第28話 「魂の輝く者たち」
観客の見守る中――。ユズハとのデュエルが始まった。
クリーチャーカードを召喚したユズハに対し、俺の取った行動は――。
「【ホール】! 【ホール】! 【ホール】!」
安定のホール三連打だ。
空を浮いているインプには効かないことは当然わかっている。
だが、ゴーレムも体がデカすぎてホールに埋まらないのは予想外だった。
結局、当たったのはスケルトンと――。
「ふん! 【ディベスト】!」
初弾でユズハを狙ったこのカードは、しかし、効果を為さなかった。
それどころか、穴は俺の足元に空いた――。
「げっ」
あいつ、操作まで持っているのか。
穴が出現する寸前に、俺は地面を転がって避ける。
っつーことは――。
「オンリーカード・オープン! 【マシェーラ】!」
「【ディベスト】!」
このカードの効果は、しかし奪われなかった。
俺の髪が戦場において、ドライヤーをかけた直後のように整えられる。
なるほど、あのカードの効果は『発動したカードの対象を変更することができる』というものだな。
だが、さすがに強力すぎる。恐らくコスト制限か、あるいはMP消費が非常に激しいものだと思われるが――。
「オンリーカード・オープン! 【タンポポ】!」
「【ディベスト】!」
タンポポがぽんっと現れて、足元に一輪の花を咲かせる。
その直後、観客たちが「おお! タンポポ! タンポポだ!」とざわめく。
ユズハは少し怪訝そうな顔をしていたが、俺は構わず次なるカードを発動する。
「オンリーカード・オープン! 【パン】!」
「【ディベスト】だ!」
圧巻のコントロールデッキだな。
あいつは俺がなにをしてくるかわからないからディベストを振り回すことしかできない。
このままだと、あいつのMPが枯渇して俺の勝利だ。
こっちゃ、屑カードだけは山ほどあるんでね。
だが――。
「キキキー!」
「ぬおあっ!?」
そうだ、こいつらの対処もしなければならない。
近くを飛んでいたインプが風の矢を放ってくる。これを俺はとっさに避けた。
さらにゴーレムも悠々と油の撒かれた大地を踏みしめ、その剛腕を叩きつけてきた。
くそう。
ずるいぞ、クリーチャーとは!」
「なにをしている! 貴様も早くクリーチャーを出すがいい!」
「俺のはコストが重いんだ! タイミングを見計らっているんだよ!」
苦し紛れにそんなことを叫ぶ。
一枚も持ってねえんだけどな!
レイズアップのスクリューでぶっ飛ばすか?
いいや、対象を変更されたら俺が食らっちまう。
なら、レイズアップのライメインで敵味方もろとも行動不能にやってやろうか。
あれなら対象を変更されても、問答無用だ。
いや、だめだ。
町の中で使ったら、どんな被害が起きるかわからない。
俺の財布に大ダメージだ!
「とりあえず、【ヘヴィ】!」
「【ディベスト】!」
「ド素人かよ! 何でもかんでも対象変更しやがって!」
俺は思いっきり怒鳴る。
ゴーレムにかけたはずの呪文は、しかし俺の身に降りかかってきていた。
鉛がくくりつけられたように、足が重い。
インプの風の刃が、俺の頬を裂いた。
血が噴き出る。
「はーーっはっはっはっは!」
そこで突然、ユズハが笑い出した。
こちらを指差し、腹を抱えながら、だ。
「弱い! まさかここまで弱いとは思わなかったぞ! 本当にロクなカードを持っていないんだな! 【ディベスト】ひとつにいいようにやられるとは! 圧巻の弱さだ!」
「うるせえ! 今回はたまたまカードの引きが悪かったんだ!」
「語るに落ちたな! マサムネ!」
ゴーレムの振るった腕が俺の前髪をかすめる。
ダメだ、打つ手がない。
なにをしたって自分に跳ね返ってくるんじゃ、――クリーチャーカードのない俺では、勝負にもならねえ。
そしてついに穴から這い上がってきたスケルトンに囲まれ、俺は袋叩きにされた。
気を失ったところで、勝負はついたと判断されたらしい。
俺は最後まで『参った』とは言わなかったからだ。
「さて、お前から一枚カードを奪ってやろう。本来なら山札から一番上のカードを賭けに使うわけだが、今回はその取り決めをしていなかったからな。バインダをよこすがいい」
「……」
全身が痛い。
俺は地面に座りながら、憮然とした顔でバインダを差し出した。
もう観客たちはいなくなっている。
俺が負ける姿を見て、みんなはショックを受けていたようだ。
あのマサムネが負けちまうとはな、と。
ただひとり残っていたミエリが、辛そうな顔をして俺を眺めていた。
そんな顔をするなよ、ミエリ。負けたのは、俺が悪かったからさ。
バインダを受け取ったユズハは、目を見開いて叫んだ。
「なんだこの、圧巻の屑カードの山は!?」
けっ。
わりぃかよ、それしか出なかったんだ。
「信じられん、貴様、こんなカードで戦おうとしていたのか……? クリーチャーカードもない、直接攻撃もほとんどない、打消しもロックもコントロールもない……」
フラメルが「ユズハちゃん、それぐらいにしてあげて……」と彼女の袖を引いている。
しかしユズハは勝者の権利を行使する。
「では、これとこれとこのカードをいただこうじゃないか」
「……っ、さ、三枚もかよ!?」
「そういえば先に言っていなかったな。だが貴様のカードなど三枚集めたところで、この私の一枚とほぼ同価値だ。なにも問題はあるまい」
シャークトレードだろうが! と叫びかけた俺は、思わず口をつぐむ。
確かに、こいつの言っていることは間違っていない。
俺のカードはどれも、屑ばかりだ。
「では【ライメイン】と【スクリュー】、そして……えーと……本当にロクなものがないな……【ヘヴィ】にでもするか」
「……」
……【フィニッシャー】じゃないんだな。
スーパーレアカードだから奪われないとか、そういう話でもあるんかね。
むしろ、七枚集まっていない状態だから、こいつの目には見えなかったのか。
まあ、どうでもいいか。
ユズハが指差した途端だった。
俺のバインダから抜け出た光は、ユズハのバインダに収まった。
ライメインはギルドラドンを倒して手に入れたカードだ。
スクリューはジャスティス仮面を手伝って取得した。
ヘヴィはギガントドラゴンを穿って勝ち取ったんだ。
……別にカードに愛着なんてないけどな。
こうして三枚のカードが奪われた。
ぽい、と俺のバインダを投げ捨てて、ユズハは高飛車に笑う。
「私はしばらくこの町にいる。リベンジがしたければいつでも来るがいい。もっとも、そんな屑カードでは何百年かけても私には勝てないだろうがな」
フラメルはぺこりと頭を下げて、ユズハの後をついていく。
取り残された俺は血の混じるツバを吐いた。
完敗だ。
まさか俺がカードで、ここまでいいように負けるなんて。
信じられなかった。
だが、これが現実だ。
そうか。
俺は負けたんだな……。
悔しさよりも、なぜだろう。
俺の胸には今、寂しさだけがあった。
ぽん、と俺の肩をミエリが叩いた。
励ますような、そんな笑顔だった。
「だ、大丈夫ですよ、マケムネさん! リベンジして次は勝てばいいんですよ! マケムネさん! その昔『カードさえあれば俺は無敵だ! キリッ』とか馬鹿みたいな顔で言っていたような気がしますけど、思い出さないでいてあげますよ、マケムネさん! また一から始めましょう!? ね!? 生きているだけマシですよ、マケムネさあいたたたたたたたた痛い痛い痛い痛い! いつも以上に痛い! 痛い痛い痛いですよマケムネさんやめてやめてマケムネさん!」
うむ……。
なんだか俺の心に、どす黒い感情がよみがえってきた気がするぞ……。
翌日からギルドに入ると、俺には痛々しいものを見るような目が向けられた。
あちこちでひそひそ話が繰り広げられている。
誰かが俺の肩を叩いた。
ゴルムだった。
「よう! マケム……マサムネ! こないだはひでえ目に遭ったな!」
「今お前なんて言おうとしたんだ」
「なんでもねえよ、ほらほら、そんな怖い顔をするな。今回は俺のオゴりだ。好きなもんを頼んでくれよ!」
メニューを差し出されて選ぶと、注文を取りに来たエマが俺の顔を見て「ぷっ」と噴き出した。
「マケムネっち……ぷぷ、マケムネっちとか、ウケすぎっすよ……ぷぷぷぷ……」
「あ、おい馬鹿! やめろ!」
ゴルムが立ち上がってエマに怒鳴る。
「確かにマサムネは負けたかもしれねえ! マケムネだ! こいつは冒険者の見ている前で堂々と負けたさ! だがそれとこれとは話が別だろ! マケムネでもこいつは今まで何度もホープタウンの危機を救ってくれたんだ! マケムネに謝れ!」
……。
俺はずずずと水をすする。
エマの奥から、受付ババアも現れた。
「そうさ、マケムネ。あんたは立派に戦ったよ。よくやったじゃないか。しばらくはこの冒険者ギルドで傷を癒すがいいよ、マケムネ。ほら、薬草でも採りにいくかい? これならあんた程度にだってできるだろうよ」
……。
なんだろう、なんだろうかこの気持ち。
俺の心の中に浮かび、消えてゆく炎……。
だが、同時に光も輝いているんだ。
瞼を閉じれば、ほら、いつだって情景が見える。
俺の上にのしかかって、微笑む彼女の笑顔――。
――そう、美少女エルフのナルルースだ。
ナルが俺の心の中で、天使のように微笑んでくれている。
俺の胸には、ナルと一緒に作り上げた楽園があるんだ。
そうだよ、カードで負けたぐらいなんだ。
別にいいじゃないか。
マケムネって言われても、構わない。
実際に俺は負けたんだ。事実だからな。
争いなんて、なにも生み出さないよ。
俺の心は穏やかだ。
エマが俺に頭を下げた。
「ごめんなさい、マケムネっち。あしが間違っていたっす……。マケムネっちがマケムネっちでも、マケムネっちはマケムネっちなんすね……」
……。
ジャックとハンニバルもやってきた。
「それでマサムネ。リベンジはしないのかい?」
「……リベンジ?」
「ああ、やられっぱなしなんて、君のしょうにあわないだろう?」
「……いや、別に」
『別に!?』
その言葉に、冒険者ギルドの全員が驚いていた。
なんでだよ。
別にいいだろうが。
俺はすぐにでも、ナルのいるあの地下室に帰るんだ。
そしてナルに頭を撫でてもらおう。
「よくがんばったね、えらいえらい」ってさ。
それでもういいじゃないか。
そのときだった。
俺の前に立つミエリが、両手を広げていた。
まるで俺をかばうように、だ。
「だめですよ、みなさん! そんなにマサムネさんを追い詰めないでください!」
昨日、ヘッドロックを食らって反省していたのだろうか。
彼女はとても真剣な顔だった。
ミエリ……。
転生と雷の女神は肩越しに俺を振りむいて、しっかりとうなずいた。
そして再び、皆に向き直る。
まるで俺の心を代弁するように――。
「マサムネさんは、マサムネさんは元からそんな大した人じゃないんです! みなさんがちょっと期待しすぎなんですよ! もうほんとに、マサムネさんはもともとショボいんです! 性格悪いし、屑だし、自信満々のくせにヘタレだし、ビビムネさんだし、すぐ人を殴るし、金に汚いし、偉そうなことを言っておきながら怠惰だし!」
ミエリは真剣に叫ぶ。
「小悪党で小市民で小利口で、最初からこの程度の人だったんですよ! これがマサムネさんの本当の姿なんです! 今まではたまたまうまくいっていたのが、何度も何度も続いていただけなんです! だからそんなマサムネさんをいじめないでください! マサムネさんにはマサムネさんの器というものがあるんであ痛い痛い痛い痛い! え、ちょ、マサムネさんなにをするんですか!? ちょっと! わたし今がんばってマサムネさんをかばってあげているのに! 痛い痛い痛い痛い痛い!」
ああ、そうだな。
やっと目が覚めたよ、ありがとうよ、ミエリ。
俺は少し、ムリをしていたかもしれないな。
ここ数日、とても穏やかない気持ちでいられたから。
俺も真人間になれるかもしれないだなんて、思っていたんだよ。
そんなわけがないのにな。
バカだな、俺は。
崩れ落ちるミエリの後ろで、俺はゆらりと立ち上がる。
俺の目を見たジャックが「ひっ」と叫び声をあげた。
「目が覚めた」
俺はそうつぶやくと、歩き出す。
この胸にいたはずのナルは、もう笑ってはくれなかった。
ただ寂しそうにこちらを眺めているだけだ。
だが、構わない。
愛なんてものは、必要なかったんだ。
俺に楽園なんて、似合わない。
「リベンジしようじゃないか」
ああ、ずいぶんと甘い夢を見てしまったものだ。
だが、この数日間、楽しかったよ、ナル。
ありがとう。
もう一度転生したときは、そのときは――。
――今度こそナルと一緒にいられたら、いいな。
「ま、マサムネ……いくのか?」
「ああ」
誰かの言葉に、俺はうなずいた。
そしてこの胸を指差す。
――もう、迷わない。
「俺は小悪党で小市民で小利口で、そして目先の勝利にこだわる男。――ダークマサムネだ」
リベンジしたいという旨を伝えると、ユズハは飛んでやってきた。
暇なのかもしれない。
「ふふふ、よくぞのこのこと現れたな、マサムネ」
「俺はマサムネではない」
「……なんだと?」
「ダークマサムネだ」
「???」
ユズハはぽかーんとしている。
その後ろに立っていたフラメルもだ。
フラメルはミエリに小声で尋ねる。
「ね、ねえ、ミエリお姉ちゃん……。お兄ちゃんを戦わせないほうがいいんじゃない……? なんかちょっと目がヤバいよ……?」
「フラメルは負けるのがこわいんですね! ふっ、あれこそがマサムネさんの真の姿、腐った目のマサムネさんですよ! 怖気づいたのならとっとと逃げるがいいのですよ! キリッ」
なお、俺の希望により観客はいない。
この場にいるのは、俺とユズハ、そしてミエリとフラメルの四人だけだ。
フラメルはそのピンク色の髪をぴこぴこと揺らし、俺に心配そうな目を向けてくる。
「ねえ、お兄ちゃん……やっぱりやめようよ、こういうの。よくないよね。だって、一緒に魔王を倒しにいく仲間なのに、わたしがユズハちゃんにカード返してもらうようにお願いするから……ね?」
上目づかいで俺を見つめるフラメル。
人間に扮してはいるが、改めてみるとその美貌はさすが女神だな、という気がしてくる。
肌はミエリのようにきらきらと輝き、剥きたての卵のようにつるんとしていた。
しかし、和解。
和解、か。
「あるいは、昨日の俺なら、応じていたかもしれないな」
「……?」
「だがもう無理ってことだよ」
俺は静かに首を振る。
そんな俺の態度を見て、黒髪美少女のユズハは笑っていた。
「よくわからんが、マサムネ! 私はもうすでに貴様のカードデッキの内容もすべて把握している! 貴様には万にひとつの勝ち目もないぞ!」
「くだらないことを言うんじゃねえよ」
「な、なにッ」
俺はぴしゃりと彼女の言い分を否定した。
そしてバインダを呼び出し、告げる。
「勝負はいつだって勝つか負けるかの二分の一だ。そして俺はお前に勝つ」
「ふん!」
ユズハもまた、バインダを開いた。
「大口を叩きおって! ならば証明してみるがいい! この私に勝てるというのなら!」
「いいだろう」
俺とユズハは声を揃えて。
――そして、言った。
『デュエルを始めよう!』
ユズハは素早くクリーチャーを召喚しようとした。
口の端を吊り上げながら、彼女はカードを掲げる。
「くくっ、今度こそ息の根を止めてやるぞ、マサムネ! オンリーカード・オープン――」
そのときすでに俺は走っていた。
【ラッセル】のカードによって増幅された脚力だ。
俺は一瞬にしてユズハに肉薄する。
そして、叫んだ。
「オンリーカード・オープン! 【ダイレクト・パンチ】!」
――直後、俺の拳がユズハのみぞおちに突き刺さった。
体をくの字に折ったユズハ。
彼女はゲホゲホと咳き込んでいた。
フラメルもミエリもぽかーんとこちらを見つめている。
俺はユズハの手からバインダを奪い、そして再び拳を振り上げ――。
「ちょ、ちょっと待て!」
「あ?」
「なにをしている!?」
「俺のオンリーカードの効果により、相手プレイヤーにダイレクトアタックをしているんだけだが」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな! そんなカードはないだろ!? 私は貴様のデッキをすべて確認したと言っているだろう!」
「俺が隠し持っていた。さあ勝負を続けるぞ。オンリーカード・オープン! 【ダイレクト・パンチ】!」
「ま、まて――」
腹パンである。
更なるダイレクトアタックで、ユズハのダメージはさらに加速した。
彼女は真っ赤になって怒りながら、その瞳に涙を浮かべていた。
「ひどい! こんなのはあんまりだ!」
「昨日は俺もさんざん殴られたぞ」
「あれは私のクリーチャーがやったことだろ!」
こいつずいぶんと打たれ弱いな。
俺はしたり顔で語る。
「コントロールデッキに対して有効なのは、人海戦術だからな。俺の無数のパンチまでは、コントロールし切れまい」
「そういう問題ではない! いいや百歩譲ってリアルダイレクトアタックがありだとしてもだ! お、男が女を平然と殴るのか!」
「ふむ」
「そ、そんなのはあんまりだ! ひどいぞ! やめないか! 女神ミエリの名に傷がつくぞ! 私は女なんだから!」
必死だな、ユズハ。
そんなに殴られたくないか。
俺はミエリを振りむいた。
ミエリもまたすごく嫌そうな顔でうなずいている。
あいつ的にも、NGらしい。
まあ、そうだろうよ。
そう言われることだって、予想していた。
「わかったよ、ユズハ」
「――そっ、それなら、早く元の位置に戻って!」
「オンリーカード・オープン」
「――!? れ、【レイズアップ・ディベスト】!」
恐怖にひきつった顔でユズハはとっさに対象をコントロールした。
いつの間にバインダを奪われていたんだろう。まあいいか。
このカードはどうせ、俺自身を対象としたものだ。
「【トランス】」
「――!?!?」
その瞬間、俺の姿は変質してゆく。
そう、俺は性別をチェンジし。
女である、――ダークマーニーへと変わった。
一瞬にして髪が伸び、女の姿へと変身した俺を見て、ユズハは驚愕に目を見開く。
「な、な、な、なんだそれは……」
「なんだって、お前も昨日見ただろ。性別を変えるカードだよ。というわけで、さて」
女声で告げ、俺は拳を鳴らす。
「女が女を殴るのは、なにも問題ないよな?」
「――」
恐怖に震えるユズハに、俺はニッコリと笑う。
エマ直伝の、鉄壁スマイルだ。
「さあ、デュエルを続けよう――」
馬乗りになって十二発殴ったところで、ユズハは「参りました! 参りました! 私の負けです! 参りましたからぁ! ……ぐすっ、うぇっ、うぇぁぁぁ……もうやめて……」と泣き喚いていた。
根性のない女だ。
「よしよし、痛かったね、痛かったねぇ……」
「うわぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁん」
フラメルにすがりついて泣いているユズハを横目に。
俺はバインダを眺めていた。
さて、どれにすっかな。
「ライメインと、スクリューと、ヘヴィは返します……。だから、ごめんなさい……私が調子に乗ってました……えぐっ、えぐっ……」
「は?」
「――ひっ」
泣いているユズハを睨むと、彼女は短い悲鳴をあげる。
ずいぶんと怯えられてしまっているな。
俺は正々堂々とデュエルで勝利しただけなのに。
「そんな屑カードいらねえよ。俺はもっともっとまともなカードがほしい」
ふむ、ディベストはやはり低級魔法にしか効果がないのか。
さらにコストもそれなりにかかるな。
悩む。
ユズハは俺より最大MPが多そうだ。どれもこれも、大量のコストを使うものばかりか。
「使えねえな」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
舌打ちするとユズハはそう言って頭を下げ、フラメルに背中を撫でられていた。
ま、いいか。
「じゃあ、【ゴーレム】と【インプ】と、あと【ディベスト】にしよう。持っておけば、なんかの役に立ちそうだ」
「く、クリーチャーカードを二枚も……?」
「あん?」
「い、いえ、なんでもないです! どうぞ持っていってください!」
言われなくても持っていくけどな。
「あとついでにこの【エナジーボルト】もほしいんだけど。スクリューがなくなっちまったから攻撃魔法がなくて。ちょうどいいからさ」
「えっ、でもそれ……」
「いや、もちろんただでとは言わないよ」
俺はニッコリと微笑んだ。
「ちょうど俺には回復魔法があるんだ。今のお前にはきっと必要だろう。役に立つはずさ。さあ、トレードしよう」
「それ、シャークトレード……」
シャークトレードとは、相手を騙して不釣り合いのカードを交換する詐欺行為だ。
こいつはなにを言っているんだろう。ただの善意の取引なのに。
「な、いいだろ?」
「……………………はい……ぐすん」
こうしてユズハは、なんと俺に三枚ものカードを譲ってくれて、さらに一枚トレードをしてくれたのだった。
最高の相手だ。――また勝負してくれねえかな。
ここからは後日談だ。
ユズハとフラメルはホープタウンを去っていった。
フラメルはなにやらしばらくミエリと深刻な顔で、なにかを話し合っているようだった。
俺を見て、「また会いに来ますね、お兄ちゃん」だとか意味深なことを言っていたが……。
ふたりが去ってゆく少し前に、ユズハと冒険者ギルドでばったりと顔を合わせた際。
「まっ、マサムネさま! 本日はお日柄もよろしく!」
「ああ、いい、いい。堅苦しい挨拶はなしだ、ユズハ。同じオンキンプレイヤー同士、仲良くやろうじゃねえか。なあ?」
「ひい! い、いえいえ! こんな雌豚にはもったいないお言葉! それでは失礼いたします!」
とか、そんなやり取りをしているうちに、俺をマケムネと呼ぶやつはいなくなった。
というか、それよりもずっとドス黒い噂が流れることになっちまったのだが……まあ、いいさ。
手札が充実して、俺は機嫌がいいんだ。
しかし、あのユズハは根性のない女だったな。
もし馬乗りでボコられているのがキキレアだったら、絶対にタダでは降参をしなかったはずだ。
目つぶし、頭突き、金的、噛みつき。あらゆる手段を使ってでも、俺を打ち負かそうと挑んでくるだろう。
正直、キキレアやナルと殴り合いはしたくない。
……って、キキレアやナル?
なんか、忘れている気がするな。
……。
……。
……あ。
そういえばナルに、キキレアを監禁してもらうように頼んでいたんだった。
冒険者ギルドで久々に会ったキキレアは、別人のように綺麗な目をしていた。
「あらマサムネじゃない。ごきげんよう。きょうはとってもいい天気ね」
「……ご、ごきげんよう?」
「ええ、私今までたくさんマサムネにひどいことをしていたわよね。ごめんなさい。私がバカだったわ。世界はこんなにも優しかったのに、うふふ、私ったらなにを憎んでいたのかしら。私ね、これからは世のために人のために生きることを誓いたいの。キキレア・キキ。また一から頑張るわね!」
「お、おう」
キキレアが真人間になっている……。
おいナル、どうすんだよこれ、ナル……。
こうしてホープタウンには、しばしの平穏が訪れる。
だが俺たちの知らないところで、闇の力は世界を少しずつ覆い始めているのであった。
――試練の時は、すぐそこまで迫っていた。
◆取得カード
ライメイン → ゴーレム
スクリュー → インプ
ヘヴィ → ディベスト
キャベジン → エナジーボルト
第三章「英雄へ」 完
第四章「vs魔王軍」
ちょっとの間、書き溜めをさせていただきまーす。
第四章は、5月20日より公開予定でーす。




