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第35話 「強さを求めて戦士になろう」

「やるじゃないか、フィン……!」


 俺は荒い息をつく。

 この手には、俺が召喚しためちゃめちゃカッコいい日本刀――スターターカードのうちの一枚、【マサムネ】が握られていた。

 ちっ、汗で滑りやがる。


 激しい戦いだった。

 お互いに二十合は打ち込んだだろう。それでもまだ決着がついていない。

【ラッセル】で強化しているはずの身体能力だが、しかしスタミナが尽きかけている。

 相手は化け物か……。


「さすがはS級冒険者。この俺をここまで追い詰めるとは、大したものじゃねえか」


 獣じみた笑みを浮かべ、俺は再び刀を構えた。

 疲労が全身にのしかかる。恐らくこれが最後の一打になるだろう。

 全身から力という力をかき集めるんだ。

 もう二度と剣を振るえなくなっても構わない。そんな力を――。


 たかが模擬戦。されど模擬戦なんだ。

 男の子には、意地を張らなきゃいけないときがあるんだよ――!


 俺は大きく踏み込む。

 愚直な突進だ。しかし、今の俺には似合っている。


「うおおおおおおおお――!」


 俺は吼えた。腹の底から叫ぶ。

 そのとき、俺の気迫に押された相手が、わずかに硬直するのが見えた。

 決定的な――隙だ。


 俺の胆力は、あの七羅将ギルドラドンにも通用したからな。

 活路は見いだすものではなく、自ら作り出すものだぜ――!


「これが俺の――決定打フィニッシャーだあああああッ!」


 振りかぶった刀を、相手の脳天に思いきり振り下ろす。

 相手はとっさに防御をしようとするが、間に合わず。

 俺の手には確かな手ごたえがあった。


 ――やったっ!


 相手の目が驚愕に見開かれる。

 ぐらりと揺れ、相手は尻餅をついた。

 その目にもはや戦意は、ない。


 俺は打ち込んだ刀を引きながら、拳を握り締めた。

 ついにやった。

 勝った。俺は勝ったんだ。


 これが勝利の味か。

 ――ああ、悪くない。


 次の瞬間。

 訓練場を揺らがすような泣き声が響き渡った。


「うわああああああああああああああああああん! おじさん本気で叩いたあああああああああああああああああああああああああああ! びええええええええええええええええええええええええええん」


 頭を押さえて泣き叫ぶ十歳ぐらいのガキを見下ろして、俺は掲げた拳を見せつけた。


「ハッ、ガキが! 大人ナメんなよ! ハッ! 悔しかったら何度だってやってやるぜ! 俺は逃げも隠れもしねえ! ハッ! テメェなんぞに負ける気はしねえな! ハハッ!」


 汗だくで勝ち誇る俺を見て。

 近くに立っていたフィンは、目元を押さえながらうめいた。


「僕はきょう、大人げないという言葉の本当の意味を知った気がする」



 というわけで、訓練だ。

 ここは城にある稽古場だった。多くの騎士たちが槍を操ったり、剣を振りまわしている中、その隅っこに俺たちはいた。


 まず最初に「じゃあ僕とやってみようか」とフィンが言ったので、お互いに剣を振り回していたんだが、しかし俺は別に剣士じゃない。

 フィンの動きは微塵も見えなかったし、あまりにもレベルが違いすぎて訓練にもならなかったからな。


 だったら、ということで近くに立つ騎士の兄さんを呼んだんだが、まあこれも相手にはならなかった。

 だって騎士ってお給料をもらって剣の腕を磨いているんだぜ。それってズルくないか?

 自分が強くなるための時間をもらえているのに、その上お金までもらえているとか。そりゃ俺だって剣を振っているだけでお金をもらえるんだったら一日何回でも振り続けるよ。一瞬で強くなれるよ。いやいやマジで、うん。


 なので、今度は騎士見習いの男の子を呼んだ。でもあれだよね。いまどきの運動部の中学生ぐらいの子って、めっちゃ体がっしりしているよね。あ、これ負けるな、って本能でわかっちゃったよね。


 俺は慎重な男、マサムネ。負けるかもしれない勝負には挑まない主義だ。

 絶対に勝てるという算段を立ててから戦わなければならない。

 実戦を経験したことがないやつらにはわからないかもしれないな。だが、命のやり取りというのは、一度でも敗北したらそこでおしまいなんだ。

 俺が冒険者として本物の戦いに身を置いて生きてきたからこその言葉を並べ立てると、フィンは感服したようで「なるほど……」とため息をついた。


 で、「それで誰が相手になればいいんだい?」と聞いてくるから、俺は言ってやったさ。


「あの隅っこでこっちを見ているやつ」


 それは十才ぐらいのガキだった。騎士見習い見習いの見習いぐらい。

 こいつ相手なら俺にも勝てる――!


 ――まあ、結果勝ててしまったんだけどな。

 わざと大声を出したり、打ち込まれているときに舌打ちをしたり、つばぜり合いをしているときに「俺を本気で殴ったらどうなるかわかってんだろうな……」と重い声を出すのも、戦術のうちさ。

 フッ、俺としたことが慎重になりすぎてしまった。これじゃあ弱い者いじめだな。


「いや、まったくその通りだと思うんだけど……」


 フィンが半眼でこちらを眺めている。

 俺は肩を竦めた。


「だが、何事も勝って勝って、勝ち癖をつけるというのは大事なことだ。特に初心者ならなおさらな。それで味を占めてワンパターンになっちまうのはよくないんだが、自分の実力を信じられないのは、哀しいことだろ?」

「いいことを言っているようにも聞こえるな……」


 まるで悩むようにフィンは眉根を寄せていた。

 それはともかくとして、だ。


 俺の目には、空からひらひらと舞い落ちる一枚のカードが映っていた。

 そう、久々のご褒美だ。


『異界の覇王よ――。其方の勝利に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 うむ、やはり俺は間違っていなかった。

 謎の声だって俺を認めてくれているんだ。

 やっぱり勝ったやつが勝ちなんだよ。


『其方の力の増幅は、その覇業によって叶えられるであろう』


 ほう。

 俺はカードを手にする。


 やはりあれだけの死闘を繰り広げた相手を倒したんだ。

 それなりの見返りというものは、あってしかるべきものだろう。


「見ていろよ、フィン」


 俺がバインダを呼び出すと、フィンは小さく驚いた。


「ん? あれ、なにもないところから本が……?」

「俺は剣士じゃない。そして俺は魔法使いでもない」

「……なんだって? だったら君はなんだっていうんだ?」

「これが俺の本当の力さ。悪いが、他言無用で頼むぜ――」


 俺はカードバインダから一枚のカードを取り出す。

 そうして空に向かって放り投げた。


「オンリーカード、オープン――【クロワ】!」


 クロワという名のカードを使うと、だ。

 ――空からひとつのパンが落下してきた。

 それは地面にぽとりと落ちる。


 クロワッサンであった。

 焼きたてなのか、いい香りがしてくる。

 すごい。

 呼び出せるパンに新たなバリエーションが加わったぞ。

 わー、おいしそう。


 フィンは眉根を寄せながら、重々しい口調でつぶやいた。


「……君の本当の力は、パン使いなのか?」


 違うよ。全然違うよ。




 力が抜けたので、いったん休憩にさせてもらった。

 土を払ったクロワッサンをかじりながら、俺は城の中を見回る。

 うん、うまい。

 コッペパンとクロワッサンのローテーションなら、一ヶ月は生きられるな。

 でも俺が今ほしいのは、この力じゃないんだよ……。

 クソが…………。


 さて、訓練場のそばの弓術場だ。

 たくさんの騎士たちが遠くの的に向かって、矢を射っている。


 その中には緑色の髪をした兄妹がいた。

 ナルとその兄。確か名前は、ギルノールだったかな。


「弓に矢をつがえたら、あとは獲物をじっと狙え。どんな弓でも当たらなければ意味がない。お前は己の馬鹿力を制御するんだ」

「ふぬぬぬぬぬ!」


 ナルが持っているのは、竜穿ではない。普通のロングボウだ。

 相変わらず弓を引く姿勢だけは美しい。森の民というのもあり、めちゃめちゃサマになっている。

 エルフがふたり並んでいるところは。絵になるなー。


 ギルノールはナルに弓を教えているようだった。


「いいかナルルース。お前の才能は見事なものだ。それを誰よりも真面目に修業し、高め続けていたのは見事だ。しかし俺の見る限り、それを使いこなせてはいない。お前は自分の力に振り回されている」

「うん、お兄ちゃん!」

「己の声を、そして弓の声を聞け。お前はできる妹だ。いつかは俺を超えるだろう」

「がんばる! お兄ちゃん!」


 そしてナルがさらに強く弦を引いた。


「乾坤一擲! 百発百中! あたしに貫けぬもの、なーし――!」


 ナルが矢を放つ。

 それはまるで水面から飛び出たイルカのように美しい曲線を描き、ギルノールの足元に深々と突き刺さった。

 土が舞い上がり、ギルノールの顔が泥に汚れる。

 様式美である。


「わ、あわわわわわわ、ごめんなさいお兄ちゃん、大丈夫!?」

「………………大丈夫だ。続けようではないか」


 イケメン兄ちゃんは重苦しく目をつむり、静かにつぶやいた。

 なんて辛抱強い男なんだ。


 俺は胸の中で手を合わせながら、その場を離れた。

 心の底から応援するよ。がんばってくれ、兄ちゃん……!




 次に城の廊下を歩いていると、どこかから聞きなれた声が飛んできた。

 ここはえっと、空き部屋みたいだな。


 中で椅子に座って顔を突き合わせているのは、キキレアとパチェッタだった。

 パチェッタは穏やかに微笑んでいて、さらにキキレアも顔面の筋肉をひくひくと痙攣させながら笑顔を作っている。


「そうですよ、キキレア先輩。その調子です。雷魔法がなくなったって、先輩には火魔法があるじゃないですか。そこをさらに強化をしていきましょうよ。ね? フラメルさまの教えは、何事も愛ですよ、愛」

「ええ、そうね。愛、ね。愛なんて反吐が出……ないわ。もちろん出ないわ。この口から出るのは、愛の言葉だけよ。愛がこの世界を救うのよね」

「そうですそうです、すばらしいです、キキレア先輩」


 パチェッタは嬉しそうにぱちぱちと手を叩く。


「フラメルさまはこの世の悪しきものも良きものも、まとめてその炎で浄化する女神様です。新生と炎。どちらにも愛は欠かせません。愛を持って業を焼き払い、そして愛を持って新たなに生命を紡ぐのです」

「ええ、もちろんわかっているわ。私を誰だと思っているの、パチェッタ。座学で私の右に出るものはいないわ」

「ええ、そうでしたね、先輩。なので、実践もきちんとお願いしますね」

「ぐぬぬ」


 ニッコリと微笑むパチェッタ。

 キキレアは笑顔を保ったまま、悔しそうに拳を握る。器用だな。


 するとパチェッタは一冊の本を取り出した。


「フラメルさまの中級魔法を習得するために必要な愛は、難易度3です。それでは問題を出しますね」

「どんとこいよ」


 え、なんか試験勉強みたいなの始まった。

 なにこれ。


「それでは……『あなたの前には、戦いに敗れた一匹のオークがいます。彼は里に妻と子供を残しているオークです。彼は今までの罪を悔いて、あなたに命乞いをしています。さて、あなたはどうしますか?』」


 キキレアは微笑みながら間髪入れずに答えた。


「もちろん助けてあげるわ。身銭を切って、少し食べ物もわけてあげるわ。この世界は愛で包まれているの。当たり前でしょう」

「ではここで『真実の鏡』の出番です」

「ってなんであんたがそれ持ってんのよ!?」

「わたくし、試験官もしたことがありますのでー」


 小さな手鏡を取り出したパチェッタは、ニッコリと微笑む。

 なんだなんだ。

 キキレアは途端に嫌そうな顔をしているぞ。


「さあ、こちらの鏡に向かって、今の発言をもう一度どうぞ」

「……もちろんたすけてあげるわー。すこしたべものもわけてあげるわー。このせかいはあいでつつまれているんだからとーぜんじゃーん。ぷっぷくぷー」


 めちゃめちゃダルそうにつぶやくキキレア。


 すると今度は、鏡に映ったキキレアが毒づき始めた。

 驚いたな、マジックアイテムか。

 鏡の中のキキレアはものすごい凶悪な顔をしていた。子どもに見せちゃいけないぐらいの感じで、女子プロレスラーのヒールも裸足で逃げ出しそうだ。


『殺すわ。当然でしょう。オークなんて生きていたって意味ないわ。でもただ殺すだけじゃつまらないわね。助けるフリをして村の場所を聞き出すことにするわ。根絶やしよ。豚は豚らしく断末魔をあげて泣き叫ぶがいいわ。もう二度と逆らう気が起きないように、死体を串刺しにして村の前に飾ってやりましょう。オーク如きがこの私と同じ世界の空気を吸っているだなんて虫唾が走るわ。わかっているの? この私はキキレア・キキさまなのよ――』


 パチェッタが持っていた鏡を、キキレアは手で伏せた。


「もうやめて」

「……中級魔法はしばらく遠いですね」


 がんばれキキレア。

 俺はそっとその場を去ってゆくのだった。




 しっかし城の中は本当に広いな。

 敵に攻め込まれたときのために、わざと難解な構造をしているんだったかな。迷子になっちまいそうだ。

 しばらくうろうろしていると、今度は声をかけられた。


「って、マサムネくんじゃないか」

「ん」


 って、ジャックか。


「お前はなにしてんだよ」

「いやあハンニバルの猛特訓がちょっと厳しいから逃げ……いや、ちょっと休憩をね。そういうマサムネくんは?」

「俺はフィンとの特訓がアレだから、ちょっと休憩に……」

「そっか……」

「ああ……」


 知らず知らず俺たちはため息をついていた。

 廊下の隅っこを歩きながら、うめく。


「なんかお前みたいに逃げてきたって思われるのは、いやだな……」

「えっ!? 僕逃げてきたんじゃないけど!? 僕はちょっと休憩しにきただけなんだけど!」

「俺だってそうだよ。ちょっと休憩に来たんだ」

「いやー偶然だなー! タハー! 偶然だなー!」

「だからそれをやめろっつーの!」


 そんな風にごちゃごちゃと言い争っていたところだ。

 甲高い女性の声がした。


「ま、まだ動いちゃダメですってばー!」

「ええい、俺はもう戦える!」

「みんなとめてー!」


 がちゃりとドアが開いた。出てきたのは半裸の男だった。


「むっ」

「ん?」

「あ」


 オッサンと俺とジャック、三者の視線が交錯する。

 ってこのオッサンは……。


「ああ、お前たちか。無事でいてくれたようでなによりだ」


 フィンのパーティーのひとり、槍使いのランクスって呼ばれていたやつか。

 大柄な茶髪のオッサンだ。普段は重装備を身に着けているだけあって、その筋肉は鋼のようだった。

 だが、今は左腕を包帯で肩から吊っていて、さらに右足にギブスのようなものをつけている。


 俺の視線に気づいたランクスは、バツが悪そうに頭をかく。


「ん、ああ、これか? ちっと治りが早くなる祈りが込められているんだ。さすが魔法都市イクリピアだぜ。いいもんが山ほど揃っている。ま、本当ならうちのパチェッタ嬢ちゃんがぱぱっと治してくれるんだけどさ。今はほとんど魔法が使えないっていうしなー」

「ランクスさん、ほら、戻ってくださいよ。戦えるような体じゃないんですからね」

「封じられた私たちの回復魔法だって、ほんの少しは発動しますし、ないよりはマシなんですからねー」

「はっはっは、強い男はこうしてモテてモテて大変だぜー」


 女性の魔法騎士に両腕を掴まれて、ランクスは豪快に笑う。

 俺たちはそうしてずるずると部屋へと引きずられてゆく男を見送った。


 ……なんだったんだ、あいつ。

 俺は鼻の頭をかく。


「ああまでして、戦いたいのかね……」

「……それは違うと思うよ」

「ん」


 ジャックは真剣な目で、ランクスの入っていった部屋を眺めている。

 なんだこいつ、今から良いことを言うつもりか。


「彼は戦うのが好きなんじゃない。戦えない人のために、弱い者を守りたいと思っているんだ。」

「……は?」

「だから、ああして無理をしようとしているんだろうね。立派な心掛けだ。僕は彼みたいな冒険者に憧れるよ」


 ジャックはどことなく大人びた横顔をしていた。

 自分の手のひらを見下ろして、夢を語るように。


 なるほどな。

 確かにそうなのかもしれない。

 その身をていして仲間をかばう。

 立派なことだ。俺には真似できないな。

 ……でもジャックに言われるのは癪だな。

 うん。

 水を差そう。


「それお前の妄想だろ」

「…………え?」


 ジャックは俺を見つめて、ぽかんと口を開いた。


「いや、だから、ただ単に金のために戦っているかもしれないじゃん。モテるために戦っているかもしれないじゃん。あるいはモンスターを殺すのが楽しくて仕方ないのかも」

「いや、あの、それは……」

「よく知らない人のことを勝手に決めつけちゃダメだぞ、ジャック」

「あ、はい。すみませんでした……」


 俺はジャックの肩をぽんぽんと叩く。


「わかればそれでいいんだ、じゃあお互いがんばろうな」

「う、うん……」


 手を振って、俺は歩き出す。

 足元にちょろちょろと、白猫が駆け寄ってきた。

 ミエリだ。


「お前今までどこにいたんだよ」

「にゃ~ん」

「……ま、どこでもいいか」


 白猫とともに、俺は訓練所へと向かう。

 さ、休憩は終わりだ。



 なにをするにも、体力は必要だ。

 特に俺のオンリーカードは、呪文の詠唱が必要ないからな。

 剣を扱えなくったって、剣を避けられるようになれば、戦術の幅が広がる。

 つーわけで、俺はフィンとの特訓に励んだ。

 その結果――。


 夕方になって。俺の目の前には、新たなるオンリーカードが降りてきた。

 一日に二枚のカードが手に入るなんて、いつぶりだろう。

 そうか、謎の神はちゃんと俺のことを見ていてくれるんだな。

 ありがとう、喜んでその力をいただくぜ。


 オンリーカード・オープン。

 俺の新たなる力――来い!


「【パゲット】!」


 出た。

 丸くて茶色くて、ふっくらしていて……。

 生地が固く、サクサクとして、でも中は柔らかくて……。


 フィンは淡々とつぶやいた。


「それも……パン、だね」

「ちっくしょおおおおおおおおおおおう!」


 フランスパンである。

 一日に二個もパンのカードが手に入ったよ!

 やったぜ! ちくしょう!


 地面に落ちているパンをミエリが前足でかじり出すのを横目に、俺は地面に突っ伏した。


「なんなんだ! 俺は剣の修業をすればするほど、パンが手に入るのか!? 剣イコールパンなのか!? 剣のパラメーターとパンが直結しているのか!? どういうことなんだ!?」


 俺はドンドンと地面を叩く。

 くそう、カードパックには一枚はレアカードが入っているもんだろうが!

 なぜ俺はパンしか引けない! パン率が高すぎる!


 と、七転八倒しているときだった。


「相変わらず、とんちきなカードを使っているようだな……」


 呆れた口調が俺の後頭部に突き刺さる。

 俺はゆっくりと顔をあげる。


 すると……。


「フィン、ここは私に任せろ。こいつの訓練はお前では務まらん。同じ魔典遣いの、私がやる」


 日が沈みつつある空を背に、黒髪の女が立っていた。

 切れ長の瞳。皮鎧を身に着けた長身の美女。


「お前……」

「フッ」


 髪をかきあげた女に、俺はつぶやいた。


「泣きながら俺に土下座した雌豚の……」

「ユズハだ! 東雲シノノメ柚葉ユズハだっ! その呼び名はもうやめろっ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴ってくるユズハと俺たちを見て、フィンは「うわあ……」と思いっきり引いていた。


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