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第15話 「稲妻のキティー」

 というわけで、冒険者ギルドにさっさと戻ってきた俺たち。

 お昼時だというのに、誰も人がいない。

 みんなはゴブリン退治に精を出しているのだろう。


 キキレア・キキは冒険者ギルド併設の酒場にて、これでもかというほどに食事をかっ食らっていた。

 もはや暴食の権化だ。


「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます……。このご恩は忘れません。ああ、ありがとうございます……」


 そう泣く彼女を見ていると、なんだか胸が痛くなってくる。

 しかし、よく食うな……。「遠慮するな」と言ったのは俺だが、ゴブリン狩りの金が底を尽きそうだ。これも衝動的な報いか……。


 隣ではナルもなぜか彼女に対抗するかのように食っているし。

 お前は自分の分は自分で払えよ。

 俺とジャックはクッキーのようなものをかじりながら、その食べっぷりをげんなりして見守っていた。


 だが、俺は赤毛ツインテールのキキレアに興味があった。

 背中に背負っている杖といい、全身を覆うローブといい、キキレアは明らかに魔法使いだ。


 この町には魔法使いが少ない。

 俺は前々から憧れていたのだ。魔法使いという存在に。

 後衛からかっこよく皆を支援し、エレメンタルを召喚し、ときにはその大火力で敵を圧倒する。

 トレーディングカードゲームのプレイヤーとは、魔法使いのようなものではないか。


 ……俺も魔法を、使いたい!

 すごく使いたい!


「なあ、キキレア」

「あっ、は、はい!? なんでしょうか!? あっ、ご、ごめんなさい、私ひとりで食べちゃってて! 食べますよね!?」

「いや、それはいい」


 肉を差し出され、静かに首を振る。


「お前さ、魔法使いなんだよな?」

「――」


 彼女は目を見開いた。

 その手からフォークが落ちて、ゆっくりと床に落下してゆく――。のを、直前でジャックが拾い上げる。


「お、落としたよ、お嬢さん」


 凄まじい早業だ。

 どうしてお前はその実力が外では発揮できないんだ。


 そんなことより。


「私は、私は……、魔法使い……、そう、魔法使い……」


 ぷるぷると震える彼女は、様子がおかしい。

 なにかを思い出しているような顔だ。


「ええ、そうよ、魔法使い……! 私、そうだったわ……! なんでこんなところで、オゴってもらって涙を流していたりするの……! 思い出しなさい、キティー、そうよ、思い出すのよ!」


 真っ青な顔色で、立ち上がり、胸に手を当てる。


「そう、この私は! 最強の雷魔法使い、キキレア・キキ! 冒険者ランクS級の大魔法使いよ!」


 な、なんだと!

 彼女が見せつけてきた冒険者カードには、その名の通りのことが書いてある。


「って……すごいのか? S級って」

「いやあ、こりゃすごいよ、マサムネ。S級っていったら、冒険者の中でも本当に選ばれし一握りの才能。100人もいないんじゃないかな。天才のさらに上、大天才だよ」

「じゃあ、なんでそいつが行き倒れているんだよ」


 そう言うと、彼女は胸を押さえながらぐわんとその場に崩れ落ちた。


「……えなくなった……の……」

「え?」


 再び彼女は泣き出した。


「雷魔法が……! 使えなくなったのよぉ……!」



 詳しく話を聞くと、こうだ。


「私は幼い頃からずっとミエリさまの信仰心を抱いて、生きてきたわ。だからこそ、幼くして雷魔法を極めることができたの」

「はあ」

「あ、あなた! どうしてミエリさまなんか、って思っているでしょ!」


 え?

 いや、全然思っていないよ。

 確かにあいつはかなりのぽんこつっぷりだけど、まあ、うん。

 ちょっとは思ったかもしれない。


 テーブルの端っこにいた白猫が、びっくりして顔をあげていた。

 キキレアは猛烈な勢いで喋り出す。


「確かにミエリさまはマイナーだわ! 魔法を司る八柱の神様! その中でも一番使えないと評判よ! 雷魔法は威力は高いけれど、応用力はないし、扱いづらいものね! 私だってそう思っているときはあるわよ! なんでミエリさまなんて選んじゃったんだろ、って!」

「お、おう」

「なんでその猫を必死に抑えているんだい? マサムネ」

「ははは、こいつもミエリって名前なんだよ。だから怒っているんじゃないかな、なんて」

「に゛ゃああああああああ!」


 手足をばたばたと動かす白猫はともかく、キキレアはさらに拳を握る。


「何度も他の神様……、そう、新生と炎の神フラメルさまだとか、再生と治癒の神エンピトルさまだとかに、鞍替えしようと思っていたわ……。でも私はマイナーでも、どんなに影が薄くても、それで一流になれるって証明したかったの!」

「わかるよ!」

「えっ……」


 そのとき、ナルが突然立ち上がった。


「あたしも絶対に弓でトップを取るんだって、そう思っていたから! キキレアさんのこと、すごくわかるよ!」

「誰だか知らないけれど、ありがとう! そう、そうなのよ!」


 女子ふたりはがっしりと手を合わせる。


 えーと。


「なあジャック、ってジャック!?」

「……いい話じゃないか」


 こいつは目元を指で拭っていやがる。

 なんで泣いているんだよ。今の話のどこに泣く要素があったんだ。


 ……いや、まあ、俺もあんまり変わらないのかな。

 屑カードだけを使って全国大会を優勝するために、それなりに努力したものだったしな。


 そうか、なんとなくわかる話かもしれない。

 こだわりって、大事だよな。


「そうか、すごいじゃないか、キキレア。そんな屑みたいな魔法でS級冒険者にまで上り詰めるなんて。屑雷魔法でも、やればできるんだな」

「そうなのよ! 屑女神さまの屑魔法でも、できることはあるのよ!」

「に゛ゃああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺とナルとジャックがうんうんとうなずく中、白猫だけが発狂したように叫び続けていた。

 なんだこいつ、うるせえな。発情期か?


 とはいえ、だ。


「それが使えなくなったんだろ?」

「……そう」


 しょんぼりと肩を落として、キキレアはその場に座り直す。

 骨付き肉はずっと手に持ったままだ。


「信仰心を失ったのかな、って思っちゃったんだけど、でもそうじゃないみたい。こないだの夜に突然使えるようになって、でもまた使えなくなっちゃったから。ま、どっちみち前線から追い出されちゃってたんだけどね。魔法が使えない魔法使いなんて、ただの人だもの……」


 ……ん。

 いや、それって、もしかして。


 俺はじっと白猫を見た。

 猫はぽかーんとしたかと思えば、急にハッとした。


 俺と白猫の目が合う。

 白猫はぷい、と目を逸らした。


 ……ひょっとしなくてもこれ、お前のせいだよな。

 ミエリが地上に降りてきて、そして光の力を失って猫になっているから、ミエリを信仰している魔法使いたちは、魔法を使えないってことか。


 じゃあもしかしてこの問題、世界中で起きているんじゃねえか?


「にゃ、にゃふっ」


 ミエリはぺろりと舌を出してウィンクした。

 ……お前が地上に降りてきたことで、世界中の魔法使いが困っているぞ、おい。

 闇を祓うつもりが、完全に光の弱体化に一役買っているよな……。


 やめよう、俺は知らないふりをしよう。

 こんな事態、俺の手には負えない。


「ま、それでなんとかここまでやってきた、と」

「そうよ……。ホープタウンだったら、今の私にもできる仕事があるかもしれないから……」


 不憫なやつだな……。


 ミエリは俺の裾を引っ張って、前足でキキレアを指す。

 どうにかしてやれ、ってことだろうか。

 ミエリにとっては厚い信仰を持った信者なんだから、そう思うだろうけど。

 いやあ、しかしな……。


 俺は頬をかく。


「なあ、今のお前にはなにができるんだ?」

「私? 私はそうね……。せいぜい低級の火魔法……たとえばファイアーアローとか、あとは低級の治癒魔法を使うのが、やっとのことね……。今から信心を高めないといけないし……」


 へえ、治癒魔法使えるのか。

 だったらいいかもしれないな。

 他のパーティーに確保される前に、取っておくか。


「なあ、お前さ」

「ん」

「俺と一緒にパーティーを組まないか? 治癒魔法が使えるなら歓迎するぞ」

「は? 嫌よ」

「嫌だと!?」


 こいつ、急に俺を見下したような目つきになりやがった。

 腹が膨れたからって威勢が戻ってきてやがる!


「この私が! 今さらあんたたちみたいなカス冒険者とパーティーを組むはずがないでしょう!? どこに目をつけているのよ! S級になってからまた来なさいよ! 私は世界最強の雷魔法使いよ!」

「いや、お前はその雷魔法が使えなくなって最前線から追い出されたんだろ。今はカス冒険者以下じゃねえか。なに大口叩いてんだよ」


 ――そう言った直後、だ。


 キキレアは愕然としていた。

 この世の終わりのような表情だ。


「あ……、う、あ……」


 ナルとジャックはこちらを白い目で見つめている。


「いくらなんでも今のはひどいよー、マサムネくん……」

「本当に君は鬼だね、マサムネ……」

「なんでだよ!? 事実を言っただけだろ! 実際こいつはS級冒険者パーティーに追い出されたじゃねえか! 役立たずの烙印を押されたんだろ! だから野垂れ死にしそうになってたんじゃねえかよ!」

「追い出されてないもん……。みんな、力が戻ったら、帰ってきていいって言ったもん……。私、追い出されてないもん……」

「それが追い出されたってことだろ!? ああ!? お前だって諦めてホープタウンに帰ってきているじゃねえか! だったら今できるのはある力を伸ばすことだろ! 俺たちのパーティーに来ればそれができるっつってんだよ!」


 ぜぇぜぇと息を切らしながら怒鳴ると、キキレアは「あああああああああああああああああああ!」と叫びながら頭を抱えた。


「憎い! 憎いよぉ! なんなのあのクソ女! 私と入れ替えでS級パーティーに入ってさあ! 『お疲れ様、しっかりと体を休めてくださいね』とかにこにこしながら言いやがってさあ! あいつが魔法を全部失えばよかったのよおおおおおおおお! なんであんたはまだ魔法使えているの妬ましいよおおおおおおおお!」


 涙を流しながら何度も何度もテーブルを叩くキキレア。

 俺はその肩を叩く。


「力がほしいか?」

「うう、力が、力がほしい……この私をバカにしたすべての冒険者に復讐するだけの力を……」

「よし、ならば力をやろう。お前は俺たちのパーティーで十分に力を発揮するんだ。そして俺に魔法の使い方を教えてくれ」

「ううううう、マサムネー……、こんな私でいいのー……?」


 チョロいなこいつ……。

 よし、これで十分に恩を売ったな。

 あとは魔法を教えてもらうだけだ。

 夢が広がるな!


 さらに俺の肩をポンポンと後ろから叩いてくるナル。


「ね、ね、マサムネくん、今さ、今さ、『俺たちのパーティー』って言ったよね!? 言ったよね!? それってつまり、つまりそういうこと!?」

「言っていない」

「言ったよね!?」



 ――そのとき、小さな地震が起きた。


 俺を除いた皆は顔を見合わす。


「地震? 珍しいねー」

「なにかあったのかな」

「……なにかしら」


 ん、そうか。

 日本人の俺にとって地震は日常茶飯事だったけど、ここの住人にとってはそうではないのか。


 そして直後。

 ――さらに地面を揺らがすような怒鳴り声が響いた。


『出ぇてこおおおおおおおおおおおおおい! キキレア・キキぃいいいいいいいいいいいいいいいい!』




 俺たちが町の入口に向かうと、そこは人だかりになっていた。

 なんだなんだ。


「すまん、通してくれ」


 門の近くまでやってきて、ようやくなにが起きているのかがわかった。


 そこに経っていたのは、巨大な男だ。

 人間ではない。魔族だ。頭に鬼のような角が生えている。

 黒々とした肉体は鍛え抜かれており、まるで筋肉ダルマだ。

 筋力全振りといった感じのタイプだな……。


「早く出せ、キキレア・キキだ! この町にいるはずだろう!」


 対応をしているのは、禿げ頭の杖をつく爺。

 町長だろう。『私が町長です』というたすきをかけているし。どんだけ自己主張激しいんだ。


「そんな人は知りません! いったい誰なのか……」

「嘘をつけ! 俺様の部下がこの辺りで見つけたと言っている!」


 にしてもこの魔族、アホみたいにデカい声だな。

 そのとき、門番が町長の隣に走ってゆく。


「町長……確かに、名簿に名前が……! キキレア・キキ、町に入っております、S級冒険者、キキレア・キキです!」

「なんと。あの『稲妻のキティー』か……?」

「やはりいるではないか!!」


 魔族は鬼の首を取ったように怒鳴る。


「かつて我が軍を半壊させたキキレア・キキ! その仇を討つ機会がやってきたな! まさかこんなところに逃げ込んでいるとは! しかし無駄な抵抗だ。グワッハッハッハ! さあ、出てこいキキレア!」

「む、むう」


 町長を見下ろし、魔族はその口から豪快な牙を覗かせる。


「なんだ、かくまうか? そうだ貴様たちはいつもそうだ! 構わぬぞ! ならばこの町ごと破壊しつくしてくれるわ! グワッハッハ!」


 思わず走り出そうとしたキキレアを、俺は強く引く。

 どうして!? という目で振り返ってくるキキレア。

 俺は静かに首を振って、キキレアの頭を掴んで下げる。


(見つかっちまうぞ)

(でもあいつは私を探している!)

(そうだな。まあいい。今は判断材料を集めておけ)

(なんなの!?)


 そうこうしている間に、町長は毅然と首を振る。


「……この町は、始まりと希望の町、ホープタウン。もしこの町が魔族の言葉に従い、冒険者を差し出すようなことがあれば、もはやその名は捨てなければなりません」

「ほう!?」


 魔族は面白そうに目を剥いた。


「ならば俺様に逆らうということか! グワッハッハ! 面白い!」


 すぅぅぅと魔族は息を吸い込んだ。

 そして今までの数倍以上の声量で――、町に怒鳴る。


『聞こえるか! キキレア! 一日だけ待とう!』


 ――町のガラスが次々と割れてゆく。

 なんて声だ。鼓膜が破れちまうぞ。


『貴様がもし出てこなければ、この町にギガントドラゴンを放つ!』


 冒険者も町人も一斉にざわめいた。

 ホープタウンを騒がせていたギガントドラゴンはこいつの仕業だったのだ。


『おびただしいほどの死者が出るであろう! それを止めたくば、俺様と戦うがいい! 俺様は西の森で待つ! 逃げも隠れもせんぞ! グワーハッハッハ!』


 キキレアは俺の手を握り返してくる。

 その力はあまりにも強く、爪を立てられたら、血が噴き出しかねないほどだ。


 魔族は悠々と背を向けて、引き返していった。

 その無防備な背中に、誰も攻撃を仕掛けようとはしない。

 ……今、やればいいんじゃね?

 俺がライトクロスボウを構えようとしたその時――。


「かくまっても構わんぞ、町長。そのときは町が――」


 魔族が地面に拳を打ち付けた。

 大地が揺れ、土煙が舞い上がる。

 その向こう側で、魔族がはっきりとした声で告げた。


「――こうなってしまうだけだからな」


 埃が晴れたとき、そこには誰もいなかった。

 ただひとつ、巨大なクレーターが残されていただけであった――。




 冒険者たちは皆、冒険者ギルドに戻っていた。

 これからのことを話し合うためだ。


「魔王七羅将のひとり、『轟鳴のギルドラドン』だな」


 誰かがぽつりとつぶやいた。


 ギルドラドンはこの辺りの地方を支配下に収めるために戦っていた魔王軍の幹部クラスの大将軍らしい。

 やつの率いる軍団は、ゴブリンやオーク、コボルトなどの亜人族だ。

 本来はもっと西の方にいたらしいが、ここまで遠征してきたのだという。


 目的は、キキレアの首、だろう。


「勝てないよな……」

「ああ、勝てない」


 皆はそう言い合いながらうなずいていた。

 なんたってギガントドラゴンすらどうにもできなかったのだ。

 それを使役する将軍を倒せるわけがない。


「だったら……」


 だったら、そうだ。

 勝てなければ、逃げるか、あるいはキキレアを差し出すしかない。


「――だったら、私に任せて!」


 ばんとテーブルを叩いて立ち上がる少女がひとり。

 全員の目が、彼女に集まる。


「私こそが、キキレア・キキ! S級冒険者! 『稲妻のキティー』よ!」

『おおおおおおおお……』


 辺りがどよめいた。


「女の子だったのか!」

「こ、こんなにかわいかったなんて……」

「これじゃ俺、守りたくなっちまう!」

「キティーちゃん、マジキティーちゃん!」


 ざわめき出す一同に、キキレアは親指を突き出す。


「心配しないで! あんな頭悪そうなやつ、私の魔法でちょちょいのちょいよ! ちょちょいのちょいの、ちょいちょいちょいよ! 粉みじんにしてやるわ!」

『おおおおおおおおおおおお……』


 さらにどよめく。今度は安堵も混ざっていた。


「いやあ、S級冒険者さまがそう言ってくれるなんて、安心だ!」

「勝った! 俺たちは勝ったぞ! 勝利の美酒だ!」

「キキレアちゃん万歳―! キキレアちゃん万歳―!」


 大騒ぎの冒険者たちに、キキレアは満面の笑みを向けた。


「私に任せておきなさい!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 ――バカばかりか。




「やってしまったわ……」


 日が落ちて、散々褒めてもらったキキレアは、外へと向かう道の塀に額をつけていた。

 こいつもバカだった。


「私ひとりでどうすればいいの……」

「素直に話せばよかっただろ」

「……マサムネ」


 猫ミエリは俺の足元をとぼとぼとついてきている。

 自分のせいでキキレアが力を失ったと知って、さすがに責任を感じているような顔だった。

 似合わねえな、こいつも。


 キキレアはジト目でこちらを見たあとで、口を尖らせた。


「言えるわけないでしょ、今さら。私はすべての力を失って、今は低級魔法しか使えません。だからみんな助けてください、だなんて」


 なんでだよ。

 事実だろ。


 キキレアは目を逸らし、唇を尖らせる。


「……だって、かっこ悪いじゃん」

「は?」

「か、かっこ悪いでしょ!」


 いや、顔を迫られても。

 頬を真っ赤にして、キキレアは叫ぶ。


「自分より低ランクの人にお願いして、それで助けてもらうだなんて、かっこ悪いでしょ!? わかんないの!?」

「わからねえよ。命の危機だろ。つかお前、俺にパンを恵んでもらっていたじゃないか」

「あ、あれはいいのよ……。私はパンを作れないし……」


 キキレアはそっぽを向いた。


「とにかく、ご飯オゴってくれてありがと。私はもう行くわ。もしかしたらなにかのきっかけで、私の中に秘められたすんごいパワーが覚醒するかもしれないし」

「待て」


 そう言って俺はキキレアのツインテールの片方を引っ張った。

 歩き出そうとした彼女は、首をへし折られたような格好で立ち止まる。そして憤怒の表情で振り返ってきた。


「あ、あ、あ、あ、あんたねえええええ!? なにすんのおおおお!? 今死ぬかと思ったわよ!?」

「キキレア」

「……なによ」


 憮然とした彼女に、告げる。


「俺はまだ納得していないぞ」

「……は?」

「お前が戦いに行くことに、だ。今の手持ちの判断材料では、お前は百%死ぬ。そいつは許せない」

「なにがよ!?」


 キキレアは地団駄を踏む。


「あのね、勘違いしているなら言うけど、別に私はいい人でもなんでもないからね! ちょっと私の顔が可愛いからって、下心を出しているんでしょ!? 私が今まで魔物をどれだけ殺したか! 魔族だってさぞかし私を恨んでいるでしょうね! 私の手はとっくに汚れているのよ! そんな私があんたみたいな低級の冒険者に助けてもらう資格なんてないわ!」

「そういう中二病はいらない」

「中二病!?」


 ぱかぱかと口を開閉するキキレアに、俺は静かに首を振る。

 だがキキレアはまだめげなかった。


「い、いいじゃない! 私の好きにさせなさいよ! 私はもう何の力もないんだから! 魔王七羅将と一対一で戦って死ぬぐらいしか、私がカッコいいまま死ぬ方法は残っていないのよ!」

「いや、全然かっこよくないぞ、それ。だってお前、雷魔法使えないから、相手もぽかーんとしたまま『え、なに、勝ったの……?』みたいな雰囲気にしかならないぞ」

「あああああああああ、もおおおおおおおおお」


 キキレアは髪を振り乱す。

 涙目であった。


「なんなのよ、本当に! なんできょう会ったばかりのあんたが、そんなことを言うのよ! なんなの!? 私の生き方勝手に決めんな!」

「お前こそ勝手を言うなよな。お前はもう俺のパーティーメンバーだろ」

「はあああああああああああああ!?」


 うるせえなこいつ。

 別に俺は、キキレアを衝動的にパーティーに誘ったわけではない。

 タダで魔法を教えてもらわなければならないのだ。


 それに――。


「別に、死ぬことはないって言っているんだ」

「だったら逃げろっていうの!? 尻尾を巻いて!? それこそこの町にドラゴンが放たれて、阿鼻叫喚になるでしょう!?」

「違う」


 俺はキキレアの細い手を摑まえて。

 告げた。



「あいつに勝てばいいだけだ。――俺たちでな」



「……………………へ?」




 明日21時、二章ラストです。

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