最終話 「俺たちのクエスト」
魔王を退治して、二か月が経った。
眩しいぐらいによく晴れた日のことだった。
俺はイクリピアの大通りにて、紋章が取り外されてゆくゼノス神殿を見上げていた。
そうして新たに付け替えられるのは、タンポポをあしらった紋章であった.タンポポの紋章が掲げられた瞬間に、大喝采が巻き起こった。神殿の周りに詰めかけたイクリピアの住人たちである。
「ああ、なんて神々しいタンポポだ……!」
「やはりこの世界を救うのは、タンポポだったのだ!」
「オー、タンポポ! オー、イエス、タンポポイエス!」
「これからはタンポポの時代だな……。ふっ、なぜだか涙が出てきちまうぜ……」
当然だが、元ゼノス神殿の周囲にはタンポポが咲き誇っていた。なんという庶民的な雰囲気。
俺はその様子を眺めながら、頭をかく。
「うそみたいだなー……」
「僕もまったくそう思うよ」
横に並んでいたフィンが重々しくうなずいた。
「なんだよタンポポ神って。この世界の主神がタンポポ神ってそれ、大丈夫なのか。信仰してもなんの魔法も手に入らないんだぞ。バカすぎるだろう」
「君がそれを言ったらおしまいだと思うんだけどな」
フィンにはだいたいの事情を話してある。彼は苦笑していた。
実際のところ、世間一般では主神はタン・ポ・ポゥだと言われてはいるが……、実は、本当の主神はミエリなのだ。
そりゃそうだ。魔王を倒したのは俺なのだから。
俺は魔典の賢者として魔王に【フィニッシャー】をぶちかました。その結果、俺を転生させたミエリが主神としてこの世界に君臨することになったのだ。その辺りは当初の予定通りだ。なにも変わっていない。
しかし、そういう事情と、世間一般の認識は大きく異なる。
〆のスピーチを俺に奪われたミエリの認知度はいまだマイナー神。転生と雷の女神止まりであり、それによって一向に信仰心は集まらず。
妹である新生と炎の女神フラメルにも劣る力を持つ、主神ミエリの誕生である。
ま、ミエリにふさわしい結末といえば、ふさわしい結末だ。
魔王を倒したあとで、一度だけゼノスが訪ねてきたことがあった。
話の内容としては、『思った通りの結果ではなかったが、一応お前には感謝している』といったものだった。
ゼノスのくせに殊勝な態度だな、と思っていたのだが、どうやら違ったらしい。ついでにミエリをハーレムメンバーに入れたことに触れようかとしたら、ゼノスは俺を射殺すような視線を放って、天へと消えていった。あれは完全に俺をいつか殺してやろうと思っているオッサンの目だった。
神界から最強のアサッシンが送り込まれてくる日も近いかもしれない。そのときまでに、ストックホルム症候群でもなんでもいいからミエリの好感度は稼いでおこうと思いました。
とまれ、ゼノスについてはそんなところだ。
俺はタンポポの紋章が輝くシュールな神殿を見上げながら、フィンに問う。
「これからお前はどうするんだ?」
フィンは腰につけた剣を鳴らし、小さく笑った。
「とりあえずこの剣を実家に返してくるよ。そこから先はどうかな、まだ魔王が倒されたばかりで混乱している各地を巡って、平和の礎となってくるよ。もう一度修業のやり直しだな」
「ふーん」
なんだこいつ、実家から借りた剣を使っていたのか。S級冒険者のくせに、貧乏だったのかな。
フィンは爽やかに笑って、手を挙げた。
「それじゃあ、元気でね。タンポポ神さま」
「はいはい」
俺はぺらぺらと手を振った。するとフィンの向かう先にパチェッタがいた。彼女は俺を見つけると小さく頭を下げる。シノとランクスみたいに、ふたりは付き合っていたのかな。まあどうでもいいか。
フィンの背を見送ることもなく、俺もまた歩き出す。
生きてりゃそのうちどっかで会えるだろ。湿っぽくなる必要はない。
俺はまばゆいほどの太陽を見上げて、目を細めた。きょうはタンポポが育ちそうないい陽気だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ユズハはフラメルとまたどこかに旅立っていった。フラメルは主神になれなかったのものの、そんなに悔しくはなさそうだ。ユズハの寿命が尽きて契約が切れたら、また次の世界を救いにいくと言っていた。そういうシステムなのか。
ギルノールはエルフの里に帰っていった。妹をよろしく頼むと何度も頭を下げられた。一対一の結婚じゃないのだが、いいのだろうか……と思っていたが、別にエルフ族に重婚を禁止するしきたりはないらしい。俺はホッとした。
他にも、ホットランドの旅館はすべて売り払って、ガリレオ夫人に任せてきた。もう経営はしばらくやりたくないな。
レジャーダンジョンはアシュタロスに頼んで埋めてもらった。あいつはずっと地中でも問題なさそうな引きこもりだしな。魔王を倒したことを伝えたのに、別に何ともない顔で『へー』と相槌を打つだけだった。
むしろ『そんなことよりこないだマリアちゃんが我のためにお茶を入れてくれてさ! それを飲んだあとで三日三晩高熱にうなされちゃったんだけど、でもそんなことよりマリアちゃんがお茶を入れてくれたとか超やばくない?』と満面の笑みで言ってきた。
恐らくブラックマリアがいよいよダンジョンを我が物にしようと企て始めたのだろう。ブラックマリアとアシュタロスの未来に幸あれ、である。
ピースファームが名前を『たんぽぽファーム』に変えたという噂も聞いた。ラースやクルル、奥さんや旦那さんは元気に暮らしているだろうか。色々と落ち着いたら、たまには遊びに行くのもいいかもしれない。
世界全国では平和のシンボルとして『タンポポ』が崇め奉られ始めた。信仰したところでなんの魔法も効果もないタンポポだからこそ、人々に愛されることになったのかもしれない。
さらに噂では、南のシャンドラでタンポポの恐怖を叫ぶリザードマンが聖タンポポ騎士団に討伐されたとか、討伐されなかったとか。なんだよタンポポ騎士団って超弱そう。
俺は帰り道に、ふとイクリピアの公園を散歩するふたりの男女を見た。耳の尖った女の子は車いすを押しており、男の方は光のない目で地面を見つめている。
「ね、ジャラハドさま、ほら……、綺麗ですね、タンポポ……」
「……あ、あぁ……、ぅぁ……」
「うふふ、そうですわね……。ジャラハドさまは、世界を御救いになられたんですから……」
玉座の間での決戦にて。俺はまったく気が付かなかったが、ジャックの心は闇と同化してしまっていたらしい。その闇を根こそぎ消滅させてしまった以上、ジャックはしばらくまともには暮らせないだろうというのが、フラメルの見立てだった。
いったいなぜ、ジャックは闇に魂を売ってしまったのか……。悲しいし、悔しい。もう少し早い俺がジャックの闇に気づいていれば……。
ハンニバルやランスロットも痛ましい顔をしていた。彼を勝手に行かせてしまったことを後悔しているようだ。
でもあいつのそばにはディーネがついている。きっとジャックは回復して、また俺たちの前に元気な姿を見せてくれるだろう。俺はそう信じている。
ありがとうジャック。お前がいなければ、俺たちの冒険は失敗に終わっていただろう。本当にありがとう。できればまた、一緒に酒での飲み交わしたいな。
お前が望むなら、マーニーの姿でお酌をしてやってもいいぜ、ジャック。そのときはまた前にみたいに、冗談のつもりで「俺だよおおおおおおおおお!」ってやってもいいかな? 俺、お前の笑っている顔が見たいんだ。ははは。
俺はディーネとジャックに声をかけず、その場を離れた。俺を待つ人のもとへと、行こう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、俺がイクリピアの正門前に到着すると、すでに三人は待っていた。
「あっ、マサムネくん、来た来た!」
俺を見つけたナルが大きく手を振ってくる。
「ちょっと、遅いわよ。馬車なんてすぐ見つかったんだからね」
キキレアは腰に手を当てて頬を膨らませていた。
「ていうかー、わたしの魔法でパッと戻ればいいじゃないですかー……」
ミエリはぶーぶーと口を尖らせている。
俺は肩を竦めた。
「いいじゃねえか、のんびりと帰ろうぜ。あちこちで旨いモンでもつまみながらさ」
冷静で慎重に決めたわけでも、衝動的に決めたわけでもない。心の赴くままに決めた旅だ。
俺がそう言うと、キキレアやミエリも渋々うなずいた。ナルは「わーい、マサムネくんと新婚旅行だねー!」なんて気楽に言って笑っていた。そういう恥ずかしいことをさらりと口に出すから、こっちが逆に照れちゃうね!
「え、て、ていうかお前たち、結婚式とか挙げたいの?」
俺は少しビビりながら尋ねる。だって俺まだ十七歳だよ? もうちょっとで十八歳になるけど、そういうのちょっと早くない?
「もちろんっ!」と手を挙げたのは当然ナル。ミエリは「しばらくそういうテンションじゃないです……」と俺をジト目で睨んでくる。俺が主神の栄光を手に入れたことをいまだに根に持っているようだ。
そしてキキレアはというと。
「結婚式ねえ」
「なんだ、あんまり乗り気じゃないんだな」
「まだあんたのこと信用してないからねー」
キキレアは悪戯っぽく笑う。なんだよそれ。
「せめて一年は一緒に暮らして、浮気はしないかどうかを見ていないとね」
俺は頭をかいた。
「お前たちみたいな美少女三人がそばにいてくれたら、他になにもいらねえよ。浮気なんてするわけねえだろうが」
そうして、俺は胸を張って答える。
だって浮気したって、童貞卒業できないしな……。だったらナルやキキレアやミエリに囲まれて、おっぱい揉んだりキスしたりして、楽しく暮らしたほうがマシだ……。
内心はともかく、そんな俺の言葉に三人は顔を見合わせた。
「なんか、マサムネくんって再開してから大人びたっていうか、かっこよくなったよね」
「もう枯れた老人みたいな雰囲気が時々漂っているような気がしますけど……」
「あいつ絶対私たちになんか隠しているわよ。賭けてもいいわ」
……。
俺は自分が童貞卒業できないということは、しばらくひた隠しにしておこうと決めた。告白したが最後、俺自身が泣き崩れてしまいそうだからだ。
試したいあんなプレイもこんなプレイもあるのに……。平和になった世界で妄想が爆発しているのに……。はぁ……。
世界は救えたが、失った代償も大きかった……。いや、失えなくなった代償、か……。
ま、落ち込んでいても仕方ない。
俺は指先でハンニバルからもらった豪邸の鍵を回しながら、皆に告げた。
「んし、じゃあ帰るとするか」
『はーい』
というわけで、俺たち四人は馬車に乗り込む。ホープタウンに帰るのだ。
魔王を倒すという波乱万丈な冒険記は、もう少しで終わりだ。
馬車で帰ろうって言ったのは、もう少し余韻が長く続いてほしかったからかもしれない。
なんたって――、おうちに帰るまでが、俺たちのクエストだからな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ライト・ファンタジー
『俺たちのクエスト ~クズカード無双で異世界成り上がり~』
完
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後。
ホープタウンに戻った俺は、美少女三人との同棲生活に理性が崩壊してしまい、度重なる彼女たちの誘惑の末、84日目にしてついにナルに手を出してしまった。
死を覚悟したその際、しかしリトルマサムネが爆発せずに無事だったことをここに報告する。
そう、ゼノスは言っていた。
『お前が生み出すことができるカードの能力値の上限は、お前の心次第だからな。【ゴッド】のように凄まじい力を持つカードを作ろうとなると、それなりの代償というものが必要になる』
そうなのだ。俺はきっとピースファームの経験によって、心が成長したのだ。そのおかげで【ゴッド】を副作用なしに使うことができるようになっていたのだろう。
つか、だったら前に再会したときに言えよな! ゼノス! 黙っていたのは嫌がらせか! おい!
だが、このことに気づいた俺は狂喜乱舞した。俺のリトルマサムネがついに日の目を浴びる時がきたのだ。俺は究極完全体ゴッドマサムネに進化した!
ついに俺のただれた生活が始まるのだ。
やったぜ!!
――異世界転生最高おおおおおおっ!!!!!!
さらにその二週間後。
俺の浮気が原因で三人が家出をして、俺は再び独りになってしまうのだが。
それはまた違う物語である――。
改めて完
書籍版『俺たちのクエスト』
カドカワBOOKSより、発売中です。
◇ ◆ ◇
あとがき
ごきげんよう、みかみてれんです。
最初、俺クエを連載したときは三十万字ぐらいでさっくりと終えようと思っていたのですが、終わってみればこんな感じになってしまいました。七十万字! 長い!
ですが皆様のご愛顧で、書籍化することができました。本当に本当にありがとうございます。
さて、勇者イサギの魔王譚が完結したのもたった四か月前なので、改めてあとがきに書こうということはあまりないのですが!
この作品はあんまりプロットとかをかっちり決めないで、主要イベントだけ配置したらあとはキャラクターに好き勝手してもらおうって思って書いていました。
今までのわたしの書き方では、あまりやんない感じの話です。
しかしそれだけに、各キャラクターたちが命を持ったかのように暴れ回るさまを見ているのは、わたしも非常に楽しかったです。
特にマサムネ、ナル、ミエリ、キキレアや、ジャックといった主要メンバーはいい味を出してくださいましたね。ジャックは廃人になった。
次回はシリアスとかコメディとかなんかおかしな話とか書きたいなーって思いますので、ぜひぜひまたお付き合いくださいませ。
というわけで、ご読了ありがとうございました!
みかみてれんでしたー!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
・書籍版俺クエのほうは、ミエリが猫になったり幼女になったり、ナルがかわいくなったりジャックがかっこよくなったりしています。まだ廃人にはなっていません。
・その他、活動報告の代わりにご報告などは、
ツイッターのほうで行なっておりますので、よろしくお願いしますー。
http://twitter.com/teren_mikami




