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第12話 「大泥棒・正宗」

 俺たちの前には、ふん縛られたジャスティス仮面がいた。

 美術館の事務所である。


「ったくてめえ、よくも散々待たせてくれたなぁ? ああ?」


 ボコボコのジャスティス仮面の髪を掴んで、くいと持ち上げる。

 隣でミエリも「フシャー!」と威嚇をしていた。


 ったく、この野郎、マジで来ないかと思ったぜ。


「さすがドラゴンスレイヤーのマサムネさん……」

「ええっ、あの人そんなにすごい人だったの!?」

「ああ、あの目といい、なんて迫力だ……。まるで自分がジャスティス仮面に特別な恨みがあるかのような……」


 外野、うるせえな。

 ジャスティス仮面はしかしその声で、ぷるぷると震えている。

 こうして見ると、俺と同じくらいの男か。

 ま、関係ないな。


「よし、取り調べをする。みんなでアマガエルを呼んできてくれ」

「アマガエル?」

「……ジャスティス仮面に知られないように、コードネームで呼び合っていたんだよ。この美術館の館長だ」

「ああ、シャザール氏か。さすがだな、マサムネさん」


 素で忘れていたとは言えない。

 私兵が一斉に出てゆく。

 ここには俺とジャスティス仮面の一対一になった。

 よし。


 両目から涙を流して、「だから僕には無理だったんだ……。だから僕には無理だったんだ……。だから僕には無理だったんだ……」とつぶやき続けているジャスティス仮面を、俺は睨む。


「で、だ。その前に、お前には吐いてもらわなきゃいけないことがある。俺の金貨をどこにやった?」

「……へ?」

「とぼけんなよ、こいつだよ」


 目の前にあの犯行カードを見せつけると、ジャスティス仮面は「ひっ」と身を縮こまらせた。

 ……どんだけビビりなんだ、こいつ。


「ここに書いてんだろ、金貨四枚頂戴しました、って。てめえ、俺の金貨を盗んでなにやってんだよ。宿でゴロ寝か? それとも焼肉か? しゃぶしゃぶか? ちくしょうめ」

「え、えと……はは、僕、知らないけど、そんなカード……」

「ああ!?」

「ひっ」


 俺は眉をひそめて、顔を突き合わせる。


「この期に及んで黙ってたっていいことねえぞ。痛い目見たくなけりゃさっさと喋りやがれおら。なんだよジャスティス仮面って、クソダセぇな」

「――独特の言語センスをすべて否定しようというのは、若さですなあ」


 ……あん?

 俺は顔をあげた。


 そこには、銀色の仮面をかぶった銀髪……じゃなくて、白髪の男がいた。

 背をすっくと伸ばして、燕尾服を着た爺ちゃんだ。

 身長は高く、肩幅も広い。雰囲気は好々爺のようだが、筋肉質の体をしていて、得体が知れなかった。


「……なんだよ、お前。どこから入った」

「失礼。きちんと玄関から入らせていただきましたよ」


 指差す先は、ドアが開いている。

 なんだこの爺ちゃん……。


「二号……!」

「ふぉっふぉっふぉ、いやあまさか捕まってしまいますとはなあ、一号」

「助けに来てくれたんだね!」

「捕まって尋問されて、何年も何年もずっと牢屋で過ごすというのも、いい人生経験になりますぞ?」

「いやだああああああああああ!」


 手足を縛られたままジタバタと暴れる一号。

 ふたりを見据えたまま、俺は立ち上がり、カードバインダを開いた。


 二号が目を細めた。


「ほう、不思議な術を使われますな、少年」

「……あんたか? 俺の金貨を盗んだのは」


 二号はゆっくりと首を振る。


「誰も。ジャスティス仮面は悪事を働くことはございません。『我々』ではありません」

「……」


 堂々と、よく言うぜ。

 ブラフなら大したもんだな、爺ちゃん。


 だが、俺はあらゆる可能性を考慮する。

 こいつらが本当に金貨を盗んだ場合。盗んでいない場合。そして衛兵に突き出した場合。突き出さなかった場合だ。

 別にこいつらが捕まるかどうかはどうでもいい。俺は俺の金貨を取り返したいだけだ。


 相手の言い分を完全に信じたわけじゃない。

 だがここでこいつらを衛兵に突き出したところで、俺の金貨は戻ってこない。

 うやむやになるだけだ。

 そんな予感があった。


 俺は静かに息を吸った。


 そろそろアマガエルがこの部屋にやってくる。そのときが時間切れだ。


 考えるんだ。俺。

 なにをするのが、一番か。

 どうすれば金貨が取り返せるのか。


 判断材料はこの手の中にある。

 簡単じゃないか。ギガントドラゴンに追い回されて、息を切らしながら走っている最中に、作戦を練るよりは。


「じゃ、ジャスティス仮面さんよ」

「どうして一度つっかえたんですかな? さあもう一度、大きな声で、さあ」

「ジャスティス仮面さんよ!」


 俺はカードバインダを閉じて、彼らを見つめた。


「……じゃああんたたち、俺の金貨を盗んだ犯人に心当たりがあるんだな?」


 二号は肩を竦め、一号はびくっと震える。

 その様子を見て、俺はため息をついた。


「詳しく話を聞きたい。俺は盗まれた金貨を取り戻したいだけなんだ」

「だが、さすがに信じるわけにはいきませんな」


 二号は髭を撫でて笑っている。

 そうだろうな。

 だが、証明となるものなんてなにも……。いや、待てよ。


 俺は足元で毛を逆立てていたミエリを掴んだ。


「にゃ?」

「立派な猫だろ。良い毛並みをしている。こいつを預けるよ。俺が裏切ったと思ったら、容赦なく肉屋に売り払ってくれ」

「に゛ゃああああああああああ!?」

「わかりました」

「にゃあああああああああああ~~~~~~~~!」


 二号の腕の中を必死にもがくミエリ。

「おやおや」と猫をあやしながら、二号は華麗に礼をした。


「それでは、後ほど冒険者ギルドでお会いしましょう。『ドラゴンスレイヤー』マサムネさん」


 爺さんの言葉に、俺は冷や汗をかく。

 妙な圧迫感だ。


「お前、俺の名前を」

「竜退治の報酬は金貨八枚。それをナルルースさんと分け合い四枚。だというのに、ここ最近は非常に質素な暮らしをしている。どうやら金貨を盗まれたのは本当のようですからな、ふぉっふぉっふぉ」

「お前!」


 言うだけ言った次の瞬間、爺はその場になにかを叩きつけた。

 その瞬間、真っ白な煙が視界を覆う。

 煙幕か!


「ま、まて、てめえら――」


 しかも、ご丁寧に催眠ガスの効果もついているのかよ……。

 くそう、意識が遠ざかる……。


 いったい俺の金貨は、どこにいったんだよ、くそう……。

 肉、肉食いたい……。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 翌日、俺は冒険者ギルドに来ていた。

 入るなり、エルフの美少女で残念アーチャーのナルルースが足元に絡みついてくる。


「うううう、マサムネく~~~ん」

「嫌だ」

「まだなにも言っていないのに!?」


 愕然とする彼女を見下ろし、俺は首を振る。

 大方、クエストに一緒に行ったはいいが、そのあまりの使えなさに放逐されたってところだろう。

 どんなに威力があったって、当たらないアーチャーなんていらないしな。

 火を見るより明らかだよ。


 さすさすと足を撫でてくるナルルースの手つきは、妙になまめかしい。

 意識してやってるんじゃないだろうが、くすぐったい。


「やっぱりあたしを上手に使えるのはマサムネくんしかいないんだよ~……。戻ってきてよ~……。あたしが気持ちよくなれるように、いっぱい命令してよ~。一緒に寝た仲でしょ~……」

「ご、誤解されるようなことを言うな!」


 俺は彼女をしっしっと手で追いやる。

 後ろからすすり泣きが聞こえてくるが、努力して無視をした。


 するとテーブルの奥まった席にひとりの人物が腰かけているのが見えた。


 銀髪の青年。その後ろに影のように付き従うのは、白髪の老人だ。

 彼らで間違いない。

 だって猫用のキャリーバッグみたいなの持っているし。


 俺は彼らの前の席につく。

 この席なら誰にも聞こえることはないだろう。喋り出す。


「警護は終わったよ。盗むのを防いだけれど、でも怪盗を捕まえることもできなかったからな。結局、飲み食いと宿の経費分だけタダになった。これで晴れて一文無しだ」

「そ、それは残念だったね」

「……」


 銀髪の青年をジロリと睨むと、彼は慌てて目を逸らした。


 じゃあ、話を聞かせてもらおうか。

 そう促すと、青年のほうが口を開く。

 爺ちゃんは、目を瞑って、まるで石像みたいになっている。


 ……二号はなんで喋らないんだ?

 途中でそう聞いたら、「彼は寡黙だから」という答えが返ってきた。


 いや、めちゃめちゃ喋ってたじゃん。

 まあいいけど……。


 そこで彼が喋ったのは、これまでのジャスティス仮面の経緯だ。

 この町にやってきて義賊として活動をしようと思ったが、勇気が出なくて盗めず。

 それならばと予告状を送り付けて自分を追い込んでみたものの、やっぱり怖くて盗みに行けず。


 そんなことを何度も何度も繰り返しているうちに、名前だけが広まったらしい。


「はあ」


 声をひそめて語る彼に、俺はなんと言えばいいかわからなかった。


「え、じゃあまだ一度も盗みに入ったことはないってこと?」

「う、うん……お恥ずかしながら……、だってさ、なにが待っているかわからないじゃん……。窓に手を置いたその瞬間に、窓が牙を剥いて襲い掛かってくるかもしれないじゃん……。あるいは中に入ったら屈強な男が80人ぐらい部屋の中に詰め込まれていて、屈強な男サンドイッチにされるかもしれないじゃん……! こわい!」


 どんな状況だよ……。お前の想像力のほうがこええよ……。

 銀髪の少年に、俺はつぶやく。


「ビビりじゃん」

「ビビりで悪いかよお!」


 うおう。

 席を立って叫ぶ青年に、俺は気圧される。


「ビビりだけどがんばってやっているんだよお! がんばって毎日生きているんだよお……! それなのに、それなのに……! 言うに事欠いて! ビビりだからなんだよお! ビビりだって生きているんだよお! 僕には明日が見えないよ!」

「お、おう。なんかお前大変そうだな」


 銀髪の青年は目元をこすり、改めて言う。


「でも、僕は頑張るんだ……。世の中にはびこるすべての悪を退治する、そのときまで……。だから、君には力を貸してもらうよ。ううん、君はきっと力を貸してくれるに違いない。貸してくれるだろう。貸してくれます」

「はあ?」


 なに言ってんだこいつ。

 石橋を叩いて渡ると評判の俺を、こんなところで説得できると思っているのか。

 なにを言われたところで、そんなに簡単に協力するわけがないだろ。


 だが――。


「僕たちの名を騙って盗みを働いていたのは、あの美術館の館長。ダガール=シャザールの手下だ。奴が黒幕だ。君の金貨も恐らく、美術館にあるだろう」

「………………」


 銀髪は手を差し出してきた。


「僕はシーフのジャック。美術館にもう一度侵入する。どうか、力を貸してはくれないか?」


 なんてこったい。



 しばらく、俺は顔を抑えていた。

 キャリーケースの中で居心地良さそうにごろごろしているミエリがムカつくが、まあそれはいい。

 それよりも……。


「決定的な証拠が、あるのか?」

「ここにいるハンニバルが見たんだ。盗まれた金貨は、美術館に運び込まれていた」


 後ろに立つ爺ちゃんが一礼した。

 そうか、それで美術館を狙ったのか。

 いや、だが……。


「いくつか聞きたいことがある。……どこに金貨があるのかは、わかっているのか?」

「いや、そこまではわからない。いくつかの目星はついているけど。だから、忍び込んで探して持ち主に返すんだ」

「衛兵には……言ったところで仕方ねえか。証拠がないんだからな」

「ああ」


 ったく……。

 面倒なことに巻き込まれちまったな。


 あの美術館に、俺の金貨があるのか。

 で、あのアマガエルは私腹を肥やしている、と。


 ……許せねえな。

 だが、こいつらをどこまで信用していいものか。

 まったくの嘘をついている場合、俺ひとりが捕まることになる。

 判断材料がほしい。


 そう思っていると、だ。

 そのとき。

 空から再びカードが舞い降りてきた。


『異界の覇王よ――。其方の金欲に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 なんか、絶対に目覚めるはずがないようなきっかけで、力が目覚めたんですけど……。

 やはりジャックや爺さんには見えていないようだ。

 カードは染み渡るように、フォルダに収まった。

 今度はいったいどんな屑カードだ。


『其方の生活費は、その覇業によって叶えられるであろう』


 そうしてカードの名が明らかになる。

 そこには【ダイヤル】とあった。


 ……なんだ、ダイヤル。

 まあ、あとで使ってみるか。コストもそう高くないな。


 ……しかし、ここでこのタイミングでカードが手に入るってことは。

 嘘はついていない、ってことなのか。

 そういうことなのかよ、謎の声さんよ。

 ったく、いつも高みから見下ろしやがって……。


 俺がしばらく黙っていたからか、ジャックは緊張した面持ちだ。

 おっと、カードより今はこっちに集中しないと。


 もしこいつらの言っていることが本当でも、だ。

 俺が手を貸さないという選択肢も、もちろんある。

 こいつひとりに任せるのだ。失敗しても捕まるのはジャックひとりで、成功すれば金貨が戻ってくる。

 危険は少ない。だが……。

 ……金貨が戻ってくる確率は果てしなく低い気がする。


 不安すぎる。


 ジャックはまっすぐに俺を見つめている。

 堂々としていたら、かなりのイケメンだな。

 目力とでも言うのか。

 シーフなんかより、ナイトのほうが何倍も似合うんじゃないか。


 俺はため息をついた。


「……俺は金貨さえ戻ってきたらそれでいい。それ以上面倒なことはないよな?」

「も、もちろんさ!」


 ジャックは立ち上がって俺の手を握った。

 きらきらした目で見つめてくる。


「ああっ、よかった! 初めての仲間だ! 僕にもやっと仲間ができた! よかった! これならなんとかなりそうだ! もうひとりじゃないんだ! 明日が見えてきた!」

「じ、爺さんがいるだろ」

「ハンニバルは基本喋らないし……それに盗みに入っている最中も、僕が殺されそうになるか、捕まったときにしか助けてくれないし……」

「あ、そ……」


 こいつはこいつで、かわいそうなやつだ。

 なんかあんまり関わりたくない……。


 俺は頭の中で作戦を組み立てる。

 侵入する人、手引きする人、それにもうひとりほしいな。

 信用できるやつか。

 となると……。


 冒険者ギルドの隅っこで体育座りをしているナルと目が合った次の瞬間――。


「――ま、ま、マサムネくん!? なんかあたしに用事がありそうな顔をしていなかった!?」


 すっ飛んできやがった。

 俺は額に手を当てる。


「……まあ、手伝ってくれるなら、な。言っておくが、報酬は出せないぞ。俺は無一文だからな」

「大丈夫! いくらでも手伝っちゃう! 快刀乱麻! あたしに任せて!」

「……ありがとよ」


 しょうがない。

 俺には金がないからな……。人員を選別することもできやしない……。

 しょうがないんだ……今回だけだ……。


 そう言い聞かせて、俺は大きなため息をついた。



 まさか怪盗を捕まえるはずの俺自身が、怪盗になっちまうとはな。

 美術館への侵入作戦は、翌日の夜に決行されることとなった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「また予告状が届いたのだ!」

「うす」


 前足のような手のひらで机を叩くアマガエル。

 いや、もうウシガエルでいいな。悪人だったんだしな。


 再び貼られた冒険者ギルドへのクエストを引き受けた俺は、美術館へやってきていた。

 前回ジャスティス仮面を取り逃がしたからか、俺への目は冷たい。


 てかこいつ、俺から金貨を盗んだのを知っていやがるんだよな。

 マジで許せねえ。


「お前! 今度こそ役に立ってもらうからな! 役立たずに払うような金は銅貨一枚もないのだ! まったく、お前はとんだ期待外れだった」

「でも前は、俺のおかげでミエリ像が盗まれなかったじゃないか」

「つべこべ言うな! 絶対に絶対に捕まえるんだぞ!」

「はあ」


 改めて会うと、ヤなやつだなー、こいつ。

 私兵の並んだ事務所で、アマガエルは顔を真っ赤にして怒鳴る。


「わしの財産を守るため、今度こそ怪盗を捕まえるのだぞ! 怪盗を捕まえたものには、特別に褒美を取らせよう! 金貨五枚だ! 金貨五枚やろう! 」

「――」


 その瞬間、俺は目を見開いた。


 ――ごっ、五枚……、だと……!?


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