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第40話 「続・魔族を狩る者たち」(前編)

 魔法塔はイクリピアを取り囲むように三つ、正三角形のそれぞれ頂点の位置に配置されている。

 というわけで、俺たちはフィンとは逆回りで、ブラックマリアのいる魔法塔に向かっていた。


 馬車は必死に車輪を回している。だがここからではどれほど飛ばしても、三十分はかかってしまうだろう。がんばれ御者のチャーリーのオッサン。

 俺たちは少しでも休憩しようと、馬車の中で席に座って目を閉じていた。


「マサムネ、あんた魔力平気なの?」

「そうだな、少しでも寝れば回復できるんだが……」


 ちらりと見ると、六つ子は疲労困憊という有様。一応あんなんでも俺の命を助けてくれたのだから、「テメェらなにもしてねえだろ!?」というツッコミは使えなくなってしまった。


 一方、ジャックの傷がなかなか深い。命に別状はないようだが、かといって万全に盾役をできるほどではない。それでも本人はやりたがっているようだが。

 俺は小さくため息をついた。元気なのはナルぐらいだ。


 同じように大量の魔力を消費したはずのキキレアは、しかし泣き事ひとつ吐かずに俺の顔を覗き込む。


「あれだけの大魔法を使ったんだもの、枯渇するのも当然よね。まったく、無茶をして」

「いや、まあ、……他に楽な方法があったら、俺だってそっちを選んでいたさ」

「バカね、ほんと」


 キキレアは心配そうに俺を見つめている。

 ……なんだかむずがゆいものを感じてしまうな。


「そういえばお前は、闇の力に覆われているところで、よくあんな魔法を使えたよな。結界の外に出ていたとはいえ、威力が減衰したりするんじゃねえの?」

「そうね、おかげさまでたった二発打っただけでMPが空になりそうだったわ」

「そいつはまずいな……」


 救援と言いながらも、魔力が尽きたただの人ふたり、半死人の盾役ひとり、ポンコツアーチャーひとりだったら、完全に足手まといじゃないか。


 キキレアはため息をつく。


「寝られるものなら寝たいけれど……」

「S級冒険者たるもの、どこでも休息をとれるようになるべしー、とか言わないのか」

「揺れる馬車で、戦闘直後。パーティーメンバーだけならともかく、よく知らないやつらが混ざっているここじゃ、神経が高ぶって無理ね」


 キキレアはきっぱり言い切った。俺も六つ子を横目に「なるほど」とうなずく。

 まあ、俺も似たような理由だな。それに加えて、俺はもともと寝つきが悪いんだ。


「人を眠らせる魔法とかないのかよ」

「少なくとも炎と雷属性にはないわ」

「薬でももらってくりゃあよかったな」


 猫ミエリなんかは死にかけたというのに、馬車の隅っこで丸くなって眠り込んでいる。神経が図太いのか、そもそもの死生観が人間とは違うのか。珍妙なやつだ。


「いいわねー猫は。どこでも寝れて」

「そうだな」


 あれ、お前の信じていた女神さまのなれの果てだけどな。


 すると、ジャックを薬草で手当てしていたナルが、今度はこちらへやってきた。


「ねえ、マサムネくんもキティーも、大丈夫? 目の下のクマがすごいよ」

「体調は悪くない。昨夜は八時間睡眠取ったからな。ただ、魔力の消耗が激しくてな」

「そうね、私もそんな感じ。少しでも寝たら、ちょっとはマシになるんだけど」

「そっかー」


 そこでナルはグッと拳を握って笑顔を作った。


「わかった、ふたりは眠りたいんだね! あたしに任せてよ! 安眠快眠!」

「えっ」

「それは」


 俺とキキレアは顔を見合わせた。

 なぜだろう、言いしれない不安が頭をよぎる。


「待って、ナル。私はあなたのことを信頼しているけれど、でも暴力とかはダメだと思うの。だってそれって体力が失われちゃうじゃない? ね、他の方法を考えましょう」

「でも、眠りたいんだよね?」

「そうよ。でもそれはどちらかというと真綿のベッドに包まれて雲みたいなカーテンの下、明日の不安も将来の不安もなにひとつないような状態で、満ち足りた気分で眠りたいって意味なのよ!」

「お前も将来の不安とかあったのか……」


 なんだか微妙に聞きたくないことを聞いてしまった。

 そんなキキレアに、ナルは笑顔で近づく。


「任せてよ、キティー! あたし結構得意だから! 痛くなんてしないから! 必殺必中!」


 必殺って言っちゃったよこのエルフ。

 キキレアの顔は真っ青だった。


「ちょっと待って! 待ってナルルース! 私とあなたには意思疎通の齟齬があったと思うの! 話し合いましょう! そう、人類には言葉が必要だと思うの!」


 ナルの掌底がキキレアの顎にまともに入った。

 糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちるキキレアを、ナルが抱きとめて、ゆっくりと座席に寝かせる。


 ナルの忌まわしい笑顔はこちらを向いた。


「さ、マサムネくんも!」

「お前は耳が長いくせに全然まったく人の話を聞かねえんだよなあ! その耳は飾りか!? ああ!? それともなにか!? エルフってのはみんな脊髄反射で生きているようなやつらなのか――」


 と、言葉の途中で俺の意識は断ち切られた。


 MP回復だ。やったぜ。




 さて、目覚めるとブラックマリアの塔はすぐそこだった。

 イクリピアの正門の前にあるからな、わかりやすい。


 コンディションは十分だ。顎がガンガンと痛むが気のせいだろう。

 キキレアも目覚めたようだ。神妙な顔で顎を押さえながら、「MPが回復したわ……。やったわ……」と暗い顔でつぶやいている。

 そんな俺たちにナルが水筒に入ったハーブティーを差し出してくれた。うむ、生き返る。

 ナルは本当にいいお嫁さんになるな。眠くなったらいつで寝かせてもらえるしな。俺はもう二度とごめんだが。


 さて、馬車の外を眺めると、あちこちに戦いの跡が見え隠れする。

 地面に矢が突き刺さっていたり、鎧が打ち捨てられていたり、折れた槍が散乱していたりだ。

 平原のはずだが、草が焼き払われていて地面が露出していたり、強烈な爆発で掘り返されているような場所もあった。


 馬車の前のほうに移動して御者席から様子を窺うと、すぐそこで戦闘が行なわれているようだった。

 騎士団が地面を踏み揺らす震動がここまで響いてくる。大規模な戦争だ。

 そんなところに俺たちが向かっても、なにができるのかわからない。

 だが――。


「しゃあねえなあ、やるしかねえよなあ! てめーらもう一戦いくぞー!」


 俺は馬車の中に檄を飛ばした。

 新たなカードを手に入れるために、ずいぶんと街の人の悩みを聞いちまったからな。さすがに見捨てるわけにはいかねえだろ。


 すると、ナルやジャック、キキレアに猫ミエリが「おー!」と拳を突き上げた。

 六つ子はすごく控えめに「おー……」とつぶやいた。こいつらはだめだ。



 騎士団が立ち向かっているのは、ブラックマリアの軍団――すなわち、アンデッド軍団であった。

 ブラックマリアは高位のネクロマンサーだ。同時におびただしいほどの死者を操ることができ、単体で一軍に匹敵するだけの戦力を作り出すことができる。

 実際、騎士団は押されていた。


「うあああああ!」

「くっ、くるなああああ!」

「ひい、ゾンビ、ゾンビ……!」


 それは恐らく悪夢のような光景だったのだろう。

 目に光のない死者たちがじりじりと向かってくるのだ。

 騎士団たちは彼らが城に攻め込んでこないように押しとどめるので、精いっぱいであった。


 しかもそのゾンビたちはほとんどがイクリピアの近隣の村に住んでいた人々。ブラックマリアは村を破壊しながらこのイクリピアに向かってきていたのだ。

 その中には――。


「お、お前はウィリアム! なんでそんな姿になっちまってんだよお!」

「もういやだあああああ!」

「ひいいいいい!」


 当然、顔見知りもいる。そうして、そのゾンビに殺された騎士団もまた、ゾンビとして起き上がってしまう。

 こんな状況では、戦意を保っていられるほうがおかしいだろう。

 ある程度覚悟をしてきたとはいえ、魔法騎士団が魔法を使えず、慣れない槍や弓、剣でゾンビたちに抗っているのだ。この状況は相当キツイ。


 と、いうわけで――。


「キキレア、ぶちかませ!」

「――ファイアーボールッ!」


 火の玉が戦場のど真ん中に着弾する。火柱が立ちのぼり、アンデッドたちは豪快に吹き飛ばされた。


 半ば強引に作り上げた道を、馬車が暴走とも言えるスピードで駆ける。馬の手綱を斬って外すと馬たちは猛烈な勢いで逃げてゆき、当然馬車はスピードを殺しきれずに横倒しになりながら転倒した。

 俺たちはその直前に馬車から飛び降りる。すると、座席の箱は横滑りしながらアンデッドの群れに突っ込んでいった。さらにたくさんのアンデッドが跳ね飛ばされて宙を舞う。血とか臓物が宙を舞う。目を覆いたくなるな。


 あまりにも派手な登場に、騎士団たちの目が点になる。その中で俺は横倒しになった馬車の残骸に乗り上げ、怒声をあげた。


「てめえら! もう安心だ! ビガデスの塔を砕き、助けに来たぜ! この俺たちがな!」


 もう安心の根拠はなにひとつないのだが、とりあえずそう言っておこう。なによりも今、騎士たちに足りないのは士気だろうしな。

 だが、今ひとつ俺の声は届いていないようだ。そりゃあ俺なんて新参みたいなものだからな、仕方ない。


 しかしここには、こいつがいる。

 同じように残骸の上にのぼり、皆の注目を集める聖騎士がひとり。

 そいつは血に濡れた剣を掲げ、怪我だらけの体で白銀のサーコートを翻しながら、大声を発した。


「みんな、今までよく持ちこたえてくれた! 僕の名はジャラハド・イクリピア・ランタン! この国の第二王子だ! このたびはパラディンとして戦列に参加しようじゃないか! みんなの命、この僕に預けてくれ!」


 彼を見上げ、人々は「おお……」と感嘆の声を漏らした。


 やれやれ。俺は肩を竦める。

 まったく、これがあのゴブリン相手に震えるだけだったジャックか。人っていうのは、変わるもんだな。

 百匹の獣に囲まれて盾役をやり遂げた男は、千人の前で格好をつけられるぐらいにまでなったようだ。

 立派じゃねえか、ジャラハドよ。


 亡者の群れは、怯むことなくこちらに向かって前進を続けている。タンポポのご加護もきっと効かねえんだろうな、こいつらには。

 だが、騎士団たちは士気を取り戻した。一斉に槍を構えて、陣形を再構築する。


「みんな、ジャラハドさまのために報いようぜ!」

「ああ、ジャラハドさまが来てくれたんだ! 出世のためにも格好悪いところは見せらんねえな!」

「バンザイ! ジャラハドさまバンザイ!」

「俺、ジャラハドさまになら抱かれてもいいぜ!」


 野太い声援に多少顔を引きつらせながら、ジャックはアンデッドたちに向き直る。


「みんな、ありがとう! ええい、悪しき者たちよ、退け! 我らが神聖なるこの拳……、ええと、詠唱はなんだか忘れたけれど、『ライトオブハンド!』」


 すると、その拳に真っ白な輝きが宿る。その輝きはジャックだけではなく、その周囲に立っている騎士たちにも宿っていった。

 アンデッドを浄化するための、パラディンのスキルだ。あの腕によって振るわれた武器は、アンデッドに特攻ダメージを与えるらしい。

 これは心強いな。


 ジャックは馬車から飛び降り、剣を掲げてアンデッドに斬り込んでゆく。そのあとに六つ子たちも続いた。よし、雑魚はあいつらに任せようじゃないか。


 それに、ジャックのスキルによってさらに奮起した集団がいた。


 まるで目が血走ったバーサーカーのように斧を振り回す騎士たちだ。その体は屈強そのもの。オーガの混血なんじゃないかってぐらいに筋肉質で、オーガの混血なんじゃないかってぐらいに話が通じなさそうな集団だった。

 そんなやつらが百人近くいる。めちゃくちゃ怖かった。なんだあの騎士団……、人間か……? だいたいなんで上半身裸なんだよ。イクリピアにいるのは魔法騎士団だけじゃなかったのか。魔王軍が寝返ってきたのか?


 誰かが弾かれたように叫ぶ。


「あっ、あいつらは!」

「なんだか知らんが真っ先に魔法を失って、国から役立たずの烙印を押された無駄飯ぐらいの――『雷魔法騎士団』!」


 俺は顔を逸らして思いっきり噴き出した。

 嘘だろおい。


「あいつらは魔法の力を失ってから、来る日も来る日も己の体を鍛え続けた」

「日々20時間の筋トレ……、かつての魔力を取り戻すために……!」

「その結果、やつらはその拳に魔法と同等の破壊力を手に入れたんだ」

「それでも彼らは変わらず叫ぶ! 女神ミエリさまへの愛を! 我らこそが雷魔法騎士団であると!」


 ゴツイ斧を抱えた山賊集団――もとい、雷魔法騎士団は曇天に吼える。


「ウガアアアアアア!」

「ウボア、ウボア、ウボー!」

「ミエリサマ! ミエリサマ!! サチアレ!」


 雷魔法騎士団がアンデッドたちに突撃してゆくと、アンデッドたちの広がった戦線に大きな穴が空いた。

 俺は目を隠してぷるぷると震えている猫ミエリ同様に、なにも見なかったことにして馬車の上から指示を飛ばすことにした。


「よし、キキレア! 俺が言った目標に次々と魔法をぶち込め!」

「……これは、ちょっとまずいわね」

「ああ?」


 えっこらしょっと横倒しになった馬車にのぼってきたキキレアは、眉根を寄せて自らの手を見下ろしていた。


「なんだか知らないけれど、あの魔法塔から発せられる闇の力は尋常じゃないわ。ファイアーボール一発しか打っていないのに、魔力をすごく消耗しているもの。……せっかく回復したのに」

「おいおい、マジか」

「恐らく、アンデッドたちも相当強化されているでしょうね。まずはあの魔法塔を破壊しないとジリ貧よ」

「あれだけ特別性ってわけか……?」


 俺は遠方にそびえる魔法塔を眺める。これまでの塔となにも変わったところはない気がするんだが……。

 そのとき、隣にやってきたナルが塔の頂上を指差して悲鳴をあげる。エルフのアーチャーの凄まじい視力が捉えたものは――。


「ああっ、頂上にブラックマリアがいるよ! 魔法塔に魔力を注いでいるみたい!」

『それだー!』


 俺とキキレアは同時に叫ぶ。

 よし、あの塔さえぶっ壊せば、あとはもう魔法騎士たちに任せられるだろう。


 激しい戦闘の跡だろう、あちこちにクレーターができあがっている平原を見回す。塔を爆破するための爆弾はどこにあるんだ?


「ってやばいわ、アンデッドがどんどん近づいてくるわよ! 左方、十時の方向!」

「ええい、キキレア、フレイムアローだ! あれぐらいなら結構な数打てるだろ!?」

「あんなショボいのじゃ、お肉をおいしく焼くぐらいよ!」

「構わん、援護する! 【オイル】!」


 俺たちは近づいてくるゾンビ相手に、牽制の炎を放つ。

 キキレアの使う炎の矢はオイルによって威力を増大させ、アンデッドの集団にそれなりのダメージを与えていた。だが、彼らの進軍を止めるには至らない。

 これじゃただの時間稼ぎだな。腐肉の焼ける匂いで気分が悪くなってくるしな!


 くっそう、アンデッド軍団か。確かに相手にするのは嫌だな。スプラッター耐性のないやつだったら、きょうは飯食えなくなるぞ。


「ナル! あちこち駆けまわって、爆弾を見つけてきてくれ! なんとかして魔法塔を破壊しないと!」

「ふっふっふっふっふ!」


 ナルは腰に手を当てて、自信満々で笑っていた。そのにんまりとした不敵な笑顔を前に思う。

 ――まあ待てナル、話し合おうじゃないか、と。


「お前、馬車の中でもうすでにイエローカード一枚出てんだからな!? ここで矢をぶっ放そうっていうのはホントやめろよ!? お前が射った矢で作れるのは、俺の慎重で完璧な作戦への穴だけだからな!?」

「そう言いながらもマサムネくん、本当は――期待しているんでしょう?」

「目を輝かせてなにかっこつけてやがんだ! お前に期待したのはあとにも先にもただ一度だけギガントドラゴン戦だけだ! それ以降のお前をアーチャーとして見たことはたったの一度もない! お前はなんか硬くて身のこなしが素早くて力持ちなただの観賞用エルフだ! だからやめろ! お前が弓を打つたびに世界中の親を亡くして飢えた子どもたちが不幸な目に遭うと思え!」

「あんた本当にひどいわね……。そんなこと言われたら、普通は心折れて実家に帰るわよ……」


 だがナルの精神力は普通ではなかった。

 ナルがものすごく頑丈なのは、ひょっとしたら体がメンタルでできているのかもしれない。


「あーっはっはっはっは! でもね、マサムネくん! キミはまだお兄ちゃんに修業をしてもらったあたしの弓術を見ていない! 違うかな!?」

「違わない! だが大丈夫だ! なんとなくもうオチは見えている! だからやめろ!」


 俺は必死に叫ぶが、本気になったナルを力づくで止められるはずがない。馬車の上でナルは弓を構えた。宝弓『竜穿』。それが強く輝く。


 ナルの兄ギルノールは言っていた。妹の弓術は紛れもなくパワーアップした、と。あの真人間が言っているのならば、それは確かなことなのだろう。

 だが俺は、それよりも自分のカンを信じたい。キキレアを連れて馬車の上から退避する。


 竜穿が矢を出現させた。それはこれまでとはまるで違う、銀色の輝きを帯びている。魔を払う銀の矢だ。ナルの瞳が細められ、天使の輪のように光を放つ。


「天下無双! 一撃必殺! このあたしの弓に――貫けぬもの、なし!」


 ナルが矢を射る。その瞬間、空気を貫くような破裂音。そして魔力が弾け飛ぶような波紋が空間に広がった。


 そして矢の行方は――。


 銀の矢は斜め上に飛んでいったかと思うと、空中でムーンサルトを決め、ナルの頭上に落ちてきた。


「――えっ!?」


 悲鳴をあげたナル。彼女の足元にある馬車を完全に粉砕した矢は、地面に突き刺さって土を巻き上げた。その勢いはこれまでの比ではない。キキレアの渾身のファイアーボールですら作れないようなクレーターが生まれ、ナルはその傍らで顔面を土に突っ込ませて尻を高くあげながらピヨっていた。


 だが直後、復帰も早いナルは泥まみれでガバッと起きると、竜穿を抱きながら喜色満面で叫ぶ。


「どう!? マサムネくん! キティー! あたしの弓術、レベルアップしていたでしょ!?」

『威力がな!?』


 俺とキキレアは血管がはち切れそうな勢いで叫ぶ。

 神様、頼むからこのエルフのパラメーターを振り直させてくれ。



 ジャックが六つ子と魔法騎士を引き連れて戦線を維持し、俺とキキレアがなるべく魔力を節約しながらアンデッドの勢いを削ぎ、そして猫ミエリが役に立たずににゃーにゃーわめていると、ナルが息を切らせながら俺たちのもとに戻ってきた。


「大変大変、マサムネくん、大変!」

「どうした!? お前の腕の腱が断裂してもう二度と弓を引けない体になっちまったか!?」

「鬼か」


 キキレアがうめく。ナルは几帳面に一度俺の言葉を否定すると、驚きの情報を口に出した。


「ううん、そうじゃなくて……、あのね、悪い知らせがふたつあるんだって」

「えっ、右腕だけじゃなくて左腕までも!? どうしてそんなになるまで放っておいたんだナル!」

「お願いだからいったん聞いてやって」


 ナルのことになるとキキレアは妙に優しくなるからな、この裏切り者め……。


「実はね、お兄ちゃんたちのパーティーがドクター・ゴグのマシーン軍団と、ビガデスの魔獣軍に足止めを受けていて、到着が遅れそうなんだって」

「マジか」


 救援は期待できそうにないのか。

 ……まあでもしょうがない。あいつはたった四人で二つの軍を相手にしているんだからな。

 逆に言うと、ここに魔族軍の応援がやってこないのは、フィンたちのおかげなんだ。あいつらの無事を祈るしかない。


「それで、もうひとつの悪い知らせっていうのは、なんだ?」

「うん、それがね……。どうやら、もうないみたいなんだよ、爆弾が」

「は?」

「アンデッドに囲まれて、抜き差しならなくなったから使っちゃったんだって!」


 俺は辺りを見回す。そうか、このクレーターはそれでできたものか……。

 え、じゃあどうやってあの塔を破壊するの?


 縄つけて引っ張るのか?

 それともあの雷魔法騎士団が手斧で叩き壊すのか?

 城から攻城兵器を引っ張り出してくるか?


 どれも現実的ではない。

 俺たちの爆弾も使い切った。あとはフィンたちだが、よしんばあいつらがまだ爆弾を抱えていたとしても、魔王軍に囲まれたフィンたちからそれを受け取る手段はないだろう。


 どうする、どうする俺。

 考えろ。考えろ。


 アンデッド軍団はほぼ無限に近いだけの数がいる。なんたって相手の騎士を倒せば、それがそのままアンデッドになっちまうんだ。きりがない。くぼんだ眼下が気味悪いし、向き合っているだけでがりがりと正気さんちが削られそうだ。

 ジャックや雷魔法騎士団はがんばっているが、それがいつまで持つか。


 いったん退却するか?

 ここまで来たのにか?


「ま、マサムネ、あんた頭の上から煙が出ているわよ」

「………………」


 あと少しだってのに。

 くそう、なんなんだ。俺の作戦はどうしてこうも最初から思い通りにならない! この世界に降りたときだって魔王城の近くだったし!

 ここまで完璧で慎重で計画的に生きているはずの俺が、こんなに何度も辛酸をなめさせられてたまるか!


 俺は流れ落ちる汗を手の甲で拭う、近くのエルフを呼ぶ。


「ナル!」

「うん、任せて!」

「一緒に魔法塔に突っ込むぞ、って……おい、まだなにも言ってねえぞ!」

「任せて!」


 ナルは笑顔を輝かせて、再び同じ言葉をはいた。胸を叩き、そうしてニッコリとうなずく。


「マサムネくんがあたしを必要としてくれるなら、あたしはなんだってやるし、どこにだっていくよ! マサムネくんのやることに間違いはないもん!」

「重い! 期待が重いんだよお前は!」

「えええっ!?」


 怒鳴り返すとナルは驚きに目を見開いた。俺は前方に向き直り、遠くに鎮座する塔を睨みつける。


「ったく……、どいつもこいつもよお! 俺がなんでもできるって思いこみやがって! 俺はそんなに万能じゃねえんだ! 限られた手札で最良の選択をできるだけの、頭がよくてクールで熱いところもあるような、ただのハンサムガイだぞ! つい最近までただの高校生をやっていたようなやつを、どんだけ信じているんだっつーの! ジャックも! キキレアも! ナルも!」

「私は信じてないわよ!」


 間髪入れずに外野から否定の声が飛ぶ。だが、構わず俺はやけくそ気味に怒鳴る。


「いいじゃねえか、だったらやってやろうじゃねえか! この俺についてきたことを後悔させてやる! 俺はクリーチャーの扱いは大事にするほうだが、限度ってもんがある! 覚悟してろよ、お前ら! だがその代わり――お前らにはいつだって勝利をプレゼントしてやるよ!」

「マサムネくん……、うんっ!」


 俺は妙に嬉しそうに返事をするナルの、その手を取って駆け出した。

 後ろから「だから私はあんたのこと信じていないからね!?」と念を押す声が聞こえてきたが、気にしない。とりあえずその場は任せたぞ、キキレア。


 ――俺たちはちょっくらあの塔をぶっ壊してくるからよ。


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