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後日談12話 「ずっとキキレアのターン」

「ホントあんたいい加減にしなさいよねぇ……」


 ブチ切れたキキレアは、まずフラメルの頬に一発のビンタをお見舞いした。


 それはけっこうな威力だったらしく、フラメルはわずかに体を傾げた。しかしナイフを取り落とすことなく、根性で握りしめたままだった。


 キッと目を尖らせて、フラメルがキキレアを睨みつける。


「なんなの! キキレアさん、あなたあたしの信仰者でしょ! 女神のやることに口出ししないでくれないかな!?」

「うっさいボケ!」


 キキレアは返す手のひらで、もう一発フラメルの顔をビンタした。往復ビンタだった。ピシャンッ! と小気味のいい音が辺りに響いた。


「やっ、ちょっ」

「人んちの男女関係に首突っ込みながら、今さら口出しするなは通らないでしょうが、このポンコツビッチ」

「だ、誰が、ポンコツ――ひっ!」


 パーン! とさらにキキレアがフラメルの頬を張った。三発目である。強い。それでもナイフを手放さないフラメルは、もはや意地かなにかだろうか。


 顔を腫らしながらもフラメルは叫ぶ。


「あんまりパンパンパンパン叩かないでもらえる!? あたし一応女神なんだけど! ていうか、あたしの邪魔をするんだったら、あなたこそ容赦しないから!」


 フラメルは大きく飛び退いた。その動きは並の冒険者では敵わないほどに鮮やかだ。運動神経がバツグンなどころか、武術の心得もあるのだろうか。その割にはパンパン叩かれていたが。


 ナイフを懐にしまったフラメルは、その手に再び炎を呼び寄せる。気絶させるだけで十分と踏んだのだろう。


 そんな女神サマを前に、キキレアはとてつもなく深いため息をついた。


「言っておくけど、今回のことで一番の被害を被っているのは、私なんだからね……」

「……なにがさ」


 キキレアはフラメルを据わった目で睨みつける。


「あんたたちのくだらない姉妹喧嘩のせいで、なんで私が二度も魔法の力を失わなきゃいけないのか……、一度目はミエリが地上に降りてきたせいで! 二度目はあんたが私の前に現れたせいで! 本当に! 心の底から! こんなの! 理不尽だわ!」

「えっ、ええっ」


 その勢いに、フラメルがわずかに身を引いた。心の動揺をモロに受けてか、手のひらの炎が消え失せる。


 女神と人間の関係は、協力関係だ。人間が女神を信奉する代わりに、女神は人間に魔法を授ける。女神は信者が多ければ多いほど、神の世界での勢力を増すし、なんか色々と強くなったりするらしいとのことだ。


 さすがのフラメルも、その大原則を破ってしまったことはバツが悪いらしく、少しだけ焦った顔をしている。


 指をくるくる回しながら、彼女は言葉を取り繕う。


「で、でもほら! そんなことを言ったらお姉ちゃんなんて、猫の姿になったから世界中の人が魔法を使えなくなったじゃん! 今回あたしの被害はキキレアさんだけでしょ!? まだマシじゃない!?」

「そうよ、つまりあんたは私に対しては、あのポンコツ女神と同レベルってことになるわね」

「っっっ!!」


 さすがキキレアだ。先ほどの俺の煽りをバッチリ観察していたのか、フラメルを姉と同レベル扱いすることによって、その心に大ダメージを与えていた。やるな、キキレア。


 なのに今にも泣き叫びたいという顔をしているのは、キキレアのほうだった。彼女はぐしゃぐしゃと自分の赤髪をかきむしる。


「ああもう! 本当になんなのよ! せっかくまたS級魔法使いに舞い戻れたと思った矢先に! 私が今までやってきた努力はいったいなんだったのよ! ふざけんなだわ! マサムネが死ぬよりはるかにショックなんだけど!」

「俺まだ生きているけど!」

「仮定の話よ!」


 そのままビシリとキキレアは俺を指さす。


「だいたいあんた! 食べたら食器はちゃんと流しに戻すし……じゃないわよ! ちゃんと洗い物をするところまでやんなさいよ! そんなんでやっているつもりになんないでくれない!? これだから男ってやつは!」

「えっ!? アッハイ!」


 また俺に罵声が飛んできた。おかしいな。しかもそれ、声に出していなかったはずなのに……。常々思っていたことだったのだろうか……。


 キキレアの剣幕に、フラメルもどうしていいかわからないようだ。おろおろしている。


「あ、あの、なんだったらあたしが帰ったあとに、またあたしのことを信仰してもらったら……、特典に炎のロッドとかつけてあげるから……、そういうのでどうでしょうか……」

「できるわけがないでしょうが! あんたみたいなポンコツ女神二号を!」

「ぽ、ぽんこつめがみにごう……」


 女神の杖とかめっちゃ高いんじゃねえの!? って前のめりになった俺とは裏腹に、キキレアはフラメルの申し出を一蹴した。


「自分の体を差し出すこともできないようなヘタレ女神のくせに、なに愛の女神語っちゃっているのよ! 人の家庭を散々引っかき回しておきながらそれが愛の女神!? はっ、片腹痛いわ! 痛すぎるわよ! あんたは人を騙して人に害を与える以上、ミエリよりよっぽど邪悪よ! ミエリ以下よ! あんたなんかミエリ以下程度の女神よ! 愛は愛でも自己愛の神でしょうが!」

「う、うううー……」


 まくしたてられるその勢いに反論できず、フラメルは涙目でぷるぷると震えている。まるで上級生にシメられる後輩のようだ。


 よっぽど腹に据えかねていたんだな、キキレア……。



 それから三十分が経過した。


「っていうか、わかってんの!? あんたフレイムリバーの信者ども、マナー悪いのって結局それあんたのせいでしょ!? 人にぎゃーぎゃー言う暇あったら、自分たちのことをもうちょっとなんとかしなさいよ! 自分の信者の面倒を見ることもできないくせに、こんなところにのこのこやってきてんじゃないわよ! もっと他にやることがあるでしょうが!」

「はい、すみません、はい……、そうですね、はい……、仰るとおりです、はい……」


 フラメルは地面に正座させられて、暗い顔で先ほどからずっとうなずいている。


 ついさっき余計なことを言い返したため、さらにキキレアの反感を買って、説教時間がギュインと伸びてしまったからだろう。もうひたすらにうなずき続けることを決めたようだ。


 自業自得とはいえ、なんだか気の毒になってくる。


 キキレアのいるところにちょっかい出しに来たのが、すべての間違いだったんだよなあ……。


 ちなみにナルもミエリももうすでに復活していて、俺たちは遠巻きにそんな説教の光景を眺めている。


 当初ミエリはウッキャッキャと笑っていたが、キキレアに睨まれたので今はおとなしい。眠そうにあくびを噛み殺している。もうそろそろ夜が明けそうだ。


 ナルはナルでフラメルになにか怒りたいこともあったようだが、それらをすべてキキレアが言ってくれたのと、憤怒のキキレアに近寄りたくないようで、俺のそばにいた。「キティーは元気だよねー」とかなんとか言っている。元気すぎるだろ。


 なんだかんだで、俺のハーレムのヒエラルキーのトップに君臨しているのは、やはりキキレアなのだと再認識してしまう。


 おかしいな、普通はハーレムを作っている俺がトップにいるはずなんだが……。


 キキレアは腰に手を当てながら、正座するフラメルを見下ろしている。女神が下、元信者が上。なんだこの構図。


「あとあんたさんざんマサムネのことをバカにしてくれたわね! あんなんでも一応私たちの恋人なんだから、あんた謝りなさいよ、ほら、フラメル! なにぼさぼさしてんのよ!」

「あ、はい……、すみません、マサムネお兄ちゃん……、口汚い言葉でたくさん罵ってしまいまして、本当にすみませんでした……」

「お、おう」


 そんな死んだ目で頭を下げられてもな!


「ま、まあいいさ。別に俺は気にしていないよ。いや、多少は気にしていたけど、俺は度量が広いからな。許してやろうじゃないか、ははは」

「はい……、すみません、マサムネお兄ちゃん……、許していただいてありがとうございます……」


 深々とお辞儀をするフラメルの背中には、悲壮感が漂っていた。


 それはなんとあのミエリですら「うわぁ……」とうめくほどの痛々しさだった。


 まあ、野良犬キキレアに噛まれたものだと思って、諦めてほしい……。


 まあこれでフラメルは二度と俺の家に近づいてきたりはしないだろう。ここまでロクでもない目に遭ったのだ。番犬キキレアが生きている限り、さすがにミエリへの復讐も断念するに違いない。


 よかったよかった。


 今回の物語は、キキレアのおかげで一件落着だな。


 さ、めでたしめでたし。


 ホープタウンの住人たちもキキレアの剣幕に近寄りたくなくて帰ったし、あとは俺たちも帰ろうじゃないか。


 フラメルはいまだその場に正座させられていた。あいつ、今夜の宿とかないんじゃないだろうか……。俯いたその目は空虚だった。復讐も失敗し、プライドは砕かれ、もうなにひとつ残っていないという顔だ。


 そのときである。ミエリがとことこと走って、フラメルの前に立つと。


「あ、あの……、もしよかったら、うちに来ます?」


 そんな申し出をした。


 フラメルは驚きながら顔をあげる。


「え、でも……、さすがに、迷惑じゃ……」


 チラチラとキキレアを窺うフラメルの視線に気づかず、ミエリは微笑む。


「大丈夫ですよお、うち部屋はいっぱい余ってますしー。ね、マサムネさん、いいですよね?」


 あのミエリが……。


 なんだろうこの感じ。一周回って姉心が芽生えたのだろうか。まあ昔は仲良かったのかもしれないしな。


 俺は頭をかきながらうなずいた。


「あ、ああ。もう悪さはするなよ」

「ですってほらー! マサムネさんもそう言ってますしー!」


 ミエリはドヤ顔で笑う。


 フラメルの今の姿を見て断れるやつがいたら、それは鬼かキキレアぐらいのものだろう。


 ナルもウンウンとうなずく。


「もちろんだよ、フラメルさま! おいでおいで、うちお風呂広いんだよー!」

「う、うう……、みなさま、ありがとうございますぅ……」


 フラメルは再び深く頭を下げた。


 キキレアは嘆息したがなにも言わなかったので、いいということなのだろう。


 ミエリとナルがフラメルの手を引っ張ってゆく。人の優しさに触れたフラメルは「うう、あたしが悪かったです……」とか半泣きで謝っていた。さんざん大暴れしやがって……。


 まったく、本当に疲れる一日だったぜ……。


 あとは適当に【タンポポ】でも咲かせて、なんか終わった感を出すとするか。そんなことを思いながらバインダを開くと、ぽつんと立ちすくんでいるキキレアが目に入った。


「キキレア、どうかしたか?」

「……私決めたわ、マサムネ」

「え?」


 キキレアはグッと拳を握りしめながら、もはや白んできた空を見上げる。


「こんなクソみたいな女神どもにお願いしなきゃ使えないような脆弱な魔法なんて、もう私いらないわ」

「え!?」


 なに言い出してんのお前。


『私明日から戦士になるわ!』とか言うの?


 違った。


「だから私が神になるわ」


 なに言い出してんの。


 こわい。


 キキレアはぽかんと口を開いた俺を見て、首を振った。


「冗談よ。そうじゃなくて私、自分で魔法を作ることにするわ」


 え、え……? いや、そっちはそっちで意味がわからないんだけど。


 自分で、って……。


「神に頼らない、私が私自身への信仰心で放つ、私魔法を作り出すわ」

「お、おう」


 なんかすごい大層な野望をいだき始めたな、お前。


 ま、まあ。


「なんだかんだ、お前ならできるような気がするよ」

「ええ、当然だわ」


 キキレアは自信満々に言い放ち、髪を払いながら笑った。




 ――実はそれから十年後、キキレア・キキが魔法とは異なる体系をもつ新たなる力『魔導術』を造り出すことに成功するのだが、それはまた別のお話である。


 

 

 明日21時、後日談最終話です。

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