第11話 「ジャスティス仮面殺す」
俺は大股歩きで冒険者ギルドへと向かっていた。
右手で、猫のミエリをむんずと掴んでいる。
「お前は、獣だっつーのに、泥棒にも気づかずにぐーすか寝てたのか!」
「にゃにゃにゃーにゃにゃ!」
「わっかんねえよ! くっそ!」
大変なのは、一日銅貨20枚の宿代だ。
今のところ、俺たちは金貨四枚を手にしていると思われている。昨日見せびらかしたからな。
だが、もし俺たちが文無しだとバレたら、料金の踏み倒しだ。
衛兵に突き出されてしまうだろう。勘弁してくれ。
異世界で犯罪者なんて、真っ平だ。
だからといって、タダ同然の馬小屋に泊まるのも、嫌だ……。
ベッドがいいよお……。
一度あがった生活レベル落とすのは、容易じゃないんだ……。
冒険者ギルドのドアをバンと開く。
聞き込みをするならここが一番だろう。
「あっはっはー、いやあ参ったねえ、でもあたしの体はひとつしかないからさぁ、あっはっはー」
すると、冒険者たちに群がられているデレデレの顔のナルが見えた。
なにやってんだこいつ。
「あ、マサムネくん! ちょうどよかった、今あたし、パーティーに勧誘されすぎちゃってさあ。ほら、近くの森が平和になったといっても、まだ怖いでしょ? だからギガントドラゴンを倒したあたしたちに一緒に来てくれ、ていうんだよ。ねえねえ、みんな、この人があたしと一緒にギガントドラゴンを討伐したマサムネくんだよー!」
おおー! と歓声がわく。
すると、俺もあっという間に取り囲まれた。
「彼がギガントドラゴンを討伐したつわものか!」
「へー、なかなかかわいい顔しているじゃないの」
「ラッセルの仇を取ってくる、と言い放った男気も持ち合わせるらしいぞ」
「素敵、抱いて!」
最後の言葉は野太い声で聞こえてきた気がする。詳しくは考えないようにしよう。
うちのパーティーに来てくれ! という勧誘がすごい。
ええい、俺はそれどころじゃないんだ。
盗まれた金貨を取り戻さなければならない。
『お願いします、うちのパーティーに入ってください!』
「嫌だ」
『嫌だ!?』
全員をまとめて切り捨てると、俺は改めて懐からカードを取り出した。
ジャスティス仮面と名乗るクソ野郎が置いていったカードだ。
「それよりも誰か、これを知っているものはいないか?」
ひょい、とそのカードを受け取ったのは、あの禿げ頭の男、ゴルムだ。
「ああ、こいつか。今ホープタウンを騒がせている怪盗だな。金持ちからしか盗まないっていう、義賊を騙っているやつだ」
「義賊だと……」
だったらなんで俺から盗むんだよ!
金なんてない。あの金貨が全財産だった!
これじゃあ明日からパンとタンポポコーヒーで過ごすことになるぞ……!
「くそう、なんてやつだ。誰か捕まえようとしていないのか、衛兵はどうしている」
「つっても、ここらへんは森の警戒で大忙しだったからな。確か、昨日辺りから手配書がようやく出回り出したようだぞ」
ゴルムは親指で依頼の貼られたボードを差す。
こいつ、いいやつだな、ハゲのくせに。
「ありがとよ、ゴルム」
「……別にな。お前はラッセルの仇を討ってくれたしな」
頬をかくゴルム。
ゴルムが出てきたからか、俺にきっぱりと断られたからか、冒険者たちの輪はナルルースの元へと行ったようだ。
あいつ、絶対に役に立たないと思うんだけどな……。
ま、いいか。
人目がなくなったので、冗談のつもりで俺は一枚のカードを取り出した。
オンリーカードだ。
「じゃあ、こいつはお礼だよ」
「あぁ?」
手に持ったオンリーカードをポケットの中で発動させる。
「【マシェーラ】」
禿げ頭の寝癖を直すとどうなるのか。やってみたかったのだ。
無論、衝動的ではないぞ。どんなことになるのか、事前に考えていたからな。
といっても、結局なにも起きることはないんだろうけど――。
「うおっ!?」
「おおあっ!?」
ゴルムの頭から、わずかに髪が生えだした……。
なんだこの力は……。
禿げ頭が、五厘刈りみたいになっている。
「こ、こいつは……? なんだああああ!? 俺の頭になにが起きていやがるううううう!? ああああ、力が! 力がみなぎってきた……! まさか、まさか頭を手で撫でたこの感触はあああああああ!?」
「よ、よし、じゃあクエストボードを見に行こうか、ミエリ!」
「にゃ、にゃん!」
恐ろしい。
マシェーラの隠された力が明らかになった瞬間だ。
ちょっと待て。
ということは、レイズアップ・マシェーラは髪が伸びるのか?
もし俺がそんな力が持っているとバレたら……。
世の中のハゲどもから、追いかけまわされることになる……!
あるいは禿げを治す寺院を建てたら、それだけで一生食べていけるかもしれない。
……嫌だ……。
こんな若さで、生涯ハゲまみれで生きていくのは、嫌だ……。
よし、今の効果は見なかったことにしよう。
そんなことよりクエストボードだ。
「にゃー……?」
ボードの依頼の数は、そんなに変わっていないな。
ギガントドラゴンが倒されたとはいえ、安全が保障されたわけじゃないもんな。こわいよな。
その中で一枚のメモ帳を見つけた。
「あったあった」
「にゃ」
・義賊ジャスティス仮面の捕獲依頼
ったく、ふざけた名前をしやがって……。
金貨四枚、絶対に取り返してやるからな。
ええと、こいつを持ってどこへいけばいいんだ。
受付ババアのところか。
遠くではどうやらパーティーを結成したらしいナルが、俺に向かって大声で「本当に他の冒険者と行くよ! 冒険に出るよ! キミはそれでいいんだねー!」と叫んでいた。
うるせえな。
「よかったな、ナル。そっちのパーティーで末永く幸せになれよ」
「マサムネのばかああああああああー!」
誰がバカだ。
バカでかい弓を担いで冒険者ギルドを飛び出したエルフを見送り、俺は受付に向かう。
「おや? その依頼をやるのかい? いひひひひひ」
「ああ」
俺は目に炎を浮かべながらうなずいた。
ミエリも今回ばかりはやる気満々だ。
「今さっき、新しい依頼が届いたばかりだからねえ、内容を上書きしておこうと思っていたんだよ」
「……新しい依頼?」
ほいよ、と小さな紙切れを手渡される。
そこには『怪盗に狙われた我が美術館を助けてくれ!』とあった。
……ほう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ガッハッハッハ! きみがあのギガントドラゴンを退治したという、凄腕の冒険者かね! わしはこの町で美術館を経営しておる、ダガール=シャザールだ!」
「ども」
声のデカいオッサンだな。
ふっくらと太ったその姿は、肥えたウシガエルを連想させる。
いやいや、依頼人をそんな風に言ったら失礼か。
せいぜいデカいアマガエルにしてやろう。
ここは美術館の事務所だ。
ていうかファンタジーの世界にも美術館ってあるんだな。儲かるんかね。
アマガエルは腹を膨らませながら笑う。
「いやあ、きみのような人が来てくれるとは、なんと心強い! こっちに来てくれ! 我が館内を案内しよう!」
「はあ」
ミエリを肩にのせたまま、俺たちは美術館をぐるぐると回る。
ここらへんは現代の美術館と、そんなに変わらないな。
価値のわからない絵や彫刻、それにここだけファンタジーチックな剣や鎧、弓や杖などが並んでいる。
ちょっとだけ面白い。
すべて回って十分ほどか。
ちょうどいい大きさの美術館の最奥に、それはあった。
天に向かって祈りを捧げている美しき乙女の像だ。
おお。
ぐるっと美術館を回ってきたがこいつは綺麗なもんだな。
なによりも、モデルがいい。いったい誰の像なんだろう。
いや、待てよ……なんかこれ、見たことがあるような……。
「盗まれようとしているのは、われらが美しきミエリ像だ!」
「ぶっ」
俺が噴き出すと、足元に降りていた猫ミエリが、ふぁさぁと頭の毛をかきあげる。
「なるほど、素晴らしい彫刻家だな」
「おお、おお、わかるかね! これこそあの稀代の芸術家、ソレナン=テリタマの作である!」
「わかるとも。モデルがどんなに残念で慌てん坊でチョロくてバカでも、ここまでのものに仕上げるのだから、これが一流と言わずしてなんと言うか」
「にゃー! うにゃー!」
抗議の声をあげてくる猫には構わず、うんうんとアマガエル親父もうなずく。
「そうだろうそうだろう。わしも正直なところ、女神ミエリはマイナーだしあまり興味はなかったのだが、この像には一目ぼれしてしまってな! 金にもの言わせて買ってしまったのだよ! ずいぶんとあこぎな手段にも手を染めてしまったがね! ガーッハッハッハ」
うんうんとうなずき合う俺たちを見上げて、猫はなぜか泣き喚きながら床をごろんごろん転がっていた。
「ところで、その猫はいったいなにかね? 美術館にペットは立ち入り禁止なのだが」
「ああ、まあなんだろうな。気にしないでくれ。絵をひっかいたりはしない」
「ひっかく気満々のような目にも見えるが……」
本当だ。野生に満ちている。
俺はミエリを持ち上げ、「だめだぞ」と念を押す。
ここで追い出されたら金貨四枚から遠のくからな。それはお前も嫌だろう。しばらくまたパンとタンポポで生きることになるからな。
そのようにミエリを説得すると、俺は改めてアマガエル親父に向き直る。
「で、怪盗からの予告状が届いたんだろ?」
「うむ、これじゃ!」
どれどれ。
『地に落ちた流れ星、ここに登場。
今夜月が頂点に輝く時間、転生と雷の女神を頂きに参ります。
――銀嶺の怪盗 ジャスティス仮面より』
ほほう。
金貨が奪われたときに差し出されていたカードと、大体似たようなものだな。
「この女神像は金貨にして四百枚分! 絶対に奪われるわけにはいかんのだ! 絶対に、絶対にだ!」
「よんひゃくまい!?」
「にゃんにゃにゃにゃん!?」
俺とミエリは同時に叫ぶ。
ちょ、ちょっと待て。
串焼きが一本銅貨1枚だろ。
銅貨100枚で、銀貨1枚。銀貨10枚で霊銀貨1枚。霊銀貨が10枚で金貨が1枚、だったかな。
ってーことは、銅貨が1枚大体100円だとしたら、ええと、金貨は1枚100万円。
つまりこのミエリ像は、4億円か……。
こんなものが……。
俺は生唾を飲み込む。
「ひょっとして、ミエリをセメントで固めて売ったら、4億手に入るのか……?」
「にゃ!?」
「いや、だめだな。本物のミエリじゃ無理だ。こんなに綺麗にはならないもんな」
「にゃああああああああああ!?」
アマガエルは腹を揺らしながら自信満々に言っていた。
最強の私兵を雇い、包囲網を結成しただとか。
「猫一匹踏み入るスキマなどない! これならば怪盗ジャスティス仮面、恐るるに足らず!」
ということらしい。
よし、絶対に捕まえてやるぞ……。
夜になり、俺は油断なく辺りを見回していた。
「いいか、ミエリ。怪しいやつがいたら真っ先に俺に知らせろよ」
「にゃっ!」
手をびしっと額に当てて、うなずくミエリ。
お金は大事だ。
この世界、信じられないものばかりだけれど。
でも金だけはいつでも俺たちを裏切らない。
知っているか、『金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる』って言葉があるんだぜ……。
他にも『金さえあれば天下に敵なし』とか『金があれば馬鹿も旦那』とかな……。マジで身も蓋もねえ。
といっても、今の俺は金に目がくらんでいるのも事実だ。
ここは少し頭を冷やすために、そこらへんの男たちから怪盗の判断材料を集めながら待つとしよう。
怪盗ジャスティス仮面。
ここ三か月間、このホープタウンで暗躍している怪盗らしい。
顔を仮面で覆っている凄腕のシーフだそうだ。
あちこちで彼による被害が叫ばれているが、しかしその姿を見たものはいない。
どうやら義賊と呼ばれているものの、お金を持っている持っていないにかかわらず、金貨単位からなら平気で盗むそうだ。
そしてそれを、特に貧しい人に配るというわけでもなく。
だったらなにが義賊だ。義賊義賊詐欺じゃねえか。
「おう、お前燃えているな」
雇われ私兵が、俺の肩をぽんぽんと叩く。
俺が目を向けると、私兵の男はわずかに後ずさった。
「お、お前、目が怖いぞ」
「俺には金貨を奪われた人の気持ちが痛いほどにわかるんだ。きっとそれで宿代を払おうとしていたに違いない。そのお金で一か月はごろごろしようと思っていたはずだ。なのにそんな貴重な時間を奪いやがって、絶対に許せない……」
「あ、ああ。なんかめちゃめちゃ具体的だな。まあ、がんばれよ」
許せない。
絶対に許せない。
この俺を相手に盗みを働くことが、どれほどの狼藉か味わわせてやろう。
想定される侵入コース、仕掛け、手段、様々なものを考え尽くして、そして逃げ道を封じてやろう。
――獲物をからめとるクモのようにな。
だがその夜、怪盗は来なかった。
恐らく警備にビビったのだろう。
いい気味だ。
いやいやそうじゃない、俺は怪盗が来てくれないと困るんだ。
金貨四枚使い込むんじゃねえぞ。
――だが、次の夜も怪盗は来なかった。
次の夜も、その次の夜も、だ。
来なかった。
怪盗は来なかった。
ふざけんなよおおおおお――。
そろそろ私兵の契約期間が打ち切られるのだという。
五日目の夜だ。
「まったく、これを見込んでいるんだったら、大した野郎だよ……」
俺はミエリ像の前でイライラと体を揺すっていた。
寝不足で俺たちの目の下にはクマができていた。
ずっと警戒し続けてきたからだ。
私兵の数も半分以下になってしまっている。
あのアマガエルが、お金がないからと言って、解体してしまったのだ。
んだよ、大体怪盗っつーのは、予告状通りに現れてこそだろうが……。
怪盗の信用問題にかかわるぞ。
それよりも……。
私兵は毎日の給料で雇われて、警護しているが。
俺は冒険者ギルドで、クエストを受けてやってきたんだ。
ということは、クエストを達成させなければ、報酬が手に入らない。
金貨四枚どころじゃない。タダ働きだ。
今はアマガエルの親父の経費ってことにして、宿で泊まっているが……。
もしそれも全額返金なんてことになったら、今度は無一文どころか、借金持ちだ。
どうしてこうなった……。
「それもこれもすべて、クソ怪盗が日にち通りに来ないからだ……」
俺はこっそりとバインダを開くと、その中の一枚のカードを見つめる。
ギガントドラゴンを退治して手に入れたオンリーカードだ。
今回の怪盗を捕まえるような作戦には、ぴったりだと思ったのに。
ようやく、まともなカードが手に入って、スッキリできると思ったのに……!
くそう。
くそう。
「来るなら来いやジャスティス仮面よおおおおおおおおおおお!」
耐え切れず絶叫した途端。
庭へと通じる美術館の窓ががらりと開いた。
そこには、銀色の仮面をかぶった銀髪の男がいた。
涙目だった
「だって警備の人たくさんいて怖いし!!」
目と目が合う。
――こいつジャスティス仮面じゃん。
一瞬の空白の後。
俺は叫んだ。
「捕まえろおおおおおおおおおおおおお!」
「ぎゃあああああああああああああああ!」
集まってきた私兵がジャスティス仮面を袋叩きにする。
こうして俺は張り込み五日目にして、ようやくジャスティス仮面を捕まえた。
だが、事態は予想もしない方向に流れてゆくこととなる……。
俺の金貨……。




