第33話 「勇者パーティー見参」
「タン・ポ・ポウでしょー!?」
嬉しそうにそんなことを言われて。
さすがに頭が真っ白になってしまった。
なにいってんだこの女。
なんだよタンポポの神って。ネジ外れているんじゃねえの。
「おお、あのタンポポ神か! よもやこんなところを旅しておられるとは!」
「タンポポ……花、美しい」
「せっかくだし、闇サインをもらっていきたいなー!」
「それはナイスアイデアじゃ!」
そしてなんで七羅将の三人が知っているんだよ。
勝手に盛り上がっているんじゃないお前ら。
ていうか、緊張からの緩和で、俺の精神はついていけていないよ。
と、俺たちが茫然としていると、だ。
さっきのあのブラックマリアとかいう七羅将のひとりが、おずおずとこちらに歩み出てきた。
ていうか、その瞳がキラキラと輝いている。
なんなの、全然魔物っぽくない。
「ねえ、タン・ポ・ポウ! もしよかったらさー!」
「え、え?」
「マリアたちに、サインくれないかなー!? ねえ! キミの話は魔王軍でよく聞いているよー。この世界をタンポポで満たすために旅をしているんでしょ? いいよねー、マリアもタンポポ好きよー!」
「いや、えっと」
すっごいガツガツ来るな、この娘。
ううむ、どうしよう。
って、違う違う。
ペースを握られている場合じゃない。しっかりしろ俺。
まだ絶体絶命のピンチが去ったわけじゃないんだぞ。
「ああ、サインをくれてやってもいい。だがそのためには条件がある」
「条件? ……え、闇めんどくさいやつ?」
「いやいや全然めんどくさくないよ。俺もせっかちだし、うん」
一瞬でブラックマリアの目に剣呑な輝きが宿ったのを見て、俺は慌てて手を振った。
この女、その気になれば俺を殺すことなんて楽勝だろう。
神の威厳を失わないように。それでいて相手の機嫌を損ねないように交渉しなくては。
「それで条件というのは、他でもない。俺たちはタンポポ伝道の旅として、次はイクリピアに向かっているんだ。だから魔王軍の連中に俺を邪魔しないように言ってほしい」
「え、なんで?」
「せっかく俺が咲かせたタンポポが踏み荒らされちまうだろう」
「いいよー」
指で丸マークを作るブラックマリア。なんて気さくな七羅将だ。さすが上に立つ人間はコミュ力もバッチリだな。
だが、すぐにその顔が崩れた。彼女は眉根を寄せる。
「あ、でも、やだな。闇めんどくさいし。よく考えたらマリア、サインとか別にほしくない気がしてきたなー」
「ガッデム!」
なんだこいつは! 自由気ままな飼い猫か!
ブラックマリアは俺にぷいと背を向ける。そうして他の七羅将へと向かって。
「なんだか神なのに条件とか言い出して興ざめかも。闇がっかり。ニンゲンのオトモとか連れているし。よし、こいつらも殺しちゃお――」
「【タンポポ】ぉ!」
「――っ!」
ぽんっとブラックマリアの足元に花が咲いた。
風に揺れる黄色い花弁。健気に開花したタンポポだ。
それを見たブラックマリアは振り返ってきた。
彼女の目には再び輝きが満ちている。
「~~~~っ、す、すごいじゃん! タン・ポ・ポウ! さすが神様! いいよ、このマリアが直々に近くまで闇送っていってあげるよー!」
「それは助かる!」
よし、なんとか興味を惹くことができた。
あとは気が変わらないうちに、さっさとイクリピアについちまえば、こっちのもんだ。
ミエリ、ナル、キキレア。俺はやったよ。
だからそんな目で見ないでくれ。「タン・ポ・ポウって……なに……?」ってドン引きしているような顔はやめてくれ。
これもすべて生きるために必要なことなんだ。
と、三歩歩いたブラックマリアが振り返ってきて。
「あ、でも待って。やっぱ闇めんどいかも……。歩いていくとか、ここから百歩以上かかるし……。やっぱ殺していったほうが――」
「【レイズアップ・タンポポ】ぉ!」
俺は渾身の力で叫ぶ。
どっかーんと出現した巨大タンポポに、ブラックマリアを含む七羅将たちは大喜びである。
ったく、タンポポ呼び出すのだって楽じゃねえんだぞお……。
「やっぱりキミ、すごいじゃん! 光の力も感じるし、この世界をがんばってタンポポで埋め尽くしてねー!」
「お、おう……」
「イヒヒヒヒ、やはりええのう、花はええのう。この造形なんと美しきことか。ニンゲンをタンポポに変える薬でも開発したいのう」
「タンポポ、心、和む……。黄色、ゆるふわ……」
「ははは」
七羅将に囲まれながら褒め称えられて、生きた心地がしねえ。
とぼとぼと歩く俺の後ろから、キキレアのひそかな声が聞こえた。
「……あんたって、もしかして本当にタンポポの神様だったりしないわよね?」
気でも狂ったか、キキレア。
「あ、そういえば忘れていたー」
そのときだった。
立ち止まったブラックマリアが両手をぱちんと打つ。
すると辺りの土がもぞもぞもぞと動き出す。
え、なにこれキモい。
さらにキモイものが見えたのは次の瞬間だ。
塵も残さずに死んでいたはずのケンタウロスたちが、土中からゆっくりと起き上がってきたのだ。手足はちぎれ、顔面も焼けただれた姿である。
「ひ――――――!」
思いっきり叫び声をあげたのはキキレアだ。あいつはすぐ近くのナルに抱きついた。
ナルはそんなキキレアを「よーしよしよしー」と撫でている。ミエリも顔をこわばらせていた。
ううむ、ケンタウロスのゾンビか……。
見ていて気持ちいいものではないな。
ブラックマリアが指を鳴らすと、ゾンビたちは次々と彼女のもとに集まってゆく。
どうやらあいつは死霊使いの類らしいな。
ブラックマリアはすると近くにやってきたケンタウロスゾンビのうち、比較的損傷が緩いやつを選んで、腹にぶすりとその手を突っ込んだ。
引き抜く。するとまだ新鮮なぴゅーぴゅーと血が噴き出てゆく。
「ねえねえ、タン・ポ・ポウ。ねえ、タン・ポ・ポウ」
ブラックマリアはちょいちょいと俺を手招きして、すごく嬉しそうに言う。
「ほら、サイン! インクの代わりを用意したから、早く、闇サイン!」
待てや。
血の滴る筆にて一筆したためて、俺はため息をついた。
ちなみに色紙と筆は、ビックフッドみたいなモンスターのビガデスが持っていた。あいつはいつタン・ポ・ポウに遭遇してもいいように、常に用意していたらしい。熱烈すぎる。
色紙をもらった三将軍は「わーいわーい」と喜んでいる。
なんかもうこいつら、いいやつなんじゃないだろうか……、
そんなわけがないっていうのはわかっているんだが、まあ、うん。
ブラックマリアの興味を惹き続けるために、道端にタンポポを咲かせつつ道を歩く。
冒険者とミエリ神と七羅将とそれを取り巻くケンタウロスゾンビ。なんかもうこれわかんねえな。
中でもキキレアは顔を隠しつつも屈辱を味わっているようだった。プライドの塊のような女が七羅将に守ってもらっているんだから、まあ仕方ないな。
十分ぐらいあるいた頃だろうか。
叫び声がした。
「――――待ってくれ!」
俺たちは皆、振り返る。
すると道の先には、ひとりの男が立っていた。
ジャックだった。
逃げたはずじゃなかったのか、あいつ。
ジャックは震える指先をこちらに突きつけながら、なおも怒鳴る。
「そいつらは僕の仲間だ! どこに連れていこうとしているのかわからないが、それならば僕が相手になるぞ!」
「えっ」
「えっ」
ブラックマリアと俺のつぶやきが重なった。
いや、待てジャック。
もうとっくに話は済んでいて、だな……。
「わかっているとも、マサムネ! キミは唯一の手掛かりとして、こうして道端にタンポポを咲かせていったんだろう! 僕が追いつけるように……ね!」
「いや、違うし……」
それはブラックマリアのためだし。
ネクロマンサーの少女は、俺をじーっと見つめる。
「……マサムネ?」
「いやそれはこの世界での仮の名前っていうか。人間のフリしなきゃいけないだろ? ははは」
「……」
あ、やばい、追及のまなざしが痛い。
完全に疑われているこれ。お前ニンゲンと手を組んどるんかいワレ、って目だ。
ジャックは己に酔っているかのような口調で。
「僕が一目散に逃げ出したかのように見えただろう! 確かに逃げてばっかりだったさ! でも今回ばかりは違うんだ! ちゃんと作戦を練っていたんだよ! ケンタウロスと三匹の魔物ぐらい、どうってことはないさ!」
そんなことを叫ぶ。
ナルは「ジャックくん、助けてくれたなんて!」って喜んでいるが、俺とキキレアは渋い顔だ。
つか三匹の魔物って、七羅将のことか……。
あいにく、ジャックが三千人ぐらいいないと勝てないと思うんだが……。
あ、ブラックマリアのこめかみがひきつっている。
この状況に、俺とキキレアは目を合わせる。互いの気持ちは今、通じ合っていた。
――ジャックを見捨てよう。
よし、ジャックすまない。
俺にはどうすることもできない。さよならジャック。お前が死んだらきっとジャックのカードが手に入るだろう。ラッセルの上位互換かな? ありがたく頂戴するよ。
ブラックマリアが俺を睨む。
「……知り合い?」
「いやあ全然しらねーなー、はっはー」
「誰かしらねーあの人ー、あははー」
俺とキキレアは乾いた笑い声をあげる。
ジャックが憤慨していた。
「なっ、ぼ、僕がせっかく助けに来てあげたのに、その言葉はなんだ! そうか、僕たちを巻き込まないとしているのか!? マサムネ、キミはいつからそんなたいそうな男に……」
「うるせー! 邪魔するんじゃねえよ! 俺たちはこのままイクリピアに向かう途中だったんだ!」
「なっ! まさか魔族に魂を売ったっていうのか!? そいつらを手引きして、町へ入ろうっていうのか! マサムネ、キミがそんな男だとは思わなかったぞ!」
「マサムネなんて知るか! 俺はタンポポ神! タン・ポ・ポウだ!」
「まさか、精神操作系の魔法を食らって頭がおかしく……!?」
「なってねえよ!」
「そうよ、こいつの頭はもともとおかしいわ!」
「おかしくねえって言ってんだろ!」
「そうだよキティーもジャックくんも! マサムネくんはちょっと人とは違った感性を持っているだけで、紙一重の天才だよ!」
「なにと紙一重なんだよ! お前俺のこと馬鹿にしてんだろナル!」
「大丈夫です、マサムネさん! バカとハサミは使いようです! マサムネさんにもちゃんと使い道があるじゃないですか! キリッ」
「お前ら全員うるせえよ!」
ぜえぜえと息をつく。
七羅将たちも俺たちのやりとりに、呆気に取られているようだった。
が、ブラックマリアがすぐにため息をつく。
「よくわかんないけど、めんどくさいやつは全員死んじゃえばいいってことでしょ――」
その小さな体から、凄まじいまでの殺意があふれ出た。
肌が凍てつくようだ。やばい。これは冗談じゃ済まないぞ。
俺は思わず叫ぶ。
「逃げろ! ジャック! こいつはお前がどうにかできる相手じゃねえ!」
ブラックマリアの目が暗く光った。
「……ってことは、やっぱりキミ、ニンゲンの味方ってワケ?」
「いや、それは、違う、違うんだが!」
クソ。言葉が出てこない。
だからジャックなんて見捨てればよかったんだ。
ブラックマリアの手が俺に伸びてくる。
仲間たちは臨戦態勢を取った。が、勝てるはずがない。
だめだ。
殺される――。
と、次の瞬間。
光が閃いた。
ブラックマリアが飛び退き、ビガデスが前に出た。
いったいなにが起きたのか、遅れて理解する。
超高速で矢が飛来したのだ。それはドクター・ゴグの乗っているゴーレムの腕に突き刺さっていた。
……ゴーレムの腕に、矢が刺さるだと?
茫然としていたのもつかの間だ。
ナルが俺の体を掴んで飛びのく。ミエリも同じように頭を押さえながら駆け出した。キキレアだけがその場に立ちすくんでいる。
「なにがあるかわからないが、巻き込まれるぞキキレア!」
「この矢はギルノール! ってことは、フィンのパーティーね!?」
「えっ!?」
ナルが振り返る。
そこに一陣の赤い風が吹き抜けた。ナルのサイドテールを揺らす。髪を押さえたままナルが見つめる先で、刃が走る。
赤い髪の青年だ。彼がその剣を一振りすれば、周りを取り囲んでいたケンタウロスのゾンビがバタバタと倒れていった。
同じように次々と放たれる矢は、ケンタウロスゾンビを打ち抜いてゆく。
なんだこいつら! 超強いな!
巻き込まれないように遠巻きに眺めている俺たち。まるで脇役気分だ。
「うがー!」
剣士に向かって、ビガデスが拳を振り上げる。
とんでもない速度で叩き落とされたその一撃を、横から現れた重装甲の槍使いがガードする。
槍使いの足が地面に沈み込む。どすんという衝撃波が辺りに広がった。
だがその一撃を、槍使いは防ぎ切った。
その兜の隙間から見える目はぎらぎらと輝いている。
「うおおおおおおおお!」
決死の勢いで突き出す槍は、ビガデスの肩に刺さった。真っ赤な血が吹き出る。すごい威力だ。
しかし、それだけではビガデスは倒れなかった。
苦悶するビガデスが暴れるように腕を振る。その横なぎの一撃を食らって、槍使いは吹っ飛んだ。
「ランクス!」
赤髪の剣士が振り返る。
ランクスと呼ばれた槍使いは、身動きひとつしなくなった。
まずい。俺はとっさにカードバインダを呼び出す。そうしてカードを選別していたところで――。
――飛んできた矢が、今度はビガデスの目を射抜いた。
「があああああああああああああ!」
目を押さえて叫ぶビガデス。その咆哮はなんと、衝撃波となって地面から放たれてゆく。
体が動かなくなってゆく。指先すらもびくりとしない。ギルドラドンのそれとはまた違った種類の叫びだ。精神攻撃系か!
だがそれを食らったのは敵も同じようだった。
「闇ウザイ! 闇うるさい!」
「イヒヒヒ……」
ブラックマリアやドクター・ゴグも顔をしかめる。
戦場の時が止まった中、ビガデスだけが動いていた。
辺りを麻痺させる凶悪な叫び声をまともに食らって身動きの取れない剣士。赤髪の男に向かって、ビガデスは組み合わせた両手を叩き下ろそうとして――。
「清廉なる結界! セイクリッドシールド!」
六角形の盾が、剣士の前に光輝いた。
ビガデスの剛腕は、盾に弾かれる。
おお、防御魔法か。
振り返れば、ジャックの横に緑色の髪をした男と、銀髪の娘の姿が見える。
緑色の髪をした男がアーチャー、銀髪がプリーストだろう。
さらに彼らの後ろから土煙をあげて、駆けてくる騎兵たち。
槍を掲げながらこちらに向かって……突撃してくるんだが!?
「ちょ、お前ら!」
わーわーと叫び声をあげながら現れた騎兵。その数は百を超えるだろう。
すごい、軍隊だ。ここにいたら轢き殺されそうだ!
それを見てチッと舌打ちをしたのは、ブラックマリア。
「やってられないよもう! 闇うざいし、マリアもう帰る!」
「イヒヒヒ、そうじゃのう。ここじゃこのストロンガーの性能テストもままならんわい」
ブラックマリアが地面に手をかざすと、騎士と七羅将の間に一匹のスケルトンが生み出された。
だがその大きさが半端ない。見上げるほどの巨大なスケルトン。がしゃどくろみたいだ。
みなの目ががしゃどくろに釘付けになっている間に、ドクター・ゴグとブラックマリアはそのまま空へと逃げてゆく。
ビガデスもまた、最後に一吼えして大きく跳躍をした。
騎士や剣士たちはそのまま、がしゃどくろへと挑みかかってゆく。
ほんの一瞬で作られたはずのアンデッドが騎士たちと互角以上の戦いを繰り広げている。
ブラックマリア。とんでもないネクロマンサーだ。
しかし、今度こそ助かったのか……。
と、俺に手が差し伸べられた。
ジャックだ。
「……大丈夫だったかい?」
「ああ」
いつの間にか地面に座り込んでいた。
俺は泥を落としながら立ち上がる。
「……ずいぶんとすごいやつらを連れて、救援に来てくれたんだな」
「ま、まあね」
ジャックの目が泳いだ。
こいつ、なにか隠してやがるな。
「なあ、お前って」
口出そうとしたところで、騎士のひとりがこちらにやってきた。
彼は馬から降りるとその兜を外す。
「坊ちゃま、まずは彼らを城へ」
「あ、ああ、そうだな」
ジャスティス仮面二号……っていうか、ハンニバルだった。
仮面もつけていないのに、喋っていやがる。
「お前、なんでここに……?」
「ご説明は坊ちゃんから」
「いやあ、いやあ」
ジャックは後頭部に手を当てていた。
そうして絞り出すようにうめく。
「実はハンニバルはイクリピアの騎士なんだ。執事騎士ハンニバルといえば、ちょっとは名の知れた使い手なんだよ」
「はあ……? なんでそいつがお前とふたりで怪盗なんてやったんだ?」
わけのわからないことばかりだ。
「いやー……」
がらがらの声で、ジャックは空を見上げた。
こいつの後ろでは、止めをさされたがしゃどくろが、ずしーんと音を立てながら大地に沈み込んでゆく。
砂煙が立ちのぼり、辺りを覆い尽くす。
そんな中、ジャックは言った。
「……実は僕、王子なんだよね。イクリピアの、第二王子なんだ。ハンニバルと一緒に、武者修行の旅に出ていたんだよ」
「そうか」
なるほど。
俺はジャックの肩を二回ほど、ぽんぽんと叩いた。
「わかったジャック。いい医者が見つかるといいな。元気になったら、また再会しようぜ。そんときは一緒にクエストでも行こう、な?」
「僕正常なんだけど!?」
俺はジャックのたわごとを、そのように聞き流したのであった。




