第53話 「目を覚ませナル」
改めて迷宮探索の続きだ。
俺たちがいるのは現在、地下六階である。
いったん休憩してから、先に進もうという話になった。
救出班の消耗度も、俺たちの被害も、軽微だったしな。
俺たちはせっかくなので、トラップを解除したあの小部屋へと戻っていた。
地下六階は特に魔物の気配が少ないらしいが、一応な。
シノ曰く、ここに仕掛けられていたトラップはどれも破滅的なものだったらしい。
毒ガス噴射、爆発の罠、そして床から針が突き出してくる罠。だからこそ彼女は、歩き回らずにその場で助けを待っていたキキレアの行動を褒めていた。
それはそうとして――。
(ねえ、マサムネ……)
(ん?)
休憩して俺が手から出したパンなどをかじっている間、キキレアがそっと耳打ちをしてくる。
その内容は言わずもがな。
(……なんか、ナル、様子が変じゃない……?)
(…………う、うん)
ナルは部屋の隅っこに体育座りしながら、もぐもぐと携帯食を咀嚼している。その目は先ほどから床を見つめているように見えて、その実なにも映してはいなかった。
こわい。様子がおかしいなんて一目瞭然だ。闇のオーラが立ちのぼっているような気すらするし。
(キキレアめ……、なるべく俺が触れないようにしていた話題を口出しやがって……)
(だって、もしかしなくても、私たちのせいでしょ!? 助けに来た私たちがなんかすごい変なことしていたからでしょ!?)
キキレアの発言に俺はストップをかける。
(いや確信はない。もしかしたら迷宮探索中に落ちているものを拾い食いしたからお腹いたたちゃんになっているだけかもしれない。たまたま故郷で死んだペットのことを想い出して、今ナイーブになっているかもしれない。俺たちが口出したら藪蛇をつつく結果になりかねない)
(そう、わかったわ。私が聞いてくるわ)
(待てええええええええええええええ!)
俺はキキレアの腕を思いきり引っ張る。「なによ」じゃねえよ! お前は行動が男らしすぎるぞ!
たまたまそれを見ていたシノがくすりと口元だけで笑った。
「……ふたりとも、……仲良いね」
「ち、違うからね!? シノ!」
キキレアは急に焦ってシノに掴みかかる。
シノの肩を掴んで前後にかくかくと揺らすキキレア。シノはされるがままになりながらも、その微笑みをやめなかった。
「……さすが、……初体験の彼氏は、……違うよね。……女の子にされたキキレアちゃん、……すっごくかわいくて、……うらやましい」
「違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから! 違うから!」
語彙の枯れ果てたキキレアが、千本ノックのように否定の言葉を投げつける。
そのときであった。
「ねえ、ミエリさま」
ぽつりとした声がやけに大きく部屋の中に響いた。
ナルだった。
久々にナルの声を聞いた気がする。
感情の抜け落ちた声であった。
こわい。
「なんですかー?」
ミエリはなにも気にしていないような顔でナルに向き直る。右手にコッペパン、左手にクロワッサンを所持した女神さまは誰よりも平和であった。
ナルは手のひらを見つめながら。
「……ミエリさまって、『おっぱい』大きいよね」
「ふぇ、そうですかー?」
やたらとおっぱいの単語が強調されていた気がしたが、気のせいだろう。うん。
ゆさゆさと己のおっぱいを揺り動かす女神さま。ミエリの胸は実際デカい。白い衣からこぼれ落ちそうなほどの巨乳である。今まではまるで気にしていなかったし、せいぜいテディベアのリボン程度の飾りにしか思っていなかったのだが、改めて見ると確かにデカい。うわあなんだアレ、デカいぞ。なんかドキドキしてきた。揉んだら手に余りそうなボリュームだ。
気づけば隣のキキレアもじっと俺を睨んで無言の圧力をかけてきていた。俺がミエリの胸に見とれていたからだろう。これ以上話がややこしくなってほしくないので俺は天井を見上げた。わざとらしく「あそこからおちてきたのかー」とつぶやいてみるが、キキレアの白い目から敵意を拭うことはできなかった。なぜだ。
ともあれ、ナルだ。
「あたしには『おっぱい』、ほとんどないからなあ」
哀愁たっぷりの声だった。胸が痛い。いや、違うんだ。おっぱいのあるなしとかではなく、違うんだナル……。キキレアとのそれは、話の流れであって……。
おっぱいの大きなミエリはあっけらかんと笑っていた。
「そうですねえ、ナルさん全然おっぱいないですもんねえ。でもおっぱいなんてあったって邪魔なだけですよぉ。走るときに揺れちゃったりして痛いですし。アーチャーだったらなおさらじゃないですかー。それなのに、ナルさんはおっぱいあったほうがいいんですか? だったらわたしのおっぱいを半分差し上げられたらいいんですけど、そういうわけにもいきませんもんねー」
「………………」
ミエリに悪意がないことをこの場にいる全員はわかっているはずだが、それにしても今の発言はかなりアレだった。空気が読めないなんてレベルじゃなかった。俺が女子なら確実に腹パンものだろう。
ナルは自分のスカスカの胸をぺたぺたと触って、小さく首を振る。ため息すらこぼさなかった。ナルはただただ絶望していた。
いたたまれない……!
キキレアが立ちあがった。
「やっぱり私から言うわ!」
俺は慌ててキキレアの手を掴んだ。
(な、なにを言うつもりなんだよお前!)
(もちろん、あんたが私のおっぱいを揉んでいたこと事情を、つまびらかにするのよ! だってあんなナル、見ていられないわ!)
(異性として見るためにってことだろう! そんなことを言ったらナルは――)
――ナルは。
その瞬間、俺の脳裏に稲妻が走った。
……そうか、なるほど。
だとすれば……? 恐らく……!
俺の明晰な頭脳は、ただひとつの事実を導き出していた。
ピンチをチャンスに変えるその閃き。
やはり俺は天才だったのだ。
キキレアの肩に両手を置き、俺は彼女の目を見つめながら告げる。
(……待て、キキレア。そのことは俺から言おう)
(ええっ? あ、あんたが?)
(ああ、ナルのことは俺に任せてくれ。悪いようにはしない。俺のこの目を見てくれ。この目が嘘をついているような目か?)
(ほ、ホントだわ……。面倒事が大嫌いで、性根が腐ってて卑怯でクズで人を人とも思っていないようなゲスのあんたが、まさかそんな澄んだ目をしているだなんて……、こ、これは任せるしかないわね)
てめえ。
怒鳴りつけたい気持ちを我慢し、俺は拳を握る。覚えとけよキキレア。あとでおっぱい揉みしだいてやっかんな。
俺は立ち上がり、ゆっくりとナルへと近づいてゆく。ナルは俺が近づいてくるのに気付いているだろうが、無反応だった。無反応でぺったんこの胸を撫でていた。目に光がなかった。
そんなナルの前に立つ。目も向けてこない。
めちゃめちゃ緊張するし気まずいんだけど、でもあえて言おうじゃないか。俺はマサムネ。今まで幾度となく絶対絶命の窮地を乗り越えてきた男。今回の危機も難易度が高いけれど、綺麗に切り抜けてやるぜ。
俺は座ってもぐもぐ携帯食をかじるナルに手を伸ばしながら、言った。
「ナル。ふたりきりで話したいことがある。ちょっと来てくれ」
「………………」
ナルの返事はなかったが、彼女は無言であとをついてきた。こわい。
下手すると後ろから刺されちまうかもな、と警戒をしていたものの、ナルはなにもしてこなかった。すっかりと生気が抜けている。こんなナルを見るのは初めてだな。
通路へと出た俺たちは扉を閉めると、ナルに向き直った。
「ナル、お前に言っておかなきゃいけないことがある」
「…………」
「俺はさっき、キキレアに告白されたんだ」
「――」
ナルがハッとしてこちらを見た。ようやくだ。
そうして彼女はぽつりと口を開いた。それはすべての答えを得たかのような声だった。
「そう、なんだ」
その瞳が徐々に闇へと染まってゆく。
「……やっぱり、マサムネくん、キティーのことが好きだったんだ……。なのにあたしに思わせぶりなことばかり言って、本当はキティーのことが……、あたしを陰で嘲笑っていたのかな、マサムネくん……、もしそうだとしたら、いくらあたしでも、マサムネくんのことを……、どんな手を使ってでも……」
「待って、こわいから待って」
ナルがヤンデレ化したらダークエルフになってしまうのだろうかと、そんなことを考えつつも俺は首を振った。
「キキレアから告白された俺だが、しかし一度は断ろうとした」
俺が言うとナルは顔をあげた。その目は丸くなっている。
「…………そう、なの? どうして? キティーはいい子だよ。マサムネくんのことが、とっても好きみたいだし……」
「あいつがいい子かどうかは議論の余地があるので置いとくとして……、キキレアは俺の大切なパーティーメンバーだ。だからこそ異性として見るなんてことはできなかった。キキレアはあくまでもキキレアなんだ」
「あ、それって、あたしと一緒……?」
ナルは口を押さえながら、驚きの声をつぶやいた。俺の言葉を素直に受け取ってくれているらしい。すぐに邪推をしてくるキキレアとは大違いだ。
「ああ、そうなんだ。俺はナルもキキレアもどっちも大切だからな。もちろんパーティーメンバーとして、という意味だが」
「うん……」
とりあえずナルは話を聞いてくれるモードに移行したらしい。俺の前でしょんぼりしたまま、うなずいた。よかった。また監禁されるかとハラハラしていた。
俺は少しだけ落ち着いて語る。
「そんなときだ。俺は考えを思いついてしまったのだ。今思えば、迷宮に閉じ込められた心細さから、人の触れ合いがほしかったのかもしれない!」
「ええっ!?」
「大切なパーティーメンバーに! ああ俺はなんてことを! 今となってはそう悔やむより他ない! だが、そのときの俺はどうかしていたんだ!」
「そ、それって!?」
食いついてきたナルから視線を外す。さすがに真顔で言うのは恥ずかしい。でもなんとなくナルなら許してくれそうな気がしていた。だってナルだし。
俺は絞り出すようにして答えた。
「……今、異性として見れないなら、ちゃんと見れるようにするから……、そのために、おっぱい揉ませて、って……」
「…………」
あっ、やばい。ナルの目が見れない。ものすごいドン引きされている雰囲気がする! あれ、こんなはずじゃなかったな!?
俺は慌てて自説の補強に走る。
「男になくて、女にあるべきパーツ……、それはおっぱいだ。だからおっぱいに触れることができたら、お前を異性として見れるんじゃないか、って……。キキレアも了承してくれた。それを試している最中に、お前たちがやってきたんだ」
「おっぱい……」
ナルが非常に悲しそうにつぶやいた。
「そっか、それで……、キティーのことは異性として見れたの?」
「えっ? あ、いや、どうかな。まだもうちょっとかかるかもしれないなー」
「そっかぁ……」
思わぬ質問に、俺はとぼけて答えた。ナルはひたすらに悲しそうだった。ナルは貧乳だ。貧乳エルフだ。そんな体として産まれてきた己を呪っているのかもしれない。人に愛してもらえない悲しみに浸っているのかもしれない。
だが違う。ここからが俺の腕の見せ所だ。俺はみんなを幸せにしてみせる。魔典の賢者の実力を思い知るがいい、ナルよ。
「つまり、そういうことなんだ、ナル。――だから」
俺はナルの両肩に手を置いた。そうして、彼女の目を見つめながら、願いを言う。
「お前のおっぱいも揉ませてくれ、ナル」
「……………………へ?」
ナルはしばらく呆けていた。だが言葉の意味が伝わってゆくと、徐々にその顔が赤らんでいった。その瞳に闇はない。いつものナルだ。
ナルは両手を振り乱しながら、俺から距離を取る。
「だ、だめだめだめだってば、そんな!」
「頼む、ナル。お前を異性として見れるようになるかもしれないんだ。だから、頼む! 俺は可能性に賭けてみたいんだ!」
「む、無理だってば!」
「なんでだよ! なんでもしてくれるって言ったじゃん! 前に言ったじゃん! だったらおっぱいぐらいいいじゃん! 減るもんじゃないじゃん!」
「マサムネくんの望みならかなえてあげたいけど! でも、そんなの! だって――!」
ナルはぎゅっと両手を握って、俯きながら目を閉じて叫ぶ。
「あたしおっぱいないもんー!」
叫んだ後、わずかな静寂が訪れた。ナルはぐずぐずと鼻をすすりながら、語る。
「あたし、生粋の貧乳エルフだもん……、だからキティーやミエリさまと違って、揉むほどのおっぱいないもん……。触ったって、つまんないよ……。だから、マサムネくんはいつまでもあたしのことを、異性として見てくれないんだ……。おっぱいないから、あたしは弓を射ることだけが自慢の、ただの貧乳エルフだから……」
だが、そんなナルの手を俺は取った。
ナルはハッとして俺を見上げる。
ここからが大事なところだ。俺は体中の勇気をかき集める。
そうして俺は――感情のままにナルを怒鳴りつけた。
「俺の気持ちを、お前が勝手に決めるなよ!」
「えっ……?」
「俺がどんな気持ちでお前の告白を保留にしてもらったか……、それは俺としても苦渋の決断だったんだ。そんな俺の苦しみすらも、お前はなかったことにしちまおうってのかよ! ナルルース!」
俺に怒鳴られたナルの瞳が揺れる。
「でも、だってそんな、あたし……」
「俺はライトクロスボウを使っているな? ナル」
「……え? う、うん」
腰に提げたクロスボウを見せると、ナルは戸惑いながらもうなずいた。俺がなにを言おうとしているかわからないのだろう。
「かたやナルが使うのは竜穿だ。同じ遠距離武器だが、威力は天と地ほどの差がある。お前は俺が使うライトクロスボウを無様だと笑うか?」
「……そ、そんなわけないよ! マサムネくんが使うクロスボウは、十分にパーティーの役に立っているし、マサムネくんの手にも馴染んでいるよ! バカになんてしない!」
そうだな、当たるしな。
いやこれは余計なことか。俺は語りを続けた。
「そうだ。あくまでも役割なんだよ、ナル。デカければいいってことはないんだ。お前はすでにそれを知っているはずだろう?」
「デカければいいわけじゃないって……、それは、そうだけど……、って、えっ!? そ、それってもしかして……、お、おっぱいの話?」
「無論だ」
なにが無論なのかは自分でももうよくわからない。でも俺は語り続けるしかなかった。今さらやめるわけにはいかない。
目の前にはおっぱいを揉ませてくれそうな女がいて、俺は今おっぱいをなんのお咎めもなしに揉むことができそうなのだ。だったら揉もうとしないなんて、そんなの男じゃない。だから俺は声を張って堂々とナルを説得する。
「いいか、ナル。お前はなにか思い違いをしている。おっぱいの大小なんて関係ない。大事なのはそれがそこにあることだ。俺は大きなおっぱいや、小さなおっぱいが揉みたいんじゃない。ナルのおっぱいを揉みたいんだ」
「……ま、マサムネくん……」
ナルがきゅんとした顔で俺を見上げる。その目は潤んでいた。どうやら俺は賭けに勝ったようだ。
俺が言うのもなんだが、こんなセリフにときめいて大丈夫かナル。お前はこれから先の人生、やっていけるのか? どこかでヤバい男に引っかかったりしないよな。あくまでも相手が好きな俺だからだよな? あまりのチョロさに不安になってくる。
不安になりつつも、そんなのは顔に出さず続ける。
「なあ、ナル、いいだろう? ここでお前のおっぱいを揉ませてくれ、ナル」
「で、でも……、男の人って、大きいおっぱいが好きだって……、言うし……」
この期に及んでナルは内腿をすり寄せながら、もじもじし出した。でもこれは渋っているわけではない。あくまでも、事実関係の確認だ。ナルはもう9割方、俺に揉まれる気でいるのだ。その貧乳を弄ばれたがっているのだ。
ならばあとはその感情線に従って、ナルの心配を埋めてゆけばいいだけだ。
「大丈夫だ、ナル。それはあくまでも顔の見えない『男の人』だろう。お前が惚れた俺は、そんじょそこらのやつと同じ男だと思っているのか?」
「そっ、そんなことないよ! マサムネくんは立派だし、顔もカッコいいし、強いし、優しいし、頭いいし、なんでもできるし、賢者さまだし、なによりもあたしのことを大切にしてくれているもん!」
「そうだろうそうだろう」
俺は喉元まで出かかった「ナルしっかりしろ!!! 目を覚ませ!!!!」という叫びを苦心して飲み込んで、笑いながらうなずいた。やべえなナル。ナルの妄想する俺が非実在俺すぎる。
顔をあげて俺を見つめるナルは、頬を染めてわずかに唇を開いていた。俺が望めば、ナルは本当になんでもしてくれそうな顔だ。だがファーストキスはまだ早い。早計だ。だって責任とか取るの……、こわいし……。
だから俺は、すすすとナルへと指を伸ばす。
正面に立つナルは、俺の指が肩に触れた瞬間、びくりと体を震わせた。
ぎゅっとつむった目を薄く開いて、ナルは俺に手を伸ばした。緩やかに俺の頭を撫でながら、吐息混じりの熱いつぶやきを漏らす。
「ま、マサムネくん……、あたしのこと、ちゃんと異性として見れるように……、マサムネくんの、好きなように、してね……?」
それはどことなく嬉しそうで、淡い期待と興奮が混じりあった声だった。
言われなくてももちろんそのつもりだが、言われるとなんだかこう、俄然やる気になってくるな!
胸を揉まれるのを待つ少女というのは、なぜこんなにも素晴らしいものなのだろうか。俺の知性をもってしてでも解き明かすことは難しそうだ。だから俺は思考よりも行動で示すことにする。ナルの胸の……、その下のシャツの裾へと。
「んぇっ、ちょ、直接なのっ?」
「無論だ」
「う~~~~~~~、恥ずかしい~~……」
「そうか、だったらやめるか?」
俺は手を動かしながらもナルに問う。ナルは少しだけ頬を膨らませると、俺から目を逸らして斜め下を見つめながら、口を尖らせた。
「は、恥ずかしいけど~……、だいじょうぶ、マサムネくんのために、がまんする~……」
「そうか、ナルはいい女だな」
俺がそう言うと、
「……えへへ~~……」
ナルは心から幸せそうな笑顔を浮かべていた。
俺は休憩時間が終わるまで、ひたすらにナルのその貧乳を揉むというか、撫で回し続けていた。
やばい、すごい楽しい。
小さいおっぱいは、これはこれでいいものだな――!
しばらく経ってというか、ひとしきり満足してというか。そんな感じで俺とナルが小部屋に戻ると、皆は出かける準備を完了していた。
「任せてしまったか、悪かったな」
「ごめんね、みんな!」
ナルはニコニコと笑顔を浮かべて、軽く手を挙げる。そこにもはや落ち込んでいた先ほどの面影は、影も形もない。
さらに、ときおり俺に熱い視線を向けてくるナルは、目が合うたびに「えへへへ」とほっぺを赤くして照れ笑いを浮かべていた。なんだよこいつ、めちゃくちゃ可愛いじゃん。そんなナルもまた竜穿を背負って移動の準備を始める。
俺のもとに、キキレアがやってきた。彼女は悪戯っぽく笑いながら俺に耳打ちしてくる。
(すっかりナルの機嫌直っているじゃない。あんたやるわね)
当然だが、キキレアは俺がなにをしてきたのかを知らない。言うつもりも毛頭ないしな。
(当たり前だ。俺に任せろと言っただろう)
(ふぅ~ん)
キキレアはくすっと笑った。そうして囁く。
(あんた、調子のいいこと言って胸を揉むのが得意なだけのやつじゃなかったってわけね)
(俺をどういう目をして見ていたんだよ、お前は)
そう答えながらも、俺は内心で冷や汗をかいていた。
まさか聞こえていたのか!? いや、聞こえていなかったはずだ。だって聞こえていたら、その途中で怒鳴り込んでくるだろうし……。
それにしても、キキレアのカンの鋭さはホントこわい。ホントこわいが、しかしそんなキキレアだってさすがに思いもよらないだろう。
――俺が本当に、調子のいいことを言ってナルの胸を揉んできただけ、なんてことは!
俺たちは小部屋を後にした。
シノはさっきからこっちを見て口元をにやにやさせているし、キキレアとナルは俺を挟むようにして立っているし。
とりあえずピンチは脱したはずだが、今の平和はとてつもなく危ういバランスの上に成り立っているのだと、俺は自覚せねばなるまいな……。
さっきまで夢中でおっぱいしていたのに、今度は胃が痛くなってきた。精神を安定させるためにとりあえずおっぱいしたいが、今言ったらさすがにキキレアにブン殴られるだろう。
くそう、新たな喜びを知ったがゆえに、それ以前の俺にはもう戻れない。そう、俺はもうおっぱいを知らなかった頃の俺ではいられないのだ! これが人間のカルマだというのか、神よ!
「それじゃあ! まいりましょー!」
ただひとりなにも気づいていないミエリが、先頭に立って拳を突き出す。
ミエリのアホみたいな笑顔が、今だけは唯一の癒しだ。ミエリのくせに。
こうして、波乱のダンジョン攻略は、まだ続くのであった。




