後日談3話 「バレなきゃやっていないのと同じ」
我が家の前、陣形は背水の陣であった。
屋敷を守るようにキキレアがおり、俺を挟みこむようにしてナルと、そして名も知らぬ女性が立つ。
この状況を打開するためのいくつものカードが脳裏に浮かぶ。【ピッカラ】、【ホール】、【ホバー】などなど。だが駄目だ。それはとりあえずこの場から逃げ去るためのカードたちであって、決着打にはなりえないものだ。
やはり事態を収拾するためには、この俺自身の力が必要となる――。
まずは敵の目的を知ることからだ。この桃色の髪の女性がいったいここになにをしにきたのか、そこから判断材料を集めなければ。
……面白くなってきやがったぜ……! 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
と、彼女は俺を見てニッコリと微笑む。ミエリやナル、キキレアと比べて遜色のないその美人っぷりに俺のハートは鷲掴みにされてしまいそうだ。
「先日はありがとうございます。あたしはメープルといいます」
「あ、ああ。マサムネだ」
メープルが頭を下げた拍子に、その胸元が覗く。豊満な谷間が目に入って、俺は思わずそれをガン見してしまった。デカイ。ミエリと同じか、それ以上だ。
くそう、俺は先日この胸を好き放題したはずなのに、なんでなにも覚えていないんだ! まったく人の記憶ってやつは!
って違う違う、そんなことを言っている場合じゃない。ナルは相変わらずニコニコしているが、キキレアがなにやらジーっと俺を見つめているような気がするし。心にやましいものがあるからそっちを見れないけどな!
「落とし物ってなにを拾ってあげたの? あんた」
「いやあ」
キキレアの問いに俺はぼんやりとした返事をした。だってそんなの拾ってないし……。
メープルはふふふっと笑って顎に人差し指を当てた。
「大切なモノです。あたしの、大切な……、ね?」
ものすごい含みのある言葉だった。俺は土偶のような顔になってコクコクとうなずくことしかできやしない。
キキレアの疑いの眼差しが強くなったような気がした。疑いレベル30%といったところだ。だめだ、受け身のままじゃだめだ! 俺からも攻めないと!
「まあまあ、別に大したことをしたわけじゃないからな。お礼なんていいよ。それよりナル、キキレア、早く屋敷に戻ろうじゃないか。はっはっは」
俺はさっさと屋敷へと戻ろうとする。その行く手をキキレアに塞がれた。なぜだ……! 極めて自然体であったはずなのに……!
そこでメープルがふふっと笑った。
「ずいぶんと仲がよろしいんですね。みなさま、一緒に住んでいらっしゃるんですか?」
「うん、そうだよー。あたしたちみんなマサムネくんのお嫁さんなんだ!」
ナルが幸せレベル100%の顔で微笑む。かわいい。キキレアが「別に、まだ結婚しているわけじゃないんだけど……」と不満そうにつぶやく。
メープルはナルの幸せなムードにあてられたように笑った。
「そうなんですね。羨ましいです、あたしはずっとひとりですから……、マサムネさんみたいなすごくカッコイイ男の人がいて、幸せですね」
その言葉にナルは「うんっ」と嫌味なく無邪気にうなずく。その一方でキキレアが「すごく、かっこいい……?」と思いっきり眉をひそめていた。疑いレベル50%の顔だ。どんどんあがってる!
メープルはそのまま胸に手を当てて、自分語りを始める。
「あたし、昔から男運がよくなくて……、あんまりいいことなかったんです。だから、おふたりは本当に幸せなんだろうなって、心がぽかぽかしてきちゃうんです」
その流し目が俺に意味ありげな視線を送ってきた。
「あーあ、あたしもマサムネくんみたいな恋人がいたらよかったのになあ~」
尋常じゃない量の冷や汗が流れ落ちてきた。
一見は平和なこの光景だが、俺の目にはまったく別なものが映っている。
浮気相手と本命の彼女ふたりが事情も知らずに親しげに話している絵だ。もしかしたら俺が地獄に落とされた後に待っているのは、この刑罰なのかもしれない。
ダメだ! 諦めるんじゃない俺! いつだって地獄から這い上がってきたじゃないか!
「あ、あー! そうだメープル! 思い出した、ちょっとこっちに来てもらってもいいか!?」
俺は乾いた笑顔を浮かべながらメープルの手を引こうとする。だがその手首に触れた瞬間に、メープルがわざとらしく「きゃっ」と黄色い声をあげた。
「もう、だめですよ、マサムネさん。こんなに可愛い奥さんがふたりもいるのに、うふふ」
「違う! そんなんじゃなくて!」
キキレアの眼差しがさらに厳しいものになった! 疑いレベルが70%をオーバーするぞ! レッドゾーンだ!
なんなんだよこのメープルは! いったい俺になにをさせようっていうんだ! 俺を苦しめてなんの得がある!? なにを考えているのかさっぱりわからない!
一度話を変えよう! この流れはやばい!
「あーそういえばこないだ面白い出来事があってさー!」
俺は朗らかな笑顔を浮かべながら手を打った。
「あとで聞くわ」
「あ、そう!? だったらこないだゴルムがアホなことをした話があってさー!」
「それもあとで聞くわ」
道化と化した俺の発言をぴしゃりぴしゃりと絶ち斬っていくキキレア。やはり手ごわい。だが俺は――負けない!
「キキレアそういえばもしかして化粧変えた? あ、髪切った? わかった、ちょっと痩せたんだな!?」
「ナルちょっとこいつ黙らせて」
「はーい♪」
ナルが元気よく手を挙げてガバッと俺に飛びかかってくる。そのままナルは俺の唇に唇を重ねてきた。黙らせるってそういうことかよ!
キキレアとなぜかメープルも同時に舌打ちをした。ナルだけが唇を指で撫でながら嬉しそうな顔をしていた。めっちゃかわいい。違う、そんなこと言っている場合じゃない!
この場で俺ができることはなんだというのだ……、だめだ、くそう、俺は無力だ……!
ただ成り行きを見守ることしかできない歯がゆさに唇を噛み締めていると、キキレアがメープルに指を突きつけた。
「ねえちょっとあんた、なんかさっきから言動が――」
「オンリーカード・オープン! 【タンポポ】!」
俺は地面に一輪のタンポポを咲かせた。それは黄色い花弁の揺れるとても愛らしい小さなタンポポだった。今や世界平和の象徴となっているタンポポを見て、この場の雰囲気は急速に和んでいった――。
「ちょっとマサムネ、家の前にタンポポ咲かせるのやめてよね。根が深いんだから。あとでちゃんと刈り取ってよね」
「ガッデム!」
なんという女だ。タンポポは俺の代名詞であり切り札的存在であったのにもかかわらず。さすがキキレア、花ごときに心惑わされるようなやつではなかった……。俺の抵抗はまったくの無意味どころか、キキレアの疑いレベルをさらに10%上昇させる効果しかなかった。
もういい。あとでなにを言われることになっても、ここはメープルを無理矢理引きずっていこう。俺がワンナイトラブをしたということが知られてしまったら、きっとナルとキキレアとミエリの三人がかりでリトルマサムネを輪切りにされてしまう。4Pでキャッキャウフフと揉めてたときとはワケが違うのだ。
「でもマサムネさん、あたし疑問に思っちゃったんですけど、本当にたくさんの女性を平等に愛することなんてできるんでしょうか」
「え?」
今度はなにを言い出したメープル。彼女はうーんと悩むような素振りをしているが、その顔の裏には小悪魔めいた雰囲気を感じる。
「マサムネさんは三人も彼女がいるんですよね? その中で優劣は必ずできあがるものなんじゃないですか? 人間なんですもの。あるいはそれは、たったひとりの完璧な女性がいないからこそ、三人もの人物を娶ろうと考えたのでは?」
「ちょっとあんた、なにを言い出しているのよ急に!」
俺はメープルの言葉より、途端に凶暴性をむき出しにしたキキレアに注意を引きつけられてしまった。
だがそこで冷静に言葉を挟んだのは、意外にもナルだった。
「うーん、あたしはそう思わないかなあ?」
「え?」
聞き返すメープル。ナルは朗らかに笑う。
「だってパーティーメンバーだって同じでしょ。なんでも完璧にできる人なんていないもん。あたしはあの七羅将を一撃で打ち倒すほどのスーパー弓の使い手だけど、キティーやミエリさまみたいな魔法は使えないし。あたしたちはみんないいところも悪いところも全然違うから、マサムネくんがその瞬間その瞬間で誰が一番になるかっていうのもきっと変わってくると思うし、それはそれでいいんじゃないかなあ」
自分たちをパーティーになぞらえて、ナルは俺たちの関係を語った。
その余裕げな微笑みは、自分が本当に愛されているんだということに自身をもっているようで、なんだかとても力強く見えた。
俺の使った【シューター】のカードのおかげでベルゼゴールを倒したくせに、ことさら手柄を主張するその浅ましい態度はともかくとして、俺の中のナルの好感度がさらに上昇した。
メープルはあくまでも微笑を崩さない。今やこいつがなんとなくおかしいというのは、この場にいる俺たちの共通認識と化している。
と、そんな風に家の前で話し込んでいるとだ。てくてくと屋敷からミエリがこちらにやってきた。キキレアの帰りが遅いから様子を見に来たのかもしれない。いつものような女神の衣を着た姿だ。ぶっちゃけあいつアレが一張羅なんだろうな。
「なんの話をしているんですかー?」
チラチラと会話を窺う女神さまは、じゃっかんクラスでハブられている子みたいな雰囲気があるものの、俺たちの輪に入ってきた。
そこでメープルはニタリという笑みを浮かべた。
「そうですか、そうですか、なるほど、よくわかりました。マサムネさんたちの絆は、思ったよりは固いみたいですね。さすがは魔王を討伐したパーティーのことだけはあります」
『――!?』
その瞬間だ。俺たちの間に緊張が走った。
こいつ、すべてを知っていたのか!
「マサムネ、なんなのこいつ!」
「俺が知るかよ!」
俺たちは一斉に飛び退いた。ナルが前衛、俺がバインダを呼び出し、キキレアをかばうように立つ。ミエリはまだよくわからないという顔をしている。
さては、魔王がやられたことで、その仇討ちかなにかを仕掛けにきたのか!?
そうか、俺が引っかかったのもあれはハニートラップだったのか! くそう! さすが魔族だ! なんて巧妙な罠だったんだ! わかっていても防げなかった! さすがだな! これは敵を褒めるしかあるまい!
しかし俺は内心、ホッとしていた。これで相手を完膚なきまでにボコボコにすれば、俺が浮気をしたという証拠は消え失せるという算段だ! ありがとう魔族の手先! 魔族の手先でいてくれてありがとう!
本当にありがとう!
そんなとき、メープルの口から、彼女のものではない声が漏れた。
『だいたいあの三人はさ、俺のやることなすことに口出ししすぎんだよ! 俺を誰だと思ってんだよ! 魔王討伐した勇者サマだぞ! あーあ、キミみたいな物分かりのいい子がハーレムメンバーだったらよかったのになー!』
……え?
それは俺の声だった。
「なにこれ」
「……」
ナルとキキレアの冷たい目が俺に向けられた。
「待て! 俺はこんなことを言った覚えはない! あいつの腹話術だ! そうだ、きっとそうだ!」
言った覚えは……、ない、よな? ないんじゃないかな。いや、言った気がする。うん、言ったなこれ。言った言った。言ったわ俺。
そこでミエリがハッとして顔をあげた。
わなわなと震える指でメープルを指さしながら、怒鳴る。
「ど、ど、ど、ど、ど、どーしてあなたがここにいるんですか! ――フラメル!」
って。
――俺たちの見る先、桃色の髪の彼女はぺろりと唇を舐めながら、艶やかに笑った。
「え~? あたしがどこにいようともお姉ちゃんには関係ないんじゃないですかぁ? あたしがどこにいようとも、あたしが――」
ぽかんとするナルの横を通り過ぎて、メープル――もとい新生と炎の女神フラメルは、俺の頭をぎゅっと抱きしめた。いい香りと大きな胸の感触が俺を包む。
「――あたしが、誰と恋愛しようとも、ねぇ~~~?」
「え?」
「は?」
「えっ」
三人が同時に俺を見た。
これ、夢だったらいいのにな。
そしてこの日、ホープタウンには炎と雷の雨が降るのであった――。




