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第14話 「こいつら森に捨てていきたい」

 

 俺たちは必死に走っていた。

 そう、俺たち三人+猫一匹だ。


 俺たちは追われていた。

 後ろから大名行列のようにゴブリンの群れがやってくる。

 その目は血走っていて、なにがなんでも俺たちを殺さなければ気が済まないといった模様だ。

 くそう。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 簡単なクエストのはずだったのに。

 いいや、わかっている。

 理由は百も承知だ。


「ひい、ひい、まさか今回もここまで当たらないとはね! 意気消沈を通り越してなんだか呵呵大笑だね!」

「だめだ、やっぱりこわいよマサムネ! ナイフで斬りかかったらきっと反撃でこっちの腕とか足とか斬られちゃうに決まっている! 僕痛いのやだよ! こわいよ!」


 そう、わかっているのだ。

 こいつら屑カードのせいだってことぐらいはな!


「当たらねえアーチャーと、度胸のないシーフなんて、いらねえんだよおおおおおおおおお!」


 俺の絶叫が森に響き渡った。


 なぜこんなことになったのか。

 ──出来事は、今朝に遡る。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 俺は宿の近くの原っぱにやってきて、一枚のカードを眺めていた。


 昨日に手に入れたこのカードの名は【スクリュー】。

 効果は対象に回転と直進の効果を与える、というものだ。


 そう、俺はついに火力を手に入れたのだ。

 念願の、である。


「ついに来たな、俺の時代が……」


 やっとだ。ここまで本当に長かった。

 魔王城の近くに突き落とされたり。

 ギガントドラゴンからほうほうの体で逃げ出したり。

 盗まれた金貨を取り戻すため、怪盗になってみたり。

 自分がタンポポの神だと名乗ったり。


 狂人かよ……。


 でもそんな日もようやく終わるんだ。

 眠そうに顔をこするミエリよ。見ていろよ。


 石を拾う。これを発射するとしようじゃないか。

 木の枝を狙い、俺はカードを発動させる。


「オンリーカード、オープン……【スクリュー】!」


 カッと光が瞬いた。

 俺の手から飛んでいった石ころは、見事に回転しながら直進し、木の枝を貫いた!


 お、おお……。

 やった、やったぞ……。


 今回はばかりはオチもなしだ。コストだってそれほど重くはない。まだまだ使える。何度でも使える!

 俺はようやく、攻撃手段を手に入れたのだ!


「やったあああああああ!」


 空に拳を突き上げる。

 俺の異世界成り上がり生活は、まだ始まったばかりだ。

 これからの俺の活躍にご期待ください!




 さ、懐も潤ったことだし。

 そろそろ用事を済ませにいこうとしよう。

 やっぱり金があるというのはいい。安心する。

 だがいつかはなくなってしまうものだ。ちゃんと貯蓄もしていかないとな。


 そんなことを考えながら、俺とミエリは通りを歩く。

 ここらへんは武器や防具を売っている店が連なっているようだ。

 歩いているやつらも、冒険者ばかりだな。

 肩がぶつからないように、気をつけないと。


 さて、焼肉パーティーのときに教えてもらった店は、どこかな。


 ああ、ここだここだ。

 看板が出てる。『工房ウィグレット』か。

 骨やら鉱石やらが、店の外にも散乱していた。

 邪魔するよ。


「いらっしゃい。ああ、アンタたちかい」


 すると左目に眼帯をつけた妙齢の女性が、出迎えてくれた。

 彼女が加工師ウィグレット。

 俺のギガントドラゴンの素材を引き取ってくれた人である。

 美人だし、褐色の肌を惜しげもなくさらしている。引き締まった体にはたっぷりと肉が詰まっているようにむちむちしていて、それなのにしなやかで細く。

 まあなんというか、目に毒だ。


「聞いたよ。アンタ、怪盗ジャスティス仮面を名乗る悪党を捕まえたんだってね。すごいじゃないか」

「え? なんだ、もう知れ渡っているのか?」

「こんな商売をしていりゃ情報も集まってくるってもんさ。しかし、もうホープタウンの危機をふたつも救ったなんて、大した男だよ。とんでもないルーキーが現れたもんさ」


 ウィグレットさんは屈託なく笑うと、こちらに手を翻す。


「で、どうするんだい? ギガントドラゴンの骨と皮。好きな装備を作ってやるよ」


 素材を誰に任せて加工してもらおうかっていうのは、俺としても様々な判断材料を集めたかったのだが、しかしその必要はなかった。

 ギガントドラゴンの素材ぐらい高レベルともなると、この町で加工ができるのはウィグレットさんただひとりらしい。

 そんな人がどうしてホープタウンで加工屋なんてやっているのかは、よく知らない。


 しかし、どうしたもんかな。


「全身鎧と、剣を二本とかもいけるのか?」

「そいつは無理だわね」


 ええっ、あれだけのデカブツを倒したのに、無理なのかよ。

 潰したのは頭だけだから、割と理想的な状態だったと思うんだが。

 ナルも素材はすべて俺のものでいいって言ってたしな。


「納得いかないって顔しているね、ルーキー。冒険者ギルドのクエストで倒したモンスターの素材は、取り分が決まっているんだよ。討伐報酬は、素材買い取りの値段も含められているのさ」


 ああ、そういうものなのか。

 仕方ないな。今は金のほうが大事だ。


「せいぜい皮から作る鎧なら、上半身か下半身を一部位。それに骨から作る武器も、長剣が一本ってところかねえ」

「なるほど、意外と少ないな」


 まあ、しょうがないか。

 ギルドと半分こになったしな。


「じゃあ武器はとりあえず、長剣を一本頼むよ。俺にも取り扱えそうなやつだ」

「あいさ。金貨一枚ってところさね」


 え、お金取るの?

 俺がきょとんとしていると、ウィグレットは声を上げて笑う。


「当たり前に決まっているじゃないか。ギガントドラゴンのボーンソードって言ったら、それこそずいぶんと値の張る代物さ。加工のために聖銀や魔光鉱を使わなきゃなんないんだから、それぐらいするよ。ま、売り物にしたら金貨六枚はくだらないんだから、これでも破格の安さだね」

「そうか……」


 するとウィグレットはニィッと笑う。


「安心しな。アンタはそれでも町の恩人だ。お代は後払いでもいいよ。死んじまったら、そんときは剣を返してくれるだけでいい。アタシは優しいだろ?」

「シビアだなあ」

「長剣はできるまで十日ほどかかるだろうよ。さて次だ。鎧はどうする?」


 ううむ。


 どの部位がもっとも大事なんだろうな。

 いや、やはり胸か。胸当てだろうな。

 体の中心線を守らなければ。


「あいよ、こっちも金貨一枚。この町の恩人だし、端数は切り捨てでいいよ。締めて金貨二枚だ」

「わかった、先に払おう」


 俺は首から下げた財布を懐から取り出し、金貨二枚を手渡す。


「毎度ありー」

「じゃあまず、デザイン案から企画書を頼む。俺もコンセプト作成には協力する。キャッチコピーは『素人でも使える剣と、絶対に死なない鎧』だ」

「へ?」


 ウィグレットさんは目を丸くした。


「モノづくりとなれば、俺も妥協はしたくない。ふたりでとことんがんばって、いいものを作り上げていこう。な、ウィグレットさん」

「え、なにこの子、すごいめんどくさい」


 ミエリも同意をするように、「にゃあ」と鳴いた。

 失敬な。



 しかし、金がもう残り半分か……。

 考えてみれば、俺は今、二百万円分の買い物をしたことになるな。とんでもねえ。


 まあいい。長剣が扱えなかったら、そのときは引き取ってもらえばいいのだ。

 金貨六枚で売れるって言っていたしな。差額を考慮しても、金貨一枚よりは高いだろう。


 そう、手持ちは減ったが、資産が減ったわけではない。むしろ増えたのだ。

 新作エキスパンションやルール変更で価値が激しく変動するカードとは違う。


 とはいえ、金貨二枚と怪盗を捕まえたクエスト報酬の銀貨四枚もあれば、あと十日ぐらいごろごろしていてもいいだろう。

 剣ができたら、試しに冒険に出てもいい。


 新たなカードの試し打ち? いやいや、命の方が大事だし。

 さ、旨そうなものでも買って、宿に戻るぞ。

 戦士の休息だ。

 誰にも俺を止めることはできない。


「あ、マサムネくん! いたいた!」

「……」


 俺は振り返らない。今のは風の声だ。

 だめだ、腕を掴まれてしまった。

 バカデカい弓を担いだあまりにも目立つエルフ。ナルだった。


 その無駄に造形の美しい美少女然とした態度で、俺を覗き込む。


「ねえねえ、マサムネくん! マサムネくん! きょうも冒険にいこうよ! ね、ね、ね!?」

「うるおおおおおおおおあああああああああああ!」

「えっ!? な、なに!? なになに!? 驚天動地!?」


 思いっきり威嚇して、俺は走り出す。

 ナルはびっくりしてその場に立ち止まっていたが、しかしすぐに追いかけてきた。


「ちょっとマサムネくん!? どうしたの!? 冒険ヤなの!?」


 いやに決まっている。

 なんで金があるのに、わざわざ好き好んで痛い目を見にいかなければならないのだ。

 俺は用心深いんだ。できることなら生涯を町で過ごしたい。


 だがナルは回り込んできた!


「ねー、いこうよー、いこうよいこうよー、ねー、いこうよー」

「嫌だ! お前だって他のパーティーに混ぜてもらえばいいだろ! なんで俺なんだ!」


 そう言った直後、ナルはにっこりと笑う。

 天にもらった美貌の無駄遣いである。


「混ぜてもらえないから! 孤立無援なの!」

「そんな嬉しそうな顔で言うことか!?」

「よし、わかったよマサムネくん! 今回キミはなんにもしなくていいよ! あたしがゴブリン退治するから! キミは後ろで見ているだけで大丈夫! 安心安全のナルルースがんばります!」

「うそつけえええええええええ!」




 というわけで、俺とナルは冒険者ギルドのクエストボードの前にいた。

 なんでこうなってしまうのか。


「まあ、以前の一件でナルにはタダ働きさせちまったからな……」

「えーへーへー」

「これで貸し借りはなしだぞ。金輪際俺はお前と共に冒険に出ることはないと誓うぞ」

「はーい! 重々承知!」


 ほんとにわかってんのかよこいつ……。

 世界一自分が幸せ! みたいな笑顔をしやがって……。


「依頼、ゴブリン退治ばっかりだねー」

「そうだな」


 大方、ギガントドラゴンからねぐらを奪われたゴブリンたちが、戻ってきているんだろう。

 その間、ゴブリンは冒険者に狩られていなかったから、繁殖が進んでしまっていた、というわけだ。

 つまりその駆除依頼が今になって集まってきたんだろう。


 俺はギルドを見回した。

 ちらほらと人がいるな。


「誰かを誘ってもいいか? ナル」

「え? うん、もちろんだよ。あ、で、でも、あ、あたしはふたりでも大丈夫だけど」


 よし。手あたり次第声をかけていこう。

 そしてナルの引き取り先を見つけ出すんだ。


 きょとんと目を丸くしているナルは、耳をピコピコと揺らす。

 確かにこいつは戦闘ではまったく役に立たないが、この見た目だ。

 完全無欠の美少女エルフ。森の宝石だ。

 騙されてホイホイとついてくるやつも出てくるだろう。

 ……美人局みたいだな。


 だが……。


「なあ、お前俺たちと一緒のパーティーに入らないか? あのギガントドラゴンを退治した俺たちだぞ」

「えっ……や、やめとくよ」


 えっ。


「一緒にゴブリン退治にいこうぜ。大丈夫大丈夫。俺たちはなんてったってギガントドラゴンを倒したんだから。任せとけ!」

「……でも、ナルルースさんだろ? 弓、当たんねえじゃん……」


 えっ。


「よし、キミだ! ティンと来た! キミこそが未来の冒険者のスターだろう! 俺たちとゴブリン退治にいって、その英雄譚を始めよう!」

「嫌だよ。俺あいつの流れ矢に殺されそうになったんだぜ。もう二度とごめんだね」


 ――それ俺もだよ……!



 ギルドにいるやつ全員に声をかけたが、全滅である。


 ナルの悪評がここまで広まっているとは思わなかった。

 こいつ、どんだけ大暴れしてきたんだ……。


 確かに接近したらあの弓はすごい威力だ。

 だが、それでもそれ以外のことはまったく役に立たないし。

 そもそもゴブリンを倒すのは明らかにオーバーダメージなんだよな……。

 遠距離から射られたら、今度はこっちの身が危険に晒されるし……。


 がらんと扉を開いて入ってくる男を見て、俺は嘆息しながら声をかけた。


「なあお前、俺たちと一緒にゴブリン退治にいかね?」


 どうせ断られるだろ。

 だが。


「えっ、い、いいの? 喜んで!」


 そんな返事を聞いて思わず俺は顔をあげた。

 ロクに確認もせず勧誘したそいつは――ジャックだった。


「ごめん、やっぱ今のなし」

「待って!?」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ジャックは両手にナイフを持つシーフであるらしい。

 罠解除や鍵空けはお手の物、ってやつだな。


 ふたりで来るよりは弾除けにでもなるかと思って、連れてきたんだが。


「お前は怪盗が忙しいんじゃないのか?」

「いやあ……実は僕、怪盗とかじゃなくて、本当は冒険者を目指していたんだけどさ」


 ジャックは頬をかく。

 俺たち三人+猫ミエリは、森の中を歩いていた。


「でも僕、シーフでしょ? シーフって基本的にパーティー組まなきゃいけないじゃん?」


 当たり前だな。

 シーフはなんというか、パーティーのフォロー役って感じだし。


「でもパーティーって知らない人に話しかけたり、知らない人と話したりしないといけないじゃん。それってムリじゃん? こわいじゃん? 明日なんて微塵も見えないじゃん?」

「ムリじゃねえだろ、ムリじゃ」


 当たり前みたいな顔で言ってんじゃねえよ。


「つまりビビりってことか」

「び、ビビりじゃないですし! ビビりが怪盗とかできないでしょ!?」

「やってなかったじゃねえか! お前、予告状ばらまいてただけだろ! お手紙配達人じゃねえか!」


 ったく、本当に大丈夫かよ、こいつ……。

 使い物になるんだろうな……。


 ――結果から先に言えば、ならなかった。




 今回のゴブリン討伐は目標20体で、それを超えると一匹ずつボーナスがもらえるようだ。といっても銅貨10枚程度だったりするらしいが。

 達成報酬は銀貨3枚。三人で挑んで割りやすいからという理由で選んだクエストだった。


 ゴブリン退治は簡単で、しかも近くの森というお手軽さによってその日暮らしの冒険者たちに愛されているようだ。

 だったら別に俺がいかなくてもいいのではないか……。


 まあ、来てしまったものは仕方ない。

 やるか。


「お、マサムネくん、きょうはちゃんと武器を持っているんだねー」

「ああ」


 そう。俺は腰にライト・クロスボウを下げていた。


 ゴブリン退治に出る前に、ボルト20本と合わせて、銀貨4枚で買ってきたのだ。

 力がなくてもボルトがセットできる、巻き上げ式のライト・クロスボウである。


 剣や槍にしようかと思ったのだが、まあ、最初は射撃武器のほうがいいだろう。

 斬りかかるのはやっぱり少し怖いしな。


「ちゃんと試し打ちはしてきた。五メートル以内なら届くし、そうそう外さないさ」

「ふふ、遠距離攻撃の道は長く険しい。勇猛精進! がんばるのだよマサムネくん!」

「お前は一メートル先の的に当てられるようにがんばろうな!? な!?」


 ナルにヘッドロックを仕掛けながら説得すると、彼女は必死にうなずく。どうやらわかってくれたようだ。


 さて、森の中を三十分も進むと、すぐに小さな鬼の姿が見えた。

 緑色の肌をして、尖った鼻と耳を持つ、ちっこいやつらだ。その手にはナタのようなものを持っている。

 見える限りでは、三匹だな。


 俺たちは立ち止まる。

 こんなに町から近くにいるのか。これじゃ定期的に駆除しないと大変だな。おちおち木こりもできまい。


 さて、どうしたもんか。作戦はいくつかあるが、どれでいくかね。

 俺はちらりとジャックを見た。


 こいつはゴブリンをじっと見つめたまま、だらだらと汗を流している。

 ……おい、お前もしかしてゴブリン相手にビビっているんじゃないだろうな……。

 見た目あんなガキなんだぞ。他の奴らの話では、剣を握りたての若者でも勝てるような相手らしいぞ。


(ジャック、俺が先にクロスボウで仕掛けるから、お前はそれから飛びかかっていってくれ。お前が前衛、俺が後衛だ)

(ええっ!?)


 ジャックは泣きそうな顔をしていた。


(と、飛び込めば、飛び込めばいいんだね……!?)

(お、おう、そうだよ。クロスボウが当たった瞬間が合図だ)

(わ、わかったよ……飛び込むよ……。飛び込めばいいんだろう、飛び込めば……。飛び込む、飛び込む……。うう、ああ……もう、僕はここできょうこの日、僕の世界は滅びてしまうのか……)


 誰も滝壺に飛び込めって言っているわけじゃねえんだが……。

 見やれば、ナルが目を輝かせていた。


(はい、はい! マサムネくん! あたしはどうすればいいの!?)

(お前はここで俺たちの荷物を見張っていてくれ。大事な、お前にしかできない役目だ。頼んだぞ、ナル)

(なにもするなってことだよねそれ!?)


 さ、やるぞ。



 俺は念のためにバインダを脇で挟みながら、クロスボウを構えた。

 いけ。


 引き金を引くと、ボルトはゴブリンの首に吸い込まれた。

 ひっくり返って倒れるゴブリン。その様子を見て、他のゴブリンが叫び出す。


 よし。当たった。

 さ、ジャック、行け――って。


「……ジャック?」


 ……あいつどこいきやがった?

 俺は立ち上がり、振り返る。


 すると――。


「がんばれ! マサムネ! 君ならきっとできる! やればできる! 諦めるんじゃない! がんばれがんばれできるできる!」

「てめえがやれよ!?」


 ジャックはナルの後ろに隠れていた。

 なんなんだあああああちくしょうがあああああああ!


 ゴブリンどもは一斉に俺を狙ってくる。

 そりゃそうだよな、一番前にいるのは俺だからな!


 俺はバインダから【へヴィ】のカードを引き抜いた。

 足止めとなってはこいつからだ。


 ナタを振り上げ襲い掛かってくるゴブリンに、放つ。


「オンリーカード! 【へヴィ】!」


 ゴブリンの足が急激に重くなり、そいつはその場につまづいた。

 その瞬間であった。


 風のように駆けてきたジャックが、俺の横を走り過ぎたのであった。

 まるで燕にように、その転んだゴブリンに襲い掛かる。


「――もらったぁ!」


 ジャックのナイフが閃く。

 こいつは一撃でゴブリンの首を掻っ切った。

 そして晴れやかな笑みを向けてくる。


「どうだい、マサムネ! 僕だってなかなかやるだろう!」


 本当だ……。

 なんだこいつ、やればできるんじゃねえか。


「よし、その調子でどんどんいけよ!」


 だがさらにもう一匹のゴブリンがナタを掲げてとびかかってくると、ジャックは悲鳴をあげながら二十メートルぐらい逃げて行った。

 そのまま凄まじい機敏さで木にのぼり、ガタガタと震えながらこちらを見下ろしてくる。


「ひいいいいいいいい! こわいよおおおおおおおおお!」


「……【オイル】!」


 俺がゴブリンの足元に油を放ってスっ転ばせると、再び戻ってきて、「ヒャッハー!」と叫びながらゴブリンの胸を貫いていた。


「どうだい、マサムネ! これが僕の真の実力だ! 今目覚めた! 覚醒したよ! やったぜ!」

「お前、動けないやつ以外と戦えないのか!? このゲス野郎!」

「あっ、痛い!? なんで今僕殴られたの!?」


 なんなんだこいつは……。

 完全な屑カードがさらにもう一枚増えた……。


 そんなことを思っていると、後ろの茂みからさらにゴブリンが顔を出した。

 やべ、ボルト装着しないと。


 ゴブリンはどんどんと数を増してゆく。

 五匹、十匹、十五匹――。

 何匹いるんだ。


 やべえ。

 このままじゃ取り囲まれる。


「走れ!」


 俺の叫びとともに、一同は駆け出した。



「くそがあ!」


 叫ぶ。もう誰に向かって叫んでいるのかもわからない。

 この世の不条理にかもしれない。


 ジャックもナルも、逃げ足はとてつもなく早い。

 ミエリなんて、ナルの肩に乗ってあくびしてやがるからな!

 一番遅れているのは、俺だ。【ラッセル】のカードがあっても追いつけない。


 って、げ、逃げた先にもゴブリンがいるじゃねえか。

 くそ、やるしかないのか。


「ナル、ジャック! ここで後続を迎え撃つぞ!」

「わかったよ!」

「ひい!」


 ナルが華麗な体さばきで弓を引く。

 それはまるでよどみない仕草だ。


 だが――。


「やめろ! お前は打つな――」

「――乾坤一擲! 百発百中!」


 ナルの放った矢は轟音を立てて、そして美しい曲線を描いて俺の足元に突き刺さった。

 土が舞い上がり、俺の口に入る。味方からの目くらまし攻撃である。

 崩れた態勢を慌てて立て直す。転んでゴブリンたちから袋叩きに合うところだった。

 ぶち殺すぞ。


「うおおおおおい! ぺっぺっ! 邪魔すんなよお前!」

「ごめんなさああああああああああい!」


 くそ。

 改めて、俺はバインダから二枚のカードを引き抜く。

 火力を見せてやる。

 そこいらの手頃な岩を拾って、そして放つのだ。


「これが俺の決定打フィニッシャーだ! 食らえ――【レイズアップ・スクリュー】!」


 カードによって打ち出された岩は、回転・前進し、ゴブリンの大群に着弾した。


 おおおおおおおお!

 これだよこれ!

 こういうのがやりたかったんだよ、俺は!


 どおおおおんと爆発音が響き、ゴブリンの群れは統率を失ったかのように騒ぎ立てる。

 一度パニックを起こした敵なんて、烏合の衆だ。


「すごい! マサムネくん、すごいよ!」

「これは魔法使いの力なのか……。すごい……!」


 俺はその場に膝をつく。

 疲労感が半端ないが、しかしそれだけの効果はあった。


 あとはクロスボウを持ち上げ、一匹一匹を始末してゆくだけだ。

 ジャックと俺、ふたりでなんとかゴブリンを退治した。


 合計22匹討伐した時点で、俺たちは帰ることにしたのだった。




 町へと帰る途中、ナルはしょんぼりとしていた。

 さすがに自分がいかに足手まといかわかったのだろう。


 ナルの竜穿を【スクリュー】でぶっ飛ばすことは考えたが、しかし無理だ。

 あれほどの威力のモノをまっすぐ飛ばすことは、レイズアップでもできない。

 味方への被害がより甚大になるだけだ。


「別に竜穿にこだわらなくても、いいじゃねえか。剣とかにしてみたらどうだ? ナルの運動神経だったらそこそこやれるんじゃないか」

「うん……。でもこの弓を引けるのはあたししかいないし、あたしもこの弓を引くためだけに、ずっとがんばってきたから……」

「そうか」


 対してジャックはホクホク顔だ。


「いやあ、まさか僕があれだけの数のゴブリンを倒せるとはね……。そうか、なにかが足りないと思っていたんだ。僕に足りないのはサポートだったんだ……! きょうやっと気づいたよ! 相手の身動きを止め、攻撃できない状態にさせてくれる人がいれば、僕だって敵を倒せるんだ! これは新たなる発見だったよ! 輝かしい明日が見える! 僕にも見えるんだ!」


 ひとりでテンション高くなっていやがる。

 俺はどっと疲れたよ。


 ――そんな帰り道、俺たちは町の近くで行き倒れを見つけた。



 草原にぴくぴくと倒れている。

 ローブをまとった女の子だ。


「……」


 助け起こすのが普通の人の行為だろう。

 だがその前に、俺は辺りを見回した。


「なにを探しているんだい?」

「……いや、なんでもない」


 俺はこうしている猫を助けて、この世界に送り込まれたんだ。

 トラックは来ないな。

 まあ、だったら助けてやろう。


「お前、大丈夫か?」

「う、うあー」


 やつれた顔だ。

 赤毛のツインテールからも、艶が失われている。

 彼女は手を伸ばして、震える声を出す。


「お……おなか、すいた……」


 ふむ。行き倒れか。


 そうか、どうせあとは帰るだけだしな。

 実はやってみたかったことがある。

 俺はバインダを取り出して、カードを使った。


「【レイズアップ・パン】」


 本日二度目のレイズアップだ。

 さすがにずっしりと肩にのしかかってくるものがある。


 ぽんっ、と足元に出現したのは、いつものコッペパンだ。

 あれ、タンポポみたいにでっかくなったりしないんだな。


「!? あなた、今なにを!? えっ!?」


 女の子は非常にびっくりした顔をしていた。

 そうしていると、相当な美少女だということがわかる。

 ナルやミエリに匹敵するのではないだろうか。


「今、パン、出したの……? どうやって……」

「まあまあ、食え食え」

「……食べても、平気なの?」


 俺の代わりに、にゃーんとミエリが返事をした。

 彼女はおそるおそるパンに手を伸ばす。

 まるで餌付けされているようだ。


 少しだけ嗅ぐと、空腹には耐えられなかったのか、すぐに口をつける。

 そしてその目を見開いた。


「なに、これ……」

「どうだ?」


 その瞬間だった。

 彼女は猛烈な勢いで喋り出した。


「すごい、おいしい……すごいおいしいよ……こんなにおいしいパンを食べたの初めて……。ああ、どうしてなの、涙があふれてきちゃう……。まさかこれは、おばあちゃん……、おばあちゃんが作ってくれた、初めてのパン……。私が大好きだった、太陽の味がするよお……」


 お、おう。

 なんか語り出した。

 すごいなレイズアップ・パン。

 ここまでの威力か。


 めそめそと泣く彼女は、濡れた瞳をあげて、俺を見た。

 そこには信仰心すらも宿っているようだった。


 そっと、彼女はその場にひざまずく。

 そして――。


「ああ、ああ……。ありがとうございます、助かりました……。私はキキレア・キキ。あなたが、パンの神様だったんですね……」

「なぜそうなる!?」


 ――恭しく土下座をする娘に、俺は叫んだ。


 今度はパンの神様か!


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