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第32話 「絶対絶命からの絶対絶命、からの」

◇前回までのあらすじ


 俺っち、マサムネ! 少しカードが得意なだけの、平凡な男子高校生さ!

 しかしドジったことに、猫を助けて車に轢かれちまったんだ。オー・ノー!

 死んだと思ったはずだった。だけど目覚めたら女神がいて、「異世界を救え」だってー!?

 そんなの無理だよ! ま、でもいっちょやってみっか!

 こうして俺は持ち前の注意深さと行動力を駆使して、異世界で無双を始める。

 始まりの町を七羅将ギルドラドンの魔の手から救ったのさ!


 旅の仲間もたくさん増えた。

 エルフの弓使いナルルース、手先の器用なシーフのジャック、そして魔法使いのキキレア。

 忘れちゃいけねえ、俺をこの世界に導いてくれた女神ミエリもな!

 数々の強敵を打ち倒し、パーティーの結束も高まってきた矢先、

 ななななんと、この世界の中心都市であるイクリピアに魔族が攻め込んできているだって!

 チッキショウ、こうしちゃいられねえ!

 待っていろよ! 俺は魔典の賢者マサムネだ! 困っている人は放っておけねえぜ!

 ヘヘッ、俺っちの旅はまだまだ続くのさ!

 海路の邪魔をするクラーケンを倒してから、しばらく航海を続け――。


 本来帝都に向かっていたはずの帆船は、目的地からわずかに離れた浜辺に到着した。

 なぜなら遥か遠くからでも帝都に大量の黒い影が進軍しているのが見えたからである。

 近くに上陸しようとして気づかれたら、海の上で沈まされちまうからな。


 さて、どうするかね。

 俺たちは浜辺で顔を突き合わせていた。


「明らかに魔王軍に攻め込まれているな。このままイクリピアに向かうのは危なくないか?」

「どうかしら。あいつら抜けているから、私たち五人ぐらいなら掴まらないと思うけれど」


 キキレアは余裕綽々だな。

 油断なのかそれとも冷静な目で見ているのか、判別しづらい。


 ナルとジャックはどう思っているだろうか。


「あたしもイクリピアの方に向かいたいかな。イクリピアに向かえば戦っている騎士団や冒険者の人もいるだろうし、ここで襲われるほうが危険だよ」

「僕も同じ意見だね。いや、本当だよ。僕もそう思っていたんだよ。まず最初に僕が言おうと思ったのになー! つれーなー! 本当はそう思っていたのになー! 先に言われちゃったなー!」


 なるほど。確かにナルの言う通りだな。

 そういうことにしようじゃないか。


 ちなみにミエリには聞いていない。


「はい! いきましょう!」


 基本的に建設的なことは言わないからな、こいつ。

 でもクラーケン戦ではメインアタッカーになってくれたんだ。まったくの役立たずというわけでもない。

 俺もずいぶんと丸くなったものだ、うん。


 しかし、このまま進軍となると、本来はゴーレムを呼び出したいものだが……。

 まあ、目立っちまうからな。

 あ、インプを呼び出せば、同族だと思ってくれるか?

 いいや、余計なことはやめておこう。


 俺たちはこうして、息をひそめながらイクリピアへと向かってゆく。

 遠くでは魔法の光や、あるいは火の手があがり、戦いの雰囲気がここまで伝わってくるようだ。


 なんだか緊張してくるな。

 俺たちは慎重な道を協議し、さらに半日歩いて、俺たちはイクリピアのすぐ近くまでやってきた。

 イクリピアまであと少し。このまま順調にいけば、無傷で街に入れるな。そう思っていた矢先。


 ――やはり、魔物とエンカウントしてしまったのだ。



 イクリピアの周辺は草原だ。

 少し離れたところで陣を張る魔王軍の塊がいくつかあり、俺たちはその陣を迂回してイクリピアに向かおうとしていた。

 ぐるりと回り、後方から、ってところだな。


 イクリピアの裏門側は、起伏の多い丘のようになっている。

 そんな農業地帯はたけを、慎重に進軍していたその最中だ。


「魔王軍の斥候だよ」


 少し離れた先を歩いていたジャックが、足音をひそめながら戻ってきた。

 俺たちは姿勢を低くしながら、顔を見合わせた。


「この辺りを見回っているやつらか」

「恐らくはね。相手は五匹。ケンタウロス族だ。見つかったら逃げ切るのは少し難しいだろう」

「ここで日が落ちるまで待っていてもいいが、しかし夜目が効くモンスターがいたら、こっちが不利になるだけだしな」


 キキレアがさらに小声で付け加えてきた。


「どっちみち足跡が見つかったら、あたしたちの場所もバレるわね。柔らかい土だったから、くっきりと残っているわ」

「……そうだな」


 俺のレイズアップホバーでも、五人を運ぶのはさすがに無理だ。

 ひとりずつで四往復すれば、なんとかなるか?

 いや、そうやったところで、一回往復するたびに俺が一日寝込んでMP回復していたら意味がないな。

 足跡が見つからないように、少し離れた場所に飛ぶだけなら、できなくもなさそうだが……。


 相手が五匹となると、遠くから離れてホールをしても、すぐに気づかれるだろう。

 インディグネイションで一掃するにも、派手すぎるし。

 気づかれずに倒すには難しい数だ。


 となると、俺たちに選べる道は、ふたつ。


 A:気づかれないように迂回するかやり過ごす。

 B:あるいは、気づかれても倒す。


 そのどちらかだ。


 そう俺が皆に告げたところ。

「倒せばいいじゃない。ここで相手の戦力を削っておくのも大事よ」とキキレアは当然の言うように言いやがった。

 さすがだよ、この歩く核弾頭め。


 俺はがじがじと髪をかく。

 もう帝都は目と鼻の先だってのに。


「ここからイクリピアまでどれくらいかかるか、わかるか?」

「そうだね。走っていけば、チップを払わなかった時のエマさんがジュースを運んでくるぐらいの時間ぐらいで、着くと思うよ」


 となると、一時間ぐらいか。

 ……えっ、一時間って厳しくないか?


 やたらイクリピアまでの距離に詳しいジャックを横目に、俺は思い悩む。

 戦闘音を立てれば、敵も寄ってくるかもしれないが、しかし仲間たちも助けに来てくれるかもしれないんだよな。


 悩む。

 判断材料が少し足りない気もするが、仕方ない。


 俺は全員を見回して厳かに告げた。


「もう一度全員で見に行って、そしてまだうろついているようなら、先制攻撃でぶっ飛ばそうじゃないか」


 おー、と好戦的な女性陣が全員拳を突き上げた。

 ジャックもまた、青い顔でうなずいたのだった。



 ケンタウロスの後ろ姿がこちらを向いている。

 弓をもって整列している半人半馬たちだ。

 やつらはじっと帝都を見張っている。


 ……これなら、横を通っても気づかれないんじゃないか?

 いや、さすがに無理か。


「ここから遠距離攻撃であいつらを全員吹き飛ばそう」


 俺の提案に、女性陣が目を輝かせる。


「任せて、私の火魔法が文字通り火を吹くわ」

「雷魔法の扱いなら誰にも負けません! キリッ」

「ふふふ、あたしの必殺の矢はあらゆるものを穿つからね!」

「お前じゃねえ、座ってろ」


 グッと胸の前に拳を当てるナルの手を引っ張る。ナルは泣きそうな顔だった。


 キキレアとミエリに加え、俺のエナジーボルトで仕掛けよう。

 まずはミエリが一撃を当てて、残った奴らをキキレアと俺で始末することにした。

 ジャックとナルはいつでも突っ込めるように、短剣とロング竜穿ソードを構えている。


 合図は俺がすることになった。

 緊張の一瞬である。


 俺は手にしたバインダから、光り輝く札を取る。

 こいつを使うのも、久しぶりだな。

 いくぞ。


「オンリーカード・オープン! 【レイズアップ・ホール】!」


 その直後、ケンタウロスたち五人の足元が消失した。

 ひときわ巨大な落とし穴だ。こいつらはすっぽりと三メートル弱、落下してゆく。

 そこに、まるで蓋するように――。


「ファイアーボール!」「ボール・ライトニング!」


 互いに共鳴し合うかのように発動したふたつの魔法。

 穴の中に放り込まれた火球と雷球が、凄まじい音と振動を立てて炸裂する。

 それは予想以上の衝撃となって、地面を伝っていった。


 幸い、穴から這い出てくるようなやつらはいなかったようだ。

 ビビるジャックに変わってナルが確かめてみると、穴の中には黒焦げになった五つの死体が転がっていたようだ。

 俺とキキレアとミエリの連携が、うまくいったんだな。……珍しいな。


「よし、進もう」


 うなずき合う俺たちの元に、どこかから足音が響いてくる気がした。

 嫌な予感がする。


「走るぞ!」


 俺たちはすぐに駆け出した。

 あと一時間も走り続ければ、帝都につく。


 しかし、だめだ。――追いつかれてしまった。



 十分も走らないうちに、俺たちは追いつかれた。

 後ろから迫ってきたのは弓を構えたケンタウロスの群れである。

 そんなに早く軍が整えられるわけがない。

 ということは、どこかに攻め込もうとしていたケンタウロスの部隊に、たまたまぶち当たってしまったのだろう。

 びゅんびゅんと矢が飛んでくる。


「ええい、もう!」


 さすがに走りながら詠唱することは難しいのか、キキレアはナルに背負われていた。

 おんぶされながら、後方へとファイアーボールを放り投げるキキレア。

 その火球はケンタウロスの隊列を乱すだけで、直撃することはなかった。

 くそ、大した回避性能だ。


 一方、俺はミエリを背負っている。

 彼女も一生懸命サンダーを放っているが、しかし追い払うまでには至っていない。


 俺とナルがそれぞれ魔法使いをおぶっている隙に、ジャックは遥か先に消えていった。

 一目散に逃げて行ったのだ。

 あいつマジ殺す。


 その間にもケンタウロスは徐々に徐々に包囲網を狭めてくる。

 まるで狩りのようだ。

 幸いにもあちらは無理せず、俺たちの魔力が切れるのをじっと待っているようで。

 あっちが弓を構えるとこっちが魔法を放ち、こっちが魔法を放つとあっちもサッと逃げてゆく、といったところか。


 獲物が弱るまで待つというのは、確かに狩りの常套手段だ。

 MPの残量は決まっているしな。

 しかし、こちらは腐っても女神とS級冒険者のふたり。

 十分以上も魔法を放ち続けているのに、まるで息切れはしない。

 相手もこれには驚いているようだ。


 むしろおぶって走る俺の方が体力尽きてきたけどな!

 まだか、まだつかないのか!

 早くジュースを持ってこいー! エマー!


 だめだ、ついに四方を囲まれた。

 使い古された革鎧に身を包んだケンタウロスの群れが俺たちに弓を向けている。

 眼光は鋭い。人を殺すことなんて、なんとも思っていないような目だ。

 三十匹以上はいるだろう。


 俺たちは足を止める。

 絶体絶命のピンチだ。


「念仏でも唱えるか、ミエリ」

「サンダー! それよりもインディグネイションは唱えられますよ! サンダー!」

「詠唱の間に矢を撃たれるだろ!」

「マサムネさんが盾になっても、わたしは涙で詠唱を中断したりしませんよ! ご安心ください、最後まで魔法を唱え切ります!」

「やなこった! 俺は生き残る! たとえ俺以外のなにを犠牲にしてもだ!」

「かっこよさげにクズいことを叫ばないでくださいよお!」


 だが、あの矢を一斉に放たれたら対抗手段はない。

 どうすればいいんだ。せめて魔法が相手ならなんとか(ディペスト)できるのに!


 ナルもキキレアも、苦しそうな顔をしている。

 緊張の一瞬だ。


 こうなったら、奥の手を使うしかない。

【レイズアップ】の【ゴーレム】を呼び出して、壁にする。守っている間に、ミエリとキキレアに最大魔法をぶっ放してもらうんだ。

 だが、それで守れるのは片側だけ。


 なので、俺は『四回』、レイズアップ・ゴーレムを呼び出さなければならない。

 今の魔力容量では、せいぜい二回がやっとだろう。

 無理に魔力を引き出せば、干からびて死んでしまうらしいな。

 だが、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

 どうせ死ぬなら、矢で討たれて死ぬのは嫌だ。


 俺は計画的に、自分の計画にのっとって――死んでやる!


 と、そう決意を固めていたところだ。

 不安そうにこちらを見つめていたキキレアと目が合った。

 彼女は俺の顔を見た瞬間、静かに首を振る。


 ……なにをしようとしているのか、わかったのか?

 いや、だがもう手がない。

 俺は諦めることだけはしたくない。お前も協力してくれ、キキレア。


 いや、キキレアだけではない。ナルも、ミエリも俺を見つめている。

 その皆に、しっかりと目の光が宿っていた。


 ……お前たち、本当にわかっているのか? この状況。

 俺がなんとかしないと、みんな死んじまうんだぞ。


 くそっ、なんだよ、もっといい案を考えろっていうのか。

 俺も死ぬ危険はなく、誰も死なずに、みんなで生還をする手段を?

 まったくお前たちは……。


 俺に楽をさせてくれねえな――!


 心の中の叫び声を聞いたのか、あいつらはそれぞれ真正面を向く。

 四方だ。

 よし、なら――。


「――【レイズアップ・ホール】!」

「えっ!?」

「きゃっ!」

「わあ!」


 俺がカードを掲げると、今度はその場にぽっこりと穴が空いた。

 俺を含んだ皆が落ちてゆく。

 塹壕代わりだ。


 さらに――。


「【レイズアップ・ゴーレム】! そのデカい体で穴にフタをしろ!」


 どどーんと地響きを立てながらその場にゴーレムが召喚される。

 胸元に光る六芒星。巨大なストーンゴーレムだ。なんてデカさだ。五メートルぐらいあるぞこれ。


 と、同時に俺はそれほどの魔力負荷を感じなかったことに気づく。

 あれ、これゴーレム同時に四体ぐらいいけるんじゃね? 操れるんじゃね?

ふら

 いや、違う。なにかが体内から急速に奪われてゆく感覚があった。

 そうか、クリーチャーの場合、召喚コストではなくて維持コストが必要なのか……。

 さすがゴーレム。インプとは違う。


 ゴーレムはどっしーんとその場にあおむけに倒れる。

 すなわち、ホールの中の俺たちを完全にふさぐ形だ。


 穴の中に暗闇が落ちて、さすがに俺たち四人はすし詰め状態となる。

 だが、構うものか、とりあえず時間は稼いだ。


「よし、今のうちに詠唱だ、キキレア! ニャン太郎!」

「わかってるわ!」

「はーい!」

「ナルはけん制でもなんでもいいから、このゴーレムの隙間から矢を放て! ここならさすがに俺たちが食らうことはない!」

「頭脳明晰! さっすがマサムネくんだね!」


 ゴーレムは手足をジタバタさせて、ケンタウロスたちを近づかせない。

 次々と矢を射られているようだが、ふははは! ばかめ!

 石の体にそんなものが効くか! お前たちはここで死ぬのだ!


 ケンタウロスは遠巻きに隊列を組みなおし、こちらを熱心に射っている。

 そうだ、そのままお前たちは固まっているといい。範囲攻撃の餌食だ。


 キキレアとミエリの体からすさまじい魔力が立ちのぼってゆく。


「よし、合図でゴーレムを立ち上がらせるぞ。用意はいいな?」


 ふたりとも呪文を詠唱しながらしっかりとうなずいた。

 ケンタウロスどもめ、よくも俺たちを追い回してくれたな。

 目にものを見せてやるぜ。


「――これが俺たちの決定打フィニッシャー! 今だ、行け!」


 ゴーレムが腕で大地を叩いて立ち上がる。

 その直後、キキレアとミエリが飛び出して、背中に合わせになって魔法を解き放った。


「インディグネイション!」「フレアバーン!」


 天から凄まじい雷が降り注ぎ、さらに大地を揺るがすような炎の爆発が巻き起こった。

 閃光と轟音と衝撃に轟く世界で、ぼろきれのように吹き飛ばされてゆくケンタウロスの群れ。それが俺の目にははっきりと見えた。


 やがて魔法が掻き消えると、辺りはやけに静かになった。

 おそるおそるホールから顔を出し、周囲を窺う。

 すると、もはや立っているものは誰もいなかった。


 変形した大地と、焼け焦げた草原だけがあった。

 相変わらず、凄まじい威力だな……。


 俺はホールからよじ登る。

 そして乾いた風に吹かれながら、口元を歪ませた。


「……また勝利してしまった。敗北を知りたい」

「あんた前にユズハって女にめちゃめちゃ負けたらしいじゃないの」

「その三倍は痛めつけてやったので、実質俺の勝ち越しだ」

「あ、そう……」


 キキレアはなにかを言いたそうな顔で黙った。

 ナルとミエリは勝利の味を噛み締めるかのように、ハイタッチを交わしている。



 よし、これでイクリピアまではあと少しだな。

 順調な道のりではなかったが、ただ生きているならよしとしようじゃないか。


 歩き出そうとした俺の足がふらつく。

 目ざとく見つけたナルが駆け寄ってきて、俺を支えた。


「大丈夫? マサムネくん」

「当たり前だ。……と言いたいが、体力も魔力も底を尽きかけているな……」


 レイズアップのゴーレムはだいぶキツいな。

 まあ強化しなくてもゴーレムは強いんだ。無理はしないようにしよう。


 そんなことを思っていると、ナルは俺の顔を覗き込んで笑った。


「だったら、今度はあたしが抱えてあげるね!」

「えっ?」


 いうやいなや、俺は担ぎ上げられてしまった。

 それはそれでありがたいのだが……。


「なんでお姫様抱っこなんだ……!」

「え、単純にこっちのほうが楽だからだけど」


 いや、なんか役割が逆じゃないか、これ……?


 ナルはニコニコと笑いながら言う。


「マサムネくん、大丈夫だよ、気にしないで。全然軽いから!」

「だから、逆だろ!?」


 そんなことを叫びながら抱えられて、目的地に向かっている最中だった。

 ――天から、三つの影が落ちてきたのは。



 ひとりはまるで隕石と見間違うかのような勢いで、俺たちの後方に着弾する。

 ひとりは巨大なロボットのようなものに乗り、ジェットを吹かしながら俺たちの左側に降り立つ。

 そしてひとりは重力を感じさせないような挙動で俺たちの正面に落ち、ぴたりと停止した。


 三匹。


「凄まじい魔力を感じたから来てみたけど、確かに妙な光の力をまとっている闇ニンゲンねー。ドクター、なんかわかるー?」

「イヒヒヒ、見ただけでわかるかい、ブラックマリア。手始めに捕まえて解剖するとしようかの」

「……着地、失敗。カタパルト、移動手段、向かぬ」

「そんなの闇当たり前じゃーん。闇馬鹿なんじゃないのー?」


 ドクターと呼ばれた男はゴブリン族だ。白衣を着ており、ロボの頭部に収まるようにして座っている。

 頭の悪そうな喋り方をするのが、図体のデカい毛むくじゃらの……なんだろうか。ビックフットみたいなやつだ。

 そして正面にいるのが、魔法使いのような帽子をかぶった少女。年の頃は13才に見える。見えるのだが……。


 なんか。すごい、嫌な予感がする……。

 とりあえず、ナルに下ろしてもらおう。


 そこでキキペディアがうめいた。


「……うそ、でしょ。ドクター・ゴグに、ブラックマリアに、ピカデスまで……」


 顔を真っ青にしているキキレアに、小声で問う。


「またお前の知り合いか?」

「知っているわよ。――相手は全員、魔王七羅将よ」

「…………………………」


 ナルもミエリも言葉を失った。

 俺もだ。


 魔王七羅将。

 魔王直属の、七体の化け物たちだ。


 そのうちの一体と、俺たちは戦ったことがある。

 轟鳴のギルドラドンを倒すのに、俺たちは念入りに準備をし、計画を立てて、それでもかなりの苦戦を強いられた。

 すなわち、強敵だったのだ。


 こちらにはミエリが加わっているとはいえ、それが同時に三匹もだと……?

 勝てるわけねえだろ……。


 そうか、さっきのインディグネイションがこいつらを引き寄せてしまったのか。

 イクリピアに攻め込んでいた将軍たちが、一同に会しているのだろう。

 そうか……。


「ど、ど、どうしよ……」

「そんなの、戦うしかないでしょ……!」

「でも、すっごく強そうですよお!」


 ナルとキキレア、ミエリがそれぞれ慌てふためいている。


 なんてこったい。

 俺は天を仰ぐ。

 このまま気を失えたら、どんなに気持ちいいことだろう。


 参った。

 思わず言葉が口からついて出る。


「なあ、お前たち――」


 俺たちは旅の冒険者なんだ。この戦いにはなんにも関係がない。だから見逃してくれよ。

 ――そんな、命乞いの言葉を。


 だが、俺が口を開くよりも早く、ブラックマリアと呼ばれたあの少女がこちらに近づいてきた。


「ん、ん、んん……?」


 俺の顔を望み込みながら、ブラックマリアは一生懸命、眉を寄せている。

 いったいなんだ。

 ……俺の力に、気づいたのか?

 だとしたらやばい。ミエリが神だってことも気づかれてしまう。

 そうしたら、ただでは済まないだろう。

 違うんだ。俺たちは神なんかではない。断じて違う。

 ただの普通の冒険者で――。


 ブラックマリアはパッと表情を明るくした。

 そして俺を指差しながら、快活な声で叫ぶ。


「やっぱり! どこかで闇見たことあるって思ったー! キミさ――」


 その切れ長の瞳を見開いて、まるで憧れの人に会えたかのような口調で。


「――タンポポ神、タン・ポ・ポウでしょー!?」



 どういうことだってばよ。


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