後日談10話 「前門のナル、後門の竜」
本日6月10日は、なななななんと!
俺たちのクエスト2巻の公式発売日です!
イヤッホーウ!
まさかこんなところで女神と戦うことになるとは思わなかったな。
だが、さすがに相手が悪かった、と言わざるをえないだろう。
俺は単体でも恐ろしい相手だが、それにくわえてキキレアとナルというカードのコンボを使用することができる仲間がいる。
フラメルの勝利は万が一にもありえないだろう。
「残念だったな、フラメル。俺たちは魔王を倒したゴールデンチームだぜ。お前ひとりがやってきてどうにかなるものではない。しかもお前の魔法は、人を決して傷つけることはできない優しい力だろう。勝ち目はない。諦めて国へ帰るんだ」
優しい声色でそう告げると、フラメルは眉根を寄せた。
「キモっ」
「……」
それ……、男が女子に言われたくない言葉、ナンバーワンのやつじゃないか……。
フラメルは生理的な嫌悪感丸出しの顔でうめく。
「今さら優しくしないでね。たぶんお兄ちゃんはあわよくばワンチャンを狙っているんだと思うけど、あたしもうそんな気一切ないから。本当に迷惑なのでやめてください」
「……マサムネ」
えっ、なんでキキレア俺をそんな目で見んの!? 思ってないよ! 全然だよ! マジで! マジマジ!
「まったく、変なことを言わないでおくれよマイハニー! 俺が愛しているのはお前たちだけだって知っているだろう!? 三人以外の恋人なんてほしくもないね! はっはっは!」
「はいはいそうねそうね旦那さま」
俺がそう言ってキキレアが適当に返事をすると、フラメルがチッと舌打ちをした。さらにはまだ帰っていなかったホープタウンの連中も一斉に舌打ちをしていた。「マサムネのくせに」というつぶやきが怨嗟のように響く。なんだよ! 今のは別に間違ったことを言っていないだろ!
フラメルは桃色の髪を払い、片手を天に突き上げた。
「ふふん、お兄ちゃん、あんまりあたしをナメないでね。そこに寝っ転がっているポンコツお笑い女神とは違うんだよ、あたしは」
「ほう」
そうしてフラメルが使ったのはファイアーウォールだった。白い炎の壁が俺たちの行く手を阻む。
これが時間稼ぎであることは明白だ。俺は慎重に絵柄を確かめながら【シューター】のカードを引き抜いた。
フラメルには悪いが、ここで竜穿の一矢で勝負を決めさせてもらおう。
直接当てなくても、近くに刺さればあの矢は相手を気絶させるには十分すぎる威力をもつ。ナルに任せれば十分だろう。万が一刺さってもフラメルなら死なないだろうし。
というわけで俺は【シューター】を使用した。光がナルを包み込む。
さ、あとはキスするだけだ。キスなんてもう余裕だよ。だって俺たちはもっと深い部分で繋がっているからね。
「よしこい、ナル!」
「はーい」
ナルはたったかと俺のところにやってきた。
しかし、ある程度以上近づいたところで、そこから距離を詰めようとはしてこない。
ん?
「どうした? ナル」
「えへへ」
ナルは微笑んでいる。可愛いけど、なに? なんかその笑顔に底知れないものを感じてしまうのは、俺の穿ち過ぎだろうか。それとも俺の心にやましいものがあるからか?
俺の鼻先に指を突きつけて、ナルは言った。
「ねえだーりん、あたしのこと愛している?」
「えっ!?」
なになに急に。どうしちゃったの。
さっきは勢いで言ったけど、改めて聞かれると照れちゃうよ。たくさんの人が見ているじゃん、ハニー。
でもここで言わないという選択肢はないようだ。ナルの笑顔から感じる無言のプレッシャーがすごい。え、えっと……。
「あ、愛している、よ……、ナル……」
しかしナルの要求はそれだけでは済まなかった。
「世界で一番?」
「う、うん……、世界で一番、愛しているよ、ナル……」
俺はなぜか自らの肉を切り落として売っているような気持ちでつぶやく。なぜなのかはわからない。ただ愛の言葉をささやいているだけなのに、どうしてこんなにも己のなにかが失われているような気がするのか!
それはたぶん言わされているからだろうと思いつつも、ナルの攻勢はさらに強さを増す。
ナルは俺の両手を握りながら、抱きつくようにして、迫ってくる。その目はキラキラと輝いていた。
「じゃあ、あたしをお嫁さんにしてくれる?」
『えっ!?』
次の瞬間だ。空気がミシリと音を立てて軋んだ気がした。
お、お嫁さんって……。
つまり結婚したいっていうことなのか……?
いや、待て待て、マサムネ。冷静で慎重に考えろ。これはきっとナルなりの牽制かなにかだ。そうそう、俺をビビらせようとか、俺の覚悟を試そうっていうんだろう。フッ、ポンコツアーチャーの浅知恵だな。
ここはとりあえず『うん、するするー』って言っておいて、あとで適当にごまかせばいいんだ。そう、今はフラメルをお仕置きするのが先決だ。ここはナルの言葉に乗って、だな――。
「うん、するす――」
「――あ、じゃあだったら!」
俺の言葉を途中で遮って、お日様のような晴れやかな笑顔を浮かべたナルは懐から一枚の紙を取り出した。
俺は卒倒しそうになった。
現物を見るのは、生まれて初めてだ。
それは『婚姻届』と書いてあった。
うわあ……!
しかもだ。ナルのほうはもうちゃんと書き込まれているし!
「ね、あとはだーりんがサインするだけだよ! ねっ、簡単でしょ!?」
「お、おう……」
なんなのナル……、常時それ持ち歩いていたの……?
ど、どうしよう……。俺はどうすればいいんだ……。
助けを求めるようにキキレアを見やると、彼女は『うわぁ』と顔をしかめた後に、こめかみを押さえた。
「いや、あのね、ナル……。たぶんそいつにはまだ結婚とかは早いと思うのよ……」
「大丈夫! そばで支えるもん! それが夫婦でしょ!」
「言っちゃ悪いけど、そいつはまだ人間として未成熟というか、まだ所帯を持てるようなレベルには達していないっていうか」
「大丈夫! そばで支えるもん! それが夫婦でしょ!」
「だいたい、また浮気されたらどうするのよ。結婚してたら慰謝料とかなんかそういう面倒なことになったりするんじゃないの。ナルだってまだ完全にマサムネのことを信用できているわけじゃないんでしょ? 今は執行猶予期間ってことにして、もうちょっと様子を見たりとか」
「大丈夫! そばで支えるもん! それが夫婦でしょ!」
キキレアは臨終した患者を看取る医師のように、静かに首を振った。
「無理よマサムネ。この女に理屈は通じないわ」
「くそう!」
俺の身の回りでもっとも口撃力の高い俺とキキレアの二人がかりでも、ナルを止めることはできないっていうのか!
「なんなんだこいつ! なんでそこまで俺に惚れているんだ!? 俺だぞ!?」
「ナルだからに決まっているでしょーが!」
「そうだな!」
俺とキキレアが叫び合っている間にも、ナルは婚姻届を手にバラ色の未来を信じているような顔で、俺に迫ってくる。
「ね、だーりん、ね? 結婚しよ、結婚。大丈夫だよ、あたしだーりんのこと心の底から信じているから、ね? 平気平気、ここにサインするだけだよ、すっごく簡単だよ? あ、指輪のことを気にしているなら大丈夫だよ。そういうのはあとからゆっくりでいいから、ムリしないで、ね? 今はとりあえずサインだけでいいから、ね、ね?」
「でもお前、俺がまた今度浮気したら耳か目のどっちかを削ぎ落とそうってんだろ!?」
「えっ、だって悪いことをしたらお仕置きされるのは普通でしょ? でも大丈夫だよ、それは恋人同士の話だもん」
「そ、そうなのか?」
思いっきり後退りする俺の手首を掴んで、ニコッとナルは笑う。
「夫婦となったら、だーりんだけに痛い思いなんてさせないよ! 夫婦は一蓮托生だもんね!」
「そ、それって」
「死がふたりを分かつまで――だよね!」
「うおおおおおおおおおお!」
なんなんだよこいつ! こええよ! いったいどうなってんだよ!
心の底から本気で言ってんだろ!? 浮気したらアンタを殺してアタシも死ぬってさ! 俺そこまで自分の理性に自信ねえよ!
もういい! フラメルなんてどうでもいいから俺は逃げよう! しばらく姿をくらまして、ほとぼりが冷めた頃に戻ってこよう!
まだ俺は十七歳だぞ! 結婚なんて考えられねえよ! まだまだ独身で遊びたいんだよ! 勘弁してくれ!
と、心の底から思ってナルの毒牙から逃れようとしたそのときだった。
地面から噴き出した白い炎の壁――ファイアーウォールの向こう側から。
とてつもなく巨大な影が飛び出したのは。
「えっ、ちょ、なにあれ!?」
「鳥か!?」
「そんなもんじゃない! あれは!」
「ま、マジかよ!」
ホープタウンの住人どもが口々に叫ぶ。
影はその翼をわずかに動かしただけで地上に風を起こす。ファイアーウォールの火は一瞬にして掻き消えて、現れた化け物の全貌があらわになった。
どしーんと地響きとともに着地した化け物は、俺が召喚した【キュマイラ】とほぼ変わらないサイズの――ドラゴンだった。
しかも、ただの竜ではない。全身が黒い炎に包まれて、明らかに意志のある瞳をもったなんというかこう、邪悪さの中に神々しさの見え隠れする竜であった。
さぞかし名のある竜なんだろうなー……!
フラメルは怒鳴った。
「遅いよ! あたしが呼んだらすぐに来てくれなきゃ!」
竜は心なしか凹んだように首を下げた。
『……そうは言われても、喚ばれること事態が数百年ぶりなわけで……』
「言い訳しないの! あたしのペットなんだから、あたしの言うことに従ってよね!」
『アッハイ……。まったく、フラメルさまって外面はいいのに、中身はこわいんだから、もう……』
そう愚痴る竜と目が合った。なんとなくうなずきあう。心が通じた気がした。お前も苦労しているんだな。
フラメルはビシッと俺たちに手を向ける。
「というわけで、あいつらを焼き払って!」
マジかよ。
『え、いいんですかい?』
「いいの!」
フラメルは邪悪な笑みを浮かべる。
「ここで滅んだ人も、あたしがまとめて炎で浄化して、また新しい魂としてこの世に再生させてあげるから! 問題ありません!」
「いや、問題だらけじゃないか!?」
なにここで新生と炎の女神の要素をアピールしてんだよ! いらねえんだよ!
俺の叫びに合わせて、町の住人たちもまた悲鳴をあげる。
「ど、ドラゴンだぁー!」
「もう、おしまいだあああああああああ!」
「ひいいいい! 俺たちはみんなここで死ぬんだー!」
うろたえる住人たちに――。
「――待ってください!」
そこで一喝する声が響き渡った。
ウェイトレス姿の女性――エマだ。
彼女は穏やかな微笑みを浮かべたまま、両手を天に掲げる。
「みなさん、お忘れじゃないっすか! このホープタウンには、魔王を倒した伝説の勇者が、いらっしゃるということを――!」
ハッ、とみんなが顔をあげる。
その目は希望の輝きに満ちていた。
「そ、そうか! いたじゃないか!」
「ああ、この街の大英雄の、あいつがさ!」
「そうだ、やつならやってくれるに違いない! ロハで!」
「彼こそが、俺たちのヒーローだったんだ!」
人々はその名を叫ぶ。
『魔典の賢者マサムネ! 俺たちを助けてくれ!』
「うっせえよ! 死ね! みんな死ね!」
この街のやつらを守る気は微塵もなかったが、俺とて死ぬわけにはいかん!
キキレアは魔法を使えず、ミエリは気絶しているんだ。俺がなんとかするしかない!
バインダを広げる俺に、フラメルが怒鳴る。
「さあ、やっちゃって! 光喰竜オルフェーシュチ!」
『ういー』
やる気なくどすんどすんとこちらに歩いてくるその竜の名前に、俺はどこか聞き覚えがあった。
光喰竜オルフェーシュチって……、伝説に出てくる、確か竜穿に倒されたっていうドラゴンじゃなかったっけ……。
ということは――!
「ナル!」
「ふぇ?」
俺はナルの肩を掴んでその目を見据えた。
真剣な顔と声で、訴えかける。
「ドラゴンを倒すのがお前の夢だったよな、ナル! だとしたら、今そこにお前が倒すに足るとてつもない強敵がいるぞ! お前の夢をかなえる時が来たんだ、ナル! さあ、竜穿をもってその力を全力で発揮してくれ! ナル!」
これならどうだ、ナル。
強敵の出現に、お前もワクワクしているだろう?
さあ、ここでお前の力を見せてくれ!
ナルはニッコリと笑い、婚姻届をチラつかせながら言った。
「え? あたしの夢はマサムネくんのお嫁さんになることだよ」
「ナルうううううううううう!」
お前、お前ええええええええええええええええええええええ!
戦えよおおおおおおおおおお、ナルうううううううううううううう!




