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第108話 「熱い手のひら返し」

 俺が【フィニッシャー】をぶっ放してもなお、戦いは終わらなかった。滅ぼしたはずの魔王は完全消滅しておらず、俺たちの大切な仲間を人質に取ったのだ。


 そして今――ジャックの体を乗っ取った魔王の目は、赤く輝いている。


 なによりも変わってしまったのは表情だ。ピュアで正義感があふれていた優しいジャックは、もうどこにもいない。


 世界を憎み、恨み、破壊するために生まれた権化のような魔王と化してしまっている。


 俺は涙を禁じえない。(微塵も泣いていなかったが)


 彼を助ける手段はもうなにもないのか。ジャックもろともこの【フィニッシャー】で消し去るしかないのか。


 いや、きっとそうだろう。それしかないんだ。そうに違いない。


 ああ、そうだ。もうすべての打つ手はなくなってしまった。


 くそう、俺はジャックを助けたかったのに! あいつごと魔王を消滅させるしかないのか! ちくしょう! なんて悔しいんだ! 自分の無力がつらい!


「ジャック、あんたは本当にいいやつだったわ」

「うん、ジャックくんがいなければ、あたしたちは今ごろここには立っていなかったよね……」

「あなたの魂はわたしが責任を持って転生させますから、成仏してくださいね!」

「って待ってええええええええええええええ!」


 叫んで俺たちの間に割って入ってきたのはエルフ族の姫さまで、ジャックの婚約者。ディーネだった。


 彼女は血相を変え、まるでジャックを守るように両手を広げる。


「まだなにもしていないですわよね!? なんでそんなに早く見捨てる感じになっていますの!? 助けるために尽力しましょうよ!? ねっ!?」

「めんどくせえな……」

「今ぽろっとなにかおっしゃいました!?」

「いいじゃない別に。ジャックよ」

「イクリピアの第二王子のジャラハドさまですけど!?」

「助けられるなら助けてあげたいけど、できないんだったらしょうがないよね!」

「なんでそんなカラッと元気に見捨てられますの!?」

「大丈夫です。今世で会えなくなるだけですから!」

「今世でまた会いたいんですけどおおおおおおおおおおお!」


 ディーネの叫びが玉座の間にこだまする。


 すごいな、ディーネ。俺たち四人の言葉を次々と切り返していったぞ。やるじゃないか。ていうかそれほどにジャックが大事なのか。


 ディーネは涙ながらにジャックをかばっている。その態度には魔王も少し臆しているようだ。


「お、お前たち、この男が大事ではないのか……? なぜ仲間をそんなにあっさりと見捨てられるんだ……? 理解ができん……、光の者ではないのか……?」


 俺は首を横に振った。


 なんてふざけたことを言うやつだ、魔王!


「バカな、見捨てるだと!? ふざけたことを言うなよ、魔王サタン! 俺たちがどれほどつらい決断をしようとしているか、お前にわかるのか!? だがな、もう俺たちパーティーメンバーは覚悟しているのだ! 人々のために、世界のために、ひとりひとりが犠牲になっても構わないと! だからこそ涙を呑んで友を捧げてでも、俺たちは未来にゆくぞ!」


 声を枯らすほどに叫んで、俺はくるりとキキレアたちに向き直った。


「というわけで、これぐらい言っておけばいいだろう」

「バッチリ。オッケーだわ」


 キキレアが指で丸を作っている。


「ば、ばかな……、それほど強い覚悟を持っていたというのか……!」

「やだああああああああああ! ジャラハドさま死んじゃうのやだあああああああああああああああ!」


 魔王はうろたえて、ディーネは泣き叫んでいた。


 つか、そもそも悪いのはすべて魔王だからな。助けられなかった俺たちが悪いわけじゃない。そこを勘違いしないでもらおうじゃないか。俺だってジャックごと浄化なんてしたくないし。


 それはそうとして、ここでいったん回想シーンも挟んでおこう。


『僕は頑張るんだ……。世の中にはびこるすべての悪を退治する、そのときまで……。だから、君には力を貸してもらうよ』


 そう、ジャックはかつてホープタウンの冒険者ギルドでそう語っていた。


 あの頃のジャックはまだ勇気がない自分のことを悔しがっていたが、その胸の中には熱い炎が燃えていたはずだ。


 ジャックは強くなった。その心にふさわしいだけの魂を手に入れた。俺にはジャックの声が聞こえてくるかのようだ。


 ――フッ、平和の礎になれるのならば、僕の命など安いものさ。


 そう、ジャックならば確かにそう言うのだろう。さすがだジャック。パラディンの名に恥じない自己犠牲精神だ。俺には決して真似ができない……。俺はどんなに意地汚くても生きることを選んでしまうだろうからな。自分が情けないぜ。


 そんな俺が生き延びて、お前が死んでしまうというのも、なんて皮肉な話なんだ、ジャック。


 俺はお前のことが人として好きだったんだよ、ジャック。


 本当だ。ずっと清く正しく高潔なお前が羨ましかったよ。お前みたいになりたかったさ。イクリピアの王族としてウハウハな生活……じゃなくて、なんだ、こう、人々の希望の星になれるようなやつにさ。


 きっとお前みたいなウケるやつ……じゃなくて、そう、お前みたいないいやつには、もう出会うことはできないんだろうな。


 ありがとうジャック、本当にありがとう。俺はお前からたくさんの大切なことを学んだよ。


 だから、もういくよ、ジャック。


 お前の屍を踏み越えて、明日へさ。


 俺がバインダを呼び出すと、魔王ジャックは目を剥いた。こいつマジで使うの? そういう顔だ。


 いいじゃねえか、これぐらいドラマチックに演出してやったんだから。俺だってやりたくはねえよ。ディーネにだって恨まれるだろう。だけどどうにもできないんだから、しょうがねえだろ。


 さっさと使って、さっさと帰ろうじゃねえか!


「それじゃあ【フィニ――】」


 俺がカードを引き抜こうとしたところだ。


「お待ちなさい――、光の者たちよ」


 玉座の間に、ひとりの少女が現れた。


 桃色の髪を揺らしながら厳かに登場した少女は、ミエリのものと似たような衣をまとっていた。彼女を見て、三人の人物が声をあげる。


「フラメル……、こんな闇の力の中心点に……!」

「えっ、まさか、フラメルさま……?」

「ちょ、なにしに来たんですか! フラメル!」


 ユズハ、キキレア、そしてミエリだ。


 フラメルは俺を見て、にっこりと微笑んだ。


「……お久しぶりです、マサムネさん。うん、魔王をここまで追い詰めるなんて、さすがだね、お兄ちゃん」


 それからフラメルは、魔王に取り込まれたジャックを見つめて、その小さな拳を握り締めた。


「今、助けてあげますからね。闇に包まれし青年を、この新生と炎の神――フラメルが」


 まさか、ジャックが、助かるルートがあるのか……!?



 そんなフラメルの前に立ちはだかったのは魔王ではなく、ミエリだった。


 あくまでもジャックを見捨てたいというのかミエリ!


 いや、違うようだ。


「ちょ、ちょっと! だめですよ! あの魔王を倒したのはマサムネさんですからねー! ねー!? マサムネさんねー!? ですよねー!? ほらー、ほらほらほらー! まったくもー、今さら来てなんですかフラメル、あっ、そうだわかったきっとおこぼれをもらおうしているんですか? そうなんでしょうそうなんでしょうきっとそうなんですよぷぷー、フラメルがおこぼれとかうぷぷぷー、あの万年優等生でわたしの何倍も出来がよかったくせに今頃現れておこぼれとかめっちゃうけるーぷぷぷぷぷぷー」


 そのミエリを盛大に突き飛ばしたキキレアは、フラメルの前にひざまずいた。


「フラメルさま、そのお姿、まさに伝承の中にあるものと同じですね……! お目にかかれて光栄です!」

「ええ、ありがとう、キキレア・キキ。あなたの信心にはいつも助けられています」


 フラメルが慈しみ深い笑みを浮かべると、キキレアは感極まったように「ああ……」とつぶやいた。ミエリとは大きな違いだ。


 しかしなんだ、なにをしに来たんだ。


 フラメルはキキレアの横を通り過ぎて、俺の前にやってきた。


「あなたは七枚の【フィニッシャー】を集めたんですね、マサムネさん」

「……ああ」


 こいつは【フィニッシャー】のことを知っていたのか。ミエリは知らなかったのに。


「いくつもの困難を乗り越えて、あなたはここまでたどり着いた。その心の成長に、より強い覇業が生み出されたんでしょうね。ユズハちゃんにはそれができなかった。最初から強かった彼女は、勇気や知恵ではなく、力に頼ってしまった。……完敗です、マサムネさん」

「……そいつはどうも」


 大人びた口調のフラメルは魔王を見やると、小さくうなずく。


「……魔王サタンの闇の力に乗っ取られたこの方を、救う方法はあります」


 辺りがざわっとした。ディーネは顔をあげて「えっ……」と小さくつぶやいた。その目に光が戻る。


 フラメルは力強くうなずいた。


「――そのために、力を貸して、みんな」


 俺もうなずいた。めんどくせえと思ったが、言わなかった。空気を読んだのだ。他のみんなもだいたいそんな感じだった。ディーネ以外は微妙な表情をしていた。『ま、それでも救える命があるなら、救っとくか……』というテンションだった。ディーネだけがただひとり目にいっぱいの涙を浮かべながら、必死に何度もうなずいていた。


 フラメルは両手をあげる。その瞬間、魔王ジャックの足元に光のリングが浮かび上がった。


「――なんだ、これは」


 魔王ジャックは口元を押さえた。おぞましいものを見るような目で、足元の輪を見下ろす。そこにはフラメルの紋章が刻まれていた。


「くっ、光の神め……! 我の力をこの程度で抑え込めるとでも思っているのか! 見くびるなよ!」


 光の輪がわずかに揺らぐ。魔王の怒声で、輪には次々とヒビが入ってゆく。フラメルもまた顔をしかめた。


「やはり、わたしひとりの力では――」


 振り返ってきて、叫ぶ。


「みんな、お願いします、力を貸して! 人々が胸の内に秘めた光の力を、わたしに! みんなの心で魔王を浄化するんです!」


 お、おう?


「はい! ジャラハドさま、お願いします、生きて……!」


 真っ先にディーネが飛びついた。ディーネはフラメルの伸ばした手を掴むと、目を閉じた。エルフの少女の体がまるでミエリのように、うっすらと輝き出す。これが光の力か……?


 次にユズハが向かった。ディーネの伸ばした手を掴むと、彼女は目を閉じた。そうして小さく「こんな私でも、誰かを救う助けになれるなら……!」とつぶやく。


 さらにキキレアが、ナルが、ギルノールが、次々と手を繋ぐ。フィンもまた立ち上がり、手を繋いだ。


「ジャラハドさま、魔王に負けないでくださいね……。ふふ、僕があとでランスロットさまに殺されちゃいますからね」


 フィンは冗談めかして笑っていた。


 光の輪の力が強まると、ジャックの体から少しずつ闇が祓われてゆく。ジャックの口からは二重の声が漏れた。


「愚かな、なんと愚かな――、光の、者たちよ……」

「ぼ、僕は、いったい……、体が、動かな……い……」


 ジャックの声にディーネが喜びの声をあげる。


「ああ、ジャラハドさま……! ジャラハドさまは今から私たちがお助けしますわ……! どうぞ、どうぞ、ご無事でいてくださいまし……!」

「……聞こえる、聞こえるよ、ディーネの声……、ありがとう、ディーネ、待っているよ、ディーネ……、くっ、ぐああああああああああ!」


 しかしジャックの体が突如として苦しみ出した。ディーネは輪から飛び出してジャックのもとに駆け寄ろうとするのを、懸命にこらえる。


「じゃ、ジャラハドさま!」

「くくく、こやつめ……、心の奥底に相当な量の『闇』を隠し持っているではないか……、とんだ聖騎士もいたものだな。その闇、もらい受けるぞ――」


 次の瞬間、ジャックの体からまるで黒煙のようなもやが噴き出した。光の輪はその霧を抑え込んではいるが、しかしフラメルは苦しそうにしていた。


 ジャックがうめく。


「ああっ、ああ……、まさ、マサム……、ああ、マーニ……、ああっ! 僕はあいつを決して許せ、許せな……ううっ、頭が痛いっ!」


 魔王の高笑いが玉座の間に響き渡る。ジャック、あんなに辛そうにして……! ちくしょう、魔王め!


 輪に加わっていないのは、もう俺とミエリだけだ。


 フラメルが俺たちにもう片方の手を伸ばして、訴える。


「お姉ちゃん! お願い! この地上の尊き命を救うために!」


 キキレアに突き飛ばされたときの衝撃で鼻を打って悶絶していたミエリが、はたと起き上がる。


 フラメルの呼び声を聞いたミエリは、迷わず走って――。


 ――いや、いなかった。彼女はその場に突っ立っている。そうして口元に手を当てていた。


「あのフラメルが、あの生意気でわたしをバカにしてばっかりだったフラメルが、このわたしに! お願いを! このわたしにお願いをしていますよ!」


 ミエリは笑っていた。


 超笑っていた。


 うわあ……。


「お、おねえちゃん……?」


 フラメルはドン引きだが、ミエリは満面の笑みだった。


「ああ、ああ、わたしの願いがついに! わたしずっとフラメルを見返してやりたかったんです! 妹なのにいつだってわたしより先にいくフラメルを! やーいやーい! 今どんな気持ちですかー!? 今どんな気持ちー!?」


 うひょうひょと掲げた両手を動かすミエリに、俺たちはみんな白い目を向けていた。


「いや、あの、さっさと輪に加わってくれないかなぁって思っているけどぉ……」

「へー!? へー!? そう思っているんですねー! でもそれがお姉ちゃんにものを頼む態度なんですかぁ!? 人にものを頼むんだったらもっと殊勝な言葉遣いがあるんじゃないですかぁ!? ねーねーフラメルちゃーん!?」

「いや、あの、お願いします……。尊き命を救うために……」

「くー! きもちいい! なんてきもちいいんでしょうか! あのフラメルがわたしに大人しく頭を下げているだなんて! たまらない、たまらないです! おねがいしますですって! 聞きました!? 今、おねがいしますってあのフラメルが! ええーどうしよっかなー! ちらっ、ちらちらっ! お姉ちゃんどうしよっかなー!」


 俺は水を得た魚のように笑うミエリを見ながら、ひとつ思った。


 ……果たして、こいつがこのままこの世界の主神になってもいいのだろうか。


 こんな小学生並の精神しか持ち合わせていないような頭空っぽのポンコツ女神が、主神……? それってどうなんだ……?


 だいたい主神ってなんなんだ。いったいなにをする役目なんだ。いや、でもゼノスにも務まるような役目なんだから、いいのか……、でもなあ……。


「なあ、ミエリ」

「うぷぷ、なんですかー? マサムネさん」


 含み笑いをするミエリに、俺は言った。


「なんか俺、お前を主神にするの嫌だわ」

「嫌だ!?」


 俺のつぶやきに、ミエリが大声をあげた。



 そして「もうなんでもいいから……、早く、助けて……」というジャックのか細いうめき声が小さく響いていた。


 明日、第109話「女神ミエリ」+第110話「エピローグ」


 今までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!

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