後日談5話 「マサムネ狩りの夜」
俺は宿にひそみながら、毛布を頭からかぶって震えていた。
辺りは夜の帳が降りている。しかし窓を覗けば、そこには松明の火がせわしなく揺れていた。
黙っていれば、外からは獰猛な獣たちの雄叫びが聞こえる。
「いたか!?」
「だめだ、こっちじゃないな」
「街の外には出ていないはずだ! 探せ!」
「おう、マサムネ狩りだ!」
ここは戦場のようだ。怒号が響き渡り、俺は歯噛みした。
ホープタウンでは今、マサムネ狩りが行なわれていた。
ミエリの放ったインディグネイションは、フラメルがなんらかの手段で打ち消したようだ。光が瞬いたものの、付近に被害は出なかった。その後、俺は一旦身を隠そうと町の大通りに向かったら、フラメルがついてきたのだ。帰れと言っても聞いてくれないので、もう諦めた気持ちで今も一緒にいる。
その後俺は、お笑いポンコツ三人娘が冒険者ギルドにマサムネ討伐のクエストを貼りつけたことを知った。しかもそれもけっこうな額で。街には金に目が眩んだ亡者どもが跋扈している。もうどこも安全ではなかった。この街で俺が心休まる場所はない……。
「大丈夫? マサムネお兄ちゃん。うふふ、でも心配いらないよ。フラメルが守ってあげるからね、うふふ」
微笑みながら俺の頭に手を伸ばしてくる桃色の髪の女性。その手を俺は軽くはねのけた。さすがに今この状態でフラメルといちゃつく気にはなれなかった。
「ていうか、なんだよ……、お前、姉への復讐に俺を利用しただけなんだろ……。俺のことなんてどうでもいいんじゃないのか……」
そうだ、俺はなにもかも失ったのだ。俺の両手からこぼれ落ちた愛は、地面にあたって砕けてしまった。うう。
フラメルはニッコリと笑う。
「利用ってなに言っているの? フラメルはたまたま酒場にいただけで、そうしたらお兄ちゃんから朝まで飲もうって誘ってきたんでしょ。男の情欲を満たすだけ満たしておきながらなに被害者面しているの? フラメルを抱いたのお兄ちゃんでしょ?」
「……………………」
めちゃめちゃ辛辣な言葉が来た。これがフラメルの本性だったというのか。
アッハイ、と言ってうなずくことぐらいしかできやしない。
そうだ、俺がクズだったんだ……。あの三人がこんなに思ってくれているのに、俺はなんてバカなことを……。どんなに後悔しても、後悔しきれない……。
確かにあの日はヤケだった。あんなに軽い気持ちで浮気をしてしまうほどにだ。4Pを断られた程度でなんだというのだ。別に命までなくなるわけではなかったろうに。ああ、俺ってやつは……。
ダメだ、世の中の男性諸君に告げたい。浮気は駄目だ。さもなくばマサムネ狩りにあって、その命を終えることになってしまうぞ。
だがそんな風に落ち込む俺に、フラメルは優しく微笑んでくれた。
「でもいいんだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがあんなミエリお姉ちゃんみたいなポンコツ女神で満足できるはずないもんね。フラメルは初めて会ったときからわかっていたよ。お兄ちゃんは周りの女の子たちのせいでちょっとフラフラしちゃっただけだもんね? だからお兄ちゃんはぜんぜん悪くないんだよ」
えっ……。
ふ、フラメル、こんな俺に優しくしてくれるというのか……?
こんなクズの俺に……!?
俺が顔をあげると、フラメルはなおも微笑んでいる。こいつ女神か……!?
「ふふ、お兄ちゃん。だからほら、難しいことは考えなくてもいいんだよ。ほとぼりが冷めたらふたりでイクリピアにでもいこ? ユズハちゃんもお兄ちゃんのことをまんざらでもなく思っているから、押し倒せばチョロんと転ぶはずだよ、大丈夫。そうして三人で穏やかに過ごそう? 大丈夫だよ、フラメルを信じて、ね?」
俺はその笑顔に愛の権化を見た。
なんだ、やっぱりフラメルは俺のことが好きだったんじゃないか。俺はあのお笑いポンコツ三人組に殺意を向けられたが、しかし最後の最後で真実の愛にたどり着くことができたのだ。長い道のりだった。
「うう~、フラメル~」
俺の頭をよしよしとフラメルは撫でてくれる。俺は自分の勝手な欲望で彼女を傷つけたというのに……。なんて優しいんだ。さすが闇に取り込まれたジャックをその手で救おうとしてくれただけのことはある。
そうか、俺の運命の人はここにいたのかもしれない……。うう、フラメル、フラメル~……。
そもそもどうして俺はあんなミエリなんかをハーレムメンバーに入れようと思ってしまったのだろうか。そうだ、顔がよかったからだ。
しかしここにはそのミエリと同じぐらい可愛い上に、性格がよくてしっかりしているパーフェクトな女神がいる。チョコボールと間違えて兎のフンを食べない系の女神だ。だったら今さらミエリを選ぶ理由なんてないんじゃないだろうか。
ああ、なんで俺はフラメルに召喚されなかったんだろう。フラメルに召喚されていたら、もっと違った人生があったはずなのに。
たぶん最初から魔王領域に飛ばされず、始まりの町でしっかりと実力をつけることができただろうし、どんなピンチでも炎魔法を使いこなせるフラメルがそばにいるんだから、危機を脱することもできるだろう。
やがて俺たちの名声を聞いて屈強な仲間たちが次々とやってくるはずだ。俺は歴戦の強者達とパーティーを組み、そうして意気揚々とイクリピアを救った後に、改めて魔王を倒しにいけたはずだ。
そんな黄金の道を突き進むことができただろうに、最初にフラメルではなくミエリに捕まったばかりに、ポンコツ街道まっしぐらの人生に転落してしまったのだ。
俺はフラメルの胸に顔をうずめる。背中を撫でられながら、その感触を味わう。
「フラメル~」
「うんうん、フラメルはここにいるよ、ね、お兄ちゃん。ね」
――そのときだ、ガチャリと勢いよくドアが開いた。
「ひっ!?」
ついに俺狩りが宿屋に踏み込んできたのか!? そう思ってドアから飛び退いた俺の前に現れたのは、冒険者ギルドのウェイトレスでお馴染みのエマだった。
「マサムネさん、冒険者の人が宿屋に踏み込もうとしています! 裏口から脱出してくださいっす!」
「あ、ああ! わかった!」
エマはこの緊急時に俺が金で雇ったスパイだ。エマは決して情に流されず、金のみで動く。ある意味でもっとも信用できる女である。
だがそこでフラメルが「待って!」と声をあげた。
「冒険者の人は裏口に集まっているようだけど……、あなた、マサムネお兄ちゃんをハメようとしていない!?」
「えっ!?」
エマはきりりとした顔のまま硬直している。だがその口が三日月のように弧を描いた。
「ククク、バレちゃあしょうがないっすねえ!」
なんだと!
「エマ、貴様! 裏切ったのか!」
「裏切ったとは人聞きが悪いですねえ! このエマ、いつだって金さまの敬虔な信者ですからねえ!? 一銅貨でも高いほうにつくのは自明の理! それが私の生きざまですからねえ!」
エマの体から黒いオーラが吹き上がる。ただの人間のくせに。
俺は懐から財布を取り出した。
「お前がキキレアたちに提示された金額よりさらに銀貨を一枚払うから、裏口を押さえておいてくれ」
エマはその場に片膝をついてひざまずいた。
「ははっ! 承知しましたっす! このエマ、地の底だろうが火口の中だろうが光届かぬ深淵の海だろうがお共します! この力、マサムネさまのためだけに!」
「お前さっき『自分は金の信者だ』とか言ってなかったっけ」
「なにをばかなことを! エマはマサムネさまに仕えるためだけに生まれたに決まっているじゃないっすか! 裏口ですね、へへへ! お任せください! あんな手配書の金に目がくらんだクソ貧乏人の冒険者どもなんて、一歩も通しませんから!」
見ているこちらが気持ちよくなってくるような爽快な笑顔を浮かべたエマは、そう叫んで颯爽と部屋を出ていった。
「俺たちもうかうかしていられない。早くこの宿から逃げ出そう。エマは頼りになるやつだが、一味の中にキキレアかナルが混じっていた場合、さらに懐柔される恐れがある」
「う、うん」
なぜか俺とエマのやり取りを見てじゃっかん引いていたフラメルが、ためらいがちにうなずく。え、なんで引いているの。いや、まあいい。
俺たちはこうして正面から堂々と宿屋を抜けだした。
しかし、今宵はまさにマサムネ狩りの夜。結局――追っ手はさらに数を増す一方だったのだ。
「マサムネ待てやー!」
「おらー止まれおらー!」
「ぶち殺すぞワレー!」
「うおおおおおおおおおおお!」
「ひーん」
夜道をびくびくとフラメルとともに歩いている最中、俺は夜中に泣いている子どもを見つけた。迷子だろうかと思って親切心で手を差し伸べようとした瞬間、子どもは警笛を吹き鳴らした。するとその直後、どこからともなく冒険者たちが集まってきたのだった。
くそう、罠だったのかよ! この俺の余りある正義の心を利用するとは、地獄に落ちろ!
というわけで、俺はたくさんの男たちに追われていた。フラメルもだ。
大通りを爆走する俺とフラメル。そして後ろから追ってくる大量の冒険者ども。はたから見たらとても愉快な惨状だろうが、追われているほうとしては楽しくもなんともない! こちとら三ヶ月近いゴロゴロ暮らしで体がなまりきってんだよ!
「くそが! 目先の金につられやがってバカどもめ! この俺と敵対するということがどういうことか思い知らせてやる! 【ゴーレム】!」
俺は振り向きざまにオンリーカードを放つ。その瞬間、地面からせり出てくるゴーレム。ふははは、ぺちゃんこにされてしまうがいい!
だが、ゴーレムが伸ばした手をするりするりとすり抜けて、冒険者たちはさらに俺たちを追ってきた。
「えっ」
足止めになってなくない!?
「バカが! 俺たちはお前の首さえ取れればそれでいいんだ!」
「そうだそうだ! 帰ってきたと思ったら豪邸で三人の彼女を作りやがって!」
「ふざけんなよマジでテメェ! なにひとりで勝ち組気取ってやがるんだ!」
「大した顔でもねぇくせに! ぶっ殺すぞ!」
顔のこと言ったやつ誰だ!? 出てこいよ、俺がぶっ殺してやんよ!
今度は【ホール】のカードを使い、多くの冒険者を落とし穴に落としてゆく。だがそれでも次から次へと追っ手は増えてきた。つーかこれ、冒険者だけじゃなくてホープタウン中の住人が俺の敵になっていないか!?
「浮気する男には、死あるのみよ!」
「だいたいアンタ、こっちが歩くたびにすけべな目で見てきやがって、前から気に入らなかったのよ!」
「下半身切り取るわよ!」
「お金ー! イヒヒ、お金ー!」
集団には女性たちも混ざっていて、彼女たちもまた目を血走らせていた。怖すぎる。
「くっそう、事情も知らないくせに金に釣られた集団が好き勝手言いやがってよお!」
「事情はマサムネお兄ちゃんが浮気をしたってことで疑う余地もないと思うけど」
フラメルがぼそっとつぶやく。彼女は俺と並走して走りながら息ひとつ切らしていない。ミエリの妹のくせにスペックが高いな。
しかし、キキレアやナル、ミエリに追い掛け回されるのはわかるが、木っ端冒険者どもが俺をどうにかしようだなんて百年はええんだよ!
腹立ってきた。金目当てにやってきた野次馬どもには、この世の地獄を味わってもらおうじゃねえか。
「くそ! いいじゃねえか! 相手になってやるよ! こちとら俺に非があろうが黙って殴られるようなお利口な性格してねえんだよ! 覚悟してかかってこいよ! どんなに俺が悪いとしても殴られたら百倍にして殴り返してやっからよ!」
「うわあマサムネお兄ちゃんすごいクズなことを堂々と言ってカッコイイー!」
フラメルが嬉しそうに囃し立てる。
ついに俺たちは囲まれた。大通りの十字路にて、前からも左右からも冒険者の群れが迫ってきている。いったい何人いんだよ、千人ぐらいいるんじゃねえの!?
いいだろう、この俺が魔典の賢者と言われる所以を見せてやる。
俺はバインダを開く。そこにあるのは三枚のカード。【ブラスト】【キュマイラ】【ヴァンプ】。ユズハから譲り受けてそのまま借りパクした超強力な三枚の切り札だ。
片手を振り上げて、血気盛んなやつらに俺は怒鳴った。
「いいか! 俺は魔典の賢者マサムネ! この世界に舞い降りて、魔王を倒す宿命をもつ男だ! 四人の七羅将を打ち倒し、その果てに魔王サタンを倒したこの俺に敵対する勇気があるものはかかってこい! だがこの俺に剣を向けたやつを俺は絶対に許さない! 終わることのない悪夢を見せてやろうじゃねえか!」
一瞬、辺りはシンとした。
よし、さすがにこの俺に敵対するような度胸のあるやつはいないだろう。俺はオンリーカード【ホバー】を使う準備をした。これでこの場を切り抜けることはできるな、うん。
そう思った次の瞬間、誰かが叫んだ。
「うるせえ! マサムネのくせに生意気だぞ!」
「!?」
待って! マサムネのくせにってなに!?
この町の危機を何度も救ってきたんだけど!
ていうか俺、魔王を倒してきたんだぜ!? その偉業、みんな知っているよね!?
「そうだそうだ! マサムネのくせになに調子乗ってんだテメエ!」
「日がな一日冒険者ギルドでぐーたらしているだけだろうがお前!」
「お前を倒せば莫大な金が手に入るんだよ!」
「貴様がハーレムを作るなんて絶対に許さねえからな!」
「三匹のインコ飼って『これ僕の恋人なんすよへっへっへ』とでも語ってろや!」
あちこちから矢のように飛んでくる罵声を前に、俺はぷるぷると震える。
て、てめぇら……。
「ひとりも生きて帰さねえぞおらぁあああああああああああ!」
俺は【キュマイラ】のカードを引き抜いた。ホープタウン史に残る大戦争がこうして始まった――。




