはいるが、ずいぶんと弱そうだな。髪は金髪で、貴族の坊ちゃんみたいだ。俺は「よう」と片手をあげて挨拶をする。まずは話し合いから始めよう。


 ガキはずいぶんと動揺しているようだ。


「な、なぜお前たちがここ、ここに! あっ、もしかして、あの、あっ、えと……、あの、人と話すのが久々で言葉が出てこない……! ああっ、あの、あれか、あれがあれで、ああしたのか!?」


 ビックリマークとハテナマークが頭に飛び交うガキを指差しつつ、キキレアが眉をひそめる。


「なに言ってんのこいつ」

「待て、魔族語かもしれない。俺が翻訳を試みる」


 俺はパーティーメンバーを手のひらで制止すると、片手をガキに向けつつ柔和な笑顔を浮かべて問う。


「オレ、オマエ、トモダチ。オレ、オマエ、ナカマ」

「バカにしてんのか!?!?!?」


 ものすごい勢いで怒鳴られた。ガキの顔は真っ赤だ。ファーストコンタクトは失敗に終わったかもしれない。だが、まだセカンドコンタクトのチャンスがある。俺はキキレアに振り向きつつ答えた。


「どうやら意思疎通はできているらしい。だが、なにやら気が立っているようだ。ここは俺に任せてくれ、キキレア。俺は動物はそう嫌いではない」

「誰が動物だ! 我は『破軍の竜王』アシュタロスであるぞ! これ以上、我を愚弄するならばお前は死をもって償ってもらおうか!」

「通訳するぞ。『僕は激おこぷんぷん丸だ。なめんなよ。ぶっ殺すぞてめえ』だ」

「どう見ても怒っているんだけど……。あんたに任せて完全に不正解じゃないの?」


 キキレアが冷めた目で俺を見つめていた。俺はほぞを噛む。失った信頼を取り戻すのは難しい。これが異文化コミュニケーションの恐ろしさか。


 そこでナルとミエリが前に歩み出た。


「キミがここのダンジョンマスターだね!」

「わたしたちは冒険者です! 迷宮を攻略に来ました!」


 その少女たちを見た途端、アシュタロスは頬を赤らめて視線を逸らした。たどたどしく意味のわからない言葉を吐く。


「えっ、あっ、あの、あっ、アゥ、アノ、アウ……。く、くそう、久しぶりに女の子と話をさせようとは、なんという人間どもめ……! この我にここまでの屈辱を……! おい、貴様!」

「ん?」


 アシュタロスは俺をご指名のようだ。ほう、やはり知らず知らずのうちにこのガキの心を掴んでしまっていたようだな。ファーストコンタクトは実は成功のうちに終わっていたということか。


「なんなんだ! なんなんだよお前は! 本当にもう!」

「なにがだよ」

「お前のパーティーだよ! どういうことだよ! どうなってんだよ! ふざけんなよマジで! 男ひとりに女四人とかさあ! ハーレムかよ!」

「はあ?」


 アシュタロスはなにやらめちゃめちゃ言いがかりをつけてきた。俺は自分のパーティーメンバーを見回し、首をひねる。


「それはなんつーか、話の流れっていうか……。別に俺が頼んでついてきてもらったわけじゃないし、こないだまでジャックっつー男のシーフが仲間にいたし……」

「お前の事情とか昔とか知らねえよ! 大事なのは今! お前が! 我の前に! 四人の女を連れて! 現れたことだろうが!」


 なんだこいつ、もの凄まじく怒っているぞどうしよう。このままでは話し合いもなにもない。俺はとりあえず弁明のために、両手を振った。


「待て、アシュタロス」

「勝手に我を呼び捨てにするな、この人間が!」

「違う、別にこいつらは俺の女っていうわけじゃない」

「お前の女だろうが何だろうが、その環境が憎たらしいのだと先ほどから言っているだろうが――」


 俺はアシュタロスの言葉をさえぎって、ナルのキキレアの腰に手を回した。そうして真剣な顔で伝える。


「俺の女は、こいつとこいつだけだ。あとのふたりは違う」

「貴様―――――――――――!!!!!」


 アシュタロスが口から炎を噴き出した。それはわずかに床を焦がしただけで収まる。やばい、こいつすげえ面白いかもしれない。


 ナルとキキレアが俺を白い目で見つめている。冗談だ、冗談。あとで訂正しよう。だが今はアシュタロスのほうから片づけるのが先だ。


 俺は趣味でこいつの神経を逆撫でしたわけではない。その間もずっと慎重で冷静な推理を続けていたのだ。

 つまり、このアシュタロスを戦わずになんとかする方法を、だ。今からそれを実践しようじゃないか――。


「なるほど、お前は女に縁がなく、そうしてひたすらにモテないガキだな。だから人の幸せが妬ましいのだろう。俺の知り合いにもひとりそういうやつがいる。かわいそうなやつだ」

「もう殺すーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 破軍の竜王アシュタロスはその姿を巨大な魔竜へと変えてゆく。さらにキキレアが「それって私のことじゃないでしょうね」と憮然とした表情を浮かべていた。自覚があるっていうのはいいことだ。それはまあいいとして。


 アシュタロスは瞬く間に一匹の竜へと変化を果たす。いや、それもまだ結構小さいな。二メートルぐらいか。もしかしてこいつ、封印が解けたばかりだとかで、ほとんど体に魔力が残っていないんじゃないか?


 なんかまともに正面から殴り合っても倒せそうではあるが、しかし俺はあえて説得する道を選ぶ。争いはなにも生まないからな。


 竜王に向けて、俺は両手を広げた。


「だがそんなお前に、俺は画期的なアドバイスをしてやれるぞ、アシュタロス。なぜ俺があのエレベーターで降りてきたか、お前はわかるか? そう、ブラックマリアを懐柔したからだ」

「…………えっ!?」


 アシュタロスはみるみるうちにしぼんでいった。そうしてもとの人間体(10歳ぐらいのガキの姿)に戻る。


「お、おまえ……、マリアちゃんと、仲がいいのか……?」

「ああ、こう見えてもな。どうだ、アシュタロス。俺と少し話をしないか? そうすれば、お前はさらにブラックマリアと仲を深めることができるかもしれんぞ?」

「……………………」


 アシュタロスの瞳には迷いがあった。それは恐らく『この竜王たる我が、人間などと取引をしなければならないとは……』というプライドによるものだろう。しかし俺はわかっている。そんなものはすぐに瓦解するだろうと。だが年には念を入れておこうじゃないか。俺は最後の一押しを加えた。


「――あわよくば、ブラックマリアのおっぱいを揉めるかもしれんぞ」


 アシュタロスは玉座に戻ると、そこに腰かけて足を組みながら、俺を見下ろして大仰に言った。


「…………話を聞こうではないか、人間よ」


 今さら威厳を取り繕っても、だいぶ遅いぞお前。



 さて、女性陣がなにやら遠巻きに見ている中、俺とアシュタロスは近くに座って会議を行なっていた。


「実は、我とブラックマリアは、幼馴染なのだ……」

「幼馴染ってお前……、すごい長い間封印されていたんじゃないのか」

「まあそうなのだが。あとお前って言うな」


 細かいな、この竜王。


「わかったよ、アシュタロス。どういうことだ?」

「むう……、まあいいだろう。かつてこの大陸に覇を唱えたひとりの魔王がいた――」


 そこから長い昔話が始まった。


 俺はほとんど興味がなかったので、ナルとキキレアのおっぱいの感触を思い出しながら待つ。あれはいいものだった。ていうか俺も【トランス】したら手に入るんだよな、おっぱい。それを一日中揉み続けるとか、空しすぎるからやらねえけど……。いや、本当に困窮したらやってしまうかもしれん……。

 そんなことを考えていると、話が終わったようだ。


「……というわけでな、これが我とブラックマリアの物語である……」

「なるほどな」


 コホンと咳をするアシュタロス。俺はそれっぽくうなずいてみせた。


 かいつまんで言うと、こうだ。




《アシュタロス自伝~我はこうしてマリアと出会ったのだ編~》


・前魔王の時代、一匹のドラゴンパピーがいた。


・そいつは行き倒れそうなところを、ネクロマンサーの村でひとりの少女に拾われた。


・少女に恋をしたドラゴンパピーは、彼女を振り向かせるために強くなった。


・ドラゴンパピーは成竜になり、さらにどんどんと強くなってゆく。


・魔王軍に所属したのちも出世した元ドラゴンパピーは、ついに魔王の腹心にまで成り上がった。


・しかしそんなドラゴンの想いも少女には通じず、ドラゴンはフラれたまま勇者に封印された。


・が! それから二百年後。目覚めたドラゴンは少女がまだ生きていることを知る。


・今度こそ彼女を一生守れるような迷宮を造り上げ、ドラゴンは第二の人生を謳歌するのだ――。




 と、そんな話だ。ひらたく言えば自分語りだな。


 今の話で一番ショックだったのは、ブラックマリアが実は外見年齢そのままの年ではなかった、というところかもしれない。

 あいつもババアかよ……。ミエリ、リュー、フラメル、ブラックマリア……、この世界には年齢詐欺が多すぎるんだが……。


 しかしこいつ、竜王って言っても、別に部下がいるわけじゃないんだな……。ずっとダンジョンに引きこもっていただけなんだな。だから女に免疫がまるでないのか……。かわいそうなやつ……。


 アシュタロスは「はふう」とやけに可愛いアンニュイなため息をついた。


「我やっぱ、マリアちゃんに男として見られていないのかな……」

「いやそんなことはないと思うぞ」

「!? 本当か!?」


 がばっと顔をあげてこちらを見るアシュタロス。うん、だって『でもあいつのことそんなに好きじゃないし。隙あらばマリアの胸ばっかり見てくるし。キモいし』って言ってたしな。生理的嫌悪感を催されているというのなら、男として見られているということだろう。やったな! アシュタロス!


 そんなことはとてもじゃないが口には出して言えないので、適当にはぐらかす。


「だいたい、好きでもなんでもないやつのダンジョンに招かれて、それでオッケーなんてするか? そんなのもう脈あるみたいなもんじゃないか。いわば同じ屋根の下。これはもう同居、いや、同棲みたいなもんだろうよ」

「……ッ、そうかな!? やっぱそう思う!? 我も薄々そうじゃないかなーって!」

「ああ、ひとりで思い悩むと色々と不安になってくるよな? でも大丈夫だ、アシュタロス。もっとポジティブにいこうぜ」

「お、おう! 人間、お前意外といいやつだな!」

「そうさ、俺はマサムネ。人間とか魔族とか竜族とか関係ねえ。困ったやつは見捨てられねえっていうたちさ」

「マサムネ! おお、マサムネ! 魔族と人間が手を取り合う日が来るとは、やはり時代は変わったのだな!」


 俺たちは握手を交わす。

 その間、女性陣は暇そうに玉座の間の隅っこでトランプっぽい札遊戯に興じていた。なに遊んでんだよあいつら。ここ一応ボス部屋だぞ。


 よし、それじゃあ最後の仕上げといくか。


「ということでだ、今からここにブラックマリアを呼んでくるわ。そしたらアシュタロスさ、思いの丈をぶつけてみろよ。な?」

「え?」


 アシュタロスは真顔になった。


 うまくなったら儲けもの。恋のキューピットとしての俺は、アシュタロスに思いっきり恩を売れる。そうしたら一階と二階をレジャーダンジョンに改造してもらおう。


 こいつがフラれたらフラれたで、そんときは慰めて心の隙間に付け入ればいい。そうして一階と二階をレジャーダンジョンに改造してもらおう。


 二段構えの完璧な作戦である。


 俺は笑顔でアシュタロスに手を振ると、エレベーターのほうに歩いてゆく。


「じゃあ呼んでくるからな!」

「――え?」



 次回、竜王アシュタロスの運命やいかに!

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