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第44話 「戦争のもたらした罪と罰について苦しみ、煩悶し、それでも前に進もうと足を踏み出す者たち」

 馬車でゆくこと一週間。


 話に聞いていたような雪国を馬車で行くのは大丈夫なんだろうか、と心配していたが。どうも今の時期は雪も降らないらしい。ていうかそもそも、降っても道が隠れるほどではないだとか。日本で育った俺としては、肩透かしである。


 そういえば魔王領域だって北にあるはずなのに、乾いた荒野だったしな。北に行けば行くほど寒いというものでもないのだろう。精霊の力だとか、そういうものが働いているのかもしれない。


 一週間の長旅の間、俺はイクリピアで作っていたオンリー・キングダム――絵柄なども俺が書いたため、明らかに手作り感がすごいものだが――を使って、ナルやミエリ、それに一緒に来てくれた騎士団の面々と遊んだりした。

 ナルはなかなか飲み込みが早い。武家の出身だけあって、戦いを論理的に理解しているようだ。すぐロマンに走りたがるきらいはあったが、それも個性だろう。続けてゆけばいいプレイヤーになりそうだ。

 騎士団の男たちは下手だったが、新鮮な娯楽に夢中になってくれた。「イクリピアに戻っても仲間たちに広めたいですね!」と言ってくれて、なんだか俺も嬉しくなっちまったな。

 そしてミエリはまったくのダメダメだった。こいつには才能はないな。


 俺が百連勝してやるとミエリは「もう二度とやりませんからね!」と言ってむくれていたのだが、その後にナルとひそかに俺を倒すために特訓をしているらしい。無駄な努力だろうががんばってくれ。


 旅は順調だった。狼などの魔獣、トレントなどの魔物が襲いかかってくることもあったが、こっちにはミエリがいる。それにレッド隊長もな。そうじゃなくてもナルがひとりで向かって威嚇の一矢を打ち込んでやれば、魔物たちは泡を食って逃げ出した。意外なナルの使い道であった。


 騎士団の中には猟師出身の者もいて、途中で鹿っぽい動物や、兎っぽい動物を獲って振る舞ってくれた。お礼に俺が焼きたてのパンをカードの力で出してやると、皆は「おお、さすが賢者さま……」だの「手からパンだなんて、まさに賢者さま……」だの、「おお、その御業、無から有を生み出す力、まさしく神の使徒……」だの好き勝手言って俺をほめたたえた。勘弁してくれ。


 馬車でゆくこと一週間。

 こうして俺たちは、なんのトラブルもなくホットランドに到着する。


 ――トラブルがあったのは、到着したあとのことだ。ちくしょうが。



 ホットランドについた。

 パンフレットみたいな絵には、ここがいかにも温泉街で、宿屋が立ち並んでいて、お土産屋やフレンドリーな村人が闊歩する観光地という雰囲気だった。

 実際に一度いった経験のある騎士も、そういったところであると言ってくれた。


 そうだ、目を閉じてみよう。

 俺たちの前には今、ファンタジーな格好をした可愛い女の子や、セクシーな女性が勢ぞろいをしていて、新たにやってきた英雄である俺を歓迎してくれているのだ。花飾りなんかを首にかけてくれたり。

 だって湯治場って言ったらそういうのはつきものだろうしな。俺はきゃーきゃー言われながらおなごたちに手を引かれ、さらにモッテモテの楽勝人生を送るのだ。


 そして、ゆっくりと目を開いてみよう。

 俺の前には寂れた通りが映っていた。住民は誰も外を歩いていない。木枯らし的なアレが吹き抜けてゆく。民家はところどころ崩れていて、なんだか悲劇らしいものがあったことを予感させる。

 あちこちからはニワトリの鳴き声が響いていた。そういえばここの名物はたくさんの地鶏が生んだ温泉卵だっていう話だ。それも今は味わえなくなってしまっているのだろうか。


「……どういうことなんだ」


 俺のつぶやきに、後ろに立つ騎士たちもあーだこーだと話し合っている。

 ミエリが歩み出てきた。そうして辺りを見回しながら言う。


「まるで打ち捨てられた廃村ですねえ」

「仮にも町だろ? なんでこんなにボロボロになってんだ。聞いた話と全然違うぞ」

「むむむっ、わたしピーンと来ました。びびびー、女神パワーを受信しましたー」

「お、おう。なんだその雑なキャラ付けは。ろくなもんじゃねえとは思うが、一応聞いてやる。どうした?」

「きっとこの村には――」


 ミエリは伸ばした親指と人差し指を顎に当てて、ドヤッという音が聞こえそうな顔で言った。


「――なにかが、あったんですよ。なにかがね!」


 冷たい風が吹き抜けていった。


「おし、ナル。ちょっと町を見て回ろうぜ。そこのポンコツ女神は放っておいていいからな」

「う、うん」

「待ってくださいよぉ! ちょっとした冗談じゃないですかぁ!」


 こうして俺たちは町中を見て回ることにした。

 しっかしどこも寂れているな。本当にここは観光地だったのかね。


 十字路に差しかかったところで、俺たちはようやく第一町人を発見した。その貴重な検体――年齢は二十代から三十代、あるいは四十代から五十代の男性――に声をかけた。


 その結果、俺たち特派員は、驚くべき真実を知ることになった。


「前の領主さまが死んで以来、この町の温泉が『原因不明』で枯れちまって……、それ以降、この町は死んだようになっちまっているだべ……」


 なんだとおおおおおおおおおおお!



 早くも俺のプランが崩れ去ろうとしていた。

 この町の温泉は、三か月前に枯れてしまったのだという。

 まだ世間に広まっていない情報だったのだろう。

 だからときどき俺たちみたいな観光客がやってきて、がっかりして帰ってゆくのだとか。

 くそう、なんてこったい。


 で、詳しい話は、町の中心部にある元領主の住んでいた屋敷で聞くことができた。

 魔王軍と戦って華々しく散ったという前領主――ガリレオ・エルランディの奥さんが、俺たちを出迎えてくれた。


「遠路はるばる……、誠に、ありがとうございます」

「いえ」


 奥さんは三十代の前半ぐらいだろうか。すらっとしていてとても綺麗な人だ。しかし、落ち着いた木の葉色の髪には、わずかに白いものが混じっていた。ガリレオ領主との間に子どもはいなかったという。

 こんな大きな屋敷に自分と使用人だけで住んでいたら、そら寂しいだろうな。

 どこか儚げな印象を抱く、線の細い美人だ。こういう人だったら、俺も守っていきたいと思えるかもな。


 俺とナル、それにミエリは客間に通されていた。ふかふかのソファーがなんとも落ち着かない。

 ガリレオ夫人は俺たちの向かいに座り、上品に頭を下げる。


「あなた方の話は聞いております。なんでも、あの魔王軍の七羅将を倒し、イクリピアを守り切った勇猛な方々だとか。このホットランドに来ていただいて、誠に感謝しております」

「いえいえ、そう硬くならず。俺たちなんてただの根なし草の冒険者ですよ」


 俺が謙遜に手を振ると、未亡人の柔らかい笑みに影が差す。


「本当ならこの町の名物の温泉でゆっくりしていただきたかったのですが……、温泉が枯れてしまっては、それもできません」

「……それでこの町の現状ですか?」

「ええ……。お恥ずかしながら。中には水を沸かして疑似温泉を作り、それでやり直そうと努力している方々もいらっしゃいますが、しかし大変なコストがかかってしまいます。誰にも真似はできませんから……」

「そうですか」


 まあ確かにな。それじゃあ、ただの銭湯だ。銭湯ならどこだって入れる。わざわざホットランドに来る意味はないだろう。

 温泉資源によって潤っていた町が、まさか温泉が枯れたというそれだけで、ここまで寂れてしまうとはなあ。


 俺が顎に手を当てて黙考していると、隣に座っているミエリと目が合った。

 ミエリは目を見開いて、今にも『殺人犯ー!』とか叫びそうなとんでもない形相で俺を見つめていた。

 え、なに、なんなの。


「マサムネさんが……………………」

「お、おう?」


 ミエリは自らの頬を押さえて、絞り出すように悲鳴をあげた。


「………………まともな敬語を使ってるぅ…………っ!」

「おいお前ケンカ売ってんだろ。いいじゃねえか、外に出ろ、きっちりケリつけてやろうじゃねえか」

「あっ、いつものマサムネさんです痛い痛い痛いちょっとだめですってば人さまのおうちで女の子の頭を拳でぐりぐりしちゃだめですってば痛い痛い」


 そうやって黙らせてからポイと女神を捨てる。ポイ捨てられた女神は「うわーんナルルースさんー、マサムネさんがいじめるうー、うわーん」と言ってナルに抱きついていた。

 ナルによしよしと背中を撫でられながら、ミエリはこっちをチラチラと窺っている。やがて舌をべーっと出した。声に出さずに言う。『まさむねさんのばーか』

 俺はそこらへんにあった棒を掴み、無言で立ち上がる。ミエリは顔を背けてぷるぷる震え出した。チッ、ここでは勘弁してやろうじゃねえか。


 すると、ガリレオ夫人が腰を浮かせて、こちらに手を伸ばしてくる。


「あの、マサムネさま、それは……」

「あ、すみません、なんか勝手に取っちゃって」


 そうだ、とっさに木の棒みたいななにかを掴んじまったんだ。なんだろうこれ。謝りながら机の上に戻すと、夫人は微笑んだ。


「いえ、構いません。これは主人の形見なんです」

「えっ、そんなものに手を触れちゃって、なおさらすみません」


 そう言って頭を下げると、またミエリが雷を落とされたような顔で「ま、ま、ま、ま、マサムネさんが、人に、気を遣って…………っ!?」と口走っていた。俺はブン殴りますポイントをミエリに付与して、夫人の話を聞く。


「主人は発明が好きでして、この家にもたくさんあるんですよ。これもそのひとつです。お湯発射装置と言います。下のレバーを強く押すと、先端の穴からお湯が勢いよく発射されるんです」

「へえ、面白いおもちゃですね」


 水鉄砲みたいなもんだな、なるほど。

 夫人は故人を懐かしむような顔をしながら、お湯発射装置を撫でる。


「……この町を守ったのも、主人の発明なんです」

「そうなんですか?」


 すごいな、魔王軍を追っ払うだけの発明品か。ガリレオ領主、とんでもないものを開発したんだな。

 俺は感心した。発明というものは素晴らしい。素質や長い年月をかけないと習得できない剣術や魔法と違って、誰もが平等に使えて、平等な戦力を得られるものだからな。


 夫人はぽつりと語る。


「ええ、今はもうなくなってしまいましたが――『温泉砲おんせんほう』と申します」

「お、温泉砲」


 なんかすごい大層なもんだ。

 新たな兵器の名に、俺もナルも前のめりになって話を聞く。


「私はあまり詳しくはないのですが……、吸い上げた温泉のお湯を砲身から打ち出すことによって、破壊力を生み出す装置だとか……。今はもう、すべて破壊されてしまいましたけれど……」

「……ん?」


 俺はそこでわずかに眉をひそめた。

 なんか、なんだろう、この違和感は。


 いやまあいい。とりあえず話を聞いてみよう。


「なるほど、俺の故郷にもそういうものがありました。ウォーターカッターっていうんですけれど、水圧によって金属を切ることができるものです」

「きっとそういうものなんでしょうね。私はあまり詳しくはないのですが」


 夫人は貞淑に微笑む。同じ遠距離アタッカーとしての好奇心からか、ナルが問いかける。


「へえ、すごい、すごいね! それってどれくらいの量のお湯を相手にぶつけるの?」


 ナルの無邪気な質問に、夫人は微笑みながら答えた。


「私はあまり詳しくはないのですが、砲撃一発辺り――大浴場の湯舟十杯分使うみたいです」

「へえ、あたしもよくわかんないけど、かなりの量だね!」

「…………………………」


 俺は今、やばい話を聞いているのではないだろうか。

 いや、待て。早計だ。

 考えを整理しよう。

 温泉砲は温泉のお湯を使う。

 この町の源泉は領主の死後、枯れてしまった。


 うん。

 ……うん! 街を守るためだな!


 そんなことを考えている間にもナルはどんどんと聞いてゆく。


「それってどれくらいの威力が出るの?」

「私はあまり詳しくはないのですが……、そうですね、主人曰く、『駆け出し新米冒険者の斬撃にも匹敵するほどの破壊力』だそうです」


 よわあ!

 温泉砲めっちゃよわあ!

 だったら駆け出し冒険者を雇ったほうがよくね!?


「主人は町を守るために温泉砲を十八門使い、魔物を一切温泉に近寄らせることなく打ち倒してみせたのです……。そのときの雄姿、ぜひともマサムネさまたちにもお見せしたかったです……。『わはははは! これが、これが俺のやりたかったことだ! これこそがパワーだ! この町に必要不可欠な温泉資源をまさしく湯水の如き使って、魔物を蹴散らす! 理性と狂気と背徳感のせめぎあいの中! わはははは俺は今まさに神への階段を登ろうとしているのだわはははははは――!』って、あんなに楽しそうに……」


 やべえやつじゃねえか! 完全にイカれちまってんじゃねえか!

 温泉枯れたの四百パーセントそいつのせいだろ!?


 ナルは痛ましい表情をして、うんうんとうなずいている。


「そっか……、あれ、でも町に魔物が一歩も入らなかったのに、領主さまが亡くなったの?」

「ええ、戦いの直後、血管が切れて倒れてしまいまして……。なんでも、主人が倒した魔物の呪いだそうです。私はあまり詳しくはないのですが……」


 ハイになってぶっ倒れただけじゃねえか!

 なんだよそいつ! 魔物の呪いというか、温泉の呪いだろう!


 俺は頭を抱えていた。もうあとはナルに任せよう……。


「え、じゃあ温泉砲は誰が壊したの? 魔物じゃないのに?」

「私はあまり詳しくないのですが、うちの使用人がハンマーで壊してゆきました。私はぜひとも残してほしいと嘆願したのですが、使用人が『この町にこんな凄まじい兵器を置いてあることを知られたら、必ず争いが起こってしまいます。ぜひとも旦那様の遺志をくみ取って、こんなものは誰かにバレてしまう前に……あ、いや、存在が、ですよ? ええ、バレてしまう前に破壊しましょう』って……。私はあまり詳しくはないのですが、そういうものなんでしょうね」

「………………」


 完全に証拠隠滅してやがる……。

 だから町人たちも知らなかったんだな……。

 俺はこんな闇を目撃するような気はなかったんだ。もっと気楽な気持ちでこの町に来たんだよ。


 俺の煩悶をよそに、夫人は微笑みの中に寂しさを称え、胸の前で指を組んだ。


「この町は主人が守った町です。私はあまりまつりごとには詳しくはないのですが……、みなさま、どうかこの町をよろしくお願いします」


 その人当たりのいい、純粋な笑顔を前に俺たちは――。


「うん、あたしたちに任せてね!」

「悩める人を救うのはわたしたちの務めですから!」

「……はい」


 三者三様の返事をしたのだった。



 客間から出たあとのことだ。

 ナルとミエリが先に行かせて、俺が使用人に事実を確認すると、だ。


 俺は使用人から全力で土下座をされた。

 二十人ぐらいに囲まれての土下座。土下座サークルだ。


 なんでも「奥方は本当になにも知らないんです! すべて前領主のあの野郎が悪いんです! もし気が済まないのなら、私たちを罰してください! だから奥方だけは、奥方だけは許してやってください!」とのことだった。


 ガリレオ夫人はかつてホットランドの華と呼ばれたこの町のアイドルで、誰もがあの人のことを好きだった。そんな話を涙ながらに聞かされてしまった。

 どうやら天然無垢なお嬢様らしく、本当に夫人はなにも知らないんだろう。


 まったく。

 頭が痛くなってくるな……。


 俺は土下座サークルの面々に向かって、うめく。


「なにを勘違いしているかは知らないが、俺はお前たちを問い詰めに来たわけじゃない。ただこの町で暮らすために、前領主に挨拶に来ただけだ」


 皆がパッと顔をあげる。その濡れた瞳には、わずかな光がともっていた。

 っていうか、オッサンも含めた二十人に土下座されて、とてつもなく居心地が悪い。悪いながらも続ける。


「だから、ここでした話はただの世間話だ。どっちみち前の領主も死んじまったわけだしな。もうさばくやつもさばかれるやつもいない。悪いのはすべて攻め込んできた魔王軍だ。それがわかったらそこをどけ。俺は仲間の元に戻る」


 そう言った途端、さらに使用人は全員深々と土下座をした。

 そうして、皆が声を揃えて言う。


『ははー! ありがとうございますー!』


 だからそういうのやめろっつーの!


 俺は逃げるように屋敷を去った。くっそー。



 町の大通りに引き返してきた俺たち。すでに騎士団はこの町の詰所に帰ったらしい。くそう。

 なんとか営業している食堂に入り、俺たち三人は会議を開いていた。


「ねえ、マサムネくん、この店メニューに卵料理しかないんだけど、卵専門店なのかなあ」

「かもな、あちこちに鶏飼ってたし。で、これからのことだ。俺にひとつ案がある」


 そう言っている最中、ナルが食堂のおばちゃんを呼んで適当な料理を頼もうとする。

 その次の瞬間だ。おばちゃんが泣き崩れたのだ。


「すみません……、うちではもう『ホットランド名物バカウマ温泉卵』がやっていないんです……、すみません……!」

「えっ? い、いや、別に大丈夫だよ!? 他の料理もおいしそうだし!」

「ああ、せっかく遠路はるばるやってきてくださった観光客の方々に『ホットランド名物バカウマ温泉卵』をご馳走して差し上げることができないなんて……あああ、やっぱりこんな店、畳んじまったほうがよかったんです……!」


 い、いや、普通に卵料理も好きなんだけど……。


 俺たちが微妙な空気を漂わせていると、カウンターの脇にある階段からひとりの男の子が降りてくる。

 おばちゃんの息子だろうか。男の子は卵を手に、不満そうに顔をしかめていた。


「お母さん……、これ、ぼそぼそしてて、おいしくないよお……」

「今、お店が営業中だから降りてこないように言っていただろ! それに今、店にはゆで卵しかないんだよ! 我慢してゆで卵食べなさい!」

「えー……やだよう、ぼく、温泉卵が食べたいよお……」

「何度言ったらわかるんだいこの子は! もう温泉卵は作れないんだよ! 朝昼晩、三食ゆで卵になっちまったんだよ!」

「やだやだやだやだ! 温泉卵たべたい! 温泉卵たべたい! 温泉卵たべたい! 温泉卵じゃないとやだー! やだやだやだやだやだー!」


 男の子がだだをこねると、食堂のおばちゃんもとてもつらそうに涙を流す。


「そんなことを言われても、もう、もうないんだよ……、もう、あのとろけるようにまろやかで最高級の舌触り、こぼれる黄身の甘さに天にも昇る気持ちに至るような温泉卵はさ、ないんだよ……。もうこの町には、ぼそぼそしてパサパサして口の中乾いてホントもう全然おいしくないただ腹を膨らませる以外なんの役にも立たないゆで卵しか、ない、ないんだよ……」


 俺たち三人はその家族の会話を、死んだような目で見つめていた。


「ゆで卵、あたしはおいしいと思うんだけどなあ……」

「ていうか三食温泉卵ってそれ、健康とか大丈夫なんでしょーかぁ……」

「前領主の墓をあばいてその亡骸を鞭で百叩きにしたほうがいいんじゃないか」


 口々につぶやく。

 この町の住人はみんなこんなやつらしかいないのか……。

 頭の中までゆだっているんじゃないだろうか……。



 しばらくして出されたゆで卵を口にして――ちなみに普通においしかった――俺たちは逃げるように店を出たあとに、改めて通りで顔を突き合わせた。


 深いため息をつく俺に、ナルが尋ねる。


「そういえば、さっき案があるって言っていたよね、マサムネくん。あれはなんだったの?」

「うん、そのことなんだが」


 ミエリとナルの見つめる前、俺はこの町の惨状を見回す。


 結局はだ。

 活気がなくなったのも、店がどんどんと潰れたのも、温泉卵が食べられなくなったのも、すべてはこのホットランドの源泉が枯れたことが原因なわけだろう。

 だったら――。


「――だったら、俺たちで掘ろうじゃないか。新しい温泉をさ」


 俺がそう告げると。

 ナルとミエリは首をひねっていた。


「でも、掘るって言っても、温泉ってすごく地下深くに眠っているって聞くよ。人の手で見つけるなんて、いくらマサムネくんでも無理じゃないかなあ」

「そうですよぉ、この世界で深く深く土を掘るなんて、冒険者をたくさん雇っても何年もかかりますよぉ」


 ふむ。

 確かに一理ある。


「そうだな、本来ならすごく手間のかかる行為だろう。――俺以外には」

『え?』



 俺たちは町はずれに向かう。適当に空いている土地を見つけると、そこの権利を買った上で――ガリレオ家の使用人に頼んだら全部やってくれた――準備を整えた。


 ここまで約半日。近くに宿を取って、必要な道具も揃えた。


「よし、ナル。これ持っていてくれ」

「なにこれ? ロープ」

「ああ、俺の体に結んである命綱だ。【ホバー】があるから大惨事にはならないと思うが。念のためな。なにかあったら【ダイヤル】で伝える」

「???」


 よくわからないという顔をするナルとミエリの前。

 俺はカードバインダを呼び出し、そうして一枚のカードを掲げた。


 唱える。


「【ホール】!」



 ただまっすぐに下へと穴を掘ってゆくこと、三日間――。

 ――こうして俺は、見事に温泉を掘り当てたのであった。


 やったぜ。


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