第54話 「ダンジョン続くよどこまでも」
地下六階の通路を歩いている最中、ミエリがおかしなことを言い出した。
「なんだか、この辺りにさっきから嫌な気配がしているんですよねえ。ダンジョンの番人かなにかわかりませんけど、闇の力がとっても強い人がいる気がします。それでたぶん、モンスターさんたちも奥に引っ込んでいるんじゃないでしょうかー」
モンスターが出てきていないのは事実だが、闇の力がとっても強い人て。
ミエリの妄言をさらりと流してもよかったのだが、今のミエリはこのパーティー内において癒し力が高いので俺は突っ込んで尋ねてみた。
「闇の力が強いって言っても、モンスターたちが怯えるなんてよっぽどのことだろ? それ本当かよ」
「うーん、たぶん七羅将って呼ばれていた人たちレベルだと思いますけどー」
「げ」
そんなのがこの辺りをうろついているのか? 本当に? 本当に? ミエリセンサーがポンコツで不具合出しているんじゃなくて?
避けながら進めば問題ないとミエリは言う。だが、ううむ。
俺としてはやはり慎重にゆきたい。
だいたいここに来た目的というのは、この迷宮をレジャーダンジョン化するために、ボスを倒して魔物を追い出し、その後に俺たちなりのダンジョンに作り替えちまおうぜ! というものだ。
もしこのダンジョンが手に負えなかった場合、素直に冒険者ギルドに討伐を依頼するのが筋というものだろう。
特に七羅将レベルの相手なんて、よっぽど入念に準備をしてこない限り、戦いたくはない。七羅将を倒せたのだって、あいつらの能力が知れ渡っているから対策をしやすいってだけだしな。
しかしそれって、どうなるんだ……? そんな危険なダンジョンがすぐそばにあると、うちの旅館は余計に客が来なくなっちまうんじゃないか……?
なるべくなら俺たちでダンジョンを攻略したいが……ううむ。
シノは相変わらず先頭。そこに俺とミエリが続き、最後尾がナルとキキレアだ。ナルとキキレアがなんか仲良くしているのは俺としては胃が痛いのだが、離れろと言うわけにもいくまい。もともとあのふたりは仲良しだしな。
いったん探索をストップさせ、立ち止まったまま俺は腕組みをした。
「今の話は本当なんだろうな、ミエリ」
「あーマサムネさんってばわたしのこと信用してませんねー。わたしの感知力は神様並なんですよっ」
「いや、お前は女神だろうが。ていうか『闇の力が強いやつがいる気がする』じゃ困るんだよ。どこにいるんだそいつは。この階か?」
「え、ええ、たぶんこの階だと思いますけどー……」
「『たぶん』じゃ作戦が立てられん」
構ってほしくて嘘をついているとは思わない。ミエリは手柄を求めたりしないからな。だが、その信憑性は少し疑わしい。
俺が憮然としていると、ミエリは張り切って拳を握った。
「じゃあわかりました! わたしが今すぐその相手の居場所を特定します! このミエリが! だからちょっと待っていてくださいねムムムーン!」
ミエリはこめかみに手を当てると、強く目を閉じた。なにやら意識を集中させているような顔をする。その肌が発する淡い光が、どんどんと強くなっていった。光の粒は雪のように舞い、床に落ちて輝きながら消えた。
「わあ綺麗!」
「いいわねー……、そうやっていると、ミエリはホントに女神なんだって思うわよねー」
ナルとキキレアは感嘆の声をあげて、シノは不思議そうにミエリを見つめていた。
そういえば全然関係ない外部の人に、ミエリがあのミエリってバレていいのかな……。まあ、シノは無害そうだしいいか。シノがいなかったらダンジョン散策もできないしな。
「出ました出ましたムムムーン出てきましたー!」
ミエリはさらにこめかみを押さえながらなにやら意味のわからない叫び声をあげる。そのときである。
「……ん?」
俺はこのダンジョンに人影を見つけた。人影? こんな深層にか? だがそれはひょこひょこと歩いていたように見える。どうなっているんだ。
もしかしたら見間違いかもしれない。砂漠を旅する者が見るような、幻覚だったのかもしれない。だが、俺はそれが妙に気になった。
人影は一度消えた後、しかし俺の視線に気づいたのか、壁からひょいと顔を出してきた。その姿はどこかで見たようなもので……。
……あれ?
いや、あれって。もしかして。
「出ましたー!!!」
ミエリはXの字を描くように両手を突き上げた。その叫びで人影はビクッと震える。ついでにキキレアとナルとシノも突然の大声にビビっていた。闇の力を探知し終わったミエリは満面の笑みで胸を揺らしながら俺に向き直ってくる。
「マサムネさん、わたしわかりましたよ! 見つけ出しましたよ! どうですか、すごいでしょう! わたし、すごいでしょう! 有能でしょう! 敬ってくれてもいいんですよー! その相手はものすごく近くにいるんですよどこだか知りたいでしょう知りたすぎるでしょうキリッ!」
「いや、まあ」
俺は頬をかく。そうしてこちらを覗いている人影を指差した。
「つか、あいつだろ、それ」
「ふぇ!?」
魔女帽をかぶった灰色の髪を持つ少女が、こちらをおそるおそる窺っていた。その切れ長の目や、勝ち気な顔に、俺は見覚えがあった。
ていうか、元七羅将のネクロマンサー、ブラックマリアだった。
「なんであんたがここにいんの!?」
「なんでって言われても」
ブラックマリアは俺たちの姿を確認すると、なぜかのんびりと近寄ってきた。手を振りながら「闇やっほー久しぶりじゃーん」ってなもんだ。見る限り、敵意はなさそうである。
しかし、出土されたタイミング的にも、このダンジョンはひょっとしてブラックマリアが作ったものなんだろうか。だとしたらここでブラックマリアを倒せばダンジョン攻略が済んだことになるのだが……。
ブラックマリアは今、がるるると牙を剥くキキレアに詰め寄られながらも、平然と語る。
「別にもうマリア、魔王軍じゃないじゃん? だから魔王領域に帰るのちょっと闇気まずいワケ。どーしよっかなー、って思っていたらさ、なんか『ウチ来ない?』って誘われちゃったワケー」
ダンジョンの通路で元七羅将と立ち話という、シュールな絵面である。
ふうむ。
「と、すると、このダンジョンはお前が作ったわけじゃないのか」
「あ、タンポポ神ー。そうそう、そういうことー。マリアは適当に借りているダケー。マスターはちょっとキモいけど、ダンジョン一から作るってめちゃめちゃ闇めんどいしねー」
ぺらぺらと手を振るブラックマリア。キキレアとナル、それにミエリは思いっきりブラックマリアを警戒している。シノだけはよくわかっていない顔だ。
「ともあれ、お前は俺たちと敵対する意思はないんだな?」
「あるわけないじゃん、なに言ってんのー? マリアはキミたちと戦って負けて闇降参したんだからさー。そもそもぶっ殺すつもりだったら、下僕ちゃん引き連れてくるし」
「まあそりゃそうか」
ネクロマンサーが単品でやってくる時点で、武装解除しているようなもんだよな。
剣呑な雰囲気を醸し出すうちのパーティーメンバーをなだめつつ、俺はブラックマリアに話しかける。情報を得られるのなら、色々と聞きたいことだけだ。だがこいつは結構短気だったからな。慎重に尋ねなければ。
「あのさ、せっかくだから、もしよかったら色々と聞きたいことがあるんだけどさ」
「んー、いいケドー?」」
いいのかよ。なんだこいつ、引きこもっていて人恋しかったのか? めっちゃフレンドリーなんだけど、どういうことなの。
てか、この愛嬌というか軽薄さ。どこかで見たことがある気がすると思えば、アレだ。元の世界にいたギャルとか、そういう人種に近いものを感じるな。
指で丸を作った後、「あ、でもその前に」とブラックマリアは前置きした。
「まあ、立ち話もなんだから、とりあえずウチに来たら?」
というわけで俺たちは、ブラックマリアの部屋へと案内されたのであった。
地下六階の端っこのほうに、そこはあった。
ブラックマリアが手をかざすと、なんの変哲もない壁がゴゴゴゴと音を立てて横にスライドしてゆく。セキュリティバッチリの仕掛けだ。
(ねえ、大丈夫なの? マサムネ)
キキレアが心配そうに耳打ちをしてくる。俺はあっけらかんと答えた。
(平気だろう。判断材料的に、ブラックマリアが俺たちを攻撃してくる可能性は薄い)
(ホンットにぃ? あんた、相手が女の子だからって油断しているんじゃなくて?)
(俺を誰だと思っているんだ、キキレア)
(おっぱい好きの変態)
もうキキレアのイメージは固定されてしまったらしい。殴り飛ばしてやろうかと思ったが、それは迷宮を出たあとにしよう。
「闇狭いところだけど、適当に座っててー」
招かれると、ブラックマリアの部屋が明らかになった。部屋は先ほどの小部屋四つ分ぐらいはありそうな広さだ。内装はやたらとピンクが目立つ。カーテンやらカーペットやら、淡いピンク色だ。ガラステーブルの前に並んだソファーは黄色やらオレンジやら薄緑やらカラフルで、部屋にはいたるところにオシャレな間接照明が置いてあった。どこかへと続きそうなドアが三つある。お風呂やトイレなどだろう。
――いい部屋!
「なにこれ、かわいい!」
「ぜんぜん闇の力を感じない内装なんですけど……」
「ダンジョンの中でどんだけいい暮らししてんのよ……」
「……、居心地、よさそう……」
女子たちが四者四様の感想を言う。ブラックマリアは分厚い紫のローブを脱いでハンガーに引っかけると、クッションを抱きながら奥のソファーに座った。
「トラップとかないから、安心してー。マリア、じめじめしたり薄暗いとこあんまり好きじゃないんだよねー」
ネクロマンサーのくせに……、とキキレアが小さくうめく。まったくだ。
ローブを脱いだブラックマリアは、薄着であった。キャミソールと、足の大部分を露出させたホットパンツを履いている。ビーチの近くでギャルがしているような格好だ。
ブラックマリアは十三才ぐらいの童顔のくせに、なかなか胸が大きい。キキレア以上ミエリ未満というところか。無防備なキャミソール姿だと、柔らかそうな胸の谷間が強調されていて、思わず俺は視線を外した。いかん、魔族相手に俺はいったいなにを考えているんだ。しっかりしろマサムネ。でも男の子だからしょうがないよね!
俺が完璧な自己弁護を済まし、毅然とした目でブラックマリアを観察していると、ナルとキキレアがジト目をこちらに向けてきていた。なんだこいつら、人の心をそう簡単に読むのはなしだぞ。
(ねえ、キティー、マサムネくんって……)
(もしかしてこいつ、女だったら誰でもいいんじゃないかしら……)
聞こえているんだが。
まあいい、そんなことよりもだ。俺はブラックマリアの前に座り、彼女に手を広げた。単刀直入に切り込む。
「実は俺たちはこのダンジョンを攻略しに来たんだよ。でもそれってお前は困るか?」
「ん~~~~」
ブラックマリアは唇に指を当てた。
「別に……、そうでもないかなー。ていうか、どうでもいい、みたいな……」
「他人事だな。ダンジョンマスターがお前を招いたんだろ? だったらそいつはお前の知り合いじゃないのか」
「でもあいつのことそんなに好きじゃないし。隙あらばマリアの胸ばっかり見てくるし。キモいし」
「胸くらいいいだろう!!」
「えええ~……? タンポポ神ってそういう趣味ぃ?」
しまった、つい語気が荒くなってしまった。キキレアの冷やかな視線を背中に浴びながら、俺は咳払いして話を続ける。
「いや滅相もない。ついでに聞くが、このダンジョンって地下何階まであるんだ?」
ブラックマリアは平然と指を三本立てた。
……ん?
「三十階」
『ぶっ』
俺たちは一斉に噴き出した。
地下三十階って……。困る……。このペースで攻略したら、あとどれだけかかるんだ……。めちゃめちゃ深いじゃねえか……。なんだよこれ、誰がレジャーダンジョン化計画とか立てたんだよ。ガチじゃねえかよ……。
もうやめだやめだ! ダンジョン攻略なんてやってられるか! 帰って大量に【オイル】流し込んで大炎上させてやる!
「でも」
ブラックマリアは自分の部屋からどこかへ続くらしきドアを指差して、さらに告げてきた。
「――地下三十階に直通のエレベーターがあるケドー」
『……』
俺たちは顔を見合わせた。
マジか。




